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第十五話 張飛益徳(ちょうひえきとく)

西暦190年、春。董卓は孫堅が華雄を打ち取った報告を聞き、難攻不落の虎牢関に立て籠もった。


反董卓連合軍は、公孫瓚、劉備軍が、虎牢関ころうかんを目指して北上していた。


虎牢関は山岳に囲まれた天然の要害に築かれた堅固な砦であり、董卓が自らの命運をかけて築いた最後の防衛線であった。


「ここを破らずして、洛陽には辿り着けぬ……!」


公孫瓚の号令のもと、最初にその虎牢関の攻略に挑んだのは、弟の公孫越であった。「突撃せよ!敵はわずか、蹴散らせ!」


しかし――。


その期待は、あまりにも無残な形で打ち砕かれた。


虎牢関の門が開くと同時に、戦場に現れたのは一騎の武将。その姿はまさに修羅のごとき風格をまとい、漆黒の鎧に赤兎馬を駆るその男の名は、呂布奉先。


手に握るは方天画戟――。


「我が名は呂布!出でよ、名乗るに足る者があらば、相手をしてやろう!」


ただ一騎。だがその姿に、公孫瓚軍はたじろいだ。


呂布が咆哮と共に突撃を開始した瞬間、彼の背後からは西涼の騎馬隊が轟音をあげて現れた。呂布を筆頭とする重装騎兵は、公孫瓚軍の軽装騎兵を蹂躙する。


「ぐっ……なんという突破力だ……!」


公孫瓚の眼前で、次々と味方がなぎ倒されていく。まるで人ではなく嵐。呂布は馬上から敵将を探し、次々と首を刈る。


「こやつ……一人で軍を壊す気か!」


矢も槍も、その巨軀と豪腕の前には届かない。ついに公孫瓚自身も、呂布と刃を交えることとなったが、わずか数合で槍を弾かれ、馬から落とされる。


「終わりだ……!」


呂布の方天画戟が振り下ろされようとした、その刹那――。


「やかましいっ! そこの馬面野郎!」


風を裂いて現れたのは、一人の猛将。目を見開いた公孫瓚の視界に、蛇矛を振り上げた豪傑が飛び込んだ。


「張飛翼徳、ここにあり! その首、俺がもらうぜぇぇぇっ!」


張飛の一撃が呂布の戟を受け止め、火花を散らす。二人の剛力が戦場の空気を震わせた。だが呂布は一歩も引かない。むしろ余裕を持って応じ、まるで剣舞のように戟を操る。


張飛が押されている――それを見た者がいた。


「兄弟の危機に、俺が黙っていられるか!」


関羽雲長、参陣。


青龍偃月刀を手に、張飛と並び立つ。


「呂布、貴様に正義の裁きを下す!」


関羽と張飛の連携は完璧だった。張飛が荒々しく突き、関羽が冷静に隙を突く。だが呂布は笑う。


「二人がかりでも、この呂布を討てると思うなよ!」


二対一の戦いが、数十合に渡って繰り広げられた。刃がぶつかり、砂塵が舞い、地面が裂ける。もはや尋常な戦いではなかった。


「……これでも倒せんのか……!」


張飛が苦悶の声をあげたとき、三人目が駆けつけた。


「我ら三兄弟、三位一体。ならば、この勝負……」


「俺たちのものだ!」


劉備玄徳、到着。


三人の義兄弟が揃い踏みし、呂布を包囲する。


「この劉備、呂布討伐に加わる!」


三方から同時に仕掛ける三兄弟。張飛の蛇矛が打ち込まれ、関羽の偃月刀が軌道を描く。そして、劉備の双股剣が隙を狙う。


「ちっ……三人相手では分が悪い……!」


呂布の顔から笑みが消えた。三人の連携はさすがに精密で、次第に呂布の動きに乱れが見え始める。


だが、呂布は敗北を潔しとしない。


「覚えておけ! この呂布、必ずや貴様らを地獄へ送ってくれる!」


隙を見て呂布は馬を返し、煙のように撤退。三兄弟は追うこともできず、ただ呆然と立ち尽くした。


こうして、虎牢関の戦いは終わった。


呂布の敗北は、董卓にとって決定的だった。彼はこの報告を聞き、即座に洛陽からの撤退を決意する。


「もうよい……この都に用はない」


董卓は皇帝を連れて、民と軍を強制的に移動させ、長安へ遷都する。そして、自らの手で洛陽に火を放った。


火の海となった都は、幾日も燃え続けた。


やがて連合軍が洛陽に入ると、そこにあったのは、焼け跡と廃墟、そして董卓軍の影一つない荒涼たる風景だけだった。


「……誰も、いない……」


諸侯はそれぞれ沈黙し、再び自国へと引き上げていった。


こうして、連合軍は表面上は勝利を得た。だが、それは董卓が逃げただけの勝利であり、天下の混乱は収まることなく――


戦乱の世は、さらに深まっていくのだった。



洛陽の大地は焦げ、かつての栄華は灰の下に沈んでいた。焼けた宮門の残骸の中、重々しい足音が響く。


その中心に立つ男。

黒衣を纏い、長い髯を顎にたくわえたその男の名は、李儒りじゅ


董卓の外甥にして、軍師。

冷酷無比、智謀の化身と呼ばれるこの男の眼には、微塵の動揺もなかった。


「この戦、孫堅軍に話をつけなければ、我々は滅亡する・・・」


「李儒。……孫堅に文を持って行け」

董卓は玉座にふんぞり返り、歯を噛みしめながら命じた。


「この董卓、洛陽を譲ってやる。玉座など要らぬ。帝は我と共に長安へ遷す……その旨、伝えよ」


李儒は、目を細めて問い返した。


「将軍、それは……退却の宣言と取られましょう」


「違う。これは“策”だ。連中に洛陽を与え、満足させてやれば、追っては来まい」


李儒は一礼し、静かに退出した。


和睦を申し出た。


「孫堅殿……この董卓、戦を止め、洛陽を明け渡す用意がある」


だが、江東の虎は首を振った。


「義なき暴政に、和睦など不要。董卓、貴様の首をこの手で取るまで、我らは退かぬ!」


その声は、焔のように燃えていた。


戦いは終わらぬ。


―連合軍本陣

洛陽の北、汜水関を越えた荒野に、反董卓連合軍の軍営が広がっていた。だが、そこには勝利の熱気も、連帯の誇りもなかった。代わりに漂うのは、重々しい沈黙と、密やかな猜疑心であった。勝利して、今度は、連合軍の誰が権力を握るかが、最大の焦点となっていたのだ。


盟主を名乗る袁紹は紅の酒を傾けつつ、沈鬱な面持ちで策士たちの言葉に耳を傾けていた。


「孫堅の軍が洛陽入りしました。」

「董卓、呂布は、共に長安に遷都、逃げ込んでおるようです。」


進言したのは、いとこの袁術えんじゅつであった。袁紹は杯を置き、冷ややかな視線を向ける。


「それがどうした」


袁術えんじゅつは口角を上げた。「孫堅が洛陽を落とせば、その武功は群雄の頂に立ちましょう。大将軍の座は、従兄のものではなくなるやもしれません」


「ふむ……」


「そればかりか、孫堅には二人の息子。孫策、孫権、そして最近など……剣人。時代を変える若者たちが揃っております」


その名を聞いた袁紹の顔にかすかな苛立ちが走った。最近では、あの不思議な装置――『Xwatch』『HMDスカウター』とやらについて、剣人の情報機器が連合軍内でも話題になっていたのだ。


「剣人……異国の才子。未来を見据える者か」


「ゆえにこそ、芽は早めに摘むべきでしょう。兵糧の補給を、止めては?」


その一言に、帳の空気が凍りついた。


袁紹はしばし目を閉じ、やがて静かに頷いた。


「兵糧、送るな」


その決定が、戦場に影を落とすまで、さほど時間はかからなかった。


孫堅軍の本陣。山裾の林に築かれた陣は、活気を失いつつあった。兵士たちは日ごと痩せ、兵士たちは乾いた飯とわずかな水で命をつないでいた。


「届くはずの兵糧が、まだか……」


孫策は地図を睨みながら唇を噛んだ。


「連合軍の中で何かが起きている。父上、これは……裏切りでは」


「我らは董卓軍と対峙しておるのだぞ。今さら味方の背を疑ってどうする」


孫堅は声を荒げたが、その拳は震えていた。


その夜。


孫堅の本陣近く、小高い丘の上にある古井戸。京子はひとり、静かにそこを見つめていた。


――何か、呼んでいる。


そう感じていた。心の奥底にある、名も知らぬ声が、そこに「何か」があると告げていた。


そっと井戸の縁に手をかけ、中を覗き込む。そして、視線が一つの光を捉えた。


「……何、これ?」


京子は仲間を呼び、慎重にその「何か」を引き上げた。


それは、青白い月光に照らされて、静かに輝いていた。四寸四方の玉製の印。つまみには五匹の龍が彫られている。


「玉璽……っ!?」


孫堅が駆けつけ、印面を見て声を上げる。


「間違いない、『伝国璽』だ!」


「伝国璽?」孫剣が尋ねる。


「漢王朝の正統を示す、帝権の象徴。これを手にする者こそ、天命を受けし者とされる」


孫堅の手が震えていた。その目には熱い涙が滲んでいた。


「これで、我らの正義が証明される……!」

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