四話:勇者さま、目覚める
勇者さまを棺桶に詰めて洞窟を出た俺たちは、近くの町の宿屋にたどり着いた。
夕陽が沈む頃、宿の二階の部屋に棺桶を運び込む。
木の床がギシギシ鳴る安っぽい宿だが、ダンジョン帰りには十分だ。
俺たちは汗と血の臭いをまとったまま、疲れ切ってベッドに腰かける。
本当なら、勇者さまが生きてる間に接触するのは国のルール違反だ。
だから回復魔法をかけた後、棺桶ごとベッドに放り込んでさっさと逃げるつもりだった
でも、蓋を開けた瞬間、計画が狂った
。
勇者さまがバッチリ目を開けて、こっちを見てた。
「……うわっ!」
俺は思わず後ずさる。
棺桶の中でじっと見つめてくる黒い瞳。
ちょっと怖いぜ、勇者さま。
勇者さまは棺桶から這い出て、キョロキョロと部屋を見回す。
ボロボロの服にユーリのマントを羽織った姿は、まるで迷子みたいだ。
いつもなら死体で、王城に運ばれて復活する。
そこで王様に「おお勇者よ、死んでしまうとは情けない」と説教されるのがお決まりのパターンだ。
でも今回は違う。
見知らぬ宿屋の一室で、目の前にいるのは王様じゃなく、俺たち見慣れぬパーティメンバー。
勇者さま、完全に状況が掴めてない顔だ。
「ねぇ、あなたは誰? ここはどこ? 私は誰?」
少し震えた声で勇者さまが聞く。
最後の一つはちょっとボケすぎだろ。
「俺はロイ。こっちの三人は俺のパーティメンバーのユーリ、ゴウト、スタンチクだ。ここは町の宿屋で、あなたは勇者さまです」
俺は丁寧に答える。
こういう時、リーダーっぽく振る舞うのも大事だろ。
「そうだった……私は勇者。魔王を倒す光の勇者……」
勇者さまがポツリと言う。
記憶が戻ってきたみたいだ。
良かった良かった。
「で、君たちは?」
「……」
俺たちは勇者さまを助ける裏方パーティだ。
でも、それを正直に言うべきか?
国の契約に違反するし、どうすりゃいいんだ?
俺が悩んでると、ユーリがバッサリ切り込んだ。
「私たちは冒険者。勇者が死んだらお城に運ぶ仕事をしてるわ」
「おい! ユーリ!?」
俺は慌てて叫ぶ。
リーダーの判断を待たずにバラすなんて何だよ!
「でも、ここは宿屋だってさっき言ってたけど……」
勇者さまが首をかしげる。
鋭いな。
「そう。いつもは死んでから運ぶんだけど、今回は死にかけでリーダーが助けちゃった。傷を治したのは私たちだけど、決めたのはロイよ。そう、ロイが勇者さまを助けたの」
ユーリがニヤリと笑う。
視線が俺に集まる。
勇者さまの黒い瞳がこっちをじっと見てる。
「ユーリ、お前、責任全部押し付ける気だな!」
「押し付けるも何も、事実でしょ」
「いや、それはそうだが……」
確かに俺が決めた。
でも、こんな風に言われると気まずいだろ!
「……私を助けて、くれたんだ」
勇者さまがポツリと言うと、俺の隣に腰かけた。
ちょっと近い。
マント越しに細い肩が触れる。
「いや、ちょっと待ってください。距離が……」
俺は少しズレる。
でも勇者さまがまた寄ってくる。
「♪♪♪」
鼻歌まで歌い始めた。
めっちゃご機嫌だ。
どういう状況だよ、これ!
「ロイ、懐かれたネ」
スタンチクがニヤニヤしながら言う。
からかう気満々だ。
「そうであるな。某も驚いておる」
ゴウトが賢者っぽく頷く。
驚くなら止めろよ!
「汚らわしい」
ユーリがゴミを見るような目で俺を睨む。
お前がバラしたんだろーが!
「お前らな……ちょっと勇者さま、離れてください」
「嫌」
「……えええ」
勇者さまが頑なにくっついてくる。
困ったな。
その後も勇者さまは俺から離れようとしない。
黙ってるわけにもいかないから、世間話を始めた。
「勇者さま、好きな食べ物って何ですか?」
「えっと……ピザが好き」
「ピザ? 何だそれ?」
「私の故郷にある食べ物だよ。丸いパンにチーズとトマトを乗せて焼くの」
ピザって何だ?
この世界にそんなもんねぇぞ。
勇者さまの故郷って変なところだな。
「へぇー、面白そうな食べ物だネ! 他には何があるの?」
スタンチクが目を輝かせる。
こいつ、好奇心旺盛すぎる。
「うーんと、ジドーシャとかデンワとか……魔法の道具がいっぱいあるよ」
「ジドーシャ? 魔法の馬車みたいなものかしら?」
ユーリが興味津々に聞き返す。
珍しく楽しそうだ。
「某も気になるな。異邦の技術か?」
ゴウトまで食いついてる。
賢者トリオが勇者さまに群がり始めた。
勇者さまは楽しそうに故郷の話を続ける。
なんでも別の世界から召喚されてきたらしい。
異世界って何だよ?
俺にはさっぱり分からんが、嘘をつく理由もないし、そういうもんなんだろう。
俺は魔法とか小難しい話に興味がない。
今日はダンジョン往復で疲れたし、酒を飲んで先に休むことにした。
「俺、寝るぞ。仕事の報告は明日城でいいだろ」
「おやすみ、ロイ」
勇者さまが笑顔で手を振る。
なんか可愛いな……って、ダメだ!
任務中だぞ!
翌朝、目を覚ますと、俺のベッドに勇者さまが潜り込んでた。
「うわっ! 何!?」
慌てて飛び起きると、ユーリが冷たい目でこっちを見てる。
「死ねばいいのに」
「お前、言いすぎだろ!」
朝から大騒ぎだ。
勇者さま、どうやら俺に懐きすぎだぜ。