三話:勇者さまの顔と賢者トリオの魔法
洞窟の奥にたどり着いた俺たちの目の前には、まさに死闘の跡が広がっていた。
青白い魔法の灯りに照らされた地面には、魔物の血がべっとりとこびりつき、砕けた岩が散乱してる。壁には焦げ跡と爪痕。
天井は崩れかけで、今にも落ちてきそうな危うさだ。
一番奥の開けた場所には、ボスのトロールがでっかい風穴を胸に開けて転がってる。
棍棒を握ったまま死んでる姿は、まるで「俺は最後まで戦ったぜ」と言わんばかりだ。
さすが勇者さま。今回はトロールを仕留めたらしい。
やっと4回目で勝ったか。
でも、一体どんな技でこんな頑丈なトロールにあんなデカい穴を開けたんだ? 剣じゃ無理だろ。魔法か? いや、それにしても派手すぎる。
「すげぇな……勇者さま、やっと本気出したのか?」
俺は呟きつつ、周りを見回す。魔物の残骸に混じって、勇者さまが倒れてるはずだ。
「どこだ? 勇者さまが見当たらねぇぞ」
スタンチクがキョロキョロしながら言う。確かに、トロールは見つけたけど肝心の勇者さまがいない。
「相打ちか? どっかに吹っ飛ばされたんじゃねぇか?」
俺は探知機を確認。赤い点はすぐ近くを示してる。生きてるはずだ。
よく見ると、トロールの横に黒髪の小さな人影が埋もれるように倒れてる。
剣が手から離れ、鎧はボロボロ。血まみれで、腕が変な方向に曲がってる。ひどい有様だ。
「こ、これで生きてるのかよ……急げ、回復だ!」
俺は叫ぶ。探知機のヒットポイントは5のまま。
ギリギリすぎる。
俺は魔法が使えない。
懐の「やくそうx4」じゃこんな重傷は焼け石に水だ。
「任せなさい」
ユーリが杖を構える。冷たい声とは裏腹に、動きは素早い。
「某に任せろ」
ゴウトが両手を広げる。賢者らしい威厳を漂わせてる。
「僕もやるよー!」
スタンチクがノリノリで手を振る。こいつ、こういう時だけ妙に楽しそうだ。
三人の賢者が一斉に魔法を詠唱し始める。
ユーリとゴウトの手から白い光が放たれ、勇者さまを包む。
柔らかくて温かい光だ。さすが元魔法使いと元僧侶、正統派の回復魔法って感じだ。
スタンチクからは……緑の光。野菜みたいな色だ。何だこれ?
「毎度思うのだが、おぬしはなぜ回復の神聖魔法で緑の光になるのだ?」
ゴウトが不思議そうにスタンチクに聞く。
確かに俺も気になる。
「僕、ちゃんと魔法習ったわけじゃないしさ。
ノリとイメージで魔力を動かすんだ。
今は体に良さそうな野菜をイメージしてるよ。ブロッコリーとか!」
「絶対おかしいわよ、それ……」
ユーリが呆れた顔で言う。
まあ、スタンチクらしいっちゃらしい。
元遊び人が賢者になった時点で常識外だ。
でも効果は絶大だ。三人の魔法が合わさると、勇者さまの体がすごい勢いで再生し始めた。
折れた腕がグキッと戻り、血だらけの傷が塞がっていく。
飛び散った肉片までくっついてく。ちょっとグロいけど、見事なもんだ。
「さすが賢者x3だな。死体じゃなきゃ何でも治せる」
俺は感心する。死んでたら回復魔法は効かない。
だからいつも死体はすぐ棺桶行きなんだが、今回は間に合った。
回復が終わり、勇者さまの顔がはっきり見えるようになった。
「若いな……それにこの顔つきは」
黒髪で、ちょっと童顔。
東の果ての国――黒髪の人間が多い土地の出身らしい。
噂じゃ、あそこは異世界から召喚された勇者がよく現れるとか。
「ロイ、後ろ向いてなさい」
ユーリに厳しく言われてハッとする。
再生したのは体だけ。
服はボロボロのままで、鎧の下が透けてる。そして――勇者さま、女だった。
「うおっ! すまねぇ!」
俺は慌てて背を向ける。
確かに女らしい細い体つきだ。
気づかなかったぜ。
「マント渡すわよ。
ここじゃ寒いし、魔物もいつ出てくるか分からない」
ユーリが自分のマントを勇者さまに掛ける。
冷静な対応だ。
「俺が背負うか? でも前衛がいなくなると帰り道が危ねぇな。どうする?」
勇者さまはまだ目を覚まさない。このままじゃ運べない。
「問題ない。これを使うわ」
ユーリが指さしたのは特製の棺桶。
勇者さまの死体をいつも運ぶやつだ。耐久性と軽量化の魔法がかかってる優れもの。
「おいおい、今回は生きてるんだぞ? 棺桶はないだろ!」
毎回血やシミがついてる縁起の悪い棺桶だ。さすがに可哀想じゃねぇか?
「毎回ちゃんと洗ってるから大丈夫。消臭も完璧よ」
「そういう問題じゃねぇだろ!」
「問題ないわ。非力な私でも運べるんだから便利でいいじゃない」
ユーリの冷たいロジックに押し切られる。
確かにこの棺桶なら楽に運べるが……。
「じゃあ戻るか」
俺たちは勇者さまを棺桶にそっと入れる。
蓋を閉める瞬間、ちょっと罪悪感が湧いたが仕方ない。任務だ。
帰り道、スタンチクがトロールのドロップ品らしき宝箱を物色してる。
指輪っぽいものをこっそりポケットに入れてる気がする。
「おい、スタンチク。それ何だ?」
「え? 何でもないよー!」
「嘘つけ、見て見ぬふりしてやるからな」
こいつ、元遊び人の癖が抜けてねぇな。まあ、賢者になってくれただけマシか。