死角十字路(その2)
───005
〇昼休み 学校外 通学路
事態の解決を約束した僕達は早速というか翌日、調査に向けて動き出した。
3人で例の死角十字路へと向かう最中、話を続ける僕達は、学校から現場への中間地点へと差し掛かる。
「昨日、謎を解くって話をしてたが、具体的に何をするんだ?」
「簡単な話ですよ、当たって砕けましょう」
「交通事故が多い場所で?思い切って失敗した場合、そのまま=deadなんだよ。ホントに当たって砕けちゃうよ」
「安心しろッ!最悪車なら私が轢いてやるッ!」
「本当にワンチャン轢けちゃいそうな奴の最悪轢いてやる怖いんだよ……」
僕はそわそわと辺りを見回しながら、言葉を続ける。
「ミイラ取りが、ミイラになっちまう可能性だってあるんだぜ?」
「安心してください、だからこの昼休みを選んだんです」
ふふんと鼻を鳴らして、白い手袋を付けた手の人差し指をピンと立てる三ツ星。
「どういう事だ?」
「昼休みまでに無事に手がかりが掴めれば、授業に間に合うでしょう。ですが何かあって間に合わなかった場合、学校側は不思議に思うでしょう?うちの学校は原則、学校活動時間内の外出は認められてませんから、我々に支給されている学校内携帯のGPSを辿って校内に居ないことが分かれば、学校側は即座に動きます」
「なるほど……頭いいな」
「まぁこれは、今回の1件が「事故」だった場合の話なので、何も関係ないんですけどね」
「え?」
「事件性がある場合、事件の動向を追う言わば敵を、奴さんはおめおめ逃がしてくれるでしょうか?」
「………じゃあ、なんでわざわざ昼休みに?」
「正義と悪行の狭間で揺れるのが最高でしょう?」
「ただ昼休みに外出たかっただけかよ!」
腕を広げ、叫ぶ僕を含む3人はとうとう例の場所、「死角十字路」と呼ばれる場所の直近まで近づく。
そして恐る恐る事件現場に足を踏み入れる。
と、そこで。人影を見つける。
「止まれッ!名を名乗れ!」
そう叫んできたのは、小学生の男の子だった。
「えっ?」
「なぜこの路地に近づいてきた?理由と名前を名乗れ、今すぐだ。そうしなければ…………あ、姉貴?」
何を言ってるんだこの子は。不思議に感じながらも話しかけようとする僕の肩を掴み、1歩前に出る鳴竹。
「我音……?お前ッ、学校はッ?まさかサボってるのかッ!?」
「いや……ちがっ、なんで姉貴に……嬉々羅ちゃんまで……」
すると三ツ星も前に出てくる。その表情はいつも以上に青白く、何かに焦ったような、気迫がこもっていた。
「我音っ!何故ここにいるのです!ここが危険だと知っているでしょう!?」
「嬉々羅ちゃんこそ危ない!すぐ引き返すんだ!」
なんだ?何かがおかしい。
この違和感はなんだ?
僕は頭に湧いたぬるい暗闇を払うように言葉を発する。
「とにかく、危険なら固まって行動しよう。全員で見張れば、危機も未然に防げるだろう?」
「そーだなッ!そうしようッ!」
我音と呼ばれる少年と三ツ星が途端に黙り込んだのを見て、僕はまた違和感を感じながら、4人で固まって死角十字路の中心に入り込む。
しばらく辺りを見回して僕は、
「……なんてない普通の十字路だな」
思わずそう口走った。
「数多くの事件事故を引き起こしていますがね」
咎めるように三ツ星はそう言うが。彼女もまた、腰元に手を回し、立ち尽くした。
「いや、変だ」
そんな中そう言ったのは、鳴竹だった。彼女は珍しく表情を険しいものに変え、もう一度、
「変だ」
と言った。
「何がだ?鳴竹」
「そうですよ、何も異変はありません」
僕達は珍しく口を揃えてそう言ったが、鳴竹は依然警戒レベルを上げたまま周囲を見渡し、
「それがおかしい」
と言った。
「……………………」
黙り込んだ三ツ星を見て僕は、
「何言ってんだ?何もおかしい事なんてない。事故なんて起こりようもないただの路、地………」
と言いかけて、途中で止まった。
あれ?
そうだ、おかしい。
【事故】なんて【起こりようが】ない。
そんな路地で、何故いくつもの事故や事件が起こる?
僕は視線を動かし、周囲を伺う。
何も無い。
駐車車両や、急な坂や伸びた草木も、死角的危険は、その確率を大幅にはね上げるような物は、存在しない。
なら、何が?
目線を動かす中で僕の目に止まったのは、地面に落ちているガムの包み紙だった。
なんてないそれが、そんなものに何故か注意が引かれて。
その瞬間だけは、五感の全てがそこに注がれているような、そんな感覚に至った。
そう、【ぼうっと】していたのかもしれない。
危険な場所である事を忘れ、危険な状況にある意識から外れ、僕のピントは、ズレきっていた。
だから、気づかなかった。
「我音っ!!危ないっっっ!!!」
目の前の、【異変】に。
スローで流れていく景色の中で、僕の脳は。通り過ぎていく【異変】を、正確に認識した。
「深極ィィィッッ!!!」
通り過ぎていく【それ】よりも早く加速した鳴竹の姿が、僕の前を通り過ぎ、そして【それ】を空中でキャッチする。
情報は認識出来る。でも理解出来なかった。
何が起こった?
「三ツ星!三ツ星ッ!!大丈夫か!!」
「き!嬉々羅ちゃんッ!!!」
口から血を流している【それ】を、彼女を、三ツ星の体を必死に揺さぶる鳴竹と我音。
僕は三ツ星が飛んできた方向に止まっている、1両の中型自動車に目線を向け、そこから慌てて降りてきた運転手に対し、手を伸ばして掲げ、静止させる。
「動くな」
「あんた、何をした?車は来てなかった。必ずだ。音もしてなかった。絶対に。何かしたな?」
すると運転手は必死に、弁解するように、懇願するように、
「違うっ!違うんだ!こっちこそ!こっちこそ君たちなんて見えなかった!知らなかったんだ!そこに立ってるなんて!」
「なに?」
「それに、よく考えても見てくれ!【逆】なら有り得ても、それは有り得ない!」
「はぁ?」
「明確な視界不良があったならまだしも!この状況で!人が見えなくて事故を起こしたなら有り得ても!【車が見えなかった】なんて事はないだろう!?」
「………………………一応、車に乗って待っててくれ、すぐに済む」
僕はそう言うと、三ツ星の元へ駆け寄り、最早泣きべそをかいている鳴竹に変わり、三ツ星の状態を見る。
「私がッ、私がもっとちゃんと注意してたらッ!!」
「俺を……庇って……嬉々羅ちゃん……」
我音が蒼白の表情を浮かべ黙り込んでいるのを一瞥し、僕は、
「いいや、僕も全く気づかなかった」
と三ツ星の怪我の状態と、息を確認する。
「どうしよッ!どうすればいいッ!?死んじゃうッ!このままじゃ死んじゃうのかッ!?」
「いいや、死なない」
僕は両腕を三ツ星の胸の前でかかげる。
「たまたま僕に頼んで良かったな。その点運がいいと言える」
「えぇッ?」
「天運があるともな」
そう、天運。授かった力、それは「能力」とも言う。
僕が目を瞑り、念じた瞬間。僕の背後に蜘蛛の巣のような【糸】のイメージが円網状に広がる。
光る僕の目を見て、鳴竹が驚異の目を見開く。
そんな彼女を一瞥し僕は、
「【いと容易く、全ては極まれり】(“With ease, all to the max.”)」
と、ただ一言、そう言った。
すると僕の身体から伸びる糸の触手が、彼女の傷口を塞いでいく。
「糸……か?」
それを黙って見守っていた我音が、やっとの思いでそう言った。
「糸が傷の再生を助けるだろう、これで基本は大丈夫だが、心配なら病院に連れていこう」
すると、我慢ならないと言った具合で、
「……お前ッ、ス〇イダーマンだッたのかよッ!握手してくださいッ!」
「いたたたたたっ!!!やめろっ固有名詞は!そして聞く前に握るなっ!」
鳴竹は安心感と驚きで余程興奮したのだろうか、音を立てて僕の手を握りこんできた。彼女をなだめすかせて手を離してもらう頃には、僕の手はおよそ見るに堪えないほど変形していて、また「糸」を使う羽目になった。
それから警察を読んだ僕達は、運転手を警察に引き渡し、僕達にも落ち度があった為に被害届に関しては留意し、三ツ星が目を覚まし次第判断を仰ぐとして、その場を取り収めた。
鳴竹と我音は三ツ星が心配だからと病院について行くようで、そこで僕達は別れた。
───006
〇現在より1週間前: 私立御堂筋学園 屋上階段 踊り場
私はどうすれば良いのでしょうか?
正解の分からない問いは昔から苦手です。
いえ、元より正解など無いのかもしれません。
それでも、私が何とかしなければ、彼は。
殺されてしまう。
私は左手に持った小ぶりなアタッシュケースを開け、中からエレベーターの簡易操作盤を取り出し、屋上に繋がるドア横の壁に添えると、見事にくっつきます。
そして上下を示すボタンの内、上を押して待ちます。
するとしばらくして、前後に開くはずのドアが左右に開き、ドアの向こうに私は招かれるようにして入りました。
そしてその先のバーカウンターゆったりと腰掛ける1人の女性が、声をかけてきます。
「いくらだ?」
「え?」
「アタシに、いくら払える?重要なのはそこだぜ」
「……1000万円用意させて貰いました」
私はアタッシュケースを差し出そうとしますが、彼女は振り返らぬまま小指を立てて言います。
「はあん?人殺しに1000万円か。安かぁないが、高くもねーな。嬉々羅ちゃんよ」
「………」
「そもそも、金を払えばって問題でもねぇ。どんだけの事か分かってんのか?そんだけの事で済むとでも?こんだけでなんとかなるって、本気でそう思ってんのかよ」
「お説教は聞きません。それでもなんとかするのが貴女」
「身元保証人でしょう?」
私が気を強めてそう言うと、彼女は振り返り、初めてその表情を見せます。
「その通り。だがお得意様の娘だからって、アタシの流儀を変えるってのはぁ遺憾でな。少々イヤ事でも言ってやろうかと」
「言葉通りの嫌な人になりましたね。嫌われますよ、章さん」
「はっ!」
彼女は短く笑うと、自分の横のカウンターチェアを回し、私に座るよう促します。
素直に座ると、章さんは本題に入ります。
「事故に遭いやすい路地と、小学校の転落事故に共通性があるってか?」
「はい、その被害者は近くの環濠小学校の5年2組の生徒が中心です。そしてその被害者達は、一様に不注意性の事故であったと語っています」
「不注意、か。なら」
「【合点抽象】で間違いないだろうぜ」
「がてんちゅうしょう?」
「対象者の認知能力にズレを引き起こし、特定の物体や事象に【過剰に】意識を向けさせる。要は余所見させる能力だ」
「……なんというか、それだけ聞くとあまり脅威には感じませんね」
「そりゃよ、本来脅威から逃げる為の神具だからな。まぁ何事も使い次第じゃ、悪魔の力になりうるってこった」
「……そうですね」
「だからって、その悪魔をぶっ殺しちまおうってのもなかなか、健全だとぁ思わねーがな」
「…………ですが、このままでは。彼が殺される。それだけは避けなければ」
「ふーん。そりゃあ大層なこったがよ。あんのかよ、覚悟はよ」
「え?」
「人殺しの、その意識を背負う事への、覚悟って奴だ。それがあんのか聞いてんだ」
「…………」
「元を辿れば、くだらない事だろ?その結末としちゃ、あまりに残酷だが」
「……それでも、私は【あの子】を殺します」
私は俯き、指を絡めた自分の手を見つめます。
「彼を守れるならば」
「その為なら……えぇ。ありますとも」
見つめた自分の手が、段々とケガレに犯されていくような感覚に陥りながら、私は目を回して言います。
「その為ならこの命すら、なげうつ覚悟があります」
「………そうかよ」
そして段々と、えぇ確実に。
我慢できず、私は最後にこう言いました。
「…………章さん、すいません」
「アルコール消毒、持ってませんか?」
(続)