死角十字路(その1)
深極 厄介
主人公。私立御堂筋学園所属。どうでもいい事にこだわる面倒臭い性格の男子高校生。
鳴竹 我音
正義の意味を考える小学生男子。
三ツ星 喜々羅
同所属。消毒スプレーを常備する過剰な程の潔癖症でありながら、どこか都合のいいめちゃくちゃな女。
鳴竹 紗音
同所属。竹を割ったような豪快な快女。基本大声。我音の姉にあたる。
憤扇喩 如无
相手の怒りを煽る性格をした大人ぶった小学生女子。
───001
○2週間前:環濠小学校 1階 廊下
全校集会からの帰り、名前順で並んだ生徒達が、整列したまま歩いていく。
そして集団は階段に差し掛かり、2階までその歩を進める。
「なぁ、我音。知ってるか?」
列を乱して酒井が俺の横へつけてくる。
「ちゃんと並んで歩けよ、俺はそういうの。好きじゃないぜ」
「まぁそう言うなよ、今しないと意味無いんだこの話」
「なんだよ、どうせまたウンチクだろ?」
横の女子列の邪魔にならないように1歩横にはみ出た俺が腕を組む。すると酒井が楽しげに言う。
「そう!階段ってよ、俺いつも登る時怖いんだよな。こんな高いし、1歩1歩も結構距離あるだろ?」
「……まぁな」
「だからよ、俺はいつも想定してる訳。いつコケても大丈夫な様にな。ネットで調べたんだよ」
「なにを」
「正しいコケ方さ、それに危険なコケ方って奴もな。そんで重要なのは、頭を庇う事と、体を丸める事が重要らしいんだが───」
最初から話半分だったその話の、続きを聞くことは無かった。
「酒井?」
酒井の名を呼んだ時には、もう既に【そうなって】いたからだ。
既に【それ】は起こっていた。
俺は横に向けていた首を前方、それも上へと向ける。
異様な光景に最初は、目の錯覚かと思った。でもこれは、違う。
俺の前の列の奴らは、明確に、確実に。
後ろに【傾いて】いた。
姿勢よく、綺麗にそのまま、後ろに倒れる。
そう、【頭を強く打つ】形で。
「酒井ッ!!」
もう一度酒井の方に目を向けた時には、酒井は見て分かるほど後ろに傾いていた。
何かに強く目を奪われて、その一点だけを見つめて。
咄嗟に、姉貴の言葉を思い出した。
アレは確か天気の良い日だった。庭に置いたベンチに並んで座った姉貴の横顔は、いつになく真剣だったのを覚えてる。
「我音ッ!いいか!」
「自分と他人、同時に命の危機が訪れたならなッ。迷わず他人を助けろッ!」
俺はそうだ。こう聞き返した。
「姉貴は正しい、でも。それで俺が死んでも良いのかよ」
「いいやッ!それは違うな!これは優先順位の話だ!私たち鳴竹の家系はッ、他人を蔑ろにして生きれる程強くないんだよ!必ず【後悔】してしまう!」
「でも、何もかもが、何もかもが手遅れだッたなら?」
スローな視界が加速していく。俺に迫ってくる。
選択を。満足か、後悔か。
俺は酒井を助けようと手を伸ばし、そして。
「そんときゃ我音ッ!自分を助けろッ、私だって生きて欲しいッ!お前にな!!」
そうだ、これは。
手遅れだ。
俺は伸ばした手を回して手すりをつかみ、腕力で体を持ち上げて足を胸の高さまであげ、そのまま手すりを飛び越え2階から踊り場を通り過ぎ、1階の床に着地する。
その瞬間、物が倒れる音と、異音。そして色の違ううめき声が場に散漫する。
俺は脳裏に浮かぶ感情を押し込めるように、現状を把握しようと考える。
【全員が同じ体制でかつ、同じ様子で】倒れた。
これは何か、まずい状況にある事を示している。
後に、この転落事故にあった怪我人たちに話を聞けば、【何か】に気を取られたと話した。
俺は地面に着いていた手を離し、顔を上げる。
そしてそこで目が合う。
「────」
短いおかっぱ頭に、短いTシャツに短いスカートに、短い靴下。
彼女の名は、憤扇喩 如无。
無事だった数人の内の一人である彼女は、1人だけ全く事態に動じずに、僕に、
「後悔するぐらいなら、最初から何もしなければいいのよ」
とそう言った。
彼女の冷たい目は、僕の脳裏の後暗い感情を刺し、そして後ろを向いて去っていった。
そうだよ、姉貴。
俺はまだ聞いてない。
聞いてなかった。
もしも、【後悔】してしまったのなら。
その先どうすればいい?
───002
〇現在:私立御堂筋学園 第2裏庭 昼休み
芝の上に陣を組んだ僕達は、お互いの昼食を広げながら話をする。
「なんでわざわざ昼休みにまでこんな汚らわしい男と食を囲まなればならないんでしょうか」
自分の下にだけブルーシートをひいた三ツ星が、売店で1番安く売られている弁当から、輪ゴムを外す。
「お前が誘ってきたんだろ……」
言いながらパンの袋を開けようとすると、三ツ星が消毒スプレーを持った左手を突き出してくる。
「なんだよ?」
「手を消毒します、深極さん。清潔にしないと」
「はぁ……」
そう言ってパンの袋を床に置いて、手を差し出そうとすると、三ツ星が悲鳴をあげる。
「あぁっ!汚い!なんてことするんですか!」
「いや、直置きしてる訳じゃないんだし、何をそんなに大声を出す事があるんだよ」
「食べ物を床に置く行為そのものが有り得ないですっ!ガサツです最悪です最低ですっ!」
そう言って僕のパンに向かって消毒スプレーを吹きかける三ツ星。
「袋の上からならいいけどさぁ……」
僕が手を差し出すと三ツ星が丁寧に僕の手に消毒スプレーを吹きかける。
丁寧にというか、執拗に。
びちょびちょだった。
憤扇喩は……そうだな。いかにも昼飯なんて食わなさそうな体型をしている。栄養取らないと大きくならないぞ、と言いかけて。
たった一言の10倍は文句が帰ってきそうな気がして、芝生の上に置いた僕のスマホに夢中になっている現状に満足する事にした。
「あれ、鳴竹は食わないのか?」
明らかに手ぶら鳴竹に首を向けると、鳴竹は異様に長い舌で鼻の頭を舐めてから、
「早弁したからなッ!!」
と言いきった。
「まぁ確かに、2時間目とかには既に弁当食ってそうだ」
と僕が苦笑すると鳴竹は、
「いいやッ!弁当なら朝机の上に弁当箱が置いてあった時点で食ッたぞ!」
「早いの価値観が合わないんだよっ!朝飯だろそれ最早っ!」
僕が叫ぶと豪快に笑い、顔を上げて、
「朝飯もちゃんと食ッた!でも足りないんだなこれがッ!」
「授業中以外は食うとしてもッ、昼だけで12食は食ッてるが!それでも足りんッ!」
「12っ!?6時間しか授業無いのにっ!?」
僕が頭を抱えると、
「彼女、合間の時間は全部食べてますからね」
鳴竹がウェットティッシュで割り箸やら、弁当の容器やらを拭きながら口を挟む。
「…………………お前っ!清掃とホームルームも食ってんじゃねーか!」
暫く指を折って数えた後に叫んだ僕に対し、
「そんなもん食えるかよッ!笑わっッせんな!」
と笑う鳴竹。
「物理的にじゃねーよ!」
手を目の前でブンと振った僕に対し、
「正確にはその合間にです、彼女は真面目なので、最中には絶対食べません」
三ツ星がそう注釈を加える。
「は、はぁ。そりゃようけ食っとるな……そんなに食うと、行き帰りの荷物もかさばるだろ?」
軽い興味から聞くと鳴竹は、さも馬鹿な質問だとばかりに発達した二頭筋を見せつけて、
「いいやッ!私は食べ物を残すとかそういうのしないッ!絶対ッ!」
「いやいや、そうだろうけど、そうじゃなくて。弁当箱とか、大変だろってさ」
そう聞いた僕に、笑みを浮かべたまま鳴竹はあぐらをかいた両膝に両手を乗せる。
「だからッ、残したりしないッ!」
「……え?」
当然聞き返す。意味が、分からないから。
すると鳴竹は突然自分の口の中に指を突っ込み、何かの「破片」を取り出して僕に差し出す。
「これは……」
プラスチックの破片だった。
鋭く、鋭利に尖った。
プラスチックの、破片。
マジかよ。
「彼女の臓器、肉体は全て特別性でして、貴方のチンケな常識で測らない方が賢明だと思います」
三ツ星の手痛いフォローが僕の思考を現実に戻す。
「ま、まぁ食うか」
パンの袋を開けた、中身を取り出した僕は、早々にパンに齧りつこうとするも、素早く間に挟まったビニール手袋越しの手にそれを阻まれる。
「まってください」
「なんだよ」
僕が不満の意を表明するよりも早く、三ツ星が僕のパンに消毒スプレーを吹きかける。
「あーっっ!!!何すんだ!」
声を上げた僕に対し、三ツ星はさも迷惑そうにわざとらしく耳を塞いで、
「製造過程で汚染されている可能性があります。消毒が必要ですよ」
と、当然かのように言った。
僕は言葉を失い、パンから滴るアルコールの水滴を見つめて、呆然と座り尽くす。
「工場の人に失礼だろ……」
およそ無限とも感じれる時間が一瞬にして過ぎ去り、僕の中に段々と怒りの感情が湧き始めていた。
そしてその鬱憤を晴らすように三ツ星の左手に握られた消毒スプレーを奪おうと手を払うも、そこにはスプレーは無く。
三ツ星は平然と自分の弁当に向かって消毒スプレーを吹きかけていた。
卵焼きや鮭の塩焼きやらが乗るトレイに水溜まりが出来るほどの噴射を見て、僕の怒りはどこか遠くへと消え去り。僕は、ただただ呆然と空を見上げた。
僕は空を見上げながら、鳴竹に聞く。
「こいつ、昔からこうなのか?」
すると鳴竹は不思議そうに、
「いや。最近急にこうなったんだよ、確か……つい【1週間前】くらいからだったか……」
と腕を組む。僕はため息をついて、
「………それで?僕の昼食時間を台無しにする為に声をかけてきたのか?」
「いいえ?今日は大事な話の為にお呼びしました。そうでも無ければ、貴方のような……はん」
言わずもがなと言った風に鼻を鳴らした三ツ星の態度に内心腹を立てながら、僕は聞き返す。
「大事な話って?」
「死角十字路の件です」
「死角、十字路?」
聞いた事のない単語に、復唱する形で僕はそう聞き返した。
「まぁ要は異様に事故または事件が起こりやすい十字路の噂をそう呼んでいるだけなんですけど、なんかカッコイイ気持ちは分かりますよ、死角十字路」
「あまりの語感とか字面の良さに聞き返したみたいな言い方はよせよ、高校生で厨二病なんて、笑えないぞ……」
「そうかッ?私はいいと思うぜッ!!」
「いや、有り得ない。卒業しなさいよ気持ち悪い」
鳴竹と憤扇喩の意見は割れに戸惑う僕の顔を見て、三ツ星はその態度そのものが気に食わないと言った様子で、
「悪い「気」を感じます、簡単に言うと陰気です!祓いたまえ〜です。シュッ!」
「ぐえっ!」
三ツ星が左手に常備した消毒スプレーを僕の顔に向かって吹きかけ、僕はカエルの潰れたような声を惨めにあげ、顔をかきむしる。
すると鳴竹が腹を抱えて僕を指さし、豪快に笑う。
「ガッハハハハ!ひッどい顔だッ!」
「確かに。ぐふふふふふひひひひふふ」
「あはっ!あははははは!」
しかし、悪魔の様に笑う3人の笑い声は僕の耳に入らず、僕はブツブツと言葉を続ける。
「悪魔みたいな女どもだ……」
僕を囲んでわざわざ虐めてくれてありがとう。助けを求めるように墳扇喩を見るも、やっと僕の携帯から目を離したかと思えば、
「いやいや。少女趣味の変態の味方なんて誰がすんのよ、キモすぎ」
と、いつもの悪態が帰ってきた。
「誰が少女趣味だ……」
ボソリと呟いた僕の目と鼻の先まで顔を近づけた鳴竹が声を発する。
「デッケぇ声で喋れよ!聞こえない!」
「だぁから!その死角十字路がなんだってんだよ」
すると、消毒スプレーを持ったまま腕を組んだ三ツ星が珍しく真剣な表情で言う。
「貴方、ボランティア活動をやっているでしょう?」
「え?」
思わず僕は聞き返した。
三ツ星は続ける。
「小学生を対象とした見守り活動です。我が校の登校時間よりわざわざ早く起きて、小学生相手に見守りなんて馬鹿なことやっていらっしゃるでしょう?」
それに続いて憤扇喩が口を開く。
「あれウザイからやめた方が良いよ、みんな思ってる」
すると鳴竹が笑って、
「そッう言うな!偉いぜ!偉い!」
と言ったが、否定するように三ツ星は、
「はん!どうせ小学生の女の子が好きなだけでしょう?気持ち悪い変態っ!消毒ですっ!」
十字架を切るように消毒スプレーを噴射した。
「そうだそうだ!」
追撃するように大声を出す憤扇喩の声を聞き、立場が悪くなってきた僕は、
「違うわ!子供の安全を守るのが大人の責務なんだよ!」
と毅然と答えた。
「へぇー、そうですか。だったらその責務は、果たされなかったようですね?」
三ツ星の口から放たれた言葉に対し、僕はただ、
「うぇ?」
と、情けない言葉を発する事しか出来なかった。
どういう意味だ?
「どうもこうもありません。数日前、我々の職務範囲において事件が起きています」
「事件!それも「謎」の、な!」
僕は2人の顔を交互に見比べ、考えに考えた末にやっとの事で、
「謎の事件?な、なに?なんか僕、もしかして疑われてたりする?」
と答えた。
すると三ツ星は鼻を鳴らして、
「いいえ、犯人は直ぐ、既に自首しています。それはいいんです。「問題」は、そこからです」
と言った。
「問題」
僕はなんとなく復唱した。そこに、重要な意図を感じたからかもしれない。
いいや、違うな。
というよりは、嫌な予感だ。
明確な、「予感」。
「死体が存在していなかったんです。血の跡はありました。しかし死体が全く、綺麗さっぱりありませんでした」
僕の目を真っ直ぐに見ながらそう続ける三ツ星に対し僕は、
「それがなんだって言うんだ?僕は警察でも探偵でもない。そんな事聞かれても、それこそさっぱり分からない」
そう言った。
すると鳴竹はいつも貼り付けている笑顔を素に戻して、
「責任、あると思わないか?」
そう言った。
僕が馬鹿みたいに聞き返す暇もなく、言葉を紡ぐ鳴竹。
「私も三ツ星も、お前と同じボランティアを行ってた。でも、私も、三ツ星も、お前も。少しも気づかなかった。事件に、女の子に。彼女の悲鳴に」
「きっと、助けられたと思うんだ」
口をついて、それは無理だろうと言いかけた口を思わず手で塞いで、僕はそのまま俯いた。
「その子の遺体が今もないなら、その子の魂は報われないままだ」
「私はそんなの悲しい、許せない。ぜッたいに」
強い意志を示す鳴竹の気迫に気圧された僕は、縮こまって目を泳がす。
「それで、どうするってんだよ」
そう小さく呟いた僕に、再び目と鼻の先まで顔を近づけて、彼女はこう宣言した。
「死角十字路の謎を解いて、彼女の遺体を見つけて埋葬する」
「深極、お前も手伝ってくれ。その、責任がある筈だ」
重々しく言い放ったその言葉に、確かに僕は少なからず罪悪感を感じ、真似をするようにゆっくりと重々しく、
「分かった」
と言った。
すると突然晴れやかな表情に戻した鳴竹が豪快に笑って、僕の肩を叩く。
「よッしゃ!わかッてくれて良かッた!分かってくれなかったら抉り続けなきゃいけなかったかもな!」
「えぐるの?せめて殴ってよ」
僕が目を回してそう言うと、
「そういう趣味もあるんですか?激キモっ!」
と三ツ星が消毒スプレーを振り回し、
「有り得ない」
と汚物を見るような目で憤扇喩が僕を見た。
───003
鳴竹と三ツ星と別れ、ネカフェに向かう僕と憤扇喩は、会話を続ける。
「結局なんの話だったの?」
そう僕に聞く憤扇喩に対し僕は、
「……さぁ」
と答えた。すると、
「ふうん、変な女ばっかりね。あんたの周りって」
と嫌味っぽく笑った。
「おまえも含めていいんじゃないか?」
僕もにやけながら言うと、すかさず僕のふくらはぎに憤扇喩の小さな足によるハイキックが突き刺さる。
「やったな!」
僕は今だとばかりに憤扇喩を抱えあげ、振り回す。
「うわっ!ちょっとやめてよ!あはっ!もう!やめて!そんなので喜ぶ歳じゃないんだから!もうってば!ねぇ!あはははははは!」
無邪気に笑う憤扇喩に、僕も思わず笑みを零す。
僕の横を通り過ぎていく主婦が、僕を訝しげに見てくる。それに気づいて僕は、
「じゃあやーめた」
とするっと彼女を下ろす。
すると憤扇喩は最初こそ僕から距離を取ったものの、少しずつ近づきながらもじもじと体を揺らし、
「もう終わり?」
と恥ずかしそうに言った。
僕はすかさず彼女を抱えあげ、踊るように振り回す。
可愛すぎる、もう少女趣味でも良いかもしれない。
───閑話休題───
〇インターネットカフェ 店内
受付を済ませ、初めて来たというネカフェに目を白黒させながら憤扇喩は、
「あんた、家なき子なの?」
と言った。
「馬鹿言うな、ネットとカラオケだよ」
僕がそう言うと、
「ネット環境がないの……?」
と信じられないものを見るような目つきで言った。
「事情があって、今は家に帰れないんだ」
僕がそう言いながらドリンクバーでコーヒーを注ぐと、憤扇喩は俯きながら、
「………私と同じね」
と呟いた。
「……何が飲みたい?」
そう聞くと、彼女は笑って
「ココアに決まってるでしょ!」
そう言った。
───003
〇ネカフェ カラオケルーム
「よく来る?カラオケ」
僕がそう聞くと、憤扇喩は部屋を見渡しながら、
「覚えてない」
とホットココアをすすった。
ひとしきりカラオケを楽しみ、1時間を差し掛かった頃、彼女の番が回ってきたタイミングで僕は、
「ちょいとトイレ」
と部屋を出た。
憤扇喩からココアのおかわりを頼まれ、注ぎに向かう。
のではなく、受付に戻りモニターから【移動】ボタンを押す僕。
そしてリクライニングルーム1番に入ると、パソコンで検索エンジンを起動する。
どうも嫌な予感がする。
もしこの予感が当たらなければ、少しばかり値は張るが、お菓子セットを頼んで豪遊しよう。
このまま楽しんで、今日という日を終わらせよう。
でも、もし。予感が当たったのならば。
僕は検索エンジンで自身の住む街の名前を検索し、行方不明事件、と検索する。
するとトップに表示されたのは。
行方不明事件と、とある謎の十字路の関係性についての記事だった。
僕はゆっくりとその記事をスクロールしていく。
そしてある地点で目を止め、飛び跳ねるようにカップを持ってカラオケルームへ向かった。
すると僕達のカラオケルームから、叫び声をあげて、従業員が僕の横を走り抜けていく。
「憤扇喩!!」
中に入った僕に対し、憤扇喩はマイクを持ったまま、
「あ、あはは。見られちゃった」
と微妙な表情で笑った。そして、こう言葉を続ける。
「そりゃ、驚くよね。【透明人間】がマイク握って歌ってたら……マイク浮いてる訳だし」
その表情を徐々に暗くしていく彼女に、僕はゆっくりと近づき、その小さな肩に手を伸ばして
「ごめん、1人にして」
と目を伏せた。
「大丈夫、今更1人を悲しんだりしない」
彼女は気を張ってそう言うが、
「記憶は……少しは戻ったか?」
と僕が聞くと、少し不安そうに
「……全然、私の最初の記憶は、あんたに助けられた瞬間から。それ以前は全くね」
と言った。
「大丈夫、記憶が戻って、身体が戻るまでは、俺が傍に居てやる」
そう僕がゆっくりとソファに座ると、
「……あんただけでも私を【認識】してくれて良かった」
と僕の横に座り、頭をもたげて口元を緩める憤扇喩。
僕は表情を固めたまま、
「そうだな」
と、目を閉じた。
───004
〇翌日 通学路
朝方ネカフェから出た僕達は、学校の近くまで近づいて、その間近くにある僕の家の前まで到着した。
「よし、憤扇喩。ここで待っててくれ。ちょっと着替えだけしてくる」
「私もついていこっか?」
「いや、恥ずいから」
「いけんの?1人で。女の子なしで?」
「行けるわっ!僕をなんだと思ってるんだ!」
「意気地無し」
「あぁ!逆にスッキリ!」
吐き捨てるようにそう言って、手を振って僕は玄関のドアを開ける。
そしてすぐさま鍵を閉めて2階に駆け上がり、
クローゼットを開け放つ。
そして僕は、昨日のネカフェのパソコンで調べた記事を思い出しながら、どうしようもない独り言を吐いた。
「行方不明の小学生の女の子、か」
僕のクローゼットには、年相応の量の服と、荷物が少しだけ入っていて、それでもクローゼットはいっぱいだった。
何故なら。
そこには、とある【行方不明の小学生の女の子】の【身体】が入っていたから。
「三ツ星 喜々羅と鳴竹 紗音」
「そして、憤扇喩 如无」
僕は、顎に手をやり、少しだけ眉を寄せて、
「まずいことになったな」
と、ただ一言、そう言った。
(続)