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たゆたう青炎  作者: 明樹
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赤との邂逅

僕の通う高校には、人間の生徒に紛れて何人かの他家の人狼がいる。僕たち人狼は、お互いの存在が気配でわかるのだ。

一年の時は、人狼とすれ違ったりもしたけど、接触することはなかった。接触しても、他家の者とは揉めるだけだ。きっと僕の噂は聞いてるだろうに、面倒臭いのか興味がないのかわからないが、そっとしておいてくれたことには感謝した。


そして、二年に進学して、新しいクラスになった。どのクラスになろうとも、どのみち僕はいつも一人だ。無表情で何の反応も示さない僕には、昔から誰も話しかけてこない。僕も他人と関わるのが煩わしかったから、誰も寄って来ないのは有り難かった。

なのに今年は違った。新しい教室に入り、自分の出席番号が示された席に座った途端、前の席の奴が後ろを振り返り、僕に話しかけてきた。彼の姿を見て、僕の心臓が大きく跳ねる。彼の赤味がかった瞳と栗毛…。赤築(しゃづき)の者だ。


「おはよう。君のことは去年から気になってたから同じクラスになれて嬉しいよ。俺は赤築リツ。君は?」

「…青蓮 ルカ」

「やっぱり!青蓮の子だったんだね。深い青の瞳と黒髪が綺麗だなぁっていつも見てた。ルカって呼んでいい?俺のこともリツって呼んで。ルカはとても綺麗な顔をしてるよね」


無遠慮に僕の中に入って来ようとする彼に、僕は顔を歪めて小さく息を吐く。


「僕のことは放っておいてくれないかな?一人が好きなんだ。君なら他にいくらでも友達が出来るだろ?」


僕の冷たい言葉に驚いた彼は、少しだけ戸惑ったようだったけど、すぐにまた笑顔で話し出した。


「俺は誰とでも友達になりたい訳じゃないよ?ルカと友達になりたいんだ。ルカが嫌がることやしつこくしないからさ、仲良くしようよ」

「青蓮と赤築なのに?」

「そんなの関係ない。俺たちは皆、同じ仲間じゃないか。と思ってるんだけどさ、俺も進んで他の家の者とは仲良くしない。でも、なぜかルカだけは、すごく気になったんだ。きっと一目惚れしたんだね」

「はぁ?僕、男だけど…」


大げさに思えるくらいに、渋い顔をしてみせる。彼はそんな僕の顔を見て、なぜか照れ笑いを浮かべた。


「あ~…ごめん。一目惚れっていうと語弊があるっていうか。でもホント、そんな感じで一目見てからすごく気になってさ…」

「僕は別に君と仲良くしたいと思わないし気にもなってない。もうそっとしておいて」

「え、ちょっ…」


彼がいつまでも話してくるから、僕が逃げるように席を立とうとした時、教室の扉が開いて先生が入って来た。

僕は仕方なく座り直して、彼に前を向くように促す。彼は名残惜しそうに前を向いて、小さく声を上げた。


「えっ?あれ…って…」


彼が僕の方を振り向いて、またすぐに前を向く。その様子に訝しげに前を見ると、紺のスーツを着て教壇に立つロウが、こちらをジッと見つめていた。



始業式と今週の予定を聞いて、学校が終わる。僕は挨拶が終わると共に、鞄を持ってすぐに教室を出た。

かなり足早に歩いたというのに、玄関で靴を履き替える僕の傍に、赤築リツが寄って来た。


「ルカ、待ってよ。一緒に帰ろう?」

「なんで?僕は早く帰りたいんだけど」

「え~?なんか用事があるの?俺、もっとルカと話したいしルカのこと知りたい」

「……」


別に用事がある訳ではなかったから、返事に困って無言で歩き出した。僕がかなり素っ気ない態度を取ってるというのに、リツは気にする様子も無く、僕の隣を歩く。


「なぁルカ、俺らの担任の青砥(あおと)ロウって、青蓮家の眷属(けんぞく)だよな?ルカは先生を知ってる?」


僕の顔を覗き込むように聞いてくるリツには目もくれず、僕は前を向いたまま、淡々と答える。


「ロウは僕の部下だ。僕を守るために教師になって、この学校に来た」

「えっ!マジでっ?すごい忠誠心だな。きっとルカが大切なんだね」

「知らない」


ロウはただの変わり者だ。僕の傍にいる限り、自分まで嫌われてしまうと言うのに…。

いつの間にか俯いていた僕の頭に、リツがそっと手を置いた。僕は驚いてリツを見る。だがすぐにその手を払い、「僕に触れるな」と呟いた。

僕の態度に、そろそろ怒ってもいいと思うのだけど、リツは眉尻を下げて僕に謝ってきた。


「ごめん…。なんかルカがさ、寂しそうに見えて。俺、やっぱりルカのこと、もっと知りたい!どんなにルカが俺に冷たくしても諦めないからなっ!」


満面の笑みで宣言するリツを、僕は怒るのも忘れてポカンと見つめる。

しつこくしないって言ってたじゃないか…。こいつ、もしかして…バカなのかな…。

僕は、何を言ってもこいつには通じないんだと諦めて小さく首を振ると、ひたすら無言のまま駅まで歩き続けた。


駅までリツにピッタリとついて来られて辟易(へきえき)してると、ロータリーに止めてある車から、軽くクラクションを鳴らされた。

振り返ると、その音を出した車からロウが降りて来て、まっすぐに僕を見つめる。僕も無言でロウを見つめ返した。

ロウがなぜここにいるのかを察したらしいリツが、羨ましそうに僕を見る。


「あっ、いいなぁ。ルカ、車で帰んの?」


僕はリツに見向きもしないで「早く帰ったら?」と吐き捨てて、ロウの車に向かった。

そんな僕の態度にも懲りずに後ろから、「ルカっ、また明日な!」とリツが明るく言って、走り去る足音が聞こえる。ゆっくりと振り向いた僕は、遠ざかっていくリツの背中を、ロウに名前を呼ばれるまで見ていた。



「彼は、ルカ様の前の席にいた生徒ですね」


ロウが、バックミラーに映る僕をチラリと見て話し出す。


「そうだね。赤築リツって言うんだって。一年の時は、人狼族の者が同じクラスにいなかったから、今年はびっくりしたよ。別に同じクラスにいてもいいんだけど、あいつ、僕に馴れ馴れしい。はっきり言って邪魔だ」

「そうですか。俺も、彼は気に食わないですね。ルカ様に近寄り過ぎだ。何か不審を感じたらすぐに言ってください。俺が排除します」


バックミラーの中のロウと目が合って、すぐに視線を逸らす。僕は小さく溜め息を吐いて、窓の外に顔を向けた。


「いいよ…。揉め事は起こしたくない。それに、あんな奴、自分で何とか出来る。それよりロウ、なんで僕の担任なの?」

「さあ。どのクラスを受け持つかは、俺が決めた訳ではないですから」

「ふ~ん…。目立つことはしないでね」

「そのつもりではいます。だけど、ルカ様に危険が迫った時は、なりふり構いませんよ」


僕に対するロウの過保護ぶりに、まだ言いたいことがあったけど、ロウは意外に弁がたつから、いつも言いくるめられてしまう。

僕はもう一度小さく息を吐くと、座席に深くもたれて目を閉じた。



翌日から、赤築 リツは、しつこく僕につきまとって来た。

僕は追い払うのも面倒で、勝手に喋らせて無視をしていた。だけどそのうち、ポツリポツリと返事をするようになって、気がつけば、周りからは親友だと思われるくらいに、傍にいるのが当たり前になっていた。



今日も僕が、ロウ手作りのカスクートを持って、滅多に人が来ない空き教室へ向かうと、リツもピタリとついて来た。「ついて来ないで」と言うのも億劫で、僕は小さく息を吐いて、話しかけるリツには目もくれずに教室に入った。


「ルカはここが好きだよな。俺もルカと二人だけで静かに過ごせるここが好きだよ」

「……」


あんたがいなければもっと静かに過ごせるんだけど。

心の中で文句を言って、チラリとリツを見る。

僕と目が合ったリツは、とても嬉しそうに笑って、僕の向かい側に腰を下ろした。

僕はまた一つ息を吐きながら、紙袋からカスクートを取り出そうとして「あ…」と声を上げた。

しまった。リツに気を取られて、飲み物を買ってくるの忘れた…。

紙袋を掴んで立ち上がった僕の腕を、リツが慌てて掴む。


「あっ、待って。ルカ、どこ行くんだ?」

「飲み物…」

「それなら大丈夫だよ。俺、ルカの分も持って来てるから。はい、これ。ルカはミルクティーがいいんだよな?」


リツが布製の袋から、ストレートティーとミルクティーのペットボトルを取り出した。やけに大きな袋を持ってると思ったら、お弁当以外にもこんな物を持って来てたのか。


「ほら、ルカの為に持って来たから、飲んでもらえると嬉しい。腹減ったから早く食べようぜ。いただきまーす」


リツが、袋から籠のお弁当箱を出して手を合わせる。綺麗に並べられた、卵とハムのサンドウィッチを一つ掴んで、大きな口でパクリと食べた。

僕は、再びゆっくりと腰を下ろし、僕の前に置かれたミルクティーを手に取り、小さく呟く。


「…ありがとう」


どうしても素直に言えなくて、ごく小さな声しか出ない。なのに、ちゃんと聞き取ったリツが、太陽みたいな輝く笑顔を見せた。





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