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たゆたう青炎  作者: 明樹
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孤独な青

高い木が立ち並ぶ森の奥へと突き進むと、大きな洋館が現れる。

激しく雨風が吹き荒び、雷鳴が轟くこの夜に、この洋館で一つの命が誕生した。

雷の音に負けないほどの大きな産声を上げて生まれて来たのは、輝くような美しい男の子。その部屋にいた者は皆、愛らしい赤子の誕生に喜んでいた。


「リリカ、よく頑張ったな。とても可愛い子だ。おまえに似て、きっと美しく成長するだろう」


そう言って微笑むのは、この洋館の主の青蓮(しょうれん)ルイ。180㎝以上はある長身に引き締まった身体、角度によって青く見える黒髪を後ろに撫で付けて、自信に満ちた端正な顔は、会う者すべてを魅了する。


「でもこの子の黒髪はあなた譲りよ。あなたのような凛々しい男に育ってほしいわ…」


透き通る美しい声で囁くのは、ルイの妻の青蓮リリカ。背中に広がる豊かな亜麻色の髪が、電灯の光に反射してキラキラと輝いて美しい。白い優しげな顔は、まるで少女のように可憐だ。


「この子の名前はルカだ。私たちの血を引くこの子は、きっと美しく変身するに違いない」

「そうね…。ルカ、私の可愛いルカ…」


リリカが、隣でスヤスヤと眠る小さな手を優しく包む。あまりにも愛しい存在の誕生に、彼女の胸が熱く震えて、涙が一筋、白い頬に流れ落ちた。



すぐ傍で物音がした気がして、静かに目を開けた。月明かりすら入らない部屋は真っ暗で、僕は身じろぎもせず、ゆっくりと呼吸を繰り返す。暗闇に慣れてきた目が、微かに人影を捉えて、僕はその人影に向かって名前を呼んだ。


「ロウ、何をしてるの?」


人影がベッドのすぐ側に(ひざまづ)き、僕の頬をスルリと撫でる。


「ルカ様、この家の近くで狼の気配がします。あなたの様子を伺いに来たのかもしれません。俺は、ルカ様が心配で守りに来たのです」

「それくらいで大げさだよ。それに、ロウの部屋は隣なんだから、わざわざ見に来なくてもいい」


僕の頬に添えられたロウの手を跳ね除けて言った。それでも懲りずに、今度は僕の手を握る。


「そんな訳には参りません。他家の者は皆、ルカ様に目をつけている筈です。ルカ様には、常に危険が付きまとっているのです。俺が命に代えてお守りしますが、どうか、くれぐれも用心して勝手な行動はなさいませんよう…」

「僕が一族の中では名門の青蓮家の者でありながら、飛び抜けた出来損ないだから、物珍しいだけだろ?それに僕を攫いたいなら攫えばいい。どうせ出来損ないの僕など捕まえたところで、何の役にも立たないのだから…」

「ルカ様は、誰よりも優れています。それは、あなたがこの世に生を受けた時から傍にいる俺が、一番よくわかっている」


僕が異質な存在だということは、一族の中では広く知れ渡っている。こんな僕を褒め称えて傍にいる奴なんて、ロウくらいだ。

僕は少しイラついて、ロウの手を離そうと腕を強く引く。だけど、引けば引くほど僕の手を握るロウの力が強くなった。


「ロウ、僕は家族にも嫌われて見放されているんだ。おまえも僕の守りなどやめて、何処へなりと行けばいいのに。おまえくらい優秀だと、喜んで迎え入れてもらえるのに」


いきなりロウが腕を強く引くから、僕の身体が傾いて、ロウの胸に倒れた。

反射的に離れようとしたけど、昔から傍にある落ち着く匂いに、僕はそっと目を閉じる。


「ルカ様、いつも言ってますが、俺はあなたの傍を決して離れません。ルカ様の傍を離れる時は、俺が死ぬ時です」

「…僕が死ぬ時かもしれないよ」

「俺が、ルカ様を先に死なすことなどあり得ない」

「相変わらず変な奴だ…」


僕の髪を撫でる手が心地良くて、再び瞼がトロリと落ちる。意識が薄れていく僕の耳に、狼の遠吠えが聞こえてきた。近くで聞こえたそれが、だんだんと小さくなっていき、消える頃には、僕はロウの胸の中で眠ってしまっていた。



僕が五歳の時に母親が死んだ。元々心臓の弱かった母は、風邪をこじらせてあっけなく逝ってしまったのだ。

母親が死んでから半年経った頃に、父親が新しい母親を連れて来た。肩までの黒髪に化粧の濃い、若い女だった。綺麗ではあるが、僕の母親のような透明な美しさがない。

だけど父親は、若いだけが取り柄のその女を可愛がり、すぐに子供が出来て、僕が六歳の時に弟が生まれた。

義母は、僕と初めて会ったその日から、父親がいる時以外は全く僕に話しかけてこなかった。まるで僕の姿など、目に入っていないかのように。

僕は最初は、家族になったのだからと出来るだけ話しかけていたのだが、ほとんど反応が返ってこなかったので、そのうち話しかけるのを止めた。

僕の家は一族の中でも名門で、森の奥にある大きな洋館には召使いが何人もいた。だから義母が僕を無視していたとしても、世話をしてくれる人はいる。特に七つ上のロウは、僕が生まれた翌日から、僕の子守りを始めたそうだ。ロウは常に僕の傍にいて、僕の身の回りの世話から勉強や武術の練習まで、全てを面倒見てくれた。

だから、僕があの洋館を出て、この小さな家に移った時も、ロウは何も言わずについて来た。

僕は、あの洋館で暮らす資格がないのだ。直接口に出しては言わなかったけれど、父親もそう思ってる筈だ。だから僕が家を出ると言った時も、止めなかったのだ。


父親が僕に冷たくなったのは、弟が生まれてからだと思う。小さな弟が可愛いのだから、仕方がない…。そう自分に言い聞かせていたけど、父親が僕を可愛がることなど、二度となかった。

そして父親が僕を確実に見放したのは、三歳になった弟が、狼に変身出来た時だ。

我が青蓮家は、人狼の一族だ。人狼界の中でも名門で、赤築(しゃづき)白蘭(びゃくらん)黄麻(おうま)と並んで、四大名家に入る。

人狼族の誰もが、三、四歳になると、狼に変身出来るようになる。稀に人狼界で位の低い者や、人狼と人間の間に生まれた者の中に、完璧に変身が出来ない者が出てくる。彼らは、耳や尻尾を出すしか出来ないのだ。

しかし、四大名家の者は皆、立派な狼に変身する。

青蓮は青味がかった黒毛に青い目の狼に、赤築は赤味がかった栗毛に赤い目の狼に、白蘭は雪のように真っ白な白毛に緑の目の狼に、黄麻は輝く金の毛と金の目の狼に。

それなのに僕は、三歳になっても四歳五歳になっても、変身出来なかった。そして、十七歳になった今でも、変身出来ないままだ。

父親譲りの黒髪に深い青の瞳と、母親そっくりの顔をした僕は、確かに青蓮家の血を受け継いでいる。なのに変身出来ないのだ。


母親は、落ち込む小さな僕を抱きしめて、「焦らなくていいのよ。あなたは、確かに青蓮の血筋なのだから。そのうち、とても綺麗な狼に変身出来るわ…」と慰めてくれた。父親も、母親の隣で頷いていたが、その目には苛立ちが浮かんでいるように見えた。

そんな優しい母親がいなくなり、義母が来て弟が生まれ、その弟が三歳で美しい毛並みの狼に変身した。

父親は大喜びで、弟の変身を祝って宴を開いた。僕も仕方なく参加した席で、浴びせられた父親の僕を蔑む冷たい目は、ずっと忘れることはない。父親だけでなく、宴に出席していた青蓮家に繋がる全ての人々が、僕を異端な者として、軽蔑の眼差しを向けてきた。

僕は素知らぬ振りで耐えていたけど、まだ九歳の子供では、重苦しい重圧に耐えきれずに押し潰されてしまいそうだった。

だんだんと顔が青ざめ、手足の先が冷えて震え出した頃、ロウが僕を部屋から連れ出してくれた。

ロウの部屋へ連れて来られ、温かい紅茶を出されて一口飲んだ瞬間、僕は堰を切ったように泣き出した。

僕にも青蓮家の男としてプライドがある。だから、どんなに冷たく当たられて酷いことを言われても、決して泣いたりなどしない。でも、ロウの前ではダメなんだ。我慢出来ずにいつも弱音を吐いてしまう。

だからと言って、ロウは僕を見下したりしない。いつも僕を主人として、敬う態度を崩さない。

ロウは、僕をそっと抱きしめて、黙って何度も背中を撫でてくれた。

思いっきり泣いて落ち着いた僕は、ヒクヒクとしゃくり上げながら話し出す。


「ロウ…なんで僕は変身出来ないんだろう。変身の仕方は理解しているし、どこをどうやればいいかもわかってる。でも、何度やっても出来ないんだ…。やっぱり僕は、出来損ないなんだ。青蓮家の恥なんだっ」

「ルカ様、あなたは、俺が青蓮家の中で、唯一お仕えしたいと望んだ方です。俺は、ルカ様が出来損ないとは思えません。青蓮家の誰よりも美しく聡明だ。人狼界の中で、ルカ様だけが変身出来ないというのも、神様に選ばれた特別な存在に思えてなりません」


ロウの力強い言葉に、僕はゆっくり顔を上げる。深い海を思わせるロウの瞳に、情けない顔の僕が映っていた。

その目を細めて、ロウが僕の額にキスをする。


「ルカ様、他の誰が何と言おうとも、俺はルカ様から離れません。俺の主人はルカ様だけです。どうか、俺の大事なあなたを、(おとし)めるような言葉を口にしないで下さい。ほら、あなたのそんな可愛らしい泣き顔を見てると、堪らなくなる。落ち着いたのなら、俺と散歩に行きませんか?背中に乗せて、どこまでも駆けて行きますよ」


十六歳になって、急に大人びた顔つきになったロウに、ドキリとした。

僕は変身したロウの、月明かりに煌めく鉄色の毛並みが好きだ。触れると意外に柔らかくて心地いい。その背中に乗るのも好きなんだ。

僕は、ロウの服に顔を擦りつけて涙を拭くと、大きく頷いた。



僕が中学に、弟のルキが小学に入学する直前、父親がこの家の跡継ぎを弟に決めた。

わかっていたことだったけど、やはりショックだった。もう用無しの役立たずの僕が、この屋敷に居続けることは出来ない。そう思って、父親に「この家を出たい」と告げた。

父親は何も言わずに頷くだけだった。そして僕を疎ましく思っていても、一応父親だからだろうか。僕が住む為の小さな家を与えてくれた。それに、学校の費用や生活費等に必要な十分なお金を、定期的に振り込んでくれている。

それは、捨てた僕を不憫に思う気持ちからだろうか。それとも仕方なくだろうか?どちらにせよ、まだ子供の僕は一人では何も出来ないのだ。



森の奥の洋館を出る時に、ロウには残るように言った。

ロウは優秀だ。僕について来た所で、自分の為にはならない。僕は、「住む所とお金があれば一人でも大丈夫だ」と言ったけど、ロウは頑として首を振らず、僕が許可してないのに、勝手について来た。

そして洋館にいた頃と同じように、僕の世話を楽しそうにしてくれる。…そうなのだ。ロウは昔から、僕の世話をとても楽しそうにする。こんな役立たずの僕の世話の何が楽しいのか、僕にはさっぱりわからなかった。


この小さな家は、人間が住む街のはずれにあった。

僕がいた青蓮家は、森の奥深くにあったが、人間界の中に屋敷を構える一族も多数いる。僕が新しく住み始めた家がある街には、赤築家の大きな屋敷があった。

赤築の者が、小さな家に住む僕の話を聞いたのだろう。ちょくちょく深夜に家の周りをウロつく狼の気配を感じるようになった。たぶん、僕を襲いに来ることは無いと思うのだけど、心配したロウが、狼が出る度に寝ている僕の傍に来る。時には外に出て、狼を追い払っているようだった。



僕たち人狼族は、人間に紛れて学校に通っている。

大半の人間は、僕たちの存在を知らない。だから僕たちも、派手に動いてバレない様に気をつけていた。

そして僕は、今年、名門私立高校の二年生になった。

昨年に大学を出た七つ上のロウは、何を思ったのか、僕が進学した高校の先生となった。


「これで、四六時中ルカ様の傍にいられる」


そう言って、端整な顔に満面の笑みを浮かべるロウを、僕は呆れて見た。






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