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二日目

 翌日は山道を歩き、渓流まで降りて釣りをした。

 僕以外は、餌に触るのを嫌がった。


 ふと僕が対岸を見ると、大きな虫取り網を持った加藤さんに気付いた。

 あれは、結構値段の高い、プロ用の網だよな。

 本当に昆虫採集している人なんだ。


 僕は虫オタクとして、加藤さんに親近感を持った。

 それに、ちゃんと見守ってくれているんだなって、安心した。


 加藤さんは、対岸にある、石像みたいな物を拭いている。

 こちら側からだと、吊り橋渡らないと行けない場所だ。

 そう言えば、この辺は羅漢像があるんだっけ?

 なんだかゲームに出てくる、魔王を封印してるみたいな像だ。


 肝試しは、あの辺で良いかもしれない。



 渓流で釣れたのは、小さな川魚が二匹だった。

 釣ったのは、僕と透琉。

 釣りは初めてだと透琉は言っていたけど、勘が良いと言うか、器用になんでもこなせるというか。

 でも釣りで疲労したのか、透琉はあまり元気がない。


「大丈夫?」


 僕は恐る恐る訊いた。


「ああちょっと、夏バテ、みたいな?」


 その日の夕食に、釣った魚も調理して貰った。


 夜は花火と肝試しだ。

 今回のクライマックス。


 だから少年の家の敷地内で、一人三本くらいの花火を楽しんだ後、肝試しをすることにした。


 少年の家の受付の人には、八時から九時まで、外出許可を貰った。


「肝試し? なるほど。ではこの辺りに伝わる、真に恐い話でもしてやろうか」


 加藤さんが人懐こい笑顔になる。


「あれですか? 吸血少女の噂」

「吸血少女? ネットに出たヤツかな。ああ、その元ネタかもな」


 加藤さんは話を始めた。


 その昔、この地域で、互いに想いあっている男と女がいた。

 二人は夫婦となり、貧しいながらも幸せに暮らしていた。

 だが、行商で遠い地に出かけた男は、妻の元に帰って来なくなる。


 妻である女は待ち続け、いつしか病にかかり、死んでしまう。

 哀れに思った土地の守り仏は、女に永遠の命を与えた。

 死人帰りをした女は、赤い目と伸びた牙を持ち、帰らない男を見つけるために、今も彷徨っていると言う。


 一同、シーンとした。

 加藤さんの語り口が、臨場感あって、コワイというか寂しくなった。

 

「だから、君たちも気をつけるように」


「あ、あはは。なんかホントの話みたいだ」


 無理やり佳月が笑ってみせた。

 ぼくも引きつりながら、笑顔を作った。


「ええと、言い伝えっていうのはな……」


 ぶつぶつ言いながら、加藤さんは思い出したようにみんなに言った。


「危険を避け、何かの災害を防ぐための内容が多いんだぞ」


 何の、危険なんだろう……。


「とにかく、虫除けスプレー忘れるな」


 僕の耳には、虫除けのことだけ聞こえて来た。




 ◇◇



 僕たちは昼間釣りをした場所から少し下ったところにある、小さな吊り橋を渡って対岸へ進んだ。

 月明かりの下、ギシギシと鳴る吊り橋を渡るのはちょっとコワイ。


「なあ、吊り橋効果って本当かな」


 佳月と祥真が先に行き、僕と透琉があとから渡る。


「吊り橋効果って……何?」


 透琉に訊き返す。


「吊り橋みたいな危険なとこで、出会う男女は恋に落ちやすいっていう、アレ」


 そんなことがあるんだ。

 そう言えば……。

 

「じゃあ、透琉が一緒に吊り橋渡りたい女子って誰?」


 ドキドキしながら僕は訊ねる。


「そうだなあ、あえて言えば、陽葵(ひなた)とか」


 夕べも言ってたけど、やっぱり……そうなんだね、透琉。

 付き合ってはないけど、好きなんだ。

 きっと、陽葵も……。


 男子の人気が高い陽葵。

 クラスでも仲が良い透琉と陽葵。

 二人は体育の時の、号令をかける係だ。

 男女混合のクラス対抗リレーで、女子と男子のアンカーは、透琉と陽葵だった。

 騎馬戦でも同じ班だった。


 僕は体育が苦手だ。

 二人が校庭を疾走する姿に憧れた。


 僕の目が暗くなったのは、きっと月が翳ったせいだ。



 石像まで行くと、月が再び顔を出す。

 月光に照らされた石像は、やはりこの地域であちこちに見られる羅漢像みたいだ。

 笑っているような、怒っているような、そんな顔つきをしていた。


 怒るかな、羅漢さん。

 僕は今、首筋が痛いよ。


 きっと、目の色も変わっている。

 だから、僕は透琉の腕を取り、思わず噛みつく。


 首が良いんだけど、身長が違うから噛みつけない。


「痛っ!」


 透琉は手を引く。


「な、何すんだ」


「透琉。僕ね……」


 じりじりと近付くと、透琉は駆け出し、くるりと反転して吊り橋を渡り切った。


 やっぱり、足、速いよね。

 透琉の怯えたような素振りに、佳月と祥真も追っていく。

 僕は、羅漢さんに語りかける。

 僕は、透琉のこと好きだよ。

 友だちだと思ってる。

 でも。

 好きな相手が好きな男って、ホントに仲良く出来るのかな。

 友だちで、いられるのだろうか。


 元の場所には街灯がある。

 弱々しい光だけど、山の中では頼りになる。


 走り切った透琉は、体を前に倒して、はあはあしている。

 汗がぼたぼた落ちている。


「おい、大丈夫か? 透琉……」


 佳月が透琉の背中を擦っている。


「き、気持ち、悪い」


 祥真は無理に明るい声を出す。


「吐いちゃえ吐いちゃえ」


 透琉は座り込み、頭を抱える。

 立ったまま見守る二人の顔色が変わる。


「! と、透琉、それっ!」


「何?」


「その、首、どうしたの?」


「え、首って」


 透琉の首筋には、赤い点が二つ並んでいる。


 まるで、何かの牙が刺さったかの様に……。

 首筋に手を当てた透琉は、その瞬間吐いた。


「おい、大丈夫か!」

「誰か呼んで来る」


 佳月と祥真がバタバタしている。

 僕はゆっくりと吊り橋を渡り、皆と合流する。


「おんぶするよ、透琉」


 僕が透琉の腕を取ろうとすると、透琉は嫌がる。


「動けないんだろ? 肩貸す方が良い?」


 ふるふる顔を動かす透琉。

 涙を流している。


 僕は胸の内に広がる、仄暗い感情に支配された。

 あのカッコいい透琉が。

 いつもリーダーシップに溢れている透琉が。


 こんなに弱々しくなっているなんて。


 佳月と祥真が加藤さんを連れて来た。


「どうした? 何かあったのか」


「あ、あの、吸血鬼……」


「え?」


「と、透琉が、吸血鬼に、やられた!」


 加藤さんは座りこんだ透琉のあちこちを触り、顔や目を見る。



「発熱、発疹、山の中……」


 加藤さんはぶつぶつ言いいながら、透琉に訊ねた。


「虫除けスプレーしてたか?」

「い、いえ。あ、ハーブの、虫除けハーブ水だけ……」


 息も絶え絶えに透琉が答える。


「そうか」


 加藤さんは宿泊場所に連絡している。


「はい……そうです。マダニかも。ライム病か、日本紅斑熱か……安静にして、車で……」


 すぐにワゴン車がやって来て、そのまま僕たちは下山した。

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