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初日

 当初の予定通り、僕たち四人は池袋から特急に乗る。

 いよいよ二泊三日の冒険の始まりだ。

 ボランティアの男性は、現地で合流する予定になっている。



 宿泊場所は、山の麓の少年の家。

 ボランティアの加藤さんを含め、五人で予約してある。


 最寄りの駅には、送迎用のワゴン車が待っていた。

 ワゴン車は急な坂道と連続するS字カーブを走って行く。

 窓から見える景色は、木々の緑と遠い山脈(やまなみ)


「あっ!」


 窓際に座った僕は、思わず声を出した。


「どうした?」


 隣席の透琉が訊く。


「あ、え、いや……。何でもない」


 きっと。

 きっと見間違いだろう……。

 僕は困った顔をする。


 目ざとい透琉が更に訊いてくる。


「気になるよ。話して」

「う、うん」


 僕は諦めて透琉に言う。

 昼間でも薄暗い木陰に、一人の少女が立っていた。


 あんな山の中で、何をしてるんだろうって。


「まさか、噂の吸血少女? なんてね」


 透琉はミネラルウォーターを飲み込む。

 まだ昼間だしね。木陰は薄暗いけど。


「きっと地元の人か、観光客だね」


 話はそこで終わった。

 僕は、ほっとした。




 車に乗って小一時間で、宿泊所である「T市自然少年の家」に着いた。

 祥真は車酔いしたみたいで、車を降りた途端にゲロってた。


 館内に入ると、受付側のソファで寝ている人が居た。

 工事現場で作業する人みたいな服装で、顔に麦わら帽子を乗せている。

 男の人だ。


 透琉が受付の女性に話かけている。


「ああ、引率者の方、もう来てますよ」


 受付の女性はソファで寝ている男性を指差した。


「加藤さん、生徒さん来ましたよ」


 麦わら帽子を外し、起き上がった男の人は、ボサボサの髪と眠そうな目をしていた。


 僕たち四人は揃って挨拶をした。


 加藤さんは、一人一人と握手する。

 作業員かと思ったけど、掌は割と柔らかい。

 いかにもおっさんぽい雰囲気だ。


 でも笑った顔は、結構若かった。



「基本、俺は適当に好きなことをしているから、君たちも自由に動いていいぞ。ただし、一日何回か点呼取るから。あ、あと……」


 加藤さんは、ぐるりと僕たちの姿を見た。


「山歩きするなら、長袖と長ズボン。首にはタオルを巻いておけよ」


「「「「はあい」」」」





 初日は「自然少年の家」の周辺探索を行った。

 丘陵地帯というけど、僕たちの目から見れば山奥だ。

 陽ざしは強い結構強い。でも風が吹くと心地良い。


 上り坂の途中に自販機があったり、渓流釣りをしいている人も結構いたりする。


「夜になったら、真っ暗になりそう」


 佳月が言う。

 コンビニもないし、民家も少ない。


「肝試し、しやすそうじゃん」


 透琉が目をパチパチさせながら言った。


「あれ? 透琉、目どうしたの?」

「なんか、ちょっと眩しくって」


 僕は透琉を日陰側にして歩いた。


 夕食後、就寝は九時ってルールなんだけど、僕らは天井の電気を消して、部屋の真ん中に集まった。

 お菓子の袋を開けて、炭酸飲料で乾杯する。


「俺らの最後の夏にカンパーイ」


 なんて祥真が言うので、皆、缶をぶつけ合う。


「加藤さん、わりと良い人っぽい」

「うん。うるさいこと言わないし」

「フリーターかな?」

「どうだろ?」


 最初はどうってことない話。

 そのうちに恋バナ。


「ねえ、なんで透琉、カノジョ作んねえの?」


 いきなり直球で佳月が訊いた。


「え? ああ、別に欲しいとか思わないし」

「なにその余裕! コロス!」


 透琉の答えに祥真が首を絞める素振りをする。


「そういう祥真こそ、イッコ下の女子とデートしてたじゃん」


「あひっ! ち、ちげーよ、それ。誤解誤解」


 ぼそっと佳月が言う。


「俺、透琉は陽葵ひなたと付き合ってるのかと思ってた」


 僕の胸が小さく鳴った。

 やっぱり。

 そう思ってたの、僕だけじゃなかったんだ……。


「え、陽葵? ああ、委員会一緒だからな。うん、仲は良いかも」

「だろ?」

「でも、あんましアイツに女感じないっていうか」


 こういう話題になると、僕は入れない。

 みんなも、敢えて僕には話をふらない。


 有難いんだけど……。

 それはそれで、寂しい気分にもなる。


 遠くで梟の鳴き声がした。


「そろそろ寝ようか」

「そうだね」


 透琉が小声で僕に言う。


「俺、長袖シャツとか、持ってくるの忘れた」

「良いよ。僕のでよければ貸すから」

「サンキュ」


 その夜。

 僕は夢を見ていた。


 山の中、僕は走る。

 追ってくる人影。


 女性だ。

 長い黒髪。着物を着ている。


 走りながら僕は振り返る。


 追ってくる女性は、同じクラスの陽葵だった。

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