外部入学生の芋女が王子へ急接近しているので婚約者の私が呼び出して真実の愛について語ってみた。
また勢いだけで書いた。
今回は誰も不幸になりません。
でも王国は滅ぶかもしれません。
失礼します、そう言ってサロンへ入ってきた女の芋くさいこと。
流行りの装飾品一つ身に付けず、格落ちの制服を身に纏い、髪は簡素に纏めるだけ。
けれど良いのよ、承知の上で呼び出したのですから。
「ようこそ。ここは学園に通う子女でも選ばれた者のみが所属を許されている、通称『薔薇好きの集い』よ」
「あ、それでこんなに薔薇が一杯なんですね」
私が自ら歓迎の言葉を贈ると、芋女は字面通りに受け取って納得してしまう。
駄目ね、学が足りないだけではなく、芸術を愛する心が育まれていないのね。
ここまで案内をさせてきた者が彼女を促し、私の前へ連れてくる。
椅子が引かれて、やや緊張した様子で腰を下ろした所で話を再開した。
「貴女はまだ入学したばかりだから仕方ないとは思うのだけど、伝統ある我が校の一員となったのなら、それ相応の理解と振舞いが必要なのよ」
「そ、それで私をお呼び出しになられたので、でしょうか」
「話を最後まで聞きなさい」
「はい……」
いきなりすっとぼけた事を言っていたから、まさか緊張感を持ち合わせていないのかと心配したけれど、どうにか身分というものへの認識はあるみたいね。
下調べさせた限りでは、辺境から出てきたばかりで、貴族との接点すら無かったという話だった。類稀なる魔術の才能を見込まれたとはいえ、中身は芋の詰まった土臭い女という所かしら。
あぁいけないわ。
彼女だけが特別ではない。
私はそっと力を抜いて彼女の向こうにある薔薇を眺めた。
とても美しく咲き誇る花を見ていると、心が昂ってくるわね。
「小難しい会話が苦手な貴女へはまず、率直に言っておこうと思うの。これ以上無暗に王子へ接近するのはお止めなさい」
私の言葉に芋女はポカンと首を傾げるばかり。
「……まさか、王子が誰か分からないなんて言うつもりじゃないでしょうね」
「え? あ、あぁー、あの…………この学園に通っていらっしゃるってことくらいは」
思わずため息が出そうになるのをどうにか堪え、貴族子女たる振舞いを是とし、楚々と答えを示してあげましょう。
「貴女が先日頬を張った男子生徒、彼がこの国の王子よ」
「え……ええ!? アルが!? あっ、いえ、アルフレッド、さ、様が、王子様!? なのでございますか!?」
馬鹿にしているのかしら。
「どうやら本当に知らなかった様ね。ならば先ほどの言葉の意味をもう一度よくお考えなさい」
これが演技であったなら上手く騙された、という所だけど、芋女は下手な演技よりもよっぽど下手な驚き方をして目を泳がせている。
貴族相手に手を挙げた時点で斬り捨てられてもおかしくはないのだけど、最低限その程度の認識も持てていないのかしら。
「え、えーと。王子に近づくな、ってことですよね……そっか、アルが……アルフレッド、様に……………………あ」
「なにかしら」
最後の「あ」に、ただならぬものを感じて問い質す。
「なにかしら」
「そのぉ……実は次の学園のお休みに市場へ行く約束が」
「断りなさい」
「はいぃっ!」
「いえ……その誘いは王子から?」
「その通りですっ」
「では断るのは王子の名誉を傷つけることになるわね……仕方ないわ、穏便に事を済ませるつもりだったけど、そうはいかなくなったわね」
「……え?」
手元のベルを鳴らすと、侍女が素早く出入り口の鍵を閉め、私の座る周辺を会員達が取り囲んだ。
「ひっ!?」
「怯えることはないわ。最初はちょっと躊躇うかも知れないけど、貴女にとっても悪くない話なんだから」
「や、やっぱり王子への頬ビンタは死刑ですか!? 晒し首ですか!? 知らなかったんです!? ごめんなさいぃっ!」
「人を無暗やたらと首を刎ねる女みたいに言わないで下さる? 最後まで話を聞きなさいと、この私に三度言わせることの無い様務めるのね」
逃げ場は無い。
周囲は『薔薇好きの集い』で固めてある。
普段なら派閥争いで角を突き合わせている私達だけれど、この問題を前に一致団結して事へ当たっているのよ。
「し、死刑宣告だけは勘弁してくださいっ」
「ある意味で今までの自分は死ぬわね」
「ひぃぃぃぃっ!?」
そうして生まれ変わるのよ。
学の無かったこれまでを恨み、新たな生を謳歌する。
これぞまさしく、異なる世界への転生よ。
※ ※ ※
「――――つまり、アル×レイこそが至高だと私は」
「ちょっと! 布教は禁止って言ってたでしょう!?」
「仕方ないことよ。彼女がこちらの世界を理解するには、まず王道を行く幼馴染ルートから始めるのが一番なのだから」
「いいえ! 確かにレイベルト様は献身的に王子をお支えする理想的幼馴染ポジではありますがっ、王子という光に包まれて真っ直ぐにあの方へ憧れているリディク様との絡みこそが!」
「今は一般論の話をしているのよ」
「それこそ一方的な物言いですわっ。戦争よ、戦争も辞さないわ!」
「あのぅ……」
不毛な争いが始まってしまった所へ、芋女からの言葉が差し込まれた。
あらいけないわね、つい応戦してしまって忘れかけていたわ。
「つまりこれは……どういうことで……?」
「あら分からないかしら。困ったわね、庶民には花を愛する心が無いのかしら?」
「いいえ、アル×レイではなく、リディ×アルについて語るべきなのですわ」
貴女は少し黙っていなさい。
「王子はほんの少しだけ、えぇ、とても困ったことに、ほんの少しだけ貴女への興味を持った。市井へ繰り出そうだなんて王者たる者の振舞いではないけれど、そのヤンチャさが愛おしくもあるのだけれど、出来ればいつもの様に厳しくしかりつけるレイベルト様との絡みが見てみたいという気持ちはとても、えぇ、とてもあるのだけど……そこに貴女が挟まっていることが問題なのよ」
「憧れる上位の方への無邪気責めこそ至高、皆さんもそう思いませんこと?」
「だから黙ってなさい」
おほん。
「私達『薔薇好きの集い』は日々、王子とそのご友人方が戯れる様を遠巻きに眺め、一つ一つの触れ合いを報告し合っているの。確かに派閥は激しいわね。けれど、王子を中心とし、そこに無駄な女を近寄らせないという点では一致しているわ」
「あれ? でも確か、王子の婚約者って貴女……」
「由々しき事態ね」
「え?」
「王子には一刻も早く気付いてほしいといつも思っているのよ。真実の愛は、すぐそこにあるのだと」
「え?」
「この集いを引き継ぐに当たって、私も本当に苦労したわ。アル×レイの素晴らしさについて大演説を行い、集いの中で最大派閥へと成長させたことでようやく信任を勝ち取ったのだけど、やっぱりどうしても、自分自身の立場が時折邪魔してしまうの」
「え?」
「最近では、どうやって王子との婚約を破棄すればいいか皆で意見を出し合っているのよ。あの美しき空間に女は要らない。もし敵わないのなら、結婚式前夜に私は首を掻き切って身を捧げるつもりよ」
「……えー、でもそれだと王家が断絶」
「どうでもいいわ」
「えー……」
「一つ心残りがあると言えば、私が死んだ後で、婚約者を失った王子を慰めるレイベルト様との絡みが見れないことかしら。本当に、それだけが心残りで」
「いえあの、命は大切にした方が」
「命より大切なものがこの世にはあるのよ」
「はい、そうですか」
分かっていない様だけど、貴女から理解を得られないままだったなら、私は実力を以って排除するのも辞さないわよ。
王子との市場デート、それを穏便に、出来れば効果的に利用できないかと考えているのだから。
「あれ? えっと、それじゃあ王子へのビンタは」
「あれは問題ないわ。むしろよくやってくれたと一同感謝している程よ」
私の一言を期に会員達が沸き立った。
たった半日に過ぎないけれど、頬に跡の残った王子を気遣うご友人方。
ある者は憤って頬に触れ、ある者は心配して頬に触れ、ある者は笑った後で頬に触れ、そうして各所で目撃された出来事を語り合うのは昨今の私達にとって日課と言っても差し支えないのだから。
「えぇぇ……」
「まず貴女がすべきことは、王子に他のご友人も一緒にどうですかとお誘いすることよ。分かるわね?」
「え? あ、デートの件ですねっ。だ、誰を誘えば……?」
私達は沈黙した。
「え!? あのう……? え?」
この件に関し、口を挟むことは血判状によって禁止されているのよ。
誰が誘われても恨みっこ無し。
けれどこの私が最初に推したカプが誰であるか、その芋が詰まった頭でよく考えるのよ。
折角さりげなく名前を出したのだから、分かるわよね?
ねえ、分かるわよね?
「ええと、レイベルト様――――」
そうその通り!
「と、リディク様でしたっけ?」
違うわよ。
「そのお二人を誘って、私は出しゃばらずに身を引いておけば良い、ということですねっ」
「貴女には失望したわ」
「ええ!?」
「いけませんわ。ここまで我慢していましたが、やった者勝ちというのは解せません。私達アル×ノア派閥こそ真実の愛に相応しいとここに証明して差し上げましょう」
「いいえ、アル×グラこそが」
「高位の者が上にくるなんて安直よ。やっぱりリディ×アルを超える絡みは存在しないわ」
「いいえ」「いいえ」「いいえ」「いいえ」
やっぱりこうなってしまったのね。
薔薇のフレーバーを利かせた紅茶で喉を湿らせ、そっと息を吐く。
普段ならば決して同席はしない者達が、こうして咲き誇る薔薇について語れば戦争は免れない。
出来る限り話を急いだつもりだったけれど、遅かったのかもしれないわ。
「ええと、つまり私はどうすれば……?」
「アル×レイへいらっしゃい。最大派閥にして指揮を執るのはこの私、侯爵家令嬢なのだから」
「抜け駆けですわ!?」「ここでは身分を振りかざすのは禁止されていますのよ!?」「薔薇の前に私達は平等っ、掟を忘れてはいけません!」
「ですからどうすればいいんですか」
「一つだけ言っておいてあげるわ」
「…………はい」
「答えは各々の中にある。己が正義を掲げた時点で、争いは起き、終わる事は決してないのよ」
「なんかいい感じに纏めようとしてませんか」
失礼ね。
私は会員の証である薔薇の装飾が入った望遠鏡を差し出して、楚々と笑ってみせた。
※ ※ ※
市場デートも無事終わり、薔薇に挟まる女も処理した事で、学園には再びの平和が訪れていた。
今日も私達は各所へ散らばり、己が定めたスポットを狙い続けている。
「あ、腕取りました。そのまま掌を合わせるように滑らせて……」
「いいっ。偶然の出来事とはいえっ、少しでも貴方に触れていたいというレイベルト様の秘めた想いを感じるわっ!」
「あー、でも結局背中向けちゃいましたよ?」
「いいのよ。男は背中で語ると言うわ。触れた彼の指先の感覚を胸へ刻み込み、羞恥に染まる頬を隠すのにも時間が必要なのよっ」
学園校舎の中庭を望む教室内。
通常であれば授業が終了すると同時に鍵を掛けられてしまうものを、侯爵家の権限を以ってすれば容易く占拠可能になるのよ。
並の貴族では入り込むことの出来ない角度から、見える筈の無かった場所を覗けるというこの素晴らしき利点こそ、アル×レイ派閥を支えてきた土台の一つと言えるわね。
えぇ勿論、王道たる幼馴染ルートの素晴らしさあってこそですけど。
私達は並んで望遠鏡を覗き込み、お二人の様子を観察する。
楚々と。
令嬢たるに相応しき振舞いで以って、慎み深く。
「おー、拳を突き合わせて……」
「きゃーっ、今日はなんて素晴らしい日なのかしらっ」
決して薔薇へ踏み入らない。
「あの」
「なにかしら」
「悪くないですね、これ」
理解して貰えた様で嬉しいわ。