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アルラウネ

作者: Yukimaru

 人間は賢い生き物なので、同族で争うことをやめました。すると、人を殺すために磨かれてきたあらゆる技術は、ついに人を喜ばせるためのものになりました。

 そうして人類は、圧倒的な繁栄と平和を確立させたのです。しかし、時が経つにつれて人々はその生活に退屈を覚えてしまいました。

 人々は、いわば渇きに喘いでいたのです。

なんとかしなければならない。人々は何度も言葉を重ね合いました。ああでもないし、こうでもないと、言葉ばかりが宙を舞って、何度も夜明けを繰り返し、とても優秀な科学者が苛立ち気に机を殴りつけるまで、失敗ばかりでした。

 ある科学者がいました。名前を「ゆるゆる」といいます。

 ゆるゆるは、誰よりも優れた科学者で、人類を潤すことに成功したのです。

 みんなが喜びました。ゆるゆるへ向けられる賞賛の声は鳴りやみませんでした。

 ゆるゆるのおかげで、人類は新たな娯楽を得ました。

 天は人の上に人を作ることはありませんし、人の下に人を作ることもありません。とても自然な考えです。では、敢えて人の下にまた何か立場を作るとしたら、一体どうなるのでしょうか。それが、ゆるゆるの革新的な娯楽の出発点でした。

 注目したのは、家畜でした。次に虫でした。

 最後に花でした。

 ゆるゆるは、生き物に娯楽の可能性を見出しました。家畜や虫や花を、人の形に落とし込んで、それらを飼育してみようと試みたのです。

 大成功でした。当然失敗もしましたが、望んだことが出来たのですから、失敗作なんてどうでも良く、さっさと焼却処分しました。

 さて、人の形をしたものを、なんと呼んだらいいのかしら。

 人々の目下の悩みはそれでした。

 またいつものように会議をしました。そのうちの何人かは、また長々と会議をするのだろうかと、辟易しました。その気持ちは簡単に沁みていきました。二度目の会議でゆるゆるに丸投げすることになったのです。

 ゆるゆるは怒ることなく、その提案を受け入れました。そして、会議は三度目を迎えることはありませんでした。

 「ゆるゆるの傑作」は「神外」と呼ばれることになりました。「人外」ではないのですかと、誰かがツッコミを入れたようですが、ゆるゆるのネーミングセンスは、良く言えば独特で、発表されたときには微妙な雰囲気になりました。

 まあ、天才の考えることなんて。

 人々は深く考えるのをやめました。「そういう」時期のお金持ちは、カッコイイ持論をこねくり回して吹聴しました。

 結局、何が言いたかったのだろう。

 ゆるゆるは、その話を聞きながら、お気に入りの神外をお世話し日々を暮らしました。

 ゆるゆるは自己中心的な人間です。神外を作り出すには、なかなかお金がかかってしまうので、新たな娯楽づくりにかこつけて研究を推し進めてきたのです。

 このことは誰も知りません。ゆるゆるにお世話されている神外すらも知りません。神外は、ゆるゆると居て幸せを噛みしめるのです。

 自分よりも格下のカワイイ何か。神外とは、人類にとってすればそのようなもの。逆らわず、躊躇わず、人を喜ばせるためのおもちゃ。神外とはそのためのもの。

 人は、確かに傷つけることをやめました。しかし、残虐な心を自ら取り払ったのではありません。あくまで倦厭されるのは、人を傷つけること、人を痛めつけて楽しむこと、人を人として扱わないこと、人が人へ悪意をむけること。人に矛先を向けてはならないとされているだけなのです。

 ある人間は思いました。例えば豚の神外は、食べてみて美味いのだろうか。

 声を聞いた何人かが、試してみようと、豚と牛と鳥の神外を一体ずつ解体して食べました。

 とても美味しかった。

 その味の噂は瞬く間に広まって、ひと月経った頃には専門店が出来上がりました。連日、とぐろを巻くほどの行列です。

 このお店は味こそ最高評価でしたが、それ以外では世間を揺るがす論争の火種でした。

 神外は人なのか否か。

 ことの発端は、神外の屠殺現場が報道されたことでした。

 神外は人々と暮らすために、一般の小学生程度には言葉と社会性を身に付けます。やがて屠殺されるか、されないかは関係なく、その時が来るまで、すべての神外は平等に過ごすのです。

 さあ、屠殺です。選ばれた神外は拘束されて、屠殺場に連行されます。いよいよ殺されるという時に、神外たちは目隠しをさせられます。

 どさり、ばたり、右から左へこつこつと殺していきます。これから死ぬ事を察した場合、何とかして逃げようとする個体もいますが、少ししつけてやれば大人しくなるので心配ありません。ニコニコ笑って死んでいきます。泣き叫んで死んでいくこともあります。うるさいなあ、と映像の担当者は言いました。

 神外は、家畜を屠殺するよりも手間がかかるのに、採れる肉の量は人間一人が抱えてしまえるくらいです。よって、高級食材だったり、珍味として売られます。

 そこで働く者には、良い給料が与えられます。割の良い仕事だと喜んでいます。

こうして、神外の肉は人々の食卓に届くわけですが、可哀そう、とそれを嘆いた人が居ました。どこの誰とも知れない少女でした。少女は必死に叫びました。

 これはあんまりだ。神外を食べ物にするのはやめよう。

 くだらない、と七割は鼻で笑いました。二割は賛同しました。残りの一割は、手持ちの神外が無事なら例え他の神外がどうなろうとも何でも良いのでした。

 そんなニュースを、ゆるゆるは自宅のテレビで見ていました。隣には、花の神外がいます。名をアルラウネといい、見た目は人間と非常に近いです。街でちょっと見ただけではわからないでしょう。

 ゆるゆるは、インタビューを受ける少女の全く面白くない映像よりも、アルラウネの方に目を向けました。ゆるゆるはアルラウネが愛おしいのでした。

 アルラウネは、じっとテレビを見ています。

 アルラウネは特別に賢くなるよう作られているので、テレビから何か学んでいるのだろうと、ゆるゆるは変わらずアルラウネを見ていました。

 テレビがゆるゆるを名指ししました。どうやら神外食に反対するデモ隊の標的にされているようです。

 これには、ゆるゆるもちょっと動揺しました。アルラウネは相変わらずです。じっと、ただじっとデモ隊の映像を見ています。

 ゆるゆるは、アルラウネの真似をして気持ちを落ち着けることにしました。じっとテレビを見ています。

「なにもありません。なにも。あの人たちには、あなたのような」

「ような?」

「優しさがありません。静かさがありません。正しさがありません。少し考えればわかることを、永遠のテーマのように語ります。どうして、彼らは一丸となって叫ぶのでしょうか。叫ばなくても、聞こえさえすれば話は通じます。あなたのように、誰もがあなたのように」

「ように?」

 アルラウネは答えませんでした。

 最近のアルラウネは口にしたがりません。ゆるゆるからしてみれば、些細なことです。聞き出そうとはしても、しつこくそうしようとはしません。

「ごめんなさい」

「べつに」

「はい」

「どこか、出かけようか」

「はい」

 ゆるゆるはテレビを消して、アルラウネが身支度の工程を三つ終える頃には玄関にいました。

 いつもなら外で待っていたのですが、気まぐれにそこにいました。

 アルラウネがやって来たので、外に出ました。

 人間は、ものを考える生き物です。必要に駆られてしたり、ただの暇つぶしにそうすることもあります。今はもっぱら後者です。

 考えることは、大変高尚なことなのでしょうけれども、所詮は暇つぶしです。

 ですから、ゆるゆるとアルラウネの前にいる人の波は、暇人の集まりなのです。

 反対、反対、反対、反対。

 人の波にはいくつも口がありますが、脳みそは一つしかないようです。

「行きましょう」

 アルラウネは、立ち止っていた創造主の手を引いて先を行きます。

「どこへ」

「ここ以外のどこかです」

 どこへ連れていかれるのかを、ゆるゆるは楽しみに思いました。

 それから、ふと暇人の群れに目を向けると、ささくれのように腕が一本、ゆるゆる達に向けられていました。

 いた。いたぞ。見つけた。捕まえろ。

 声が一つ増えるたび、腕が一つささくれ立って、誰もがゆるゆるを群れの中に絡めとろうとしました。

 アルラウネが割って入ったので、ゆるゆるは無事でしたが、アルラウネはそうはいきません。

 アルラウネは花の神外です。家畜なんかの神外よりも、虫なんかの神外よりも、ずっと脆いのです。

 あ、と群れの中から声がしました。それを皮切りに膨れ上がっていた熱気は立ち消えてしまいました。

 遅れて警備の人間がやってきました。群れは我先にと逃げだしました。

 ようやく姿が見えたアルラウネは、体のいたるところから組織液が漏れだしていました。踏みつけられたり、殴られたりして色の濃くなった部位がありました。

 アルラウネはもう動きません。理不尽にも死んでしまったのです。

 ゆるゆるは泣こうと思いましたが、泣けませんでした。泣けたなら、物語として順当な結末が迎えられたかもしれません。

 その日以来、ゆるゆるは自堕落かつ無気力に生活しました。きちんと食事は済ませますし、仕事もしますがそれ以外を行うことはなくなりました。

 会話こそしますが、以前はぎりぎり感じられた抑揚もなくなってしまいました。

 ゆるゆるは感情を出しません。拭えない激情を表出させるのは、人間という賢い種族として、また教養ある社会人としてあってはならないことだからです。怒りをこぼすことは許されないのです。

 変わらないことは、退屈です。良い側面もあるでしょうが、退屈です。人間は、神外が歴史に現れる以前のことで、退屈なのが良くないことだと知っています。

 ゆるゆるはつまらない人間になりました。

 人々は退屈なゆるゆるから離れていきました。そして孤独なゆるゆるには、邸宅と退屈な生活だけが残りました。

 二十年が経ちました。ゆるゆるの話は、居酒屋でたまに注文されるおつまみのようになりました。このころには、あらゆる物事が要点だけまとめられて述べるのが常識で、話を聞いた人間は皆、ラストだけに注目します。

 感想は空の頭で口をそろえて言うのです。


ジャンルのタグ付けが正しいものか分からないので、間違っていたら教えてください。

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