あらすじ
【あらすじ】
人口が三千万人にまで減少したことを受け、政府は政治・経済の効率化を図るために、段階的に生活圏を縮小していくことを決定しました。物語開始時点では、一都六県以外の生活圏はすべて放棄され、日本人は関東を唯一の生活圏として生きています。
縮小政策の結果、関東の極端な人口集中とは対照的に、東北を始めとする地方都市や市町村は荒廃の一途を辿り、大いなる地球の意志によってコンクリートは緑で埋め尽くされ、広大な土地が野生動物たちの暮らす楽園となってしまいました。
郷田律子は、森林資源開発庁の経路開発課に勤務する二十八歳の女性。
裕福な都民からの莫大な電力需要に対処するために、日本政府はコア発電所の建設に力を入れました。発電所を建設するための候補地選定、経路開発、実際の建設指揮などを仕事にしているのが森林資源開発庁です。
発電所は冷却水を大量に確保する必要性から沿岸に作られることがほとんどですが、ときには沿岸以外にも、画期的な方法で内陸の建設が検討されることもあります。
そうした部局の内、経路開発課のエースとしてリツコは働いていますが、同僚からの評判はあまりよくありませんでした。外見は極めて美しく、それがかえって悪評に華を添えてしまっているようです。
ある日、縮小した生活圏の最北端の一角を担う栃木で、住民がニホンオオカミに殺されるという事件が発生しました。それ以降、通常関東にはいるはずのない大型動物たちが人間を襲う事件が多発します。
リツコは経路開発を円滑に行うためにも、その原因を探ることにし、“失われた国”とまでいわれる北東北へと調査に向かいましたが……
【人物】
・郷田律子
極めて端麗な容姿。人気女優、羽瑠に似てるという者もあれば、杉咲華に似てるという者もある。黒い長髪に一七○センチメートルの長身。自分に厳しく、佐藤昴以外の他人にも厳しい。出世して、旧秋田の再調査を実現させることを何よりの目標としている。
・佐藤昴
小柄で温厚な男。六五歳独身。それ程老人という訳でもないが、頭髪は既に白髪になっている。俳優の堤純一に似ている。笑った顔は小日向書男そっくり。律子の父親の元同僚で郷田家とは親交があり、律子のことは「リツコちゃん」と呼ぶ。
・郷田信介
リツコの父親。佐藤昴の同僚。十年前に行方不明になった。三船俊浪似。
【設定・用語】
・自然民
一都六県以外の放棄された地域に住む、国籍を持たない人間。多くは狩猟採集などで自給自足の生活を営んでおり、そうした暮らしに誇りを持ってもいるが、ときには前世紀の遺物を狩りに利用することもある。
基本的に生活圏の日本人とは敵対関係にあるが、縮小政策の施行から百年以上経った今となっては、買収されたり、国籍の付与や生活圏への移住などを提案されるによって、土地を明け渡すこともある。
・発電コア
極めて少量の使用で、極めて大量のエネルギーを得ることが出来る燃料。その運用を巡っては、安全管理の観点から従来さまざまな議論が交わされてきたが、縮小政策に伴って厳格で緻密な世論収集が実現してからは、生活圏全域のほぼ全人口で運用賛成という意見の一致をみている。
しかし発電コアはその性質上、使用後に生じる有害廃棄物を処理する必要があるため、発電所は生活圏からなるべく遠く離れた地域に建設されるのが通常。
・旧青森の爆発事故
物語開始時点から二十年前に起こった事故。既に独立していた北海道を除き、列島最北の旧青森にコア発電所が建設されるのは自然なことだったが、管理の不徹底が爆発事故を招いた。
大量の有害廃棄物が気体、液体さまざまな形で流出した旧青森は、人間はおろか他の動植物一切の生存を許さない不毛の土地と化し、以来誰も足を踏み入れることが出来ていない。そればかりか、旧秋田、旧岩手など、被害を免れた北東北の両県にさえ、汚染を恐れた人類は近寄らなくなってしまった。
・旧秋田調査団
物語開始時点から十年前に発足した、旧秋田を対象とする森林資源開発庁の調査団。北東北への遠征は旧青森の事故以来行われてこなかったが、当時の団長、郷田信介の強い意向で調査が行われることになった。
・野生の動物たち
放棄された東北の地域で暮らす野生の動物たちは、みな気性が荒く、人間を恐れない。
物語中の日本では、そうした動物の生態を詳しく研究する風潮は失われてしまっているが、縮小政策以来の百年にわたる世代交代で、人間への恐怖心が無くなってしまったためと考えられている。