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師匠さんは魔女らしい。


「好きにしなさい。でも、監視はするわよ」


「うん」



 えーと……。よくわからないけど、はなしは終わった、のかな。たぶん、間抜け顔でぽかんとしていただろう俺に、シアの視線が向けられる。



「ごめん、リツカ。紹介する。リヴィリアヘリア。妖精」


「別に覚えなくてもいいわ。どうせ短い付きあいなんだし」


「リヴィ」



 咎めるようなシアの声音に、リヴィ……ええっと、リヴィリアヘイ……? いや、ヘリアというらしい妖精……長いな、なまえ……ともかく、彼女はふん、と鼻を鳴らした。今度はシアから溜息が漏れる。



「えーと……シアがときどきなにもないところを見上げていたのって……」


「リヴィの声、聞いてた」



 ああ、なるほど。


 …………師匠さんの幽霊じゃなかったのか。ちょっとほっとした。



「リヴィ……ええっと、リヴィリア、ヘリア……だったよな?」


「……いいわよ、リヴィで。あたしたちのなまえ、割と長いもの」



 それは助かる。たぶん、そのうち噛むか間違える自信あったし。おことばに甘えさせてもらおう。



「それじゃあ、リヴィ。気分を害したら悪いんだけど、その、妖精ってふつうにいるものなのか?」


「いるにはいるわよ。住んでいる世界が違うから、人間の世界に出てきている妖精はそれほど多くないけど」


「そうなんだ。もしかしてみんな、リヴィみたいに姿を隠しているとか?」


「そりゃあね。人間なんかに関わっても、碌なことにならないし」



 ……じゃあなんでわざわざ人間の世界に来ているんだろう……。というのは、訊いたらダメなのだろうか。



「えーと、リヴィがいま姿を見せてくれたのは?」


「決まってるでしょ! あなたが! 余計なことを言い出したからよ!」



 びしっと再び指さされる。うーん……敵意がすごい。


 いまのことばから、俺に、というよりも人間に敵意を抱いている感じに思えたけど……ほんとうに、なんで人間の世界にいるんだろう……。



「余計なことって、畑のこと?」


「そうよ! あの畑はただの畑じゃないの! あなたが悪用しない保証なんてないじゃない!」


「ただの畑じゃないって?」


「師匠の畑」



 最後の問いにはシアがこたえてくれたけど、でも問えばこたえてくれるあたり、リヴィってくちではキツく言いながらも、案外親切なのかもしれないとひっそり思った。



「リツカ、ワルグワースの魔女、知ってる?」


「ワルグワース……って、ずいぶん遠い国のなまえだな。その国に魔女がいるのか?」



 ワルグワースといえば、この国からはずいぶん遠い国のなまえだ。一応、世界地図は頭に入ってはいるけど、あまりにも遠すぎてなまえくらいしかわからない。首を傾げれば、シアの視線がリヴィへと向く。リヴィは目を細めてじっと俺を見据えてきたけど、やや置いてから溜息を吐いた。



「……知らないのは事実みたいね」


「え。もしかして有名人?」


「師匠」


「え?」


「ワルグワースの魔女、師匠」



 あ、そうなんだ。いや師匠さんってただものじゃない感あったけど、まさか魔女だったのか。



 ……魔女?



「えーと、ごめん。魔女もおとぎ話でくらいしか知らないんだけど、なにするひと?」



 そのおとぎ話ではあんまりいい役柄では描かれていなかった。大釜で怪しげな薬をつくったり、ひとを惑わしたり、それこそ国を亡ぼしたり、なんならひとを食べるなんてはなしも聞いたことがあるくらいだ。たぶん、こどもの教育とかに便利につくられたはなしでしかないとは思うけど。悪いことしたら魔女に食べられちゃうよ、というような。

 そんなイメージ認識があてになるとは思えず、それならちゃんと現実をいちから知ろうと問えば、シアはひとまず椅子に座るよう勧めてきた。はなしが長くなるということなのか、もしくは立ち続けたままというのもなんだからということなのかもしれない。

 言われるまま席につけば、シアも俺の正面の椅子に腰かけた。



「師匠、薬つくる。魔女は自称」


「自称……」



 わざわざ自分で魔女を名乗っていたのか……。それにしては国名までついてきているのはちょっと大袈裟に思うけど……。



「……あなたは、妖精の加護って知ってる?」



 今度はリヴィから問われ、記憶を手繰る。もっとも、これはそんなに深く考えるまでもなく、一般常識程度の知識ならすぐに出てくるものだったけど。



「他人より優れた能力を与えてくれるっていうアレのことなら」


「ふん。都合いいはなしね。……あんなもの、呪いじゃない」


「え?」



 ぼそりと物騒なことをつぶやかれたような気がして問い返せば、なんでもないとリヴィは首を振った。一瞬だけ沈んだ表情を見せたけど、すぐに顔を上げて無表情を繕う。



「優れた能力が得られるのは事実よ。イスカ……シアの師匠は、薬をつくる能力と、そのための素材を生育する能力に長けていたの。もちろん、妖精の力を与えられてのものだから、人間としては規格外なほどにね」


「ああ、だからあんなすごい薬をつくれたのか」



 すごいのレベルじゃないとは思っていたけど、事実人外の能力によるものだったなら、理解できる。



「そう。それで、そんな能力を持っているとなれば、人間がどうでるか、おなじ人間のあなたならわかるんじゃない?」



 蔑むように問われ、そこでようやくリヴィが人間に敵意を持っている理由に思い至った。


 そうか。シアの師匠は、イスカさんは……。



「利用された……」


「そんな生ぬるいものじゃないわ。あれは一方的な搾取よ。強要されて、奪われて、踏み躙られて。イスカのすべてが、アイツらに壊された」



 ……痛み止めひとつとってもあれだけの性能だ。イスカさんのつくる薬があれば、医者さえ必要ないくらいだっただろう。


 ワルグワースの魔女。魔女こそ自称にせよ、国のなまえがついているのは誇張でもなんでもなく、きっと……国ぐるみで、彼女から搾取し続けたのだろうと察する。



「なんとかワルグワースから逃げても、逃げた先でもまたおなじ繰り返し。イスカの薬のことが知られれば、すぐにイスカは搾取される人間に戻された。親切にしてくれたと思った人間が、あっさりと奪う人間に姿を変える。それの繰り返しで、やっと落ち着けるようになったのがここなのよ」


「……薬をつくらない、という選択は……」


「考えなかったわけじゃない。けど、結局おひとよしなのよ、あの子。自分なら治せるものを、どうしたって見捨てきれない。妥協点で、性能を落としたりして、なんとか腕のいい薬師程度で済むラインを見定めたの」


「いやでも、俺が貰った薬は腕がいいレベルのものには思えなかったけど」


「それはそうよ。あれは自分たち用のものだもの。洗髪用洗剤のはなしのときにシアが言っていたでしょ? 門外不出って。ここで自分たちが使っているものは全部、門外不出なの」



 なるほど。性能がいいからこそ、外に出せないものだったということか。……そうだよな、あのあとシアに借りて使ったあの洗剤、実際驚くほど髪がつやつやのさらさらになるものだったし。あれが貴族にでも知られたら、たちまち押し寄せられるに決まっている。


 呪い、か。リヴィがちいさくそうつぶやいたのも、ちょっと理解できるかも。優れた能力をもらったことが、かえって艱難辛苦に繋がってしまうようじゃ、加護どころか呪われたと思っても仕方ないように思える。



「……ちなみに、その加護って取り消せないのか?」


「できるならやってるわよ。加護とか祝福とか人間によってすきに呼んでるけど、こんなのあたしたちからしたら暴発みたいなものなの。……気に入った人間ができたら、魔力が勝手に譲渡されちゃう、そういう性質なのよ」



 救いなのは、それでも譲渡される魔力は妖精がもつものの一部であることと、基本的にはひとりの妖精につきひとりの人間にまでしか渡せないということらしい。うーん、転びかた次第でどちらにもはた迷惑な性質だな。

 得られる能力もまた基本的にはランダムらしく、ほんっとうにどうでもいいような能力だったり、もともとそんなに魔力を有していない妖精の加護なら、ちょっと優れた程度で済むから下手をしたら加護を得たことにさえ気づかなかったりもするらしい。


 ずいぶんとアバウトな割に、場合によって押しつけられるデメリットが大きすぎる気がするんだけど。



「……はなしの流れから察するに、もしかしてシアの師匠さんに加護を授けたのって……」


「…………あたしよ」



 やっぱり。


 部外者の俺がイスカさんとリヴィの間のことをどうこう言える資格はないけど、これで俺が畑作業を手伝うことに猛反対した理由はわかった。……俺、その畑に悪さとかするつもりないんだけどなあ……。この様子だと、信じてはもらえなさそうだ。

 でもシアからの許可は下りたわけだから、せっかくの俺にできる恩返しを諦めるつもりはない。監視がどうのと言ってたけど、別にやましいことがあるわけでもなし、それでリヴィが納得するならそうしてもらいながら作業すればいいだけのこと。


 ……あれ。



「えーと、リヴィが俺に畑作業をしてほしくない理由って、シアの師匠さんの畑だからというのはわかったし、その師匠さんが与えられた加護もわかった。けど、その、加護って、まだ効力続いているのか?」



 亡くなったのに、とはちょっと言えなくて濁したけど、リヴィにはちゃんと通じたらしい。頷いてこたえてくれる。



「そのための苗と土壌を遺していったのよ。そりゃあイスカ本人が育てるより質は落ちるけど、それでも特殊なものが育つことには違いないわね」



 つまり、それを盗んで持っていかれでもしたら困る、と。


 俺は絶対そんな恩知らずで恥知らずなことしないけど、リヴィが警戒するのも理解できた。薬草の知識はまったくない俺だけど、シアが料理に使っていたあの草ひとつでもすごい便利だし。それらを盗まれるんじゃないかと考えるのは至極もっともともいえるだろう。


 でも。



「訊いておいてなんなんだけど、それ、言わないほうがよかったんじゃあ……」



 言われなければ特殊な植物……は、もしかしたらこれかもと思うかもしれないけど、土なんて絶対気づかなかった。再三いうけど、俺は決して盗みなんてしないけど、だからって知られないほうがいいことは知られないようにしておいたほうがよかったんじゃないかなとは思う。

 そんな俺のことばに、リヴィは嘲るように鼻を鳴らす。



「いいわよ、もう。どうせあなたが知ったところで、あなたはシアの害になることなんてできないんだから」



 ……? それはまあ、恩人を害そうなんて気はさらさらないけど……。なんだろう。リヴィのもの言いは、そういう意味ではなさそうに思えた。



「でも、監視は絶対する」


「あ、うん。それはどうぞ」



 これまた再びだけど、やましいことはなにもないし。

 だからこそのこたえだったのに、なぜかリヴィは不機嫌そうに顔を歪めた。なぜだ。



「そういえば、もしかしてシアの魔法も妖精の加護?」


「そう」


「じゃあ、シアに加護を与えてくれた妖精も近くにいるのか?」


「いない」



 うーん。相変わらずあっさりとしたこたえ……。リヴィがそうだったから、どこかに姿を隠しているのかと思ったんだけど、別にそういうこともないのか。



「言っておくけど、加護がどうあれ、こうして妖精が人間のそばにいることのほうが稀よ。あたしは……イスカを放っておけなかったのと、いまはシアが放っておけないからここにいるだけ」



 確かにもとはリヴィが原因ではあったんだろうけど、リヴィのはなしだとそれも彼女の意思によるものじゃなかったわけで、そう考えると俺にはリヴィの責任感が強いように感じた。……罪悪感、かもしれないけど。



「とにかく! やるからにはシアにちゃんと聞いて、しっかりやってよね! ひとつでも枯らしたら許さないから!」


「あ、うん」



 なんか……気難しいな、リヴィ。ちょっと我が主君たるお嬢様を彷彿させる。



「じゃあ、シア、よろしく」


「うん。こちらこそ、よろしく」


 いままで謎だったものがちょっとだけ解けて、まさかの妖精に遭遇したこの日から、俺の恩返しはやっとスタートをきれたのだった。





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