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ありがとう、と、どういたしまして。


 謎といえば、シアの怪我もだ。俺の怪我が治ってきているということは、シアの怪我だって順調に治ってきているようで、それ自体は大変よろこばしいことなんだけど、結局その怪我がなにによるものかは教えてもらえていない。

 最初こそだれかに不当に虐げられている可能性を疑ったけど、そもそもシアはこの森の奥で、ほぼ引きこもって生活をしているらしい。だいたいのことは自分の魔法でなんとかなるし、食料も畑があったり狩りをしたりでそれなりに賄えているという。どうしても必要なものが生じると近くの村……ヤナンの村に買い出しに出かけるけど、それも頻繁ではないらしい。


 ちなみに、シアが狩ってきた獲物は、解体後、毛皮や牙などできるだけ無駄にせず、買い出し時に村で売っていると言っていた。


 それと、時折斜め上方を見るのも相変わらず。……やはりクセなのだろうかという説が俺の中で濃厚になってきている。


 とにかく。そういうわけだから、シアを傷つけられる相手はいないようだ。狩りも、自分が怪我をするような失敗はしたことがないと言っていた。だからこそシアの怪我に疑問を抱いたのだけど、当のシアがそのはなしをすると必ず「気にしなくていい」との一点張りになってしまうので、いまだ聞き出すには至っていない。

 新たな傷が増えている様子もないから、それに関してはちょっと安心しているけど、女の子の肌に傷……特に頬に奔るそれは痛ましく見えて仕方がない。師匠さん印の薬に傷跡を治すものはないのか尋ねたら、あるにはあるけど残りがすくないから節約したいと言っていた。女の子の顔の傷は、治せるなら治したほうがいいんじゃないかと言ったけど、シアは不思議そうにするだけで必要ないと切り伏せた。


 たぶん、シアは自分のことに無頓着なんだと思う。師匠さんとふたりきりで、こんな人里から隔離されたような場所でひっそりと暮らしていたから、かもしれないけど、もうちょっと自分を労わってあげたらいいのにと思うことがしばしばあった。俺のことはいろいろ気を遣ってくれるんだけど、それよりシア自身をもっと大事にしてくれればいいのになと思うのだ。


 だからというわけではないけれど、実は今日、シアにひとつの提案をしてみようと思う。



「……髪?」


「そう。その髪。シアさえよければ、俺が切り揃えても構わないかな?」



 これもまた虐げられた結果のひとつかと思ってしまっていたけど、シアの髪が雑に切られて見えたのは、事実シアが自分で適当に切っていたからなだけだったらしい。


 どうやらシアは、料理に限らず基本が割と大雑把で不器用な子のようだ。魔法を使うもので慣れたものに関してだけは、その限りでないようだけれど。

 かくいう俺も取り立てて器用ってわけじゃないけど、それでも揃えるくらいならできると思う。俺の提案に、シアはこてんと小首を傾げた。



「これ、ダメ?」


「ダメというか……せっかくきれいな髪なんだし、もったいないかなと思って」



 貴族でもないし、特段特別な手入れができるわけでもなさそうなシアの髪は、もとの毛質がそうなのか、艶もありさらりときれいな黒髪だ。せっかくならすこしでも活かせたほうがいいんじゃないかなって思う。いや、余計なお世話かもしれないけど。



「もったいない? よくわからないけど、切っても構わない」


「あ、ほんとう?」


「うん」



 やはり自分のことに頓着しないらしいシアだけど、同意は得られたわけだしさっそく髪を切らせてもらうことにする。切った髪が服などに落ちないようにケープ代わりに使えるものはともかく、ハサミを探すことに若干手間取ったことにはちょっと驚いた。



「……あんまり魔法にばかり頼るなと、師匠、言ってた。けど、魔法のほうが楽だから、つい」



 というのはシアの談。魔法が使えない俺でも、シアの様子を見ていたら魔法って便利だなあと思えていたのだから、使える当人にはきっともっと便利なのだろう。


 ……長く使わないことで使えなくなってしまっているものも結構あるんじゃないだろうかとひっそり思った。


 とりあえずハサミはちゃんと使えそうだったし、櫛もあったからきちんと髪を切るに至れそうだ。

 そうして準備をして、シアの髪に触れれば、見た目どおりさらりとした指触りに思わず感嘆する。



「シアの髪って、すごく滑らかだな」


「それ、師匠印の洗髪薬のおかげ」


「え。師匠さん、そんなものまで作れてたの?」


「うん。いまはわたしつくってるから、師匠印には劣る。でも師匠の材料使ってるから、ちゃんとそこそこ効果ある。リツカ、使ってみる?」


「いいのか?」


「うん。門外不出だけど、ここで使うなら構わない」


「ありがとう、なんかちょっと楽しみだ」



 ……というか、門外不出? なんでだろう。シアの髪を見る限り性能よさそうなものに思えるし、なんなら貴族相手にも売れそうなのに。


 シアのはなしを聞いている感じだと、師匠さん、シアにとって害になるようなものをシアに使わせそうには思えないから、たぶんなにか害があってのことじゃないんだろうけど。

 不思議には思うけど、俺がくちを挟むようなことでもないかと、シアの髪を切ることに専念することにした。といっても、俺に特段そういう方面のセンスがあるわけでもなく、ほんとうにただ切り揃えるだけなんだけど。



「はい、できた。切った髪がついちゃっているから、払うのに顔に触れても構わない?」


「うん」


「じゃあ、ちょっと目を閉じてて。……よし。これでいいかな」



 鏡は貴重品で、一般家庭にはまずないものなんだけど、どうやら師匠さんの所持品にあったらしく、借りてきていたものをシアに手渡す。師匠さんの謎は深まるばかりだ。



「どうかな」


「すごい、リツカ。きれいに切れてる。器用なんだ」


「あはは。ただ揃えただけだから褒められるほどじゃないけどね」


「そんなことない。ありがとう」


「どういたしまして」



 ありがとう、と、どういたしまして。ここに来てから、何度言って、何度言われただろう。いままでそんなに気にしてきたこともなかったけど、ちょっとしたことでもこのことばを交わすとなんだかすこし胸があたたかくなるって気づいた。


 なにかをしてもらったら伝える、あたりまえの謝辞。それが、ただのあたりまえじゃないんだって、気づかせてもらえた気がする。





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