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熊肉はごちそうらしい。


 それから数日。痛み止めがあれば動けるとはいえ、無理をして回復を遠ざけてはいけないときちんと学習した俺は、シアに甘えて割とベッドのオトモダチと化していた。

 一応、ハードな動きを要さない限りはなにか手伝えそうなら手伝うようこころがけてはいたけど……うん、特に必要とされてこなかった。シアのあの感じでばっさりと必要ないと言われ続け、ちょっとこころが折れた。


 まあおかげで昨日から痛み止めを飲まなくてもいい程度には回復したし……いや、痛みはまだだいぶあるけど、我慢できないほどじゃなくなったから自主的に遠ざけたのだ。正直寝返りを打って目が覚めるというのが何回か続くと辛くもなったけど、このくらいなら大丈夫。そこそこ経験あるくらいには怪我にも慣れているし。


 いや、当然怪我なんてしないのがいちばんだけど。


 とにかく、まったく動かないのもそれはそれでからだに毒だし、体力があまりに落ち過ぎるのものちのち仕事に支障が出ると、シアの許可をもらって家の中と、家のそばの一部を除いた場所の散歩をしたりしていた。

 それで気づいたんだけど、ここ、森の中だったらしい。窓から見える景色は確かに自然豊かだったけど、それでも村の一部かと思っていた。それが外に出てびっくり。家の周囲は割と拓かれていたけど、その先は周囲ぐるりと木々に囲まれていたのだ。シアに確認したら、事実間違いなくここは森の奥地らしい。

 シアの師匠さんが森の奥の一部を拓いて、小さな一軒家を建て、すぐそばにすこし広めの畑と、家に隣接するように温室をつくったのだと聞いた。ちなみに近づかないよう指示された場所というのが、その畑と温室だ。


 こんな森の中に女の子がひとりで暮らしているなんて危険すぎないかと思ったのだけど、それは一昨日解決された。



「……えーと、シア? それは?」



 一昨日の夕方、生々しい肉塊を持って外から戻ったシアに、うっかりちょっと引いてしまった俺。


 いやだって、女の子が素手でふつうにそこそこの大きさの肉塊を持ってきたらなにごとかと思うだろう⁉


 俺の問いにシアは得意げに笑ってみせた。



「肉」


「うん、いや、それは見てわかるけど」


「リツカ、男だし、たくさん食べると思って。そろそろお粥じゃなくてもいいと思う」


「え、あ、それはありがとう」


「どういたしまして」



 ……て、そうじゃなく!



「いや、その肉どうしたのか聞きたかったんだけど」


「狩った」


「……買った?」


「狩った」



 ……気のせいだろうか。なんかちょっとニュアンスというか……売買のほうじゃなく、狩猟のほうに聞こえたんだけど。



「わたし、狩り得意」



 狩猟だった!



「最初、加減わからなくて大変だった。でも、いま慣れたもの」


「いや、ひとりじゃ危ないだろ!」


「? わたし、魔法使える」



 ええ……、魔法とかよくわからないからなんとも言えないんだけど……。シアの魔法って、そんなにすごいのだろうか。



「……ちなみに、なにを狩ってきたんだ?」


「熊。ごちそう」



 熊。しかもごちそう。思わず内心で反復してしまった。



「え、熊……?」


「そう。熊、いちばん強いらしい。だからごちそう。次、猪。その次、鹿」



 え。順番おかしくない? いやでもシアのごちそう基準、なぜか強さらしいし……。


 いやいやそうじゃない。そうじゃなくて。熊。え、その肉、熊なの? 熊狩ったの、シア。



「シア、熊狩ったの?」


「? そう言ってる。……あ。大丈夫。狩り、必要ぶんしかしない。無駄に殺したりしない」



 いやだからそうじゃなくて。


 ……とも思ったけど、この様子だとほんとうにシアが狩りをしてきたらしい。しかも今回に限ったことじゃなく、いつもしている、と。


 ……なるほど。女の子がひとりでこんな森の中で暮らしているなんて、と思っていたけど、シアの魔法の力は俺が思うよりよっぽどすごいものらしい。


 そういえば、ここで使う水は基本シアの魔法で補っているし、火に関してもそうだった。生活する上で必要なことの多くが魔法で補えるようで、便利だなと思っていたけど、実はあれらももっと高出力にできるということなのかもしれない。

 俺にとっては見たこと自体はあろうとも未知の部分が大きい魔法に、なかなか理解が追いつかないでいると、シアはさっさと肉を調理しにかかった。


 調理……。いや、うん、調理には違いない……だろうか。


 とりあえず適当な大きさに切って、焼く。シンプル。切る方法がまさかの風魔法ということには驚いたが、手段はどうあれとにかくシンプル。ちょっと手を加えた感があるのは、なにかの草っぽいのを入れて焼いていたことと、ちゃんと調味料らしきものを使っていたことだろうか。


 …………。え。あれ、原材料、熊、だよな?


 ……それを、ただ、焼く……?



「はい。たくさん食べて、早く元気になるといい」



 どん、と出されたそれは、皿に盛られた焼かれた肉。熊肉。

 シアはそれから野菜も取らないとダメだと、サラダも出してくれた。こちらはふつうに畑産らしい。



「師匠、言ってた。大概のもの、焼くか煮れば食べられる」


「そ、そうだね……」



 そういえば確か最初に、シアはあまり料理が得意じゃないようなはなしをしていたような……。


 いや、せっかくこうして厚意で出してくれてるんだし、それを無碍にするような真似はすべきじゃない。その師匠さん談じゃないけど、実際、火さえ通っていればなんとでもなる!



「ありがとう、シア。いただきます」



 ちょっとだけ、もうずいぶん遠い過去になってしまった野営の訓練をしたときのことを思い出しつつ、覚悟を決めて熊肉をいただく。


 …………あれ。



「臭くないし、かたくもない……?」



 熊肉って、きちんと下処理をしないと独特な臭みやかたさを感じるはずなんだけど。確かに調味料……これ、胡椒だ。結構高価なものだから庶民にはなかなか手を出しにくい調味料なんだけど……。わざわざそんな高価なものを使ってくれたなんて申しわけないな……。

 あ、っと。それも確かに重要なんだけど、それだけじゃなくて。胡椒って高価なだけあって有能な調味料には違いないけど、でもこれ、その胡椒で味を誤魔化しているという感じでもない。え、ほんとうに熊肉、なんだよな?



「師匠印の葉っぱ入れたから」


「師匠印の、葉っぱ?」


「そう。師匠、臭くてかたくて食べられないって言った。だから、臭み取って、やわらかくする葉っぱ育てた」


「えええ……。そんなすごいもの育てたのか、師匠さん……」


「薬草の応用って言ってた」



 そういえば、薬をつくったり、その素材を育てたりするのが得意だったって言ってたな……。


 いやほんと、これ得意のレベルのはなしじゃないだろ!


 そんな葉っぱがあれば、料理時の手間がだいぶ省けるし、みんな欲しがるよな。……だとしても熊肉は食べないかもしれないけど。

 と。そんな感じのやりとりをした一昨日。正直それでもまだ心配な部分はあるけど、それでもシアがひとりでこんな森の中で暮らしていられる理由はわかった。


 ……同時に、師匠さんの謎は深まったし、シアの料理の腕前への理解も深まったけど、それは置いておく。





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