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拾われました。3


「家族いない」


「……え?」



 いない……。それは俺も孤児である可能性は考えてたけど、でもさすがに女の子ひとりでここで暮らしているとはちょっと考えにくかった。そもそもこの家自体どうしたのかという問題もあるし、彼女ひとりでいちから生活基盤を整えた、というにはまだ若いように見える。たぶん俺より年下で、まだ成人もしていないんじゃないかなと思う。


 それに。



「えーと、師匠さん、というひとは?」



 度々彼女がくちにしていた存在を思い浮かべ問えば、彼女はそれにもまたあっさりとこたえた。



「死んだ」


「え」


「もうずいぶん前」


「そ、れは……ごめん」


「どうして? リツカが殺したんじゃない。師匠、老衰」



 いや、それは確かに、俺が殺したわけじゃないけど……。そもそもその師匠さんというひと、俺、知らないし。だけどそういう繊細な部分って、あんまり他人が触れていい場所じゃない気がした。

 不思議そうに首を傾げるシアは気にしていなさそうに見えるけど、俺のしたことは傷口を抉るような真似だったと思う。本当に、配慮のかけらもなくて申しわけなくなる。


 そんな俺がいうのもなんだけど……シアって、淡々としているというより、感情の起伏に乏しいのかもしれない。同情するには彼女のことを知らなすぎるし、だからこそかえって失礼になるかもしれないとも思うけど。



「それより、ごはんできた。せっかくここまできたから、ここで食べる?」


「あ、うん。ありがとう」


「どういたしまして」



 改めて見てみると、ここはダイニングスペースなのかもしれないと気づく。シアがいたキッチンのそばにテーブルと椅子のセットがあった。

 椅子が四脚あるけど、師匠さんは亡くなっていて家族はいないとなると、来客用なのかもしれない。……いまはもうこれ以上、深く訊く気にはなれなかったけど。

 その椅子のひとつに腰を下ろすと、シアがあたたかな湯気の立ち昇る粥の入った器を差し出してくれた。米は東の国のさらに東にある群島がもともと特産としている食料だけど、そこから流れて東の国との境にほど近いこのあたりだと、さして珍しくもなく食べられる。地域によっては自らの土地柄にあった方法を模索して育てている場所もあるくらいだ。

 俺もどちらかというと、パンよりすきだったりする。



「病み上がりはお粥がいいことくらい、知ってる」



 どうだ、とばかりにシアが笑みを浮かべた。はじめて見た笑顔はかわいらしくもあったけど、なんか……うん。思わず俺までつられて笑っちゃうような、そんな笑顔だった。


 病み上がり、というより俺、怪我人なんだけど、なんて無粋なことは言わない。胃にやさしいものとしてお粥がいいということを知っている、ということを、さも得意げにいうシアが、なんだかおかしかった。もちろん、決して悪い意味じゃない。



「いただきます」



 お粥は……まあ、お粥でしかない。すこし塩味のきいた、ごくごくふつうのお粥。それを食べる俺を窺うようにじっと見つめてくるシアに、ちょっと食べにくいなと思ったのは秘密だ。



「ごちそうさまでした」


「おそまつさまでした」



 長い間、とシアは言っていたけど、実際に俺はどれだけ寝ていたかわからない。出してもらったお粥を食べきると、ちょっともの足りなさを感じてしまったけど、さすがに一度に食べすぎるのは毒だとくらいわかっている。ただでさえ世話になっている身なんだし、わがままを言える立場にないことだってわかっていた。



「よかった。全部食べられた」


「うん。ありがとう」


「どういたしまして。師匠が言うには、わたし、料理下手らしい。だから、食べられないものだったらどうしようかと思った」



 え。そっち? てっきり俺の体調のことかと……。自意識過剰みたいで恥ずかしいな、これ。


 まあでも、お粥ひとつで料理の腕は判断できないし、そのあたりは触れずにおこう。もっとも、たかがお粥、されどお粥でお粥ひとつを盛大に失敗するひともいることは事実だけど。



「水飲んで落ち着いたら、部屋で手当てする。無理はダメ、言ったのに、リツカ走ったから」


「う。ご、ごめん」


「わたしじゃない。治らなくて困るの、リツカ」


「……そのとおりです」



 ぐうの音もでない……。



「すこし動くのもつらい間、薬飲むといい。けど、あまり頼りすぎ、ダメ。痛いとわかることも、痛くないとわからないから」



 これもまたそのとおりで、なにも言い返せない。痛みがないからって動き回って傷口が塞がるのを遅らせたら本末転倒だ。


 痛みは自分のからだの異常を教えてくれる大事なサインだと、昔教えてもらったことがある。だから下手に無視をしたらいけないものだって、知ってはいたんだけどな……。



「ところでシア、あの部屋は俺が使わせてもらっていて大丈夫なのか?」


「平気。あの部屋、師匠の部屋。いまはわたしが本読むときにしか使っていない」


「ああ、あの大量の本。シアの師匠さんって、薬師だったのか?」


「…………」



 シアの視線が、横手上方へ向く。やっぱりあの部屋になにかあったというわけじゃないのか、これ。

 でもやっぱりその視線の先になにがあるのか、俺には見えない。


 ……いや、まさかとは思うけど、幽霊がいる、とか、言わない、よな……? 師匠さんというひとが亡くなっていると聞いたから、ふいによぎった可能性にちょっと背筋に冷たいものが奔る。



「シア、そこになにかあるのか?」


「なにもない」



 気になって問えば、シアは弾かれたようにこちらを向き、素早く首を振ってこたえた。


 いやそれ、かえって怪しいんだけど……。


 そうは思えど、どうしたって俺には見えないものだし、確認する術もない。シアがなにもないというなら、そう思うしかないのだ。



「師匠、薬師じゃない。でも、薬作るのと、薬の材料育てるの、すごく得意なひとだった」


「そっか」



 すごく得意、のレベルじゃないと思うけど。でも、シアがそういうなら、そうなのだろうと思うことにする。なにか隠しているようにも思うけど、それを無遠慮に暴ける立場にはないし。


 とりあえず、部屋はあのまま借りていいということはわかったのだから、それでいい。


 ……いや、でも、師匠さんってひと、幽霊になってないよな? 師匠さんの部屋を借りていて、怒られたりとかしないよな……?


 幽霊とか見たことないから信じているわけじゃないんだけど、それでもいたらいやだなあくらいには思う。できればこのまま一生お目にかからず過ごしたいとも思っていた。



「落ち着いたら、部屋戻ってて。からだ拭けるよう、準備してから行く」


「え。いや、えーと、それは自分で……」


「? 手当のついでだけど」



 いや、うん、それはわかるんだけど……。


 ……あーでも、どのみち手当てしてもらうのなら、変わりないか……。割と男所帯にいたせいだからかもしれないけど、女の子にからだ触れられると思うと気恥ずかしいというかなんというか……。

 いやいや、やましいこととかないわけだし、むしろ堂々とすべきだよな。変に意識してるって思われたほうが、やましいこと考えてるんじゃないかって思われそうだし。


 不思議そうに小首を傾げるシアのことばは、たぶん完全に善意でしかないだろう。そう思うと俺ひとりで意識するのもどうかと思う、というか虚しい気もするし、やっぱりここは堂々としていよう。

 手間をかけておいて堂々とするっていうのも厚かましいはなしだけど、そこはただことばの問題というか。……うん、落ち着こう、俺。



「そう、だよな。お願いします」


「うん」



 ひとつ頷いたシアに、片付けもしておくと言われた俺は、そのことばに甘えさせてもらって部屋へと戻ることにした。

 廊下は一本道だったし、もといた部屋までに開けた扉はない以上迷うことなく戻ることができ、とりあえずベッドに戻る。一応、空いている椅子もあったのだが、この痛み止めもいつまで効果があるかわからないし、移動はすくなくすぐに横になれたほうがいいかなと思ったのだ。


 そうしてベッドの淵に腰かけながら、ここで目覚める前の、最後に覚えている記憶を思い返そうと手繰ってみる。





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