突撃されました。
今度こそはっきりとびくりと震えたシアをさっとさらに隠す。そうしながら、まさかその声の主がここにいるなんて思ってもいなかった俺は、その人物が駆け寄ってくるのをなんとも言えない気持ちで見ていた。
明るい金髪を腰まで伸ばしゆるくカーブさせ、大きなアーモンド形の翡翠の目をした、見た目だけならどこの人形かとさえ思う美少女。エマリナ・ロイサール。我らが護衛対象の、ロイサール商会のひとり娘のお嬢様だ。
彼女は護衛ふたりをうしろに引き連れ、まっすぐに俺の目の前まで来ると、びしりと指を突きつけてくる。
「ちょっとリツカ、あなたいつまで油を売っているつもり⁉ あなたの仕事はわたしの護衛でしょ⁉ 無事だったならさっさと帰ってきなさいよね!」
……うーん。この、いつものお嬢様節。きっと眉を吊り上げて睨みつけられ、若干懐かしい気持ちになりながらも、大事なことを訊いておく。
「……えーと、お嬢様。なぜここに?」
このかたは、自分が狙われやすい立場だと自覚しているのだろうか。……というか、俺がなぜここにいるのか、その原因をわすれてしまったというのだろうか。
遠回しにそんな意味を込めて問えば、自覚自体はあるのか、一瞬うっとことばに詰まっていた。でもまあ、そんなことで止まるお嬢様ではないんだよなあ……。
「な、なによ。今度は前より護衛を連れてきたし、侍女も連れてきてないわよ。だ、だいたい、あなたが悪いんじゃない! 無事だっていうのに、いつまで経っても戻ってこないんだから!」
いや、うん、その辺は俺が悪い自覚はある。あるけど、それとここにお嬢様がいることにどう関係があるのだろうか。
一応、護衛を増やして、護衛対象を減らしてと考慮はしたようだけれど、そもそもお嬢様が不要な行動を控えてくれるのがいちばん助かるんだけど……。まあそれも、あんまり言うのも息苦しすぎるかと思い、あまりに目に余らない限りなるべくくちには出さないようにしていた。今回ここにいるのも、旦那様の許可があってのものだろうから、はっきりとくちに出してまで俺にそうこう言えることではない。
「そうですね。長いこと戻らず、申しわけありません。その謝罪も含め、一度戻ろうと思っていたところなんです」
「え、あ、そ、そうなの? ならちょうどよかったじゃない! 一緒に帰ればいいわ」
むっと拗ねた様子だったのを一変、胸を張ってふふんと笑うお嬢様に、変わらないなあと苦笑する。いや、年単位で離れていたわけでもなし、そうそうすぐに変わるものでもないだろうけど。
あーでも、お嬢様のことばは助かるな。乗り合い馬車よりロイサール商会の馬車のほうが乗り心地もいいし、なによりあちこちの停留所に寄ったりする手間がないぶん、時間も短縮できる。
……あれ。俺、馬車に乗っていいのか? いやでも俺の馬、連れてきてないだろうし……。
せめてシアだけでも、とも思ったけど、シアひとりをシアにとって知らないひとたちと乗り合わせさせるのもよくないかとちらっと視線を向けたところ、ようやくお嬢様もシアの存在に気づいたらしい。
「……その子は?」
「あ、えーと、手紙に書いた、俺の恩人のシアです」
無理に前に出るようには言わない。ほぼ隠したままなのはお嬢様に失礼だとはわかっているけど、シアの事情が事情だからそのままとおす。それでもシアは俺の服を掴んだまま、せめてと頭だけちいさく下げてくれた。
お嬢様がそんなシアをじろじろと上から下まで見はじめたため、その視線からシアを隠す。そうするとまあ、予想はしてたけどお嬢様の機嫌が悪くなった。
「なによ、別にわたし」
「シア、こちら、俺の護衛対象、ロイサール商会のお嬢様、エマリナ・ロイサール様。で、紹介が遅くなっちゃったけど、こっちの職場の先輩はガイウスさん」
「おまえ、先輩にこっちって」
雇用主の娘さんと、先輩に対する態度には見えないかもしれないけど、ガイウスさんとは……というか職場のひとたちとはふだんは割と雑なやりとりをしているからふだんどおりではあるし、お嬢様に関しても自分で名乗ってくれなかったから仕方ない。
あと一応、お嬢様のうしろに控えるふたりの同僚も紹介しておいた。
「ちょっとリツカ! 失礼じゃない!」
「申しわけありません。シアは事情があって、あまりひと慣れしていないんです」
訝し気なお嬢様とは違い、シアの様子に怯えを見てとってくれたのだろうガイウスさんが援護をくれる。
「まあまあ、お嬢の気迫じゃだれだって怯えますって」
「なんですって⁉」
……援護じゃなかった。
油を注ぐくらいなら黙っててくれてよかったんだけどな……。ガイウスさん、お嬢様をからかうのすきだから。
内心で溜息を吐いて、これじゃあはなしが進まないからと、無理に進めることにする。
「あの、お嬢様、一旦帰る件についてなんですけど、シアも一緒で構いませんか?」
「え? ええ、それは、まあ……うちの護衛騎士を助けてくれたのだもの。お礼くらいはするつもりだけど……」
「……お礼、いらない」
俺のうしろから顔を出して、シアが首を振る。意思表示はしっかりしておきたかったようだ。
俺としても、職場に礼を出してもらうのもなあと思うので、シアがいらないというならそれでいいんじゃないかと思う。俺の礼なんだから、ちゃんと俺がする。
お嬢様はシアがきっぱり断ったことに驚いたのか……いや、もしかしたら声をあげたこと自体に驚いたのかもしれないけど、どちらにせよ目を丸くした。
「え。えーと、じゃあなんで一緒に?」
「リツカと帰るため」
「帰る……って……?」
シアは事実をきっぱり告げるけど、割と間とか抜くからなあ……。
困惑気味に視線を投げてくるお嬢様に、まあどのタイミングで言おうが変わらないかと頭を掻いて告げる。
「あーっと……。仕事を長く抜けた謝罪をして、それから辞めさせてもらおうと思ってるんです」
「はあっ⁉」
お嬢様とガイウスさんだけじゃない。お嬢様のうしろのふたりからも驚きの声を受けた。みんながみんな揃って声を上げるから、びっくりしたシアが再び俺のうしろに引っ込んでしまう。
……というか、ここ、ヤナンの村中だから、どうしても気になるらしい村人たちがちらちら視線向けてきてるんだけど……。変な会話をしているわけでもないから疚しく思う必要もないけど、ちょっと気まずい。
「ちょ、ちょっと! 急になに言い出すの⁉ そんなの認められるわけないでしょ⁉」
「え?」
「だ、だって……そう! あなたはわたしの専属護衛なのよ⁉」
「いや、それは確かにそうですけど……。代わりになるひとがいないわけじゃないですし、俺が続けなければいけない理由にはならないかと」
「なるわよ! なるに決まってるでしょ!」
ええー……。お嬢様、割とわがままだけど、ここまで駄々こねるとはさすがに思わなかった。
というか、お嬢様にとっては俺が辞めるのはむしろうれしいくらいなんじゃあ……。
「……とりあえず、旦那様に相談します。俺は確かにお嬢様の専属護衛ですけど、雇用主は旦那様なので」
くいっと服をうしろから引っ張られ、肩越しに振り返れば、シアが不安そうに見上げてくる。
あ。そうだよな、お嬢様があんなふうに言えば、ちゃんと辞められるのか不安にもなるよな。
「大丈夫だよ、シア。旦那様は無理強いするようなひとじゃないから」
安心させるようになるべくやさしく伝えることでシアの不安を拭えたら、と思ったんだけど、彼女がほっとした表情を見せるより早く、なぜか再びお嬢様に噛みつかれた。
「ちょっとリツカ、まさかとは思うけど、うちを辞めてその子と暮らしたいとか言うんじゃないでしょうね⁉」
「え、あ、はい。そのつもりです」
特に隠すこともないというか、むしろ伝えるつもりもあったくらいだからはっきり頷けば、お嬢様のほうから言い当てたというのになぜかくちをぱくぱくと開閉させだす。思いきり見開かれた目と、なぜかどんどん悪くなっていく顔色。
え、俺なんかマズいこと言った?
「な、なんで……」
「えーっと、その、まあいろいろありまして。シアのそばにいて、シアとずっと一緒にいたいって思うんです」
できたら守るくらいしたいけど、現実、どこをどう見てもシアのほうが強いんだよなあ……。それを思うとちょっとだけプライド的なものが傷つくけど、些細なものだ。
それにしても改めて他人様にそんなふうにはなすと、なんだか惚気ているみたいで照れる。顔に熱が集まるのを自覚しながら、それでもきっちり伝えると、お嬢様が顔を伏せた。気のせいか、両手が硬く握られて、なんかその手がふるふると震えているような……?
「……ふ……っ」
「…………ふ?」
「ふっざけんなあ!」
ええ⁉
思いきり顔を上げたお嬢様の表情は、それはもう怒り心頭とばかりのもの。そのままきっと睨み上げられる。
「なによそれ! なによそれ⁉ なんでそんなこと言うわけ⁉ わ、わたしだって……わたしだってずっとリツカがすきだったのに!」
えええええっ⁉
いやいや、知らない。俺、全っ然知らない、そんなはなし⁉
困惑してガイウスさんやほかの同僚たちを見れば、苦笑を浮かべるやら苦々しそうに見られるやらで……え、気づいてなかったの、俺ひとりなの?
はじめて知る事実に打ちのめされているうちに、お嬢様のターゲットがシアに移っていたらしい。若干放心気味だったせいで気づくのが遅れてしまった。




