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拾われました。1


 まどろみ、たゆたう。ふわりふわりと、すこしだけ朧気に意識が生まれ、そうしてそれを捉えた。



「……から……こし……なさいって……」



 声、だろうか。近いようで遠いようで判然としないのは、俺の意識がはっきりとしていないからかもしれない。



「もう……だって……」



 声が、もうひとつ。どちらも女性……少女? の声のように思えるけど、なんだろう。なにか言いあっている?



「どこが……見てみな……じゃな……」


「そうは……畑は生きてる……」



 ……はたけ……?


 畑? ん? 畑は、生きている?


 ちょっとよくわからないことばが届いた気がするけど、聞き間違いかな。なんだかまだ頭がぼんやりとしていて霞みがかっているような気もするし。



「じゃあ……ね。いって……」


「あ! ……もうっ! ガンコ者!」



 頑固者。それだけはっきりと聞き取れたかと思えば、ぱたんと扉が閉まる音も聞こえた。


 それがきっかけになったのかはわからないけど、俺はようやく目を開けるという行為を思い出す。

 ゆっくりと、ゆっくりと。本能的に、だろう。なるべく刺激を抑えようと瞬きを繰り返しながら目を開け、光とともに周囲の情報を視覚から取り入れはじめた。

 まず目に入ったのは、見慣れない天井。ぼんやりと、まだあまり定まらない焦点でただ意味もなくそこを見つめ、うまく働かない思考で記憶を探る。


 えーと、俺はどうしたんだっけ……。


 うまく思い出せず、それならとりあえずここがどこかくらい知ろうと辺りを見渡そうとして……。



「いぃっ⁉」



 激痛が奔った。


 どこからとも、どこがとも言えない、ちょっと動いただけであちこちが悲鳴を上げる。ぼんやりとしていた意識が痛みに支配され、強制的な覚醒を引き出されつつひとりその場で悶えた。


 とにかく、この痛みをやり過ごさないことにはほかに思考を向ける余裕なんて生まれない。


 動けば動いただけ痛みが増すので、なるべく動かないようにしてひたすら耐える。たぶんちょっと涙目になっていると思われた。


 そうしてどれだけ時間が経ったのか。なんとか落ちついてきたと思えた頃、ぱたぱたと駆ける足音がひとつ、近づいてくることに気づく。それからすこしだけして響く、扉が開く音。



「あ、ほんとうだ。目、覚ました」



 少女の声。馴染みはないけど覚えはあるようなその声に、けれど下手に動くこともできない俺は、彼女のほうから寄ってきて覗き込まれたことでようやくその姿を見ることが叶った。


 雑に切られた黒髪と、小麦色の肌。健康的ということばがよく似合いそうな雰囲気の少女だけど、その左頬は大きな真っ白いガーゼに覆われていて、痛ましい。

 怪我を、しているのだろうか。女の子の顔ということもあって、余計に痛々しく見えた。


 少女はぱちりとひとつ瞬く。そうして大きな緋色の双眸に俺を映したまま、小首を傾げた。



「大丈夫?」


「え?」


「怪我。かなりひどくて熱も出たから。ずいぶん長く寝たままだった」



 怪我……? ……怪我……。



「ああ、そうか。俺、襲撃されて……」



 だからこんなにからだ中が痛むのか。まだあんまりちゃんと記憶を遡れないけど、生きていただけ奇跡だったという実感だけは強い。



「結構すごい状態だった。だから、あなたが生きていたこと、ちょっと驚いてる」


「そう、なんだ……。……えーと、きみが助けてくれたんだよな? ありがとう」


「お礼、いらない。手段、選ぶ暇なくて、あんまりよくない方法使ったから」


「…………え?」



 え? よくない、方法?


 さらりと顔色ひとつ変えることなく紡ぐ少女に、当然ながら戸惑う。


 よくない方法ってなんだ? え、俺、大丈夫、なのか……?


 急にものすごい不安に駆られるが、少女はまったく気にする素振りも見せず続ける。



「具合、大丈夫? よくないと思うけど、意識しっかりしてるし、喋れるし、命は大丈夫だと思う。痛いとか、苦しいとか、辛いとか、ない?」


「え? あ、えーと、痛みはすごいけど、苦しいとかはない、かな」


「わかった。待ってて」



 少女はひとつ頷くと、そのまますぐに身を翻してしまう。


 え、どうしたんだ、急に。


 戸惑いはしても、やっぱり動くことはできそうにないから、ただひたすらにベッドのお世話になるよりほかない。

 ぼんやりと思い出した範疇の記憶の中、襲われた当初の状況が思い浮かぶ。ああ、うん、確かにあの人数相手はきつかったか……。いやでももっとうまく立ち回れるつもりだったんだけどな……。

 生きていただけ儲けと思うべきかもしれないけど、ちょっと自尊心的なものが傷ついている自覚がある。腕が立つ、なんて周りに言われて鼻が高くなっていたのかもしれない。ぽっきり折られた気分だ。


 そんなふうに若干凹んでいると、しばらくして再び足音が耳に届いた。覗き込んできたのは、さっきのあの少女。



「これ。師匠印の痛み止め。即効性に優れるけど、副作用はない優れもの」



 どうやら薬を持ってきてくれたらしい。痛み止めっていうと、あんまり胃にやさしくなさそうなイメージがあるんだけど、その心配はないってことかな。

 全身の痛みが尋常じゃないいま、その薬は一時しのぎのものだろうとありがたく思う。


 ……ただ。



「……えーと。ごめん、ちょっと起き上がるのは……」


「力、入らない?」


「いや、その……動くと、痛くて」



 なるほど、と、少女はひとつ頷く。表情は最初から変わらないままで、それがかえって俺の情けなさを助長する気がした。



「手伝う。なるべく響かないよう、ゆっくり起こせばいい?」


「え、でも、俺、重いと思うよ」



 決して太っているわけではないし、戦闘スタイル的に素早さを出来る限り削ぎたくなくて、必要以上に筋肉をつけてもいないけど、それでもやっぱり成人済みの男だし。ぱっと見た感じ、細身のこの少女の腕だと、ちょっと辛いんじゃあ……。

 けれどそんな俺の心配は、少女にとって無用のものだったらしい。



「大丈夫。畑仕事、力いるから」



 畑仕事……? 畑……。あれ。なんかつい最近どこかで聞いたような……。


 そんな余所事に思考をとられている間に、少女はさっさと俺の背に手を回す。そして事前のことばどおり、本当にゆっくりゆっくりとからだを起こしてくれた。

 え、あ、本当に杞憂だったんだ……。


 いやそれより、痛い痛い痛い! 滅茶苦茶痛いっ!


 まったく痛みを感じないということは当然ないどころか、正直それだけ気遣ってもらってもだいぶ激痛に苛まれたけど、少女の手前必死に苦鳴を飲み込み、平静さを取り繕う。他人様に堂々恰好悪いところを晒すような真似はしたくないという見栄でしかない。



「はい」



 いやな汗をかいていそうで、それを少女が腕から察知したりしないだろうかと若干不安になりつつも、少女からコップとちいさな包みを受け取る。そのために腕を動かすにも痛みが伴ったが……いや、それより、この少女、片腕で俺を起こして支えたのか……。俺の腹筋働かせられていないから、上体分の重みそのままかかっただろうに、その細腕のどこにそれだけの力があったんだ。

 ちょっと驚きつつも、いまは痛み止めを優先したい。もうこの際手がちょっと震えているのは目を瞑ろう。どうしようもない。

 ふだんであれば気にもとめない些細な動きである包みを開けるという行為さえいまの俺にはちょっと重労働にも似ているけど、弱音だけは吐くまいとなけなしの自尊心を守る。そうして開けた包みから出てきたのは白い丸薬で、とにかくこの痛みがすこしでも和らげばとコップの水とともに飲み込んだ。


 そのわずか数秒後。



「……あれ」



 え。うそだろ。あれほどの痛みが、こんな短時間で全然感じなくなるなんて……。

 すっと、本当に数秒足らずで消え失せた痛みに、戸惑いよりなにより恐怖を感じる。


 あの薬、なんかすごくヤバイものとかじゃないよな……?


 思わず茫然と自分の手を見下ろしていると、背中から少女の腕のぬくもりが離れていくのを感じた。



「効いた?」


「あ、いや、うん。……その、痛みは確かになくなったけど……痛み止めって、こんなに早く効くものだっけ? しかもなんかすごく効果がいいみたいだけど……」



 なるべく変に刺激しないようことばを選んではみたけど、いまさらこの少女が俺に害をなす薬を盛っても仕方ないように思う。いやそもそも、命の恩人を疑うなんてどうかしているよな。

 そうは思うけど、でもやっぱりこの薬の効果はちょっと異常だと思えてしまった。


 遠回しにこの薬って飲んでも大丈夫なものか確認した俺に、少女はこともなげにさらりとこたえる。



「師匠印だから」


「師匠印……」


「そう。師匠の薬、特別」




概ね文字数で区切ってます。読みづらかったら申しわけないです……。

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