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想いはただまっすぐに。


 それからは畑仕事と料理を主に、シアとゆったりとした時間を過ごしていった。


 リヴィからも許可を得て、温室に入れてもらったり、薬づくりもちょっとだけ手伝わせてもらったりできるようになったし、シアと読書をしたり、外でちょっとしたピクニック気分でごはんを食べたり、釣りをしたり。空いている時間は体力や筋力を衰えさせないよう、それに勘を薄れさせないよう自己鍛錬に励むこともあったけど、それを含んでもすごくのんびりと過ごさせてもらっている。


 あれからシアが悪夢にうなされることもないようで、怪我もぜんぶ俺に戻ってきたいま、主従の契約だってまったくどこにも感じない日々が過ぎていく。


 だけど。


 ふとしたとき。シアの表情が翳るようになったのはいつからだろう。


 割と無表情が多かったシアがよく笑うようになってくれて、その笑顔にいちいちどきどきと鼓動を早める俺だけど、だからこそ余計にときどき沈んだ表情を見せるシアが気になった。



「……シア、どうかした?」



 なにか憂いがあるなら、俺にできることなら取り払いたい。そう思って意を決して尋ねてみれば、シアは一度俺を仰ぎ、それから俯いてぽつりとつぶやいた。



「……リツカ、怪我、だいぶよくなった」



 それは以前にも言われたことば。あのときは俺の怪我を俺に戻すことのほうにはなしを向けてしまったから、別の含みに気づけなかった。

 思い返してそれが失態だったと悟り、思いきり焦る。


 憂いを取り除きたいとかのんきなこと言っている場合じゃなかった……! もっと早くに察することができたというのに、バカか、俺!


 血の気が引くやら、自分自身を全力で罵倒したいやらで頭を抱えたくなるけど、いまはなによりシアのことばに含まれた、彼女の想いを知らなければ。



「それ、前にも言っていたけど、この怪我がどうかした?」


「…………」



 視線を落としたまま、すこしの沈黙のあと、シアはぽつりとちいさく零した。



「……怪我、治ったら。……リツカ、帰る?」



 シアのことばに、思わず目を見開く。


 それは確かにそのつもりだったし、どうあれ一度は戻らないといけないことは事実。でも、だけどこれは。



 ……もしかして、シア、別れを惜しんでくれているのでは……?



 そう思い、急激にこころが舞い上がりかけたけど、いやいやいや、いまはそうじゃないと、冷静さをフル動員させる。シアが気にしているというのに、俺が浮かれてどうするんだ。まずはちゃんとはなさないと。

 そもそも、きちんと俺の気持ちを伝えようと思っていたのに、機会を窺ってあと回しにしていたのが悪い。……だというのに、それもこう……乗っかるかたちでというのは、なんとも情けないような……。


 いや! いまはそれよりなによりシアの憂いを取り除くほうが大事なはず! この機会をさらに先延ばしにするなんて悪手にもほどがあるだろう。


 と内心で結論づけ、ちょっとだけ深呼吸。あ、まずい。緊張してきた。



「それなんだけど、その、シアさえよかったら、俺、このままここに置いてもらえないかな?」


「……え?」


「あ、いや、もちろん、もしアレなら近くに別途小屋とか建てるし! だから、その……とにかく、シアのそばにいたいんだ」


「……でも、リツカ、同僚のひと、心配してるって……」


「あ、うん、それはもちろんちゃんとはなしはしてくるよ。そのうえで、向こうの仕事辞めて、ここでシアと暮らしたいというか……」



 流れ的にこっちを先に伝えてしまったけど、まず伝えるべきはこっちじゃないとはわかっている。


 今度こそしっかり深呼吸をして、改めてシアを見つめた。耳のうしろから、からだの奥から、どくどくと大きく脈打つ音がうるさい。……変な汗も滲んできた。




「シア、俺、シアがすきだ。だから……ええっと……そばに置いてください」




 ……あれ。なんかふつうはそばにいてください、が正しいような……?


 いや、こういうのに正しいも正しくないもないな。シアはここで生きていくつもりなのはよくわかっているし、だったら彼女のそばにいるにはここに置いてもらうしかないのだから、間違ってなんていないだろう。


 …………ちょっと待て。あれ、もしかしてこれ、なんか重い……? もしかして俺、飛ばしすぎ、た、とか……。


 なんか急に変に冷静な部分からの分析が入り、一気に熱が下がっていく。これ、シアがまったくそのつもりではなかったとかだったら、ものすごいドン引き案件になるんじゃあ……。



「……うん。リツカが、そう言ってくれるなら。ここに、いてほしい」


「……え?」



 ちょっと自分の中で沈みだしていたら、なんか都合のいいことばが聞こえたような……。幻聴? え、幻聴?


 ぱちりと瞬いて飛ばしかけていた意識を戻し、改めてしっかりとシアと向きあえば、緋色の双眸はいつの間にかまっすぐにこちらへと向けられていた。



 ……というか、シアの顔……すごく、赤い……?




「わたしも、リツカがすき」




 思わず呼吸が止まる。



 え、あ、え……い、いま間違いなく、俺をすきって言ってくれた、よな? これこそ幻聴じゃないよな?



 思いきり顔に熱が集まっていく。上がったり下がったり忙しないな、なんて思う余裕などあるはずがなかった。


 いや、でもその、疑うわけじゃない、けど……ええっと、シアってここで長く他人と離れて暮らしていたわけだし……。



「え、えっと、あの、シア、俺のすきって、シアを女の子として、って意味……なん、だけど……」


「わたしだってちゃんとわかる。……それは……いままで経験したこと、ないけど……。でも、リツカといると、胸、ぎゅっとする。安心する、のに、どきどきして落ち着かない。ずっとそばにいてほしくて……その、触れてほしい、思うこと……すきって気持ちだって、本に書いてあった、から」



 耳まで赤くして、服の胸もとをぎゅっと握って、明らかにそうとわかる賢明さでそこまで伝えてもらって、どこに疑う余地が残るというのか。




 ああ、どうしよう。どうしようもなくシアがかわいくて……いとおしい。




 だめだ、これ、抑えようがない。



 溢れる衝動をそれでもどうにか抑えようとして、でも抑えきれなかったぶんシアの小柄なからだをぎゅっと抱きしめてしまった。驚いてか短い悲鳴が聞こえたけど、ごめん、離してあげられそうにない。

 触れたぬくもりになおいとしさが募って、搔き抱く腕に力が増してしまった。



 もっと近く、もっとそばに。いっそ、溶けあってしまえばいいのに。




「ありがとう。シア、すきだよ。ずっと一緒にいたい」


「……うん。わたしも。リツカが、すき」




 そっと、俺の背中にも腕が回されたことに気づく。頬を掠めるシアの髪がくすぐったくて、心地いい。



 そのまましばらく。俺たちは気の済むまで、そうして互いの熱を与えあっていたのだった。





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