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いざ、熊肉をごちそうに。


 というわけで。調理道具が無事揃い、晴れて料理担当となった俺。


 ちなみに必要な道具は俺が選ばせてもらった。というのも、ただ単にシアにはどれが必要かも、どれが使いやすそうかもまったくわからなかったから、というだけのことなのだけど。


 とにかく、そうして手がけた最初の料理、その食材は……熊肉だった。


 いや、せっかくだからもうちょっとこう、牛とは言わずとも、鶏とか……せめて鹿か猪のほうがと思いもしたんだけど、まあそれはおいおいということで。まずはシアがごちそうと言って憚らない熊の肉を、師匠さんの草に頼らずできる限りおいしく調理する試みに取り組んだのだ。


 それはもう、手間がかかるよな。いくら解体はシアがしてきてくれたといっても、その後の臭みとりやできうる限り肉をやわらかくするといった工程は手間と時間をなかなかに要してくれた。


 ……正直、変なプライド見せないで、素直に師匠さんの草をもらったほうがよっぽど早かったし、簡単だったのにと、ちょっぴり後悔したのは秘密だ。


 ちょっと脱線だけど、シアの狩りと、狩った獲物の解体には一度つきあわせてもらったことがある。慣れているとは言っていたけど、それでも心配は心配だからということからだったんだけど、結論から言えば心配なんてまったく必要なかった。ついでに俺もまったく必要なかった。

 狩り自体も目標さえ見つけてしまえば瞬殺で、不必要に肉を傷めたり固くさせたりしないようにする意味合いも兼ねて、ほんとうにさっくり風魔法で首を飛ばすのだ。で、これまた風魔法を器用に使って血抜きをして、皮を剥いで、爪や牙も売れるからと肉の解体と一緒に分離して、水魔法できれいに洗い流して、再びの風魔法で売るための素材を乾かして、風魔法でそれぞれ浮かせて運ぶ……という、一から十まで魔法を使った、危険のきの字も一切ない素早く無駄もない狩りを見せてもらった。


 シアはほんとうに、魔法の扱いにかけてはおそろしく器用なようだ。でも自分の髪を風魔法で切るとなぜか乱雑になってしまうという謎仕様。リヴィ曰く、そっちはどうでもいいと思っているせいなんじゃないか、とのこと。


 いまは理解できるからいいけど、出会い当初のその姿は、いま思い返してもやっぱり虐待を疑ってしまっても仕方なかったと思う。……怪我は俺のせいなんだけど。


 熊肉からできる限り臭みをとり、やわらかくなるよう下ごしらえをして、残る臭いも気にならなくなるよう香辛料を調整した特製ソースで仕上げた一品。さて、これですこしでも本当のごちそうに近づいていればいいのだけど……。



「いただきます」



 手をあわせてきちんと告げて熊肉をフォークで切るシア。貴族でもなし、テーブルマナーなんてどうでもいいので、フォークでできることはフォークでするのはふつうのことだ。



「……切れる。師匠の草、使ってないのに」



 驚いた、とくちにするシアに、まずはひとつ拳を握る。よし、やわらかく、はクリアだな。


 そしてそのまま切った肉をくちに運び咀嚼するシアの姿に、思わず見入る。


 ……いけるか? いや、大丈夫なはずだ。味見はちゃんとした。


 同僚に振舞うより緊張する時間に、どきどきと大きく脈打つ鼓動がうるさい。ぐっとシアの反応を待てば、シアはくちの中の肉をごくりと飲み込んだあと、それはもう思いきり目を輝かせた。



「すごい! おいしい、リツカ! こんなおいしい肉、はじめて! リツカ、魔法使えた?」



 身を乗り出す勢いですごいすごいと、おいしいと繰り返すシアに、まずは安堵。それからすぐに顔に熱が集まってくる。


 いや、うん。すきな子にこんなふうに言ってもらえるって、なんかこう……格別にくるものがあるな。


 あからさまにきらきらと表情を輝かせるシアがまたかわいいというのも追い打ちになっていた。



「あはは。気に入ってくれたなら、よかった」


「うん。おいしい、とっても。リヴィも、はい」


「…………え。やだ、うそ。ほんとにおいしい⁉ え、これ、熊よね? 熊肉よね?」


「だから熊肉、ごちそう」


「シアのそれは強さ基準でしかないから一般評価と乖離してるって言ってるでしょ」



 あ、シアの熊肉ごちそう説はこの家の共通認識というわけじゃなかったんだ。ほんとうにおいしそうに食べてくれるシアと、ちょこちょこ隣で要求してはすこしずつ分けてもらって食べているリヴィ。気に入ってもらえたようでよかったと、笑みがこぼれた。



「これなら今後も料理担当を任せてもらって大丈夫そうだね」


「うん、よろしくお願いします」


「ええ、もうほんとに、よろしく頼むわ」



 うれしそうなシアのあとに続けたリヴィのことばの力強さは、ちょっと実感がこもりすぎじゃないかと思う。かつてないほど素直に頼まれたし。



「じゃあ料理と畑仕事は任せてもらうとして……、シア、ほかにもできそうなことがあったら、遠慮なく言ってくれ」



「…………」


「シア?」



 肉を食べていた手をぴたりと止めて、シアは彼女にしては珍しく視線を迷わせ出す。

 急にどうしたんだろう。もう皿に残る肉はすくないし、いまさらくちに合わなかったとは考えられないけど……。


 首を傾げてなまえを呼べば、シアはゆっくりと俺へと向き直り、いつものようにまっすぐに緋色の双眸を向けてきた。



「……リツカ……、怪我、だいぶ良くなった」


「え? ああ、うん、そうだね。シアのおかげだ。ありがとう」



 これまた急にどうしたというのか。いまそれに触れる意味がわからなくて、でも確かな事実にお礼を告げれば、シアはふるりと首を振る。



「お礼、いい。…………前に、よくない方法、使った、言ったけど……それ、主従の契約だから」



 緋色の双眸が、伏せられた。ふるりと震える睫毛と、シアにしては珍しく萎んでいく語尾に、シアがそれをずっと気にしていたんだと悟る。

 確かに、その契約自体はよくない魔法として用いられていたことのほうが多いのだろう。リヴィのはなしを聞いて、その印象を思えば、シアのほうが申しわけなさそうな様子を見せる理由は理解できた。


 そんな必要、まったくないのに。


 シアの知らない場所で聞いてしまったはなしだから、俺から触れるのもどうかと思って黙っていたけど、もっと早くにちゃんとはなすべきだったといまさら思う。



「聞いたよ、リヴィから。確かにその魔法自体はあまりいい印象のないものかもしれないけど、俺が助けてもらったのは事実だ。だから感謝することはあっても、シアを責めることはない」



 はっきりしっかり伝えれば、シアは再び俺へと視線を戻す。その瞳にはいつものような強さはなく、どこか不安そうに揺れていた。



「俺のほうこそ、ごめん。俺の怪我なのに、シアに引き受けてもらっちゃって。本来ならしなくていい痛みをシアに与えてしまった。ほんとうに、ごめん」


「! リツカが謝ることない! わたしが選んでしたこと」


「……ならやっぱり、ありがとう、だよ。シア、俺を助けてくれて、ありがとう」



 ゆっくりと。もう一度しっかりと伝えれば、シアはくしゃりと顔を歪めて、それからぶんぶんと首を左右に振る。次いで彼女が浮かべたのは、ちょっとだけ泣きそうにも見える笑顔だった。



「……うん。リツカが生きていてくれて、よかった」



 ああ、ほんとうに。



 俺、シアのこと、すきなんだな。



 胸がぎゅっと締め付けられるような、そんな感覚に襲われて、何度目とも知れない実感を抱く。うまくことばに言い表せない、込み上げてくる想い。いとおしくて、衝動のままぎゅっと抱きしめたくもなる。



 でも、ぐっとなんとか耐えないと。だって俺はまだ、伝えていない。この想いをシアに伝えていないから。


 内心で深呼吸してひと息入れて、それから俺はこの想いとは別の、この怪我のことを知ってからずっと思っていたことをシアに問うことにした。



「あのさ、シア。訊きたいことがあるんだけど」


「? うん」


「この怪我なんだけど、傷跡も含めて、もとに戻すことってできないのか?」


「もとに戻す?」


「そう。もう死ぬようなほどのものじゃないし、なによりシアに傷が残るなんていやだから、可能なら俺の怪我、ぜんぶ俺に戻してほしい」



 シアは気にしないと言っているけど、いまだ包帯やガーゼに覆われている部分はもちろん、それらが取れても残っている傷跡が見えると、どうしようもなくいたたまれなくなるのだ。その最たるものは、いまはもうガーゼをとり、傷跡が露出している頬だろう。大きく奔る一本の切り傷は、どうにか傷跡を消せないものかと訊いたこともあるけど、どうしても自分に無頓着のシアから返るのは気にしないの一点張りだけだった。


 そしてそれはいまもおなじらしい。



「わたしは気にしない」


「俺が気にするんだ。ただでさえシアに傷が残るなんていやなのに、それが俺のせいだなんてなれば、シアに向ける顔がなくなる」


「え。それは……困る」



 まあ、それはもののたとえというか、心情的なもので、実際にここに置いてもらっておいて、顔をあわせないというのは無理があるけど。それをわかってか、シアはすこし逡巡を見せたあと、リヴィを仰ぐ。



「戻せばいいじゃない。もともとシアの怪我じゃないんだから」



 清々しいまでにきっぱりと言うなあ……。いや、事実でしかないし、俺の望むところでもあるのでなにも文句なんてないけど。


 それより。リヴィのことばはもっと重要な意味を成した。


 戻せばいい、ということは、戻すことができるというわけか。


 期待を胸にシアを見つめれば、シアはなにか考え込むようにやや置いてから、ちいさくうなずいた。



「……わかった。リツカが言うなら。……でも、頬の傷跡は治す」


「え」


「リツカ、かっこいいからもったいない」


「ぅえっ⁉」



 ちょ、えっ⁉ なにその不意打ち⁉


 いやもう、シアの頬にあるほうが消してほしいとか、そういう言いたいことはあるけれど、まずい、ぜんぶ飛んだ。



 だってシアが、かっこいいって。俺のこと、かっこいいって言ってくれた……!



 うわー……! なんか割と買いものとかしたときにおまけしてもらえたりするから得だなー程度にしか思ってなかったこの容姿が、急にものすごくありがたく思えてきた。


 ありがとう、顔も知れない両親たち。俺、いまほど自分の見た目に感謝した日はないです。



「……シア、あなた、ひとの容姿の美醜なんてわかったの?」


「? リツカはかっこいい」



 リヴィ、ありがとう……! おかげでもう一度言ってもらうことができた。もう感謝しかない。


 どうしよう、悶える……! 顔がにやけて仕方がないから、シアに不審がられないようにくちもとを片手で覆った。


 リヴィからこれでもかと呆れた視線を投げられたけど、全然平気。なんにも痛くない。



「え、えーと、ありがとう、シア。シアがそう言ってくれるなら、おことばに甘えさせてもらうよ」



 シアがかっこいいと言ってくれるなら、全力でこの顔面を守ろうと思う。



「じゃあ怪我、戻してもらっていい?」


「……わかった」



 どうやら主従の契約は主が望みさえすればすぐさま効果を発揮できるらしい。シアが引き受けてくれていた怪我のすべてが俺に戻ってきたのは、いままで引いていた痛みをすこし感じたからだ。


 すこし痛い、程度にまで治るまでこの怪我を引き受けてくれていたシアには、やっぱり感謝しかない。


 ちなみに、宣言どおり、頬の傷にはのちほど残りすくないと言っていた師匠さんの特製軟膏が与えられ、驚くほどきれいに傷跡が消えたのだった。





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