もう一度村へ。
とりあえず、今回は前回売る予定だったものを持って村まで向かう。前回同様の道を辿っているんだろうけど、舗装された道に出るまでは似た光景しか続かないから、リヴィの結界があろうがなかろうがあの家に辿りつくのは相当難しいだろうなと思った。
村に着くと、今度は村人たちに取り囲まれるようなことはなかったが、見かけるひとたちは揃ってこちらを気にしているのはバレバレだ。声をかけたいのだろうが、前回のことがあるから我慢してくれているのだろう。
この村のひとたち、いいひとが多いのかもしれないな。
前回声をかけてきたひとたちだって、シアの心配をしてくれているひとの声も多く聞こえたように思う。……たぶん、だからこそシアの師匠さんはこの村の近くの森に住むことにしたんじゃないかな。
ひとまず、いいひとたちなんだろうことはわかったんだけど、その視線ばかりは正直居心地が悪くなる。不躾や無遠慮といった風ではないけれど、あからさまに気になりますという視線をちらちら投げられるとちょっとだけ辟易してしまう。
なにせ仕事柄、ひとの視線というものには敏感に対応できるよう訓練しているので。
シアは大丈夫かな、と心配になったが、接触さえされなければそこまでつらくはないのか、顔色も変化がないようだ。
……ただ、たぶん気のせいなんかじゃなく、俺との距離が近い。役得かも、なんて思わないといえばうそになるけど、それより純粋に心配が勝る。
「……シア、手を繋ごうか?」
体温が触れあうことで、俺がそばにいると実感してもらい、すこしでも気が休まればと思って問えば、シアは俺を見上げて目を瞬かせた。
「……え、っと……。…………うん。ありがとう」
「どういたしまして」
おずおずと手を差し出され、その手をしっかりと握る。触れあう体温に、そのぬくもりに想像以上に俺の熱が上がってしまう。
マズい。これはちょっと……俺、自分で思うよりよっぽど初心だったのかもしれない……!
顔にまでのぼってくる熱を逸らせないかと、顔をちょっと斜め上に向けてみたりするけど、効果のほどは怪しい。せめてシアに悟られて怪しまれたりしないよう祈るしかない。
そうして手を繋いで歩く俺たちに、ひとりの女性が声をかけてきた。一昨日、ほかの村人たちを代表して会話をしたあの女性だ。
「シア、この間はごめんなさい。もう大丈夫なの?」
一定の距離を保ってかけられる声。案ずる響きを乗せたその声に、シアはこくりとうなずいた。繋がる手に、震えは伝わってこない。
「……わたしこそ、ごめんなさい」
「シアは悪くないわ。シアの事情聞いていたのに、みんなで急に取り囲んだりしたこちらが悪いのよ」
ふるふるとシアが首を振る。シアだってすきで彼女たちに怯えてしまうわけではないし、彼女たちだってシアを怯えさせたいわけじゃないというのは伝わってきた。
どちらも悪くないのだ。だから、これ以上謝りあう必要はない。
「あの、割って入るようで申しわけないんですけど、この間はありがとうございました」
「ああ、えーと……」
「リツカといいます」
「リツカさん。私はミーナ、よろしくね」
「よろしくお願いします」
そういえば前回名乗りもしなかったなと、すぐに名を告げれば、ミーナさんも笑顔で応えてくれる。やさしそうな雰囲気のひとだ。
「手紙はちゃんと出しておいたわ」
「はい、ありがとうございます」
「いいのよ。ところでシア、その怪我はどうしたの?」
唐突に核心をつかれたようなことばに、俺は思わずぴくりと身を強張らせた。どうこたえたものかと焦るけど、シアはまったく表情も変えずにあっさりこたえる。
「転んだ」
いや、無理があるだろ!
いくらだいぶ良くなってきたとはいっても、命に関わる大怪我の、痛み止めを飲まなければ動けないほどのぶんを引き受けてくれたんだぞ。どう転べばそこまでになるのかとつっこみたくなるに違いない。
そう思ったのだが、意外にもミーナさんは深く問いはしなかった。
「……そう。シアも女の子なんだから、もっと自分を大事にしないとダメよ」
「男女関係ない」
「そうね、だとしても、シアが自分を大切にしないといけないことにも変わりはないわ」
「……はい」
シアの返しは、たぶん俺にあてたものだろう。……すみません、反省します。
俺が内心で反省の意を示しているとのおなじく、シアもシアでミーナさんのことばにしずしずとうなずいた。ミーナさん、なんだかシアのお姉さんみたいだな。
そんなふうに思っていると、ミーナさんの視線が俺へと移った。
「見てのとおりだと思うけど、シア、自分のことに無頓着な部分が多いの。だからせめて、シアのそばにいる間だけでも、シアのことよく見ていてあげてね」
「あ、はい」
もちろんです、とは、こころの中だけで続ける。
「髪もいつも自分で適当に切っちゃったりするから、私が切るわと言ってはいるのだけど……」
シアの対人恐怖症の問題か、それとも自分への無頓着のほうの問題か。ミーナさんは続きを濁したけど、どちらにせよシアがそれを受け入れることはなく、かといってミーナさんが強要することもないのだろう。
最初こそ、もしや虐待を受けているのでは? と思ってしまったシアの容貌の真実が、またひとつ解決した。すくなくとも、虐待の疑惑などどこにもありはしなかったようだ。むしろミーナさんなどはシアのことをだいぶ気にかけてくれているようだから、周囲に恵まれているほうだといえるかもしれない。
「今回はきれいに切り揃えられているわね。もしかして、リツカさんが?」
「はい」
「そう、ありがとう。シア、とてもきれいな目をしているのだから、あまり伸ばして傷つけたりしないよう気をつけてね」
「うん」
ミーナさんにきちんとうなずくシアではあるが、気をつける、が、イコール行動に繋がるかはちょっと疑問に思う。どうやらミーナさんも同意見のようで、視線がこちらへと向けられた。
ちゃんと見ておくよう念押しされたと判断し、うなずいて返す。
「ところで今日はどうしたの?」
「これ」
「ああ、お薬や毛皮ね。ありがとう、助かるわ」
「ユーゲルさんに売る」
「ええ。よろしく」
「それと、買いもの。調理道具」
「調理道具⁉」
俺たちの荷物を軽く見るだけですぐに理解を示したミーナさんが、買うものについては聞いた直後に思いきり驚きの声をあげた。シアがびくりと身を強張らせたのがわかったので、大丈夫だと繋いだ手にちょっとだけ力をこめれば、シアはすこしだけ身を寄せてくる。そうしたことで、そのからだに入ってしまった力が緩んだようだったので、内心で安堵した。
……それにしても、目まで思いきり見開いているミーナさん、どれだけ驚くんだろうか……。
まあ……うん、しばらく一緒に暮らして見てきたシアの様子から、わからなくもないかなーと思ってしまうあたり、俺も大概失礼かもしれないけど……。
ちなみに当のシアはそういう意味では特段気を害した様子でもない。
「リツカが使う」
「え? あ、ああ、そうなの。リツカさんは料理ができるのね」
「あー……いえ、できるというほどではないですけど」
「なにか力になれそうなことがあったら、いつでも言って。料理に関して……というか、家事に関しては、イスカさん、まるでできなかったらしくて、そのせいかシアもちょっと……ね」
「火を通せば大概のもの、食べられる。問題ない」
「……こうだから」
いつものシアの持論に、ミーナさんが苦笑をもらす。言っていることが間違っているわけじゃないんだけど、シアの食生活はさすがに俺も思うところがないわけじゃない。
助けてもらってからずっと頼りきりだったからなにを言うこともできなかったけど、調理道具を買ったら、もうちょっと楽しめる食事というものをさせてあげられたらなと思っている。
「ミーナさん、そろそろ行く」
「あ、そうね。引き止めてごめんなさいね」
「ううん。それじゃあ」
「ええ、またね」
そうしてミーナさんと別れたあと、予定通り売買を済ませ、俺たちは帰路へと着くのだった。