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自覚したなら確認を。


「あ、あああああああああっ!」



 シアの部屋に飛び込んだとき、彼女はひどく魘されていた。いやな夢でも見ているのかもしれないと、ひとまず声をかけて揺さぶって起こそうとしてみたんだけど、その目は一向に開かなくて。何度も呼びかけていたら、突然大きく叫んで飛び起きた。



「シアっ!」


「やだ……っ! や、くる! 「このひと」がくる! いや、いやああああっ!」


「シア、シア、大丈夫だから! シア!」



 いやだ、と、「このひと」が来る、とばかりを繰り返して叫ぶシアに、戸惑うよりもとにかく落ち着いてほしいとその肩を掴む。髪を振り乱して首を振るシアの目は焦点があっておらず、俺は彼女の細いからだを強く抱きしめ、耳もとでひたすらに大丈夫、と繰り返した。


 「このひと」がだれか。リヴィのはなしを聞いたあとだから、想像はつく。たぶん、村での件がきっかけでトラウマが蘇ったのだろう。リヴィが言っていた、夜に叫びながら飛び起きる、というのはこのことかと思った。



「シア、大丈夫。俺がいるから。俺がシアを守るから」



 搔き抱くように。すこし強すぎるかもしれないとさえ思える力がこもってしまっていることは自覚しても、ひたすらに俺がここに、シアのそばにいるとわかってもらえるよう、抱きしめる。大丈夫、と繰り返しながら。シアはひとりじゃないんだと、俺に頼っていいんだと、そう想いを込めて。



「あ、ああ……っ」


「シア、大丈夫だよ、大丈夫。俺がそばにいるから」


「う……」



 すこしずつ、すこしずつ。腕の中のシアが落ち着いていくのが、伝わる。


 ゆっくりと、呼吸が落ち着いて。そうしてしばらく、遠慮がちに俺の背中にシアの腕が回されて、ぎゅっと、背中の服が掴まれた。



「……リツカ……」


「うん」


「リツカ、リツカ……っ」


「ここにいる。ちゃんといるよ、シア」



 背中に回された腕に、力がこもる。ただただ俺のなまえを呼ぶだけのシアのからだが、すこしだけ震えていた。


 俺は彼女を抱きしめる手の力をすこしだけ緩めて、代わりに片手で頭を撫でる。ちいさい子を宥めるみたいに。



 ……でも、この気持ちは決して、それとおなじじゃない。



 いま、俺がシアに抱いている気持ちと、それがどういう意味を持つか。ちゃんとわかるけど、わかるからこそ、戸惑ってもいる。



 だって、俺にはいま……。



「ごめん、リツカ……」


「なんで謝るの? シアは悪いことなんてなにもしてないだろう?」


「……でも、迷惑、かけてる」


「なに言ってるんだ。こんなの、なにも迷惑なんかじゃないよ」


「そ、う……?」


「うん。だから、大丈夫だよ、シア。シアは、もっといっぱい俺を頼っていいんだ」



 俺の胸もとに顔をうずめたままつぶやくように紡いでいたシアに、はっきりとそう伝えた。俺がシアに抱く気持ちの根幹からすれば下心があるように思えるかもしれないけど、ただただ単純に、すこしでもシアのよりどころになれたらいいと、そう思ってのことばでしかない。


 以前は師匠さんがいて、いまもリヴィがいる。それだけで足りないというわけじゃなくて、頼れる先なんていくらあってもいいと思うのだ。

 そんな俺のことばに、シアがゆっくりと顔を上げる。外はもう日も沈んでしまっていて、灯りをともしていない室内は暗いけど、これだけ近いとその輪郭はちゃんとわかった。


 ……ので、思わずどきっとしてしまう。


 いや、うん、下心ないって言ったばかりだし、確かに本心からだったのには違いないんだけど……。さすがにちょっとこれは……。

 思わず目を逸らしてしまいそうになるけど、ぐっと耐える。いまここで目を逸らしたらいけないことくらい、わかっているから。



「……リツカは……」


「ん?」



 なにかを言おうとして。ことばを紡ぐためにくちを開いたシアは、けれどそのままぐっと閉じて、また顔を下げてしまった。



「……シア?」


「……ん。…………ううん。ごめん」


「え? いや、だから……」


「違う。必要。だけど……お願い、してもいい?」



 ごめん、が、必要?


 正直、シアがなにを言いたかったのか、なにを伝えたいのかわからなかったけど、とにかくその先のことばのほうは理解できるから、すぐにうなずく。



「いいよ。なに?」


「一緒に寝てほしい」



 ぅえっ⁉ ちょ、あ、あやうく吹き出しかけるところだった……!


 いや、いやいやいや、ダメだろ! いくらなんでもそれはダメだ!



「し、シアさん……それはさすがに……」


「……迷惑?」


「いや、そのそうじゃなくて」



 それはまあ、わかるけど……! シアが夢見に不安になっているってことくらい。頼ってくれたことだって純粋にすごくうれしい。


 でも、それでもだ。越えてはいけない一線的なものはあるだろう。


 いやほら、下心とかじゃなくて、そう、倫理的に!


 ……というか、これ、もしかしなくても俺、そういう対象に見られていないのではなかろうか……。警戒されないことによろこべばいいのか、むしろ警戒してもらえないと悲しむべきなのか……。

 内心複雑に思いながらも、いまはそんな場合ではないと頭を切り替える。うん、その問題はあと回しだ。そもそも先に解決しなければいけないことがある問題でもあるし。



「迷惑なんかじゃないけど、シアは女の子だ。だから、やっぱり一緒に寝るのはダメだと思う」


「……そうなの?」


「そうなんです。だから代わりに、手を繋いでるよ。すぐそばにいる。それでいいかな?」



 なんとかひねり出した妥協点。正直それもちょっとどうなんだろう的に思わなくはないが、現状、ぎりぎりセーフと見做す。俺の要望じゃないし、セーフ……だよな?



「……ん。ありがとう」


「どういたしまして。大丈夫だよ、シア。ちゃんとここにいるから。安心しておやすみ」


「うん」



 ぽんぽん、と、軽く背中を叩いて、シアのからだをゆっくりと離す。ちょっと名残惜しいな、なんて思ってしまったりもしたけど、当のシアも最後にちょっとだけ俺の服の裾をぎゅっと握った姿を見て、すこしでもおなじ気持ちだったらうれしいななんて思った。


 もう一度シアがベッドに寝直してから、約束どおり手を差し出す。その手に乗せられたシアの手は、畑仕事とかしていてもごつごつしたりはしていない。師匠さん印の薬草からつくった軟膏のおかげだとのこと。

 その手をしっかりと握れば、シアは安心したようにちいさく息を吐き、ゆっくりとからだから力を抜いていった。


 彼女が再び寝つくまでどれだけかかるかと思っていたけど、案外すぐに寝息が聞こえてくる。……安心したから、だったらうれしいなと思った。


 シアがしっかり眠ったと思えるようになってしばらく。ベッドの淵に腰かけたまま俺は静かに視線を上げる。宙に浮かぶリヴィは、ぼんやりと微かに発光していて、暗闇でもその存在をはっきり認識できた。

 心配そうにシアを見つめる彼女に、できるだけちいさく声をかける。



「……リヴィ。訊いてもいいか?」


「……なに?」


「さっき、俺、直感的にシアになにかあったってわかって、すぐに向かわないとっていう焦燥感に襲われたんだけど」



 それはこの部屋に駆け込む直前。リヴィと会話をしていたあのときのこと。


 シアに呼ばれたわけでも、ましてやシアの叫び声が聞こえるよりも早く生じた衝動。


 あれがなんだったのか。その原因も理由も想像がつくけど、きちんとこたえを得たくて、そのこたえを知るだろうリヴィに問いかけた。

 リヴィはシアから視線を外し、こちらへと向き直る。



「それも、主従の契約の効果。主人の危機を察知して、いち早く救出に向かうことが強制されるの」



 ああ、やっぱり。そうだろうなと思っていたとおりのこたえに、納得する。そのおかげですぐにシアのもとに来られたのだから、俺にとっては決して悪いものじゃないけれど、本来はよくない用途に用いられたものであることくらい想像に難くない。


 怪我や病気を押しつけられるは、危機からは強制的に助けさせられるはとなれば、それはこの魔法による契約が禁術とされるのも納得がいく。シアは俺のために使ってくれたけど、本来は人身御供よろしく押しつけるものでしかないのだろう。……シア、よくそんな魔法知っていたな、と思うけど、もしかしたら師匠さんの本の山の中にその資料でもあるのかもしれないと思った。魔法自体は、シアの能力なら難なく使えて不思議じゃないし。


 リヴィから得たその事実は単なる確認。本題はむしろこの先だ。




「……あのさ、さっき俺、シアを守りたいって強く思ったんだ。シアを守って、シアのそばにいて……このぬくもりをずっと失いたくない、だれよりも近くでずっと、って」




 それは、その気持ちは。



 眠るシアの顔を見下ろす。そばにリヴィが飛んでいるからか、暗闇の中でもその寝顔を見ることができる。穏やかに目を閉じるその姿に、改めて抱く安堵と……。




 いとおしさ。




 俺自身がだれかにそういう感情を抱いたことはいままでなかったけれど、そういうことに無縁だったわけでもない。同僚曰く俺の見目は異性を惹きつけるものらしく、好意を向けられることはそこそこあった。……って、自分で言うのもなんだけど。

 おかげでそういう感情が理解できないわけじゃない。抱いたこと自体がなかったから、いざ自分の身に起きたときに自覚できるかどうかはわからなかったけど、案外はっきり理解できたことに驚くより納得した。


 ……うーん、納得、というより、なんていうか……こう、すとん、と落ちてきたのだ。それが自然なのだと、そんなふうに。

 いや、冷静っぽく言ってるけど、正直結構ずっしりきたんだよな……。すとんなんてレベルじゃなくて、どんっと勢いよく体当たりされる感じで。全身を鷲掴まれる感じなんだよ、と、同僚から聞いたことがあったけど、あれほんとうなんだな。……シア、俺の心音に気づく余裕がなかったと信じたい。


 あーもう、改めて考えると顔が熱くなるな。だからもう、いまは早く()()に決着をつけないと。




「なあ、リヴィ。俺の気持ちは、この感情は……その契約による影響なのか?」




 俺のものだって、信じたい。胸を張りたい。でも、そうするには、俺に知識が足りていない。


 主従の契約ってどこまでどうなにが影響するのか、俺は知らないのだ。


 もしかしたら、主人を守るために主人に好意を抱くよう強制される魔法が込められているかもしれないと思ったら、さすがに正直不安になる。



 だからはっきりさせたかった。この想いが、真実俺のものであることを。



 もう一度リヴィに目を向ければ、彼女は一度くちを開きかけ、けれどそのくちを引き結ぶとどこか難しそうに眉根を寄せる。そうしてから改めてくちを開いた。



「…………主従の契約に、従者側の感情なんて必要ないわ。だって、強制されるのだもの」



 押しつけられる、そのすべてを。そこに拒否権なんてないのだから、押しつけられる側の意思なんてどうでもいい。そういう、魔法なのだそうだ。

 使うのがシアでなかったなら、あるいは善意によるものでなかったなら。これほど悪辣な魔法などないのかもしれない。そういう意味では胸糞が悪くなる要素しかないのだろうけど、いま俺が当事者として抱くのは安堵。



「……そっか」



 思わず、笑みがこぼれる。


 眠るシアに再び視線を馳せて、わきあがるこの想いを噛みしめた。



 これは確かに俺の感情。俺の想い。




 シアが、いとしい。




 改めて感じる衝動に、シアのぬくもりが伝う手に知らず力がこもってしまったらしい。



「……ん」



 ぴくりとシアの手が動き、俺は慌てて意識的に自分の手から力を抜く。失敗した、と、シアの眠りを妨げてしまっただろうかという焦燥に彼女の様子を窺えば、規則正しい寝息がそのまま続けられて安堵した。



「ちょっと、変なことしないでよ」


「してない! してないから!」



 じろっとリヴィに睨まれ、慌てて小声で否定する。彼女は鼻を鳴らすと、ちいさなからだをぐっと逸らして腕を組んだ。



「いい? あたしは、あなたのこと認めてないから。あなたがほんとうにシアに害をなさない人間かどうか、まだ判断しきってないんだからね」


「うん」



 別に構わない。どれだけ探られても、痛む腹なんて持ちあわせていないし。それならリヴィが納得いくまですきなだけ監視してくれればいい。


 そんな内心が伝わったわけではないだろうけど、その夜ほんとうにずっと俺を睨み続けたリヴィに、正直やっぱりちょっとだけ勘弁してほしいと思ったのはこころの中に留めておくことにした。





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