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シアの過去。

短いです。


「いい? シア。このひとのいうことをよく聞くのよ。いい子にしてたら、迎えに行くからね」



 それが、記憶に残る、母親の最後のことばだった。


 そのことばだけはちゃんと覚えているのに、あのひとの姿はぼんやりしていて思い出せない。うそばっかりの、約束。果たされない、果たす気すらない、約束。そんなものは、憶えているというのに。


 母親が言う「このひと」は、とても乱暴で気短なひとだった。喋れば怒鳴る。泣けば怒鳴る。声がちいさければ怒鳴る。ちょっとだけ言われていない行動をしただけでも怒鳴る。

 わたしが怒鳴られたわけじゃないけど、見ていただけでも、いろんな子が怒鳴られた。ときには殴られたし、蹴られた。髪を掴んで謝らせられた。


 「このひと」が連れていくこども、わたしだけじゃなく、たくさんいた。「このひと」の仲間らしいひとも、ふたりいた。馬車の荷台、「このひと」とこどもがたくさん。びくびくしているこどもと、いらいらしている「このひと」。「このひと」、こどもがきらいらしい。そう言ってた。でもお金になるから、仕方ないって。


 馬車に乗ってどれほど経ったかわからないころ、男の子がひとり、泣き出した。家に帰りたい、家族に会いたい。そう言ってた。……わたしには、その気持ち、わからなかった。

 けど、その子につられるように、何人かがすすり泣きはじめた。「このひと」、最初の男の子にうるさいって怒鳴った。黙れって頬を殴った。男の子は余計に泣いて、「このひと」は男の子の首を掴んで持ち上げた。


 こどもとおとなの体格差。男の子の足は馬車の床につかなくて、ばたばたもがいてた。首を掴まれているのだ、苦しいに決まってる。


 「このひと」は言った。うるさいと言っているだろう、と。いうことが聞けないなら、要らない、と。



 ごきん、って音がして、男の子の頭ががくんとうしろに倒れた。「このひと」の腕に掴まっていた両手と、ばたばたしていた足がだらりと垂れ、動かなくなった。



 ひっ、と、だれかが息を飲む。「このひと」は、やっちまった、まあいいか、と言って男の子を馬車から放り出した。変な音、立てながら、男の子のからだが地面を跳ねる。その光景が、そこまでのすべてが、頭にこびりついて離れない。



 「このひと」はわらう。要らなくなったら、おまえらもああなると。




 わらって、わらって、おとこのこ、うごかなくなったのに、ないてたのに、なにもいわなくなったのに、わらって、ばしゃのそとに、なげて、わらって……。




 なにが起きたのか、なにを考えていたのか、思い出せない。けど、こわかった。わたしは、たしかにこわかった。




 「このひと」が? 男の子の姿が?




 わからない。わからない、けど、怖くて。





 気づいたら、馬車が壊れてた。壊れて、何人かのこどもが逃げ出した。動けずにいた子もいたけど、わたしは逃げた。どこに行けばいいかわからないのに、とにかく走った。


 「このひと」が追いかけてくる。怒鳴りながら、うしろから。


 悲鳴が聞こえる。ここはどこかの森の中だったらしく、高く伸びた茂みがからだを打ってがさがさ耳もとで音を立てた。


 「このひと」が怒鳴る。どこで? うしろで? がさがさ、がさがさと、ずっとずっと音が。



 悲鳴と、怒鳴り声と、葉っぱの音と、自分の息。胸の奥が飛び出しそうなほど、痛くて苦しい。



 追ってくる。追ってくる。「このひと」が、怒鳴りながら。




 捕まったら、わたしもきっとごきん、ってなる。捕まったら、わたしもきっと放り捨てられる。





 わらいながら。わらい、ながら……。






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