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知らなかった事情。


 職場への手紙を無事書き終え、リヴィの検閲も通った翌日。その手紙を出すために、俺はシアの案内のもと、ヤナンの村へと向かうことになった。


 俺のためにわざわざ申しわけないと思ったけど、定期的に売りに出す品物を持っていくから構わないとシアは言ってくれる。前に聞いた、狩りの成果と、師匠さん印の薬のシア作成バージョン数点らしい。師匠さんがあえて効能効果を落とした薬の出来は、師匠さんが遺した材料を使ってシアがおなじようにつくったものとそう変わらないらしい。どちらもふつうに買える薬よりはすこし効果が高いらしく、そのうえこういう都市から離れた村では手に入るだけでも重宝してもらえるそうだ。


 とはいえ、足もとを見て高値をつけたりすれば変に目立つし、だからといって安売りしても目立つ原因になるだろうから、ふつうに買える薬に出来高と流通割り増しぶんをすこしだけ乗せた、高級には至らない程度の料金で売っているとのこと。狩りの成果はどちらかというとおまけ程度のものなので、買い手のつけた値段で売っているらしい。需要と供給の問題と、質や量などで多少の前後こそあれ、悪意をもっての値切りをされることはないという。


 まあ、下手なことしてリヴィあたりにバレて、薬のほうの取引がなくなったら損をするのは店のほうだし。


 ちなみにリヴィは概ね常にシアのそばを飛んでいる。個別で認識できるようにできるらしく、一度姿を見えるようにしてからは俺にも見えるままにしているけど、村のひとには一切認知されていないという。


 ……村のひとたち、シアがたびたび斜め上方を見るの、どう思っているんだろう……。



「リツカ、ヤナンの村、ついた」



 森が開け、村の入口まで辿り着いたところで、シアが教えてくれる。整備されていない木々の隙間を縫って歩き、そこから舗装された道に出てさらに歩き、ようやく辿りついたそこは、経路上確かに俺たちも通ったヤナンの村に違いなかった。

 そこそこ長い道のりだったけど、俺はともかくシアも息がまったく乱れていない様子から、おそらく体力にも自信があるんだろうな、なんて思う。ちなみに舗装された道は一本道なので問題ないけど、似たような木々の生い茂る森のどこに向かえばシアの家に辿りつけるか、俺にはさっぱりわかりそうにない。リヴィの結界がなくても、自然の結界に守られてるんじゃあ、と、ひっそり思った。



「ユーゲルさんのとこ、だいたいなんでもできる」



 ユーゲルさんというのは、シアの取引相手かつ、この村の商売のほとんどを引き受けている人物らしい。そんなに大きな村でもないし、どんなものであれ店自体の絶対数がすくないようだ。食堂も、宿と兼ねている一件のみだったし。

 俺の目的である郵送も、ユーゲルさんを介して届けてもらえると聞いた。そのためとりあえずユーゲルさんの店を目指すことにしたのだが。



「え、シア⁉ シアよね⁉ ちょっと、シアが男のひとと一緒にいる⁉」


「ええ⁉ うそ、ほんとだ! しかもなんかカッコイイんだけど⁉」


「いやいやそれよりその怪我だろ⁉ いったいどうした、だれにやられたんだ!」


「そうだぞ、シア! なにがあった⁉」



 ……囲まれた。なんか、うん、村に踏み入ってすぐに雑談していたらしい女性たちに見つかり、その声の大きさになんだなんだとぞろぞろひとが増えていく。

 あっという間にできたひとだかりは、この村の総人口のニ・三割はいるんじゃなかろうかと思えた。正直、引く。



「…………シア?」



 取り囲んできたひとたちが口々になにか言ってくるけど、喋るなら順番にしてほしい。なにを言っているかさっぱりわからない。

 そんなふうに戸惑っていた俺だったが、視線を向けた先でシアがすこし震えて見えたため、彼女の顔を覗き込む。その顔色は青を通り越して蒼白で、見開いた目の瞳孔さえあっていなかった。その尋常ではない様子に驚いたのも一瞬。すぐにシアの前にからだごと回り込んで、肩を掴んで目線をあわせる。



「シア、どうした。シア」


「……あ、ああ……」



 震えるくちびるを開こうとするけど、うまくいかないらしい。ことばにならない声をうっすらと漏らすだけのシアに、思わずリヴィを見上げた。けれど、リヴィは俺の視線にまったく気づかず、彼女もまたシアのそばで懸命にシアの名を呼んでいる。



「あ、ちょっと、みんな、散って散って! イスカさんに言われてるでしょ!」



 俺たちを取り囲んでいた村人のだれかがシアの異常にようやく気づいたのか、そう声を張った。そのことばに集まっていたひとびとが慌てた様子でぞろぞろと去っていく。周囲を窺えば、残ったのは女性ひとりだけのようだ。



「ごめんね、シア。イスカさんに注意されていたのに」



 申しわけなさそうに身を屈めた女性が、シアの顔を覗き込む。瞬間、シアのからだがびくりと大きく跳ね、飛びつくように俺の腕を掴んで女性から隠れるように俺のからだに半身を隠す。


 ぎゅっと、痛いくらいに強く掴んでくるその手は、ずっとちいさく震えていた。


 その様子を目に、女性は困ったように眉尻を下げ、それからゆっくりと身を起こして俺を見る。



「ごめんなさいね。シアが対人恐怖症だってイスカさんから聞かされていて、注意するよう言われてたのに。珍しくひとを連れてきたから、ついみんな気になっちゃったみたい」


「……対人、恐怖症……?」


「知らなかった? ああ、でも、あなたは大丈夫みたいだものね。ええっと、シアの知り合い?」


「え? ああ、えーと、シアは俺の命の恩人なんです」


「命の……?」


「ちょっと森で死にかけて、そのとき助けてもらったんです」



 まだ取りきれない包帯を目にしてだろう、それ以上深く問わずとも女性は納得したようだった。


 それより、対人恐怖症なんて。俺、はじめて聞いたんだけど。

 再びリヴィを探せば、心配そうにシアのそばに寄り添って飛んでいた。


 ……あとで聞くか。



「……シア、大丈夫? 今日はもう帰ろうか?」



 なるべくやさしく、ゆっくり声をかける。この様子のシアに無理をさせてまで今日手紙を出す必要はないだろう。ひとまず森まで戻ってゆっくり落ち着くことができれば、家まで帰ることならできるようになるかもしれない。

 そう考えた俺のことばに、シアはちいさくぴくりと反応してから、ゆっくりとゆっくりと顔を上げた。その顔色は変わらず悪いが、瞳には光が戻ってきている。



「……ううん、大丈夫」


「でも……」


「手紙、出したほうがいい」



 それはそうだけど、でもそれはシアより優先しなくても大丈夫だろう。


 そう考える俺に、この場に残った女性がシアのことを気にかけながらもくちを開く。



「手紙? 手紙を出したいの?」


「あ、はい。ちょっと職場に……。生存報告しておいたほうがいいと思って」


「生存報告……。あ、ねえ、もしかしてあなた、ロイサール商会の護衛騎士様だったりする?」


「え? ええ、はい、まあ……」


「ああ、なるほど。実はね、ひと月前から定期的にロイサール商会のかたがここに来ているのよ。なんでも、行方不明の護衛騎士様を捜しているとかで。……確かに、あなた、見た目のいい好青年っぽい感じだし、あなたのことだったのね」



 見た目のいい好青年、という容姿で判断されたことに同意をしてしまうのは自意識過剰というかなんというかで気が引けるけど、同僚が俺のことをそう評していることは知っているから、たぶん俺に違いないだろうと思う。

 それにしても定期的に捜しに来てくれていたという事実に驚いたり申しわけなく思ったりするのと同時に、あれから一ヶ月も経っていたという事実にも驚いて、なんかもう頭を抱えたい。



「手紙、よかったら私のほうで出しておくわ。お詫びも兼ねて代金はみんなで出させてもらうし」


「え、いやそれは悪いです」


「いいのよ。だから、シアのこと、お願いね」



 女性の心配そうな視線が再びシアに向けられる。追うように俺もシアへと視線を落としたけど、シアは俯いたまま顔を上げなかった。

 俺の腕をつかむ手のちからも抜けないし、その手から伝う震えもおさまらないし、ここは女性のことばに甘えさせてもらったほうがよさそうだ。

 薬や狩りの成果に関しては、また次回、シアが落ち着いたら売りにくればいい。



「すみません、お願いします」


「ええ。……シアのこと、よろしくね」



 手紙を女性に渡し、シアに歩けるか問う。首肯が返ってきたので、とりあえずその体勢のままゆっくりと森に向かって歩き出した。


 けれど、村と森との境界を越えたあたりで、急にがくりとシアのからだが沈んだ。とっさに支えられたため、倒れきる前にそのからだを腕の中に抱えることができたけど、シアは顔色の悪いままぐったりと気を失ってしまっていた。



「シア! シア! しっかりしろ、シア!」


「リツカ、そのままシアを抱えて家まで運んで。動物なら近寄らせないようにできるし、道案内もするから」



 慌てているのはリヴィもおなじ。早口でまくしたてられて、一も二もなく頷いた俺は、そのままシアを横抱きに抱え上げる。そうして一分でも一秒でもはやくと、シアの家を目指して駆け出した。





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