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いい加減生存報告をしましょうか。


「あ、そうだ、シア。このあたりって、郵便出せたりする?」



 シアに助けてもらってからどれくらい経ったか。日数数えてなかったから、あまりはっきりとはわからないけど、怪我ももうすっかり良くなってきた。


 最初はまず恩返ししないと、という意気込みが強くて追いやっていて、最近は正直日々の生活がなんだか楽しくなっていたせいでうっかり忘れてしまっていたけど、職場に生存報告くらいしないとダメじゃないかとようやく思い至る。


 意識を取り戻した当初こそそれを気にしていたくせに、シアと過ごす毎日があまりにも充実していたからとうっかりしすぎだろう、俺。たぶんみんな心配してくれているだろうにと、気づいたいまは申しわけなさが募る。



「郵便?」


「そう。って、そういえば俺が怪我をしたときのはなしとか、詳しくしてなかったよな」



 いろいろなもののすききらいや趣味のはなしとかは結構したし、護衛騎士であることとかそれに関する経験とかははなしたのに、俺がシアに助けられるまでに至ったはなしに関しては、最初に伝えた襲撃を受けたという程度しかしていなかった。シアのトラウマを心配して、というのが主な理由だったけど、一緒にいた間の様子を見た感じだと、たぶんはなしをしても大丈夫だと思う。


 ……実は護衛騎士のはなしをしたときや、騎士に至るまでの間にした経験をはなしたりしたときに、手紙のことに思い至りはしたんだけど、ついあと回しにしてしまっていて、気づけばそれがあと回しにしすぎていまに至るという、本当、職場のみなさまには大変申しわけないことをしております……。



「俺が護衛騎士で、大きな商会に勤めてるはなしはしたと思うけど、その任務中に襲撃を受けたんだ」


「うん」



 覚えている、とシアが相槌を打つ。ちなみにその商会のなまえ、ロイサールという結構名の知れた商会なのだけど、シアには覚えがなかったようだ。



「相手の人数がそこそこいて、こっちも護衛騎士は俺ひとりってわけじゃなかったんだけど、それでも守らないといけないひとたちもいたから、俺が囮になってみんなに逃げてもらったんだ。……情けないはなしだけど、そこから先は記憶が曖昧で、気づいたらシアに助けてもらってた」


「リツカ、強い。人数ちゃんと数えてないけど、ひとりで戦ってよく生きてた」


「あー、運がよかったんだと思うけど」


「確かに、無謀でもある」



 う。ぐうの音も出ません。


 でもあのときはそれが最善だと思ったし、死ぬ気があったというわけじゃないけど、覚悟のうえでの選択でもあった。あのままあそこで全員で戦ったとして、たぶん、いちばんの護衛対象のお嬢様は守れたと思うけど、侍女か馭者か、だれかは犠牲になっていたんじゃないかと思う。俺の記憶にはないけど、増援があったならなおのことだ。守る対象が増えるというのは、それだけリスクも高まるということなのだから。



「命、無駄にする、よくない」


「そのとおりです。助けてくれたシアには感謝しかないよ。ほんとうにありがとう」


「どういたしまして。でも、次はないようにしてほしい」


「気をつけます……」



 俺だって死にたいわけじゃないからね。反省して項垂れれば、シアが満足そうに頷いた。たぶん、心配してくれてのことばだったんだろうなと思うと、純粋にうれしい。

 若干口角が上がってしまった自覚はあるけど、はなしの内容的にへらへらしていいタイミングではないので、慌てて本筋に戻すことにした。



「えーと、そんなわけで、仲間に迷惑と心配をかけただろうし、雇い主に報告もしないとだしだから、無事だってことを手紙で伝えようかと思って」


「なるほど」



 ひとつ頷いたシアは、そのまま視線を斜め上方……リヴィへと向ける。そんなに難しいお願いをしたつもりはなかったのだけど、リヴィは眉根を寄せて難しそうな表情を浮かべた。



「気持ちはわかるし、あなたにとって必要なことだっていうのも理解はできるけど……」


「だめなの?」



 こてりと小首を傾げるシアをちらりと振り向いてから、リヴィは息を吐く。



「だめ、というか……。あなたが生きていると知れたら、あなたのお仲間はあなたを迎えに来るんじゃない?」



 はっと、目を見開いたのは俺もシアもおなじだった。生存報告をすることしか頭になかったことにいまになって気づいたけど、確かにリヴィの言うとおりだ。俺が死んだと判断して契約を解除されたりしていない限り、俺はまだロイサール商会の護衛騎士なんだし、ここにいる経緯も経緯だから迎えに来てもらえる可能性はあるだろう。

 ロイサール商会の待遇は悪くないわけだし。


 でも、そうか。迎えが、来る……。それって当然帰らないといけなくなるわけで、そうなるともちろん、ここでの生活と離れなければならなくなるわけだ。


 思わずシアを見る。無意識下での視線の動きだったけど、その先でシアの緋色の双眸と目が合った。


 じっと。ただまっすぐに俺を見つめるシアは、ひたすらにくちを引き結んでいる。



「シア……」



 ついなまえを呼んでしまったけれど、続くことばは出てこない。なにを言いたいかも、なにを言っていいかもはっきりとしなくて、俺もぐっとくちを閉じた。


 そうだ。約束は、怪我が治って帰れるようになるまで。それまでの間だけ、置いてもらえるはなしだったはず。だから迎えが来てくれるなら、帰らないと。それがシアとリヴィとの約束で、だけど、でも。



「……まあ、迎えに来るならヤナンの村が適当か。ここまで入ってくることはできないもの」


「……え?」



 リヴィのことばに、一旦現実へと戻される。ここまで入ってくることができないって、ここ、そんなに森の奥深くにあったのだろうか。



「この一帯には結界が張ってあるの。シア以外の人間が許可なく入ってくることはできないわ」


「結界……?」


「そう。認識阻害と併せてね。近くに来ても、自分でもわからないうちに違うほうへと向かっていくようになってるの。それがあたしがここでシアを守る手段だから」



 なるほど。リヴィは事実、その結界でもってこの場所を、もとは師匠さんを、そしていまはシアを守っているのか。……もしかしなくても、リヴィが俺の迎えの心配をしたのって、そういう……。いや、うん、リヴィだもんな。そうだよな……。


 そういえば以前、シアに貴族から養子の打診とか来ないのかと訊いたことがあったけど、あのときシアにははっきりと、ここにいれば絶対にないと言い切られた。あれはそういうことだったのか。


 え、でもそうなると……。



「じゃあ、俺は……」


「シアと一緒に出て、シアと一緒に戻ってくるぶんには戻ってこられるわよ。でも、基本的には一度出たら戻れない。もう二度と、ここに来させるつもりだってないもの」



 はっきりと、きっぱりと言いきられた。リヴィからすれば、人間は大切な存在を傷つけるだけの害悪でしかないのだろう。そして俺もまだ、その枠から出られてはいない。



 帰ってしまったら、二度とここに戻ってくることはできない。つまり俺は、もう二度と、シアに会うことができなくなってしまうのだ。



 逡巡。帰ることは当然で、そうでなければいけなくて、そういう約束でもあって。だけど。だけど、俺は……。



「あ、の……。あの、さ、その……。もうすこし、ここに置いてもらうことってできないかな?」



 厚かましくて図々しいのは百も承知。でも俺は、まだここにいたいと確かに望んでいる。まだここで、もうすこし、シアのそばにいたいと、そう願ってしまった。



「え、ええーと、ほら、助けてもらった恩返しだってまだ全然できてないし、だから……」


「そんなのいいからさっさと出て行ってほしいんだけど」



 辛辣に、冷淡に。さっくりとリヴィに返されて、思わず変なうめき声がもれてしまう。


 ……デスヨネー。


 シアはともかく、リヴィならまず間違いなくそう言うと思った。思ったけど、実際にそう言われてちょっと泣きそうになる。そうして俺ががっつり凹んでいると、リヴィはひとつ大きく溜息を吐いた。



「……と言いたいとこだし、事実あたしはそう思っているけどね。……シア、あなたが決めなさい」



 え? と、顔を上げれば、リヴィはもうこっちを見ておらず、シアへと振り向いている。追うように俺もシアへと再び視線を向ければ、シアは珍しく戸惑うような仕草を見せていた。

 基本的にはっきりとものごとを決めたり行動したりするシアが、困ったようにリヴィを見上げ、それから眉尻を若干下げて俺を見る。



「わたし、は……」



 ごくり。シアは、なんてこたえるんだろうか。


 さっくりと必要ないって言われたら、かなり凹む。追い打ちで致命傷だ、立ち直れないかもしれない。でも。



 都合のいい希望的観測かもしれないけど、シアのこの様子を見る限りだと、すこしは悩んでくれているんじゃないかな、なんて。そう思えた。



 緊張しながらシアの出した結論を待っていると、シアは一度目を閉じ、それから今度はしっかりと俺を見る。



「リツカが、望むなら。恩返しは気にしなくていい、けど、ここにいるの、構わない。……わたしも、もうすこし、いてほしい」


「え」



 シアの最後のことばに、思わず目を見開いてしまう。いや、うん、ここにいてもいいよ、的な返事は期待していたけど、まさかシアからいてほしい、なんて言ってもらえるなんて思ってもいなかったから。


 ちょっと、不意打ちに顔が熱くなる。



「いや、えーと、そ、そっか。ありがとう」


「どういたしまして」



 シアのことばの意図はわからない。すこしでも好意をもってくれている、なんて自惚れなものじゃなくて、ただ単に、師匠さんが亡くなって以来の人間の滞在者だから、さみしさがすこしは埋まるとか、そういうものかもしれないし。

 なにしろ頭を掻きながらしどろもどろに礼をくちにした俺に対し、こたえたシアの様子はいつもどおりの平坦なものに戻っていたのだから。


 あ、うん。ちょっと落ち着いた。



「シアがそういうならあたしに拒否権はないわね。でも、ここにいる間の監視を緩める気は一切ないから、そのへん甘えないように」



 びしりと指をさしてくるリヴィに、安定の変わらなさだなと苦笑が浮かぶ。どうあっても悪さをする気なんてないから、やましいことがない以上、気の済むようにしてもらうのは構わない、というのはこちらとておなじことだ。

 リヴィがシアやこの家を守るために必要だと思うのなら、そうしたほうがいいに決まっている。



「……で? 手紙はどうするの?」


「うーん、書きたくはあるかな。心配してたら悪いし、仕事にも穴開けてるわけだし。まあ仕事のほうは俺が抜けたくらいで補填がきかないわけじゃないけど、それでも無事くらいは知らせておきたい。シアの事情とかは伏せておくから、恩人に恩返しをしてそれから帰るって書いても大丈夫?」


「……まあ、必要でしょうしね」


「もちろん、書けたら中を検めてもらって構わないから」



 書いたらマズい部分があれば修正すると暗に伝えれば、リヴィがすこしだけ目を見開く。それからなぜか不機嫌そうな表情を浮かべられた。



「ええ、もちろんそうするわ。いい? そんな殊勝なこと言ったって、あたしは信用しないんだからねっ」



 ……うーん。やっぱりリヴィって、お嬢様に似てるよなあ……。お嬢様にはよく、あなたのためなんかじゃないんだから、勘違いしないでくれる⁉ とか言われてたけど、もしかしたらお嬢様もだれかを守るために、俺にああいう態度を取っていたのかもしれないと、リヴィを見ていて思えてきた。

 いや、でも俺、雇ってもらっている身なんだけど。契約している間、敵対とかやましい行動とかしないんだけど。


 ……嫌われてるのかと思ってたけど、もしかしたら著しく信用されてなかったのかもしれないな……。だったら俺、お嬢様付きじゃないほうがいいと思うんだけど……。


 ちょっとだけ懐かしい職場に思いを馳せ、俺はシアから師匠さんが使っていた残りだというレターセットをもらって手紙を書くことにするのだった。




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