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スローライフっぽい、かも。


 畑作業というのは、重労働だ。


 鍛錬の一環として、また、農家のかたがたのありがたみや、食べもののありがたみを身に沁みさせる目的も含めて、過去経験してきたことはある。まあ、うん、当時はほかの仲間と一緒に行っていて、その人数が人数だったからそこそこ規模のある畑を耕していたけど、シアの畑は出荷することを目的としてのものでもないし、ひとひとりが自給自足できる程度だからそれほど広いものでもなかった。

 とはいえ土を耕すのも雑草をむしるのも、肥料や水を撒くのも、収穫するのだってひとつひとつに労力はかかるのだから、シアが畑仕事をしているから力はあると豪語するのだって納得はできる。



「このエリア、師匠エリア。こっち、ふつうエリア」



 畑に案内してもらい、作業内容を教えてもらいながら一緒に教わった重要事項。それはもちろん、師匠さんの土や苗を使って育てている作物と、一般的な畑と変わらずふつうに作物を育てているエリアの区分けだった。



「師匠エリア、ちょっとやそっとじゃ枯れない。でも扱い注意。代わり、ない。ふつうエリア、ふつうの作物。手、抜くと枯れる。肥料、すこし師匠印混ぜてあるから、すこしは強いけど」


「師匠さん印が混ざってる?」


「そう。師匠エリアで育てた作物、一部肥料に回して、すこし肥料よくしてる」


「なるほど」


「でも、手、抜いちゃダメ」


「もちろん」



 育てている作物は俺でも知っているふつうの食材や、俺の知らない、見たこともないような草や花だったりしたけど、とりあえず基本的な作業はおなじらしい。土と肥料がいいから、雑草まで強くなってしまっているのがちょっと問題となるくらいで、その処理に通常より労力を要する以外は、俺が以前体験した畑作業より幾分か楽にも思えた。



「そういえば、シア、水は基本的にシアが出してくれているけど、ほかにどこかで汲めたりしない?」


「? 甕に溜めておくぶんで足りない?」


「いや、そうじゃないけど、シアも言っていただろう? 魔法にばかり頼るのはよくないって」



 なにかの際に、シアの力を借りなくても水を確保できる方法があるなら、知っておいたほうがいいと思う。シアがひとり……というのも語弊があるようだけど、とりあえずその状況でひとりで暮らしてきて問題なかったのなら、シアが甕に溜めてくれているぶんで生活は賄いきれるのだろうけど。


 魔法で出してくれる水、すごく澄んでいてきれいだから、それに勝る水というのもなかなかないだろうとも思うけど、それはそれ。俺も一応自分でどうにかできる術くらい知っておかないと。


 俺のことばにシアは納得した様子でうなずき、こっち、と歩き出す。その背を追っていけば、しばらく歩いた先に小川が流れていた。



「師匠、ここの水汲んでたらしい。わたしはときどき魚、捕りにくる」


「へえ、魚……あ、本当だ! きれいな水だから、結構いそうだな、魚」


「うん。すき?」


「すきだよ。俺、すききらいないほうだし。シアは?」


「わたしも食べられるもの、なんでも食べる」



 じゃあ、捕ろうか? と、言うが早いか、ふわりと風が舞う。次の瞬間には二匹の魚が陸揚げされていた。



「え。いまの……」


「風の魔法。魚捕るとき、いつもこれで掬い上げる」


「おおー……」



 すごい、便利だ。しかも魚もまったく傷ついていないようで、びちびちと元気に跳ねていた。



「運ぶのも、風の魔法。手で運ぶと、魚、火傷するから」


「なるほど。便利だ。あ、でもそれじゃあシア、釣りとかはしたことない?」


「ない。でも道具、ある。師匠、わたし拾う前、使ってた」


「そうなんだ。なら、今度は魚、釣ってみない? 俺、教えるからさ」


「……うん、リツカが言うなら、やってみる」



 それは確かに魔法に比べたら手間はかかるし時間もかかるけど、それでも釣りには釣りの良さもある。あんまり機会を得ることはなかったけど、俺は割と好きだな、釣り。


 とりあえず捕った魚を家まで運び、その加工をシアがしてくれるというので、俺は改めて畑の草むしりと水やりに戻る。魚はその日の昼にシアが出してくれたけど、加工方法は内臓をとって塩を振って焼くというシンプルなもの。でも俺、この食べかたすきだからすごくおいしかった。

 ちなみにリヴィは人間が食べるようなものを食べる必要は特にないらしい。けど、食べられないということもないようで、ときおりシアのぶんをすこしもらって食べている。


 釣りに関しては、師匠さんの使っていた竿を見せてもらったところ、確かに古びてはいたけどすこし調整すれば使えそうなものだった。なのでそれを改めて現役に戻し、翌日シアとともに再び小川を訪れる。



「………………釣れない」


「まあ、そうそうすぐにかかるとは限らないからね」



 とはいえ、もうすでにそこそこの時間釣り糸を垂らしてみているのだけれど。シアからすれば魔法を使ってしまえばさくっと捕れてしまう魚に、こんなに時間を要すなんてつまらないのではないだろうかと心配にもなったけど、飽きた様子はなくじっと糸の先を見つめていた。ときおりこうして零しながら不服そうにくちを尖らせる姿に、すこしだけ笑ってしまう。



「ちょっと借りていい?」


「うん、どうぞ」



 シアから釣竿を借りて、今度は俺が挑戦する。別にコツとかそういうのを知っているわけじゃないんだけど、割とすぐに引きが来て、驚く。



「あ、わ!」


「すごい! すごい、釣れた!」



 釣れるものなんだ、と、引き上げた糸の先でびちびちと元気よく動く魚を目に、シアが目を輝かせた。シア、基本的には無表情が多いけど、それってたぶん、あんまりリヴィ以外の他人と接する機会を持っていないと言っていたから、そのせいなんじゃないかなって思う。本質は感情豊かな子なのかもしれないって、最近はそう思えていた。

 現に、最近のシアは俺とはなしをしていてもよく笑ってくれるようになったし、さっきみたいになにかに行き詰ったりするとくちを尖らせたり、なにかに失敗すると目に見えてしょんぼりしていたりもする。


 それに、とても素直なのだ。ありがとう、も、どういたしまして、も、些細なことであろうと伝えてくれていたのは最初からだったし、それ以外にもいまみたいになにかを褒める行為にも躊躇いがない。もちろん、なにかあれば謝ることだってすぐだった。


 そういうのって、確かにあたりまえなことなんだと思うけど、でも実際は自分なりの自己主張だったり自尊心だったり、そういうなにかが邪魔をして、まっすぐに素直に伝えるのは結構難しいことだと俺は思う。

 でもここでは……シアは、そういうのまったくなくただひたすらにまっすぐに伝えてくれるから、変に気張るほうがおかしいような気がして、つられるように俺もちゃんと伝えることは伝えるようになっていた。

 もちろん、それは気遣いができないということとイコールにはならない。意見がぶつかることはあろうと、相手を傷つけるようなことばを吐くわけではないのだ。というか、気遣いというなら、シアはかなり面倒見のいい子だと思うし。でなければそもそも俺を助けて拾ってくれてなかっただろうし、こうして怪我が治るまで家に置いておいてくれることもなかっただろう。



 ……すこしずつ。一緒に過ごす時間が流れていくのに比例するように、俺にとってここはとても居心地のいい場所に思えるようになっていった。





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