死にかけてます。
寒い。
寒くて、寒くて、それなのに、熱い。
すこし前まで確かに感じていた痛覚が、気づけばもう働かなくなっていた。そうしてただひたすらに凍えていくからだに対し、ぼんやりと寒いとばかりが浮かんでくる。
ああ、これは……。……死ぬ、のだろうか。
どこか遠く他人事のようによぎる思考は、自分でも驚くほどに落ちついていた。
噂で聞くような臨死体験は、どうやら俺には訪れないらしい。直面しているはずの自分の命の終わりに、恐怖も憤りも、無念さえも抱かないあたり、もはや感情さえ停止してしまっているのかもしれないと思えた。
当然のように、俺のからだは指先ひとつ動かすこともできない。それどころか、まだ呼吸ができているのかさえ自分で認識できていなかった。
すこしずつ、すこしずつ。……いや、もしかしたら急速に。自分を織りなしていたはずのものが、じわりじわりと確実に消えていく。目を閉じているか開けているかもわからないが、どうあれ視界は真っ暗だ。
そんな状態だというのに。
「……ねえ、生きたい?」
声が、届いた。
この耳はまだ、音を拾えるというのだろうか。
そう思うが、そんなはずはないとすぐに否定がよぎる。目と同様、聴覚だってとっくに機能を失っていたはずだ。それなのに。
「……生きたい?」
おなじ問い。
どうしてこの声は……この声だけは、こんなにもはっきりと届くのだろうか。
涼やかで静かな、心地の良い落ち着いた声音。高すぎることもないその声は、おそらく少女のものだろう。
相変わらず、視覚のほうは働かないようだ。
重ねられる少女の問いに、応も否も、いまの俺には返せない。返す術がもう、ないのだ。首も、腕も動かない。唇だって動かせなければ、のどを震わせることだってできやしない。
だというのに、それでも届いた声に考える。
生きたいか、否か。
ほかと同様、働かない頭が導き出したこたえは、きっとただの本能。
生きたい、と。その理由さえ考えられないくせに、ただただ望んだ。
だけど残念ながら、そのこたえが出せたところでやはり伝えられない。もどかしさなんて、まだ覚えることができたのかとどこか遠くで驚く。
「飲んで」
少女には、それでも伝わったのだろうか。
わからない。わからないし、確かめる術だってない。
さらにはなにかを飲むよう言われたけれど、それさえいまの俺にできる力はなかった。
「……ごめんなさい」
なにに対しての謝罪かわからないことばを聞いた直後、からだが……からだの内側から、熱が昇ってくる。
あたたかいを通り越し、それは炎に灼かれるが如く熱い。
すこし前まで寒くて寒くて仕方がなかったというのに、いまはただひたすらにからだ中を暴れるような熱が駆け巡っていた。けれどそれはまったく苦痛など感じさせず……むしろ、泣きたくなるほど、やさしさを帯びていた。
これがなにかなんてわからない。けれどそれに拘るよりも、耳朶を打った声のほうが意識を強く惹きつける。
……歌?
歌、だろうか。とても心地よく、耳に、頭に、からだに、俺のすべてに浸透していく。
ふわりふわりとやわらかななにかに包まれるような、そんな感覚。感覚なんて悉く潰れてしまったと思っていたのに、いまはただひたすらに、やさしくやわらかななにかを感じる。
歌、が。……そう、歌が。
この歌を、もっと聴いていたくて。それなのに、いしきが、とおくなっていく。
もとめるように、つなぎ、とめる、ように。
てを、のばしたのは、きっと……げんじつには、できていなかった。