きっと負けない
学校の制服にカーディガンってなんであんなに可愛いんですかね。
お昼も食べておなかも落ち着いたところで、透子とふたりでファッションフロアをふらふらと歩いていた。ショップのトルソーを見ながら、お互いあれが似合いそうだね、なんて言いながら見て回るのは意外に楽しい。
ただ少し気になるのは透子がやけに落ち着かないこと。にぎやかに喋っていると思ったら、急に袖を引かれて立ち止まったり。
「あ、ごめん。ちょっと見逃してたから、あっちのお店に戻っていい?」
「良いけど大丈夫? どっかで入れ直してくるなら待ってるけど?」
「ありがと。ほんとに辛くなったらお願いするけど、今は大丈夫」
どうも普段は入れないコンタクトが気になって仕方ないという事みたいだった。位置がずれるのを直したいのか、頻繁に片目を瞑ったり目をこすったりしている。
「透子って視力悪かったのね。普段眼鏡かけてないから全然気が付かなかったわ」
「ん、そんなに悪くないよ? 今日はカラコン入れてるだけ」
度なしだよ、なんて言いながら透子は顔を寄せてくる。眼鏡と違って近くで見ても度が入ってるかどうかなんてわからないのに。ふわっとシャドウを入れた目元と長いまつげに縁取られたアイライン。普段は表情豊かによく動く瞳がまっすぐ私を見つめていた。
「目がおっきくなって可愛さがいつもより盛れてるでしょ?」
「はいはい、盛れてる盛れてる。ほら、危ないから前見て歩こうね」
「ん〜? あやめ、照れてるでしょ、顔赤いよ〜?」
「照れてなんていません。あ、ちょっとあそこのお店に寄らせて」
にまにまと私を見上げてくる透子を引っ張ってお店に入る。別に照れてるわけじゃない。たまたま、探してたものが目に入ったから。ただそれだけだというのに、透子は何やら頷きながら私についてくる。
「あやめ、今日はなにか買うもの決めてた来てたの?」
「ええ。買うと決めていたのは前からなんだけど。地元だとあまり良いの見つからなかったから、今日は色々見て回れてちょうど良いなと思って」
ハンガーに掛かっているカーディガンたちを順番に流し見ていく。確かアレはこんな形だったはずだ。そんな風に記憶にあるデザインと目の前の商品を見比べていった。
前を合わせると胸元は深いVライン。袖口や肩周りは少し余裕のあるたっぷりとしたデザイン。色は学校の制服の色に負けない少し濃い色がいいだろうか。
(見つけた。これがいいかな? 色展開も広いのも都合がいいし)
いくつものデザインの中から一つを選んで振り返る。透子は私のすぐ後ろでこちらに背を向けていた。気のない様子でワンピースの列をカラカラと流し見している。
私は手にしたカーデガンを広げて、透子の背中にあてた。
やっぱり、髪の色とあわせた方がよいだろうか。オーバーサイズの方がイメージだけど、もともとたっぷりしたデザインだしサイズ通りでよいだろうか。
透子の背中を借りながら、これだという一枚を探していく。
「あやめ、さっきからどうしてあたしの背中を勝手に使うかな?」
「透子の背中、高さが丁度いいのよ。そのままもう少し背中貸しててね」
「はいはい、あたしはどうせ背が低いですよーだ」
流石にうっとおしかったのか、振り返った透子に軽く睨まれる。けれど文句を言いながらも、そのまま大人しく背中を貸してくれた。
「それで何? あやめはカーデとか探してんの?」
「ええ、私ってほら窓際の席でしょ? たまに寒いなって思う日もあって」
「あーわかる。あたしも寒がりだからさ、冬は制服の上にもう一枚ほしいんだよね」
(うん、知ってる。いつも寒い日はカーディガン着てたよね)
こころの中で相槌を打ちながら、ようやく決まった一枚を腕にかける。改めて同じデザインのものを何枚か色違いで選んで透子に見せた。
「ねえ、私にはどの色が似合うと思う? 透子に選んでほしいんだけど」
「あれだけ人の背中を勝手に使ったのにまだ決まってなかったの?」
「こんなにたくさん色がある中から、ここまで絞ったのよ?
あとは透子に選んでもらおうかなと思って。せっかくデートなんだし」
「あれ、あやめがデレた?」
「もともとツンもデレも無いわよ。さあ早く選んで頂戴」
努めて冷静に。
私はからかうような素振りの透子に流されないように、ポーカーフェイスを装う。そもそも透子と一緒に行動するようになって以来、彼女に振り回されっぱなしなのだ。この辺りで振り回してあげないと、いつまでも彼女のペースから抜け出せない。
いつになく強気な私に透子が戸惑ったのは一瞬だった。少し首を傾げてからいつもの悪戯っぽい表情が浮かぶ。
「この色がいいと思う」
透子は私の手の中から選ばずに、わざわざ別の一枚をラックから外してきた。
彼女が差し出したのは、私が絶対に選ぶはずのない色。
あかね色
「透子、その色はちょっと私……」
たじろぐように一歩下がって身構えてしまう。
血を連想するイメージで吸血衝動が湧き上がる私にとって、目に入れるのすらぜったいに避けたい、そんな色だった。綺麗に染め上げられたそのカーディガンは、光の加減によっては血に染まっている様にも見えてしまう。
今までの私なら唐突にそんなものを突きつけられただけで、血の乾きが沸き起こらないようにと気を張らなければならなかった。
だけど、今は違う。透子が近くにいるというだけで、これ程までに安心できてしまう自分に驚いてしまう。
「大丈夫、あやめは美人さんだから、こういう色でも全然負けないと思うよ〜」
透子の発した「負けない」という言葉、その一言が私に強い自信を与えてくれる。
服の色一つで鬼頭あやめがどうにかなるものか
そんな風に私の心を縛り付ける。
私を鏡の前まで引っ張っていくと、透子は手にしたカーディガンを合わせてみせた。冗談交じりに「お客様、よくお似合いですよ〜」なんて言いながら、満足げな表情を浮かべている。
「あやめはこういう色、やっぱり似合うね。
制服のスカーフの色に合うと思うし、絶対似合うと思う」
「大丈夫かな?」
「絶対、大丈夫。あたしが保証するよ」
鏡越しに目を合わせて、大丈夫、と言葉を交わす。
透子も私も、何が、とは言わない。言わないけれど、意味は通じた。
「じゃあ、私、これにするわ。会計してもらってくるから少し待っててくれる?」
「おっけー」
あかね色のカーディガンを透子の手から受け取ると、私は透子を置いてその場を離れた。少し離れたところの店員さんをつかまえて声をかける。
「あの、このカーディガンいただけますか? 片方は……」
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