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零顕ソウル  作者: 柳条湖
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第八章 天雷の一撃

 クライスとハリアが急浮上し、目標物を見失ったグリーズデラブレーは暫くの間辺りを見回していたが発見できず、やがてソウルとレイアーズの方へ向き直って突進すべく地面を蹴ろうとする。


  −ドォン!−


 しかし、絶妙なタイミングでクライスが≪ファイエル≫をグリーズデラブレーの横っ面に叩きつけて意識を誘導し、炎が飛んできた方向へグリーズデラブレーが顔を向けた瞬間、上空よりハリアがグリーズデラブレーの眉間に拳を打ち付けた。


  −ブギィギャァグ!−


 魔力によって強化された拳とセルークに飛翔速度に重力加速度も加わった隕石の様なハリアの一撃に流石のグリーズデラブレーもよろよろと数歩よろめいた。

その瞬間に今度はクライスがクルークを操ってグリーズデラブレーの足元に疾駆し、クルークはその堅い体をグリーズデラブレーの後ろ足にぶつけた。

クルークの速さを伴う体当りに後ろ足が二本同時にスコーンと抜けたグリーズデラブレーは滑稽なほどにアッサリとその場に転んだ。


   「今だレイアーズ!」

   「よし!」


 すぐにグリーズデラブレーは立ち上がろうとしたが、その大きな隙を黙って見ているソウルとレイアーズではない。


   「スゥ・・・≪ヴォルティカウルク≫!!」

  −ズガァン!!−


 ソウルは大きく息を吸ってから、常人ならば一瞬で黒炭と化す天雷の上位魔法≪ヴォルティカウルク≫を発動する。

上空に集まった雷の塊からグリーズデラブレー目掛けて轟音と共に質量ある雷が降り注ぐ。


   「ハァァアアア!!」


 その雷の落下点目掛け、今度はレイアーズが首を刎ね飛ばさん勢いで剣を振り下ろし、ザシュッという確かな手応えをレイアーズは感じると、そこに剣を突き立てて離れた。


   「どうだ!?」


 クライスとハリアも上空より固唾を呑んで見守っている。


  −ブギャァァアアア!!−


 やがて≪ヴォルティカウルク≫によって巻き上げられた砂塵も収まり、そこから現れたのは、少しの衰えも見えない様子で咆哮するグリーズデラブレーの姿であった。

右前脚の人間で言う脹脛の部分が切り裂かれ剣が突き立てられ、その部分だけが多少鬱陶しそうではあるが、グリーズデラブレーはその右前脚を大きく振って剣を抜き、何でも無いかのように地に足を付けた。


  −ブギャァァアアア!!−


 再びの咆哮。

その様子はまさしく威嚇のそれであり、ソウルもレイアーズも突進に備えてすぐに逃げられるようにする事が精一杯でとても攻めようなどと思えない。


  −ブギャァァアアア!!−


 三度の咆哮。

そこでソウルは異変に気付いた。


   「なぜ・・・突進して来ない・・・?」


 足でガリガリと地面を掻き、突進をしてきそうな雰囲気は発する物の、なぜかグリーズデラブレーはその場から動かない。


   「もしかして・・・足に来てんじゃねぇの?≪ヴォルティカウルク≫ってかなり強烈な魔法だろ?」

   「少なくとも人間に向けて使える様な魔法ではないが・・・」

   「ちょっと待って。」


 悩みつつも隙あらば攻撃と構えたソウルに上空からクライスが声を掛け、そして地面に降り立った。

続いて、ハリアもセルークの背中から飛び降りて地に足を付く。


   「もしかして・・・」

   「おい!ちょっと待て!」


 そうソウルが制止するくらい、クライスは無防備にグリーズデラブレーに近付いて行った。


  −ブギャァァアアア!!−


 グリーズデラブレーはそれを見て激昂したかのように咆哮し、無理にでも足を動かそうとするが、三歩も歩かない内にバランスを崩して転倒した。

その隙にクライスは駆け寄ってグリーズデラブレーの額に手を当て、診察するように注意深くグリーズデラブレーを観察する。


   「やっぱり・・・」

   「どうしたの?」

   「こいつ・・・脳震盪を起こしてる・・・しかも感電してるよ。」


 見れば目はグルグルと焦点が定まっておらず、足はピクピクと動いていて神経の伝達が上手く行っていないのが一目瞭然。


   「じゃあ私達・・・こんな化け物を倒した・・・の?」


 ハリアは自信無さ気にそう言うが、その表情は命が助かった安堵に包まれていた。


   「そういうことになる・・・のかな?」


 それに答えるクライスもどこか自信無さ気で、実感の湧かない様な曖昧な返事をする。


   「おいソウル・・・」

   「あ!?・・・なんだよ?」

   「大丈夫か?」

   「何が?」

   「いや、≪ヴォルティカウルク≫なんて強烈な魔法使って、魔力の残量は大丈夫か?って話。」

   「あぁ・・・どうだろうな・・・もう一発撃つのは・・・辛い・・・な・・・」


 そう答えると同時にソウルは力が抜けたかのごとくその場に座り込んだ。

その額には薄らと汗が滲み、表情はやや色素が抜けて、軽く息を切らしている。

魔力の枯渇とまではいかないが、かなり大量の魔力を消費した者に見られる疲労状態である。


   「クルーク。セルーク。ありがとう。もう大丈夫だよ。」

  −ジュギャァア!!−  −バギャァア!!−


 クルークとセルークはクライスから感謝の言葉を受け取ると嬉しそうに一鳴きしてどこかへ飛び立った。


   「さて・・・とどめ・・・か・・・」


 大団円の雰囲気がその場に流れた所で、レイアーズが重苦しく口を開いた。


   「あ・・・」


 その言葉にハリアが不安げな声を出し、クライスの腕にしがみ付き、クライスはその肩を優しくポンポンと叩く。

そう、グリーズデラブレーはまだ生きており、脳震盪を起こし、しかも感電しているとはいえ、放置しておけばすぐに回復されてまた被害が広がってしまう。


   「命を断たねばならない・・・か・・・」


 それはソウルの呟き。

魔法師は望むと望まざるとに関わらず、必ず死に携わる運命にある。

故に、人は魔法師となる時、真っ先にある覚悟を決めなくてはならない。

その覚悟とは、命が奪われる瞬間に立ち会う覚悟、命を奪われる覚悟、そして命を奪う覚悟。

それは子供であろうが学生であろうが教師であろうが関係ない。

その覚悟があったからこそ、教師達が殺された時もソウル達は動揺を最小限に抑え、すぐに次の行動へ入る事が出来たのだ。

しかし、いくら命を奪う覚悟をしていたとしても、実際に自分より大きい生物の命を奪う事に抵抗を感じない人間など少数である。

だがそれでも、今この場でグリーズデラブレーの命を奪わなくてはならない。

そうしなくては、恐らく今度こそソウル達は殺され、ストラートの町は滅び、そして被害はウレ王国全土まで広がるだろう。


   「俺が・・・やる。」


 クライスもハリアも戸惑い躊躇する中で、一歩前に足を出したのはレイアーズだった。

その目には確かな覚悟の色が燈り、剣を構えてゆっくりとグリーズデラブレーに近寄って行く。


   「ハァァアアア!」


 気合い一閃。

レイアーズは両手でしっかりと握りしめた剣を振り上げ、刹那の逡巡の後、首筋目掛けて振り下ろした。


   「こんな・・・」


 見事にレイアーズの剣はグリーズデラブレーの頸動脈を掻っ斬り、そこから勢いよく鮮血が飛び出す。

対象から命が消える感覚。

ミェナイツェの時は緊急事態故気にならなかった、しかし冷静な状態で感じてみれば、何よりも残酷な、命を奪う確かな手ごたえをレイアーズは剣先から感じていた。


   「こんな・・・」

   「レイアーズ・・・」

   「!・・・終わったぜ。これで大丈夫だ。シェルジームの人間やさっきグリーズデラブレーに殺された先生達を丁重に葬ろうぜ。」


 半ば茫然自失に陥っていたレイアーズにソウルは声を掛け、レイアーズは夢から覚めたように体をピクリと反応させ、笑顔で淡々と言葉を紡ぎだす。

その様子は普段は飄々としているレイアーズからは想像もできない痛々しさで、ソウルは思わずレイアーズから目を背けた。


   「ん?ソウル、どうしたよ?」

   「いや・・・何でもない。」

   「ハハ。変な奴だな。」

   「お前ほどでもない。」


 それは上っ面だけのやり取りであるが、レイアーズは当然ソウルが気遣っている事も理解している。

ソウルもレイアーズも短くない付き合いなのだ。

表面的な言葉だけでも二人は互いの気持ちを理解し合う。

それが二人の親友たる所以なのだ。


   「私達はグリーズデラブレーの亡骸を葬りましょう。」

   「そうだね。」


 首と銅が離れても生きていられる生物はいる。

グリーズデラブレーがそうでない保証はないということで、死んでいるかどうかを調べていたハリアが、ソウル達の会話が終了したのを見計らってクライスに話しかけた。


   「やっぱり、ハリアは優しいね。」

   「な・・・何よ!」

   「クス・・・いや、何も。」

   「もう!」


 クライスの何でもない言葉にハリアは頬を赤く染め、その取り乱す様子を見てクライスは表情を緩めた。

それを見てハリアは耳まで赤くしながらそっぽを向き、それを見てソウルもレイアーズも少しだけ笑った。

少なくとも、その場に緊張感なんてものは欠片も無かった。

だから誰も気づかなかったのか、


   「たった四人でこいつを倒しますか・・・君達凄いですね。」


 いつの間にかグリーズデラブレーの死体の上に誰かが立っていた。



                    ☆



   「どうする?」


 フィルは少々焦っていた。

薄らと見えるストラートの町の入り口辺りで巨大な生物らしき影が家屋を打ち壊したのが見えたからだ。

自身が歩いた足跡を視界が辿る遠視の魔法。

それを使い、まだ背後にルグダンの村の跡地が見えるところからストラートの町の様子を見ようとしているのだが、遠視の魔法は万能ではなく、はっきりと見える距離は望遠鏡と大差はない。

つまり、今フィルのいる所からではストラートの町の入り口が薄らと見える程度なのである。

これでは状況が分からない。


   「チッ・・・最速で45秒といったところか・・・だが、そうすると駆けつけても私がまともに戦えるかどうか・・・」


 フィルにはその場から一分足らずでストラートの町まで辿り着ける瞬速の移動手段がある。

だが、それを用いた場合、ストラートの町に着く頃には魔力が枯渇し、戦うための余力が残らない。

そうなって足手纏いになっては本末転倒である。


   「これも魔力を・・・何より体力消費するが・・・ただ走るよりはマシ・・・だな。」


 長い葛藤を経て、フィルは出来れば使いたくなかった手段の一つを取る事にする。


   「それに辿り着けば戦闘参加も可能・・・だ!」


 最後の一言を発す瞬間、フィルは体を屈め、足に溜めた力を一気に解放して地を蹴った。

それは殆ど射出と言える様な初速度で、あっという間に背後のルグダンの村が見えなくなる。

身体を強化する魔法の中で最も単純と言われる走力強化の魔法。

魔力を上乗せすればその分強くなるこの魔法に、フィルはこれでもかと言うほど魔力を上乗せした。


   「この速度なら・・・たぶん一時間は・・・掛らない。」


 馬車でも九時間は掛る道程だ。

それほどの長い道程をフィルは生身の人間では絶対に出せない速度で駆け抜ける。

体が潰れるような重圧など物ともせずにフィルはただストラートの町を目指す。



                  ☆



   「誰だお前!?」


 突然現れた正体不明の人間に一番早く反応したのはソウルだった。

抜けていた危機感を一気に引き戻し、いついかなる攻撃からも身を守れるよう魔力を練り込みながら、そう言葉を叩きつけた。


   「さあ私は誰なんでしょうね。そこの聡明そうなお嬢さん、教えていただけます?」


 だがしかし、ソウルのあからさまな敵意を向けられてなお、そいつは飄々とその視線を受け流しながらハリアに顔を向ける。


   「ふざけてるの?」


 ハリアもいかにも不愉快だという顔を作りながら冷たく言い返す。

その両腕には魔力の集中がみられ、既に戦闘態勢である事を如実に物語っている。


   「とんでもない。感心しているんですよ。まさか子供が四人でグリーズデラブレーを倒すなんて・・・とね。」


 相変わらずふざけた調子で答えるそいつの言葉になどもうソウルは耳を貸さず、兎に角そいつの観察に努めた。

にこやかで軽薄そうな顔の割に、少しも笑っていないように見えるその表情。

髪の色はウレ王国では珍しい黒色。

肌は汚れた様なくすんだ色をして、しかし筋肉の引き締まった無駄のない体躯が見て取れる。

その体格や声の印象からして恐らく男性であるとソウルは判断する。


   「子供って、そんなに年齢違わないように見えるけどねぇ。」


 その男の敵意を感じ取れない飄々とした物言いに、レイアーズも幾許か緊張感を取り除いて答えた。


   「そうですね。では私も子供で。」


 物腰丁寧と言えば聞こえは良いが、打っても響かないその男の口調にソウルはいい加減苛立ってきた。


   「いつまでふざけてんだテメェ・・・」

   「フフ・・・では、本題に入りましょう。」


 男は口元だけで器用に笑うと、途端にスッと目を細めた。


   「確かに、グリーズデラブレーを四人で倒すとは大したものです。そうそうできることではありません。それとも・・・デラブレー種が先天的に雷に弱い事をご存じでしたかな?」


 その言葉にソウルはピクリと反応した。


   「クク・・・まあいいでしょう。そんなことより、予定不調和は望むところではありません。仕切り直させていただきます。」


 そう言うと男は手のひらを下に向けた。

何の予備動作も無く、しかも魔力の奔流も無い。

どんな攻撃が来るかと身構えたソウル達を後目に、いきなり男の掌がカッと閃光を発した。


   「あ、そうそう。申し遅れておりました。私の名前はジェシェル。ジェシェル=カリフィスです。以後、お見知り置きを。」


 そんな事を言いながら、男、ジェシェルは雲を掻き消すように消え去った。

しかし、そんな事にいちいち反応もしていられない状況にソウル達は追い込まれた。


   「そんな・・・確かに息絶えて・・・」

   「理由は後よ!来るわ!!」

   「マジかよ・・・」

   「構えろレイアーズ!!」

  −ブギャァァアアア!!−


 天を劈く咆哮と共に、まるで眠りから覚めたかのように、一切の怪我が回復した状態でグリーズデラブレーが立ち上がったのだ。


   「(≪マネリア≫じゃない・・・)」


 仮の命ではここまで圧倒的な存在感など出せはしない。

だが、命を蘇生する魔法などソウルは聞いた事が無かった。


   「(しかも発動時に魔力を一切感じなかった・・・一体、どういうことだ?)」


 そう思考を巡らせている間にも、グリーズデラブレーはソウル達を再び敵と認めた様で、今にも飛び掛からんと足で地を掻いている。


   「クライス・・・召喚魔法、行ける?」

   「召喚魔法はもう無理・・・でもハリア。君だけは僕が守るよ。」


 クライスはそう言いながら、その小柄な体をハリアの前に躍り出した。

それはハリアの前で気張って言ったというよりは素で思わず口から出て来て言ったという類の、クライスの本心だっただろう。


   「な、何を言っているのよ!」


 だから、ハリアは思わず赤面し、再びクライスの前に躍り出ようとする。

だが、それはクライスが阻み、あくまでクライスはハリアのためにグリーズデラブレーに対する盾になろうとしている。


   「ソウルゥ。分かってるよな?」

   「当然。」


 グリーズデラブレーがそのやり取りを交わすクライスとハリアに狙いを定めたのを見て、ソウルとレイアーズは短く言葉を交わす。


  −ブギャァァアアア!!−


 グリーズデラブレーは吠え上げ、そして岩石も砕くその脚力で地を蹴った。

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