第七章 到襲せし血染めの咆哮
日も昇り切っていない早朝。
ソウルの治癒を終えたフィルはストラートの町の出口辺りに佇んでいた。
「ありえる・・・か?」
呟き、顎に手を当てて思考に没頭する。
リー山脈の麓に巣くっていたらしいミェナイツェが、フィル達が村に辿り着いた瞬間現れた偶然と、倒した瞬間に軍勢が迫って来ていたのに気付いた偶然。
何より、ミェナイツェの物ではない明確な敵意と悪意の残滓があの場に残っていた事を鑑みれば、それらを偶然として片付けるには難しい。
「(何より、あの程度で『フィレス』の人間が全滅する筈が無い・・・)」
どれほど考えても、たかがミェナイツェ二十数匹で『フィレス』が全滅するとはフィルには到底思えない。
「(それならば、何かしらの理由で全員姿を隠した・・・そちらの方がまだ納得もできる・・・)」
しかし、今度はその『何かしらの理由』が問題になる。
「チッ・・・」
結局、どこまでいっても答えの見えない思考を舌打ちと共に切り捨てて、フィルはストラートの町の外へと足を向けた。
☆
「我らが住まう大陸『クレントリア』に生息する動物は大別すると四種類『人型』『獣型』『人獣型』『植物型』に分けられる事は皆さんご存じだと思います。」
教壇に立っている教師は≪生物学≫専行の若い女教師で、少々耳障りな高い声で授業を進めている。
「これらはさらに細かく分ける事ができ、『人型』は『天使族』『悪魔族』『神族』『人族』の四種類、『獣型』は『獣族』『鳥獣族』『魚獣族』『蟲獣族』『幻獣族』『神獣族』の六種類、『人獣型』は『人獣族』『鳥人族』『魚人族』『蟲人族』『幻人族』の五種類に分けられます。『植物型』に族分けはありません。」
高い声な上に早口で長い言葉を連続で話すものだから、生徒達は殆ど彼女の声を聞き取る事が出来ないでいる。
はっきり言ってしまえば、この≪生物学≫の授業の中で真面目に話を聞いている生徒は極少数派だ。
「この中で『人型』以外の生物を総称してモンスターと呼びます。また、『植物型』についてですが、これはあくまで植物型のモンスター、動物であり、植物とは異なる事を忘れないでおいてくださいね。」
≪生物学≫は二級生になってから初めて習う単元ではあるのだが、最初の内は幼少時より聞かされている内容を伝えられるだけという事もあり、目新しい物が無くて人気が無い。
故に、真面目に話を聞こうとしている生徒ですら、退屈そうに欠伸をし、転寝をしそうになってから再び授業に集中し始める。
「(どうしたんだ?)」
当然の如く授業を聞き流しているソウルの目線の先には空席の椅子。
何故かフィルは今日学校を休んでいた。
朝の礼を言おうと思って結局学校へ来たのだが、フィルからの連絡を受けていたらしい校長に変な顔をされただけでフィルは学校にはいなかった。
ソウルが欠席の理由をルウォーズに問うても、ルウォーズは返答を渋るのみでまともな答えは得られなかった。
「(何か・・・あるのか?)」
昨日の話だけでもフィルが特別な人間であるという事は分かる。
零顕などという半端ではない技能を持ち合わせているのだから、何かと頼られる事もあるのだろうが、どことなくソウルにはこの欠席が不吉なものに思えてならない。
「ソウル君。」
「あ?」
「あの・・・獣型獣族デラブレーの特徴を答えてください。」
思考に没頭していたところを名指しされ、ソウルは思わず不機嫌丸出しで応えてしまい、女教師は少し臆したようにたじろいだが、自らの使命を思い出したかのようにソウルに問題を与えた。
「デラブレーは・・・」
ソウルは一旦思考を停止し、教師に問われた内容について頭を巡らせ、適当な答えを脳内で構築すると口を開いた。
「額に生えた巨大な一本とそれを取り囲むように生えた四本の計五本の角が特徴のモンスター。視力が異常なまでに発達しており、五キロ先の文字が読めるという。非常に凶暴で、時に草原の悪魔と呼ばれて旅人に恐れられている・・・以上。」
坦々と辞書的な模範解答を述べると女教師は満足したらしくソウルに向かってニッコリ微笑んだ。
「大変よろしい。なお、生体のデラブレーは時に4メートルもの大きさに育つ事もあり、訓練された兵士十人掛りでも倒すのに苦労するモンスターです。皆さんがもし出会う事があれば・・・」
そこで女教師は一旦言葉を切り、
「来世での幸せを祈ってください。」
そう言って生徒たちから僅かばかりの笑いを取って、そこで授業終了を告げる鐘が鳴り響いた。
女教師はそそくさと教室を立ち去り、やがて教室内は生徒たちの談笑で喧騒に包まれる。
「ソウルゥ〜そんなにフィルが気になるのかよ〜。俺は寂しいぜ。」
ソウルが空席であるフィルの席の方にばかり目線を向けていた事に気付いていたのだろうレイアーズがおどける様にソウルに話しかけてくる。
「心配するな。寂しいだけで死んだ奴などいない。それとも、お前は死ぬのか?」
レイアーズが冗談を言っているとソウルは分かったので、ソウルも殊更おどけて言い返してやる。
レイアーズはそのソウルの返しを受けてニヤリと笑い、「そんなわけないだろう。」と冗談の言い合いを打ち切った。
「で?どうした?」
「いや、お前と同じ事を疑問に思ってる。」
なぜフィルが学校を休んでいるのか、だ。
ストラート魔法学校は無断の遅刻欠席には滅法厳しい。
無断の遅刻は三回で欠席扱いとなり、月に三回欠席すれば退学となる。
正当な理由があれば話は別だが、その場合は生徒が教室に集まった時点で、担当教師よりその生徒は今日休む旨が伝えられる筈なのだ。
それが無いという事はフィルは無断で休んだ事になるのだが、その割にはソウルが学校に来た時のルウォーズの反応が不可解だった。
ちなみに、そのルウォーズの反応についてはソウルは既にレイアーズに話してあり、二人して理由を考えているという訳だ。
「ま、考えて分からん事をいつまで考えてても意味無いさ。お前の悪い癖だぜソウルゥ。手持ちの情報じゃ出ない答えを延々と追い続けてるのはよ。」
「そうだな。やめとくか。」
レイアーズに諭され、ソウルはこれ以上フィルの欠席の件について考えるのをやめる。
と、その時、
「おいあれ!あれは何だ?」
窓の外を見ていた生徒の一人が尋常でない雰囲気を孕んだ声音を上げる。
釣られてソウルが窓の外を見ればそこにあったのは信じられないような光景。
「あれは・・・」
額に巨大な一本とそれを取り囲むように生えた四本の計五本の角。
先程の授業で言っていたモンスター、デラブレーがストラートの町の出口の辺り−ストラート魔法学校の二級生の教室からは出口の辺りが見える−にいた。
「馬鹿な・・・」
隣でレイアーズも信じられないという声を出す。
デラブレーは雑食で時に人間を餌とする事もあり、人里を襲う事もしばしばある。
だが、ストラートの様なある程度大きな町ではそれを覆う市壁にモンスターが嫌う独特の香料が練り込んであり、モンスターが好んで近寄って来る事は殆どない。
そこに、通常は群れる習性のあるデラブレーが一匹のみいるという状況は既に異常事態である。
「おい・・・あの大きさ・・・おかしくないか?」
多少の冷静さを取り戻したレイアーズが、それでも少し上ずった声でソウルに問う。
「確かに・・・」
先程の授業の話では成体のデラブレーは大きくて4メートル程になるという。
だが、ここから見えるところにいるデラブレーは見積り10メートル近くはありそうな巨大な体をしている。
遠近感の関係でソウルは気付いていなかったが、言われてみれば確かに風景との相対的な大きさがありえない。
「あれは確か・・・」
ソウルは過去に父親より聞かされた話を、当時は御伽話程度にしか聞いていなかった話を思い出していた。
「百万匹に一匹以下の確率で出現する異常に体躯が発達するデラブレー・・・名は確か・・・」
「『グリーズデラブレー』か!」
レイアーズもその話を聞いた事があったらしい。
百万匹に一匹とされながら、その姿を見たという者はおらず、殆ど伝説上の生物とされていたモンスターだ。
その強さはデラブレーの比ではなく、一匹で小国を滅ぼす事が出来るという。
『腕に覚えのある生徒は至急校長室に集合してください。繰り返します。腕に・・・』
その時、拡声の魔法によって校内に教頭の声が響き渡った。
「教師だけじゃ歯が立たないってことか・・・」
「行こうぜソウル。このままじゃストラートが滅んじまう。」
もしグリーズデラブレーが暴れればストラートどころかウレ王国全土に甚大な損害が広がる事になるであろうが、ソウルは敢えてそこに口は挿まない。
「ああ。」
ソウルはレイアーズが故郷としてストラートの町をこの上なく好いている事を知っている。
故に、ソウルはレイアーズに促されるまま、教室を後にしたのだった。
それ以外、あの化け物と戦おうなどという気を起こす生徒はいなかった。
☆
「緊急事態じゃ。」
いつもおっとりとした人当たりの良い顔をしているルウォーズの表情が堅く引き結ばれ、それが今の状況の緊急性を表している。
「今現在、ストラートの町に存在しているギルド『シュルジーム』が交戦中じゃが、それもいつまで持つか分からん。早急に出向き、討伐しろとは言わん。せめて時間稼ぎをしてほしい。今、王宮の方へも緊急救助の依頼を出した。救助が駆け付けるまでの間だけあの巨大なデラブレーを出口に縛り付けておいてくれ。」
校長室に集まった生徒は結局、ソウルとレイアーズ、そしてハリアとクライスというミェナイツェの討伐に出向いた時と同じ人間だけだった。
それに、直接戦う事に長けた若い教師が三名。
「・・・頼んだぞ。」
いくら魔法の技能に長けているとはいえ、やはりグリーズデラブレーが相手では今いる教師だけでは心許無い。
かといって、生徒をあの化け物の相手をさせるのも苦渋の決断だっただろう。
生贄を差し出すのも同然の行為だからだ。
それでも少しでも長くデラブレーをあの場に引きとめておくにはそうするしかない。
断腸の思いでの決断を示すかのように、ルウォーズの表情は辛そうに陰っていた。
「・・・」
そのルウォーズの思いに応えるべく、皆一様に言葉を発さず黙って頷いた。
☆
「私達が戦う。君達は後方支援を頼んだ。」
戦場においては教師も生徒を子供扱いなどしない。
信用し、その能力に適した役割を与える。
だがそれでも、生徒を死線の矢面に立たせたくはないのか、あくまでソウル達には後方支援に徹底するように言い含めて来る。
「分かり・・・ました。」
そうソウルが応え、レイアーズ、ハリアとクライスが緊張した面持ちで頷くのと同時、グリーズデラブレーと戦っていた『シェルジーム』の最後の一人がその額の角で串刺しにされて事切れた。
−ブギャァァアアア!!−
その咆哮は頭上からまるで天雷のように轟き、グリーズデラブレーは顔を一振りして角に刺さった死体を振り払った。
殉職した『シェルジーム』の人間達はそこかしこに倒れ、全員共通して胸の辺りに刳り抜かれた様な大きな風穴が開いている。
周囲の市壁や民家などは災害にあったかのように打ち壊され、殆ど廃墟と化している。
やがてグリーズデラブレーはソウル達に気付き、その五本の角を威嚇するように向けた。
「下がっていろ!」
そう教師の一人が声を張り上げた瞬間だった。
−ブギャァァアアア!!−
グリーズデラブレーは再び鳴き上げ、次の瞬間にはその叫んだ教師を角で突き上げていた。
「(速い!)」
その速度はまさに目にも止まらぬ速さ。
実際、ソウルが反応したのは教師の一人が角で胸を貫かれてからだった。
「コレウス!クソッ!」
「こっちを向け!ウスノロのデカブツめ!!」
−ブォ?−
知能は殆どない筈だが、それでも悪口には反応するのか、グリーズデラブレーは暴言を吐いた教師の方を向く。
「≪ボルグウィル≫!!」
バカァン!と凄まじい風量と火力でグリーズデラブレーの目の前の空間が爆発した。
指定空間を爆発させる上位魔法≪ボルグウィル≫。
その威力は分厚い鉄板すらも粉々にするほど。
−ブギャァァアアア!!−
だが、グリーズデラブレーの咆哮が三度轟き、煙が晴れてそこにあったのはもう一人の教師が角に貫かれている光景だった。
デラブレーの五キロ先を見通す眼力は視界が悪い中でも存分に発揮される。
「嘘だ・・・」
自らが誇る魔法≪ボルグウィル≫が少し毛皮を焦がした程度の効果しかなかった事か、それともそれなりに短くない期間共に生徒を教えて来た仲間があっと言う間に二人とも殺された事か、兎に角≪ボルグウィル≫を放った教師はショックで一歩も動けず、グリーズデラブレーに串刺しにされたのだった。
「そんなことって・・・」
「ハリア・・・大丈夫だよ。僕が守る。」
ハリアが茫然自失に陥ったかのように呟き、クライスがそれを支えるもその声には力が無い。
高い技能を誇っている教師三人がまさに瞬殺。
後方支援も何も、ソウル達が何もできない間に決着が付いてしまった。
「ミェナイツェが可愛く思えるぜ・・・」
ミェナイツェなど比べ物にならないほどの威圧感を誇るグリーズデラブレーにソウルは思わずそんな言葉が口を突く。
−ブギャァァアアア!!−
さらにグリーズデラブレーの咆哮。
刹那、角を向けて駆け出す。
しかし今度はソウルの反応が間に合った。
グリーズデラブレーが狙っているのは・・・ハリア。
「≪シーレット≫!」
−ガキィン!−
ソウルの発動した防御の魔法によりグリーズデラブレーの突進が一瞬止まるも、グリーズデラブレーはアッサリとそれを破壊してハリアに迫る。
だが、その一瞬でハリアはそれを回避する時間を得、何とか突進を横っ跳びで回避する。
グリーズデラブレーはその脇を駆け抜けて少しして止まった。
止まった後、左右を見渡してソウル達の姿を探している辺り、知能はやはり低い。
「レイアーズ!≪ジールレーゲン≫だ!ただし一点集中!」
「分かったぁ!」
教師と戦っている時は見せなかったグリーズデラブレーの隙にソウルは素早く指示を飛ばす。
先程の≪ボルグウィル≫を軽々と耐え抜いたことから、グリーズデラブレーの表皮は恐ろしく堅固であるとソウルは推測し、一点に集中すればグリーズデラブレーの厚く堅い表皮も貫けると踏んだのだ。
「≪ジールレーゲン≫!」
「≪エルトルイレイト≫!」
戦闘訓練の時と同じ、固められた魔力の矢が無数にグリーズデラブレーの周囲に出現し、ソウルの指示通り背部に一点集中に飛来する。
同時にソウルも≪ジールレーゲン≫が飛来した場所へ≪エルトルイレイト≫を撃ち込む。
「点を撃ち水もまた岩を穿つ・・・ね。」
ハリアが呟いたのはウレ王国に古くより伝わる諺の一つだが、もともと下位魔法の中堅クラスの威力しかないレイアーズの≪ジールレーゲン≫では充分なダメージを与える事は出来なかったらしく、ソウルの≪エルトルイレイト≫も多少の血を流させることができた程度で、その傷はグリーズデラブレーの動きを鈍らせるほどではない。
すぐにグリーズデラブレーは振り返り、その獰猛な目と鋭い角をソウル達に向けた。
「召喚・・・≪クルーク≫!≪セルーク≫!」
だが、今度こそ回避できないというグリーズデラブレーの突進が来る前に、クライスの召喚魔法が間に合った。
−ジュギャァア!!− −バギャァア!!−
現れたのは白と黒の対色の竜。
岩石の如く堅い漆黒の龍燐を纏いし蒼眼の竜サイフォリオン。
そして、それとは対照的に雪の如く純白の龍燐を纏いし灼眼の竜ナルイゼフォリオン。
二頭の竜の咆哮は大地を揺らし、空気をも震わせる。
「二頭・・・同時召喚・・・」
通常に一体召喚するだけでも難しいのに、それを二頭のモンスターで同時に行うなど並大抵の技能ではない。
召喚に必要な魔力だって二頭分必要なのだ。
ソウルはクライスのその膨大な魔力と技能に敬服に近い感動すら覚えた。
「ハリア!セルークの上に!!」
「分かったわ。」
一瞬グリーズデラブレーはクライスから発せられた尋常でない魔力に臆し、突進が止まった。
その隙にクライスはハリアに向かって珍しく大声を張り上げ、ハリアはすぐそれに従ってセルークと言うらしいナルイゼフォリオンの上に跳び乗る。
同時にクライスもサイフォリオン、クルークの上に跳び乗った。
−ブギャァァアアア!!−
−ジュギャァア!!− −バギャァア!!−
やがて我に返ったグリーズデラブレーが再び凄まじい速度で突進してきたが、その角にクライスが貫かれるより早く二頭の竜は上空へ舞い上がった。
「ハリア、行ける?」
「行けるわ!」
上空で竜の背に乗りながらそれだけの短いやり取りを交わす二人がソウルの目にはやたらと頼もしく映ったのだった。
☆
「やはり・・・妙だ・・・」
フィルは再びルグダンの村を訪れていた。
先日来た時には薄らと感じ取れる程度だった悪意の残滓は、死体の血肉の腐敗の臭いと相俟ってやたらと強くここに根付いている。
「何か・・・ある!間違いない。」
それが『フィレス』を全滅させるほどに強いかは分からないが、この村がミェナイツェに襲われただけでない事がフィルには分かった。
「今日は零顕の講義は出来んな・・・まあいい、どうせ今日一日は大人しく寝ているだろう。」
ふと口を突いて出た言葉にフィルは自分で意外な顔をして、それから少し口元を緩めた。
「ふん。くだらん。」
一瞬頭を過った考えをフィルは即断の元一蹴し、再び辺りの探索に入る。
しかし、悪意の残滓ばかりが強くなっていても、それらしい悪意の根源、もしくはそれに類する欠片すらも見つからない。
「どういうことだ?何もない場所にこれほどの悪意が残る筈が・・・」
「淑女の散歩の場所としては聊かセンスに欠けるのではないか?」
「何者だ!?」
突如背後より聞こえた声にフィルはすかさず振り向き、その正体を問う。
サラッと風に靡く吸い込まれそうな程の真っ黒な髪は首筋の辺りに合わせて切り揃えられ、逆にその肌は色素が薄く、真っ白と表現しても差し支えない。
だが、病弱な印象は受けず、その表情はむしろ威風堂々として確固たる意志の力を感じさせる。
男性とも女性とも見える中性的な容姿だが、声の感じからして女性だろうとフィルは判断する。
「これは失礼。死の香りが蔓延る絶景に一人佇む乙女があまりにも感動的だったのでついつい声を掛けてしまいました。一枚の絵として残しておきたいほどです。」
「ほう。して、その絵には何と名を付ける?」
「『戦乙女の跡』と。」
白々しい事を口にするその女に合わせてフィルは口を開き、しかし油断なくその女を観察する。
この距離までフィルに気配を感じさせずに近寄って来たのだ。
油断できようはずもない。
「くだらんな。もっとましにはならんのか?」
フィルはこの女に面識こそなかったが、直観が告げていた。
この場に残る悪意の強さには少なからずこいつが関わっている、と。
「もしくは、『撃滅の獅士』と。」
「!!・・・お前・・・」
だが、次に女の口から出た言葉に思わずフィルは反応し、それから「しまった。」と呟いて口を噤む。
「クク・・・カカカ!」
女は気味悪く表情を歪め、フィルはそれが笑っているのだと少しの間気付かなかった。
「私の名はクレア。クレア=カリフィスだ。縁があればまた会う事もあるだろう。」
最後に女は自身の名前を名乗って中空に掻き消えた。
−ああそれと、早急に町へ帰った方が良い。目を付けている男が一人いるだろう?そいつの命が惜しければな。−
消えてから空気の中を響くようにその女、クレアの声が聞こえ、そして完全にクレアの気配は消えた。
「私が目を付けている男?ふむ・・・ソウルの事か・・・死ねばそれだけだが、折角の『才ある者』だ・・・確かに亡くすには惜しい。」
クレアの言った事の真意は分からないが、兎に角ソウルが命の危機に面している、もしくはこれから遭うらしい。
「くだらん。この私がこの程度で焦るなど・・・」
そう呟きながらもストラートの町を目指すフィルの足取りは少なからず速くなっているのだった。