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零顕ソウル  作者: 柳条湖
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第二章 討伐依頼

   「今日はひとまず魔法の基礎概念をおさらいしましょう。」


 ≪魔法の実技演習≫は生徒が浮ついていたのと、もともと教師が必要機材を忘れたという事で潰れた。


   「そもそも魔法とは元来、自分にとって邪魔な物や障害を排除、もしくは日常生活を円滑に進めるため程度の物でした。火を起こして料理をしたり、重い物を魔法で浮かせてどかせたりなどですね。」


だが、そのまま自由時間になるほどストラート魔法学校の規則は甘くなく、代わりの教師が教壇に立ち、誰も聞いていない≪魔歴≫を延々と語っている。

なお、昨日の老教師とは違う、恰幅の良さそうな少々大きめの女性の教師である。


   「それがいつしか敵を打ち倒すための手段となり、魔法師にとっての攻撃防御の基本になったのです。その事については諸説ありますが、当時の大量殺人鬼『ゼシリス=トルトス』が人に向かって魔法で火を放ったのが最初と言う物が一番有力です。」


 そんな物はもっと幼いころに親から聞かされている人間が殆どである。

わざわざ魔法学校でする話ではない。


   「(チッ・・・つまんねぇな。)」


 と、ソウルが思った時、


   「さて、魔法は大きく区別すると三つに分かれますが、答えられますか?え〜と、あ!編入生ですのね。フィル=ライシェイさん。」


 メモを取ることなく、漠然と正面を向いて、起きているのかも怪しいくらい固まっていたフィルに教師は答えるように促した。


   「基礎魔法、下位魔法、上位魔法。」


 愛想のない単調な口調で答えのみを述べる。

勿論、間違ってはいない。

だが、教師はそんなフィルの愛想の悪さを完全に無視して説明を先に進める。


   「ええ、そうですね。魔法師として魔法を覚える上で基本となる三つの魔法≪ファイエル≫、≪セルエル≫、≪ソルドシア≫が基礎魔法に当たります。これ以外の魔法に関しては、威力、特性、発動の難しさで下位と上位に分かれますが、基本的には上位に分類されている魔法の方が威力が高く、特殊な能力を発揮し、発動が難しいです。」

   「(そんな赤ん坊でも知っているような事をいちいち説明してんじゃねぇよ。)」


 クラスの大半の人間は完全にこの説明を聞き流している。

それこそ、習わなくてもなんとなく知っている事だからだ。

知らないのは魔法に携わっていない者くらいである。


   「ソウル君。」

   「!?」

   「の後ろのレイアーズ君。」

   「俺!?ソウルじゃなくて?」

   「ええ。」


 いきなり教師に名前を呼ばれてびくりと竦んだソウルだが、自分が指されたわけではない事を知って安心する。


   「魔法には必ず開発者が存在します。先程説明したように、魔法とは元来自分にとって邪魔なものを排除したり日常生活を潤滑に進めるための物です。つまり、何かしたい事があって、しかしそれに類する魔法が無い時、もしくは、単純に面白い魔法のアイデアがあった場合など、自らで魔法をイメージして作り出す訳です。」


 わざわざレイアーズを指名しておきながらも教師は説明を続ける。


   「魔法の開発者は名の知れた高名な魔法師であったり、そこらの魔法の知識を齧っただけの平民である事もあります。それは誰にでも真似できる物である場合もあれば、作った本人しか使えないような複雑な魔法もあります。」


 ソウルの父親ガルバス=エルトライトが開発した≪エルトルイレイト≫は誰にも真似できないと言われている。

ソウル以外には。


   「基礎魔法を開発したのはいずれもジェーン=リラですが・・・おっと、訊こうと思っていた事を言ってしまいましたね。」


 レイアーズが小さく拳を握るのを気配でソウルは感じ取った。


   「では・・・」


 だが、別の問題が来る気配を察し、再び項垂れた様だ。


   「万物創成魔法≪レリース≫を開発したのは・・・」

   「それもジェーン=リラですよね。」

   「え・・・と・・・正解です。」


 教師は面食らったような表情で一瞬固まった。

後ろからレイアーズが「昨日の≪魔歴≫の授業、真面目に聞いといて良かったぜ。」と囁いて来るのをソウルは無視していた。


   「と、ここで時間ですね。では、今日のところはこれまで。次の授業まで自由です。」


 そう言って教師はそそくさと教室から出て行った。

やはり、誰も聞いていないと分かっている授業をするのは気まずい物なのだろう。


   「やれやれ。」

   「これなら≪魔歴≫の続きをやった方が良かったか?」

   「どちらも嫌に決まっているだろう?」

   「ああ。知ってる。」


 レイアーズと軽口を叩き合いながら、ソウルは次の授業までの暇な時間を過ごしていた。


   『全校生徒の皆さん。しばし清聴を願います。』


 と、その時、拡声の魔法−音量を上げるのではなく、一定範囲に自らの声を響かせる魔法−によって教頭の声らしきものが聞こえて来た。


   「あの人って仕事してたんだなぁ。」


 とはレイアーズの呟き。

放送の声は「ゴホン」と咳払いをしてから語り始めた。


   『今から名前を読み上げる生徒は今日より必要に応じて最長一ヶ月、単位を与えた上で授業を免除する。』

   「だってよ。名前呼ばれねぇかな。」

   「馬鹿を言え。こんなもん面倒ごとに決まってんだろ?呼ばれないに越したことはない。」


 放送の声は少しの間を開けた後、生徒の名前を読み上げ始めた。


   『クライス=ストルヴェル、ハリア=レジェスター、ソウル=エルトライト、レイアーズ=クルストス、そしてフィル=ライシェイ。』

   「だってよ。」

   「・・・」


 ソウルは何も言いたくはなかった。

なんとなく、自分の名前が呼ばれるような気がしていたからだ。


   『以上の生徒は大至急校長室に集まるように。それ以外の生徒は引き続き勉学に励む事。』


 そこまでを放送の声はもう一度繰り返し、最後に「以上。」と付け加えてブツリと切れた。


   「なあレイアーズ。お前、呼ばれる理由に心当たりはあるか?」

   「さあね。お前は?」

   「知らん。」

   「だろうな・・・っと、フィルさん?呼ばれましたけど・・・」

   「ああ。分かっている。」


 フィルはレイアーズに短く答えて、荷物を持ってさっさと出て行った。


   「俺らも行こうぜ。」

   「仕方ねえか・・・」


 続いてソウルとレイアーズも並んで教室から出て行った。

背後からクラスの人間の羨望と嘲笑の眼差しを受けながら。



                    ☆



 ソウルとレイアーズが校長室にたどり着いた時、既にクライスおよびハリアというらしい生徒とフィル、さらに校長と教師数名が待機していた。


   「これで全員かの?」


 人の良さそうな丸顔に白い口髭をたくわえ、おっとりとした笑顔を浮かべながら杖を突く、身長一メートルにも満たないこの人物こそが、レギオン『フィレス』の元最高責任者であり現校長≪鳳凰の飛翔師≫ルウォーズ=センテリウス、その人である。


   「(何だ?)」


 校長を始め、ここにいる教師は全員どうも浮かない表情をしている。

苦虫を噛み潰す様な、煮え湯を飲まされたような、そんな表情だ。


   「あの〜・・・」


 おずおずと手を挙げたのはクライス=ストルヴェルというらしい男子生徒。

どちらかといえば痩身で、ヒョロリと言うほどでもないが背は高め。

髪は目に掛らない程度に切り揃えられて左右に分けられている。

スッと通った鼻筋をしているが、その表情からは内気な性格が読み取れる。


   「なんで僕たち、呼ばれたんですか?」

   「そんな事は今から説明してくれるわよ。いちいち聞く事じゃないでしょ?」


 ということは、もう一人の女生徒がハリア=レジェスターというらしい。

金髪を後ろで一纏めにし、割と整った顔をした美人だが、高飛車な態度は鼻に付く。

ソウルとしてはお近づきになりたくない類の人間だ。


   「(もしかして、三級生?)」


 ソウル達の学級よりさらに上、突出した技能を持った者がその技能をさらに伸ばすために進級するという三級生の生徒である。

得意不得意にもよるが、二級生より魔法の技能に“特段”優れている場合が殆どだ。


   「なぁソウル。なんか空気、重くね?」

   「ああ。」


 レイアーズがこっそりとソウルに呟くように、確かに校長室の仲は異質な空気に包まれている。

何に一番近いかと言われれば、戦死した故人を埋葬する追悼式の雰囲気に近い。


   「オホン。」


 校長室の隅っこにいた教頭が咳払いを一つして黙らせる。


   「続けて良いかの?」

   「ええどうぞ。」


 そう口を開いたのはハリアだ。


   「単刀直入に言うとじゃな、諸君等にミェナイツェの討伐に出向いてもらいたい。」

   「「「「はい?」」」」

   「・・・」


 四人の声が重なった。

フィルは無言。


   「実はの、昨日ミェナイツェの討伐に出向いた、諸君等も知っているじゃろう、かの『フィレス』が全滅したとの報告を受けたのじゃ。」


 その言葉を聞いてソウルは息を呑む。

レイアーズも唖然としている。

クライスとハリアに至っては呼吸するのも忘れたように口をパクパクと動かしているが、そこからは声にならない呟きが漏れるのみ。

フィルとて驚きに目を見張ったような表情をしている。


   「(何だと?あのレギオン『フィレス』が全滅?おかしい・・・『粛清煉師』だって『腑欺の傀儡術師』だって・・・『太刀風の螺旋師』だっていたはずだ。)」


 そう、数あるレギオンの中でも『フィレス』は名のある強者ぞろいなのだ。

その『フィレス』が全滅したという報告を聞いて動揺しない人間などこの辺りには住んでいない。


   「それって、私達が代わりに倒せって事?冗談でしょ?『フィレス』が全滅するような敵を相手に何で学生なんか派遣するのよ!他の『レギオン』が依頼を受けないって言うんなら『ギルド』にでも依頼すればいいわ。私達が行く必要なんかない!」


 ハリアの主張はもっともである。

ヒステリックに金切り声で叫んでいる物の、頭の方は冷静に働いているらしい。


   「こちらとしてもそうしたいのじゃがな。」

   「なら何でそうしないのよ!」

   「お、落ち着こうよハリア。今説明してくれるよ。」


 先程とは逆の立場で、今度はクライスがハリアを宥める。


   「うむ。勿論いくつか理由がある。まず、そこにいるフィル=ライシェイが元々『レギオン』にいた実力者である事。そうじゃな?」


 その問いにもフィルは無言で頷いた。


   「そして、それ以外の君達四人がそこらの魔法師よりも遥かに優れた力を持っておると言う事じゃ。」


 ソウルもレイアーズも褒めれらて悪い気はしない。

もっとも、周りの教師の微妙な反応がなかったならばの話だが。


   「ぼ・・・僕なんかがそんな・・・」


 クライスの言葉は最後の方はゴニョゴニョと尻窄んでしまい聞き取れなかったが、そのまま蹲る様子からはとても実力者には見えない。


   「そんなもの理由になると思ってるの?それだって、私達より遥かに強い『フィレス』の方々がやられたのよ?私達なんかが戦えるわけないじゃない!」


 恐れ多くも『鳳凰の飛翔師』に対する口の訊き方とは思えないが、言っている事は的を得ている。

ソウルもそんな物を相手に戦おうなどという気は微塵も起こらない。

ただ、ソウルには気になる事があった。


   「(神獣族のジェイグリオンを一人で倒した程の実力を持つ『太刀風の螺旋師』が人獣族程度に後れを取るのか?)」


 ソウルには何か得体のしれない違和感をそこに感じ、それに負けず劣らずの実力を持っている人間ばかりで構成されている筈の『フィレス』が簡単に全滅する筈がないとの結論に至る。


   「勿論、まだ理由はあるとも。」


 そう言って校長は口をいったん閉じる。

話すべきかどうかを迷っているというより、どう説明すれば良いかを迷っている感じだ。


   「ワシが『フィレス』の最高責任者であったことは知っておるな?」

   「要するに自らの手で仇を打ちたいけど、もう年取って来て辛いから自分の教え子にやらせて仇打ちとしようって感じか?」


 最初の一言を聞いた瞬間、今まで静かだったレイアーズが急に口を開いた。

恐らくは良い感じにはぐらかせる説明を頭に思い描いていたであろう校長の顔が驚愕の色に染まり、何とか弁明しようとボソボソ口を開いていたが、結局何も思いつかなかったようで小さく頷いた。


   「だってよ。」

   「だってよってお前・・・」


 ソウルは呆れて物も言えない。

イライラしてくるとなぜか妙に感が冴え渡り、人の言わんとしている事の深層心理まで一瞬で読み解くレイアーズの凄さには今更ながら舌を巻くばかりである。


   「何をイライラしてんだ?」

   「行かせたきゃ『さっさと行け』って一言命令すりゃいいのに、それにグダグダと言い訳を重ねている事に無性に腹が立った。」


 サッパリした性格とは時にせっかちと言い換えられる。

つまりレイアーズは単純に長い説明に飽きたという事だろう。


   「(単純なやつめ・・・)」


 ソウルは心中でもう一度溜息を吐いた。


   「行ってくれるかの?」


 校長はもう諦めたようで、半ば開き直り気味に訊いてきた。


   「俺は良いぜ。」

   「ソウルが行くなら俺も行くぅ。」


 ソウルとレイアーズは二つ返事で了承した。

ソウルが了承した理由は学校での生活が退屈であった事からそこに刺激が齎されるならば何でも良かった事。

レイアーズは単純に授業をサボる大義名分ができることだ。


   「・・・」


 そこにフィルがスッと音もなく近寄って来て頷いた。

どうやらフィルも行くつもりらしい。


   「ま、強くもない相手にいい加減飽きて来たとこだし、一回くらい実戦に出ておくのも悪くないわよね。」

   「僕は・・・どうしようかな・・・」

   「私が行くんだから行くに決まってるでしょ?」

   「・・・そうだね。」


 クライスはどこか困ったような笑みを浮かべながらも、嫌そうな顔はせずに頷いた。


   「なぁなぁソウル。あの二人ってさ・・・」

   「みなまで言うな。無粋だ。」


 レイアーズが嬉々として話しかけてきたが、ソウルはそれに適当に応え、そして校長の方を見る。


   「ホッホッホ。そう言ってくれると信じておったよ。」

   「嘘つけ。」


 レイアーズが小さく呟いたが、その言葉が聞こえた様子はない。


   「では正式に依頼するとしよう。私、ルウォーズ=センテリウスは以下の五名、クライス=ストルヴェル、ハリア=レジェスター、ソウル=エルトライト、レイアーズ=クルストス、フィル=ライシェイに、田畑を荒らし近隣の町に尊大な被害を与えているモンスター、人獣型人獣族ミェナイツェの討伐、及び『フィレス』の生き残りがいた場合に、それの保護を依頼する。」

   「「「「はい。」」」」

   「・・・」


 今度の返事も四人の声が重なり、フィルは無言で頷くだけだった。

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