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零顕ソウル  作者: 柳条湖
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第十五章 魔力変換

   「(魔力の分留・・・)」


 既に剣先が鼻先にまで達して来ている状況で出来るかも分からない零力の変換に賭けるなど傍から見れば正気の沙汰とも思えないであろうが、現状で一番生き残る可能性が高かったのはその方法であった。


   「(生命力・・・即ち、体内の生きる内臓の力を強引に頚絡に流し、魔力と練り合わせることで魔力を完全な別の物質に変換する・・・その際に抽出される力こそが・・・零力・・・だったな。)」


 そこまでの思考0.002秒。

命の危険を前にして、ソウルの脳内では信じられない速度で情報の処理が行われていた。

バルアの巨剣はすでにソウルの眼前。

しかし、ソウルの脳内はソウル自信が信じられないほどに澄み切っていた。


   「(クッ・・・)」


 自立機関である内臓を魔力によって強引に動かし、その生きた力を頚絡に捻じ込む。

ソウルは心中でフィルの言葉を反芻しながら、少しずつ、しかし瞬間的には超速で内臓に魔力で負荷を掛けていく。

その際に込み上げて来る嫌悪感は完全に無視。

やがて、ドクンと一際大きく心臓が脈打ち、ソウルは自らの頚絡にフィルが零力を流した時と似た感覚が駆け巡るのを感じた。









  ―全ての根源であり、行きつく果て。そうだ、あらゆる物質の死と破壊を司る・・・それが『秘法』だ。










   「いっけぇぇえええ!!!」


 喉の奥から絞り出すように、ソウルは有らん限りの声を振り絞って叫び上げた。

同時にソウルを両断する瞬間であった巨剣がソウルの零顕によって弾かれ、バルアは数歩よろめく。


   「レイアーズ!」

   「はいよぉ!」


 さらにソウルは背後の相方へ向けて名前を叫び、即座にソウルの意図を察したレイアーズがバルアの懐深くに剣を構えながら潜り込む。


   「でやぁぁあああ!!」


 レイアーズが右下から左上へ、刃を鈍く煌めかせながら斬り上げた。


   「ぬっ・・・くっ!」


 バルアはソウルの零顕によって背後に押されて体勢を崩し、即座にレイアーズの右斬り上げが迫る。

バルアはそのレイアーズの剣を飛び越えるように右へ飛んだ、その様に避けるしかなかった。


   「≪エルト・・・」

   「しまっ!」

   「ルイ―あ・・・がっ・・・」


 そこへ追撃のソウルの魔法。

バルアは焦った様に巨剣を防御する様に構えるが、しかしソウル得意の光線の魔法≪エルトルイレイト≫が発動される事は無かった。


   「ソウル!」


 レイアーズが駆け寄る。

ソウルはそこで糸が切れた様に倒れたのだった。


   「しょ・・・勝者ぁ!!カイ&バルアァァアアア!!!!!」


 一瞬、時の止まった闘技場のフィールドに審判の高らかな宣言が響き渡った。



                    ☆



 医務室。

闘技場で負傷を負った戦士がある程度の応急処置を受ける事の出来る場所である。

ソウルはその場所で白いベッドの上に寝かされ、カイとバルア、それに白衣を着た恰幅の良い闘技場付きの専門医が部屋の中にいて、レイアーズやフィル、クライスにハリアはその医務室の外で待っている。


   「魔力が枯渇していますね。」


 その医師は坦々と「よくある事だ」とでも言う様にアッサリと述べた。


   「こんなになるまで魔法を使わせたのですか?」


 しかし、その声音は責める様にカイとバルアに向けられている。

ソウルが倒れ、試合が終了した後、即座にソウルは救護班によって医務室に運ばれた。

魔力の枯渇は直接的には命の危険は無いが、魔力の消耗に連動する様に消耗する体力が本人の寿命を削る。

故に、魔力が枯渇状態になるという事は『自己管理が出来ない』という意味であり、魔法師としては二流の烙印を押される事となる。

だが、圧倒的な実力者によって追い込まれたとき、すなわち魔力の温存などと言っていられない状態にまで追い込まれた時、無理にでも魔力を捻り出し、そして枯渇状態に陥る人間は特に闘技場ではよくいる。

つまり医者は「お前達が追い込んだ事によってこの少年の寿命を削ったのだ」とそう言っているのだ。


   「はっ!最強だなんだと言われてもまだ若造か。」


 その言葉にカイもバルアも押し黙るしかない。

この医師はカイとバルアにとって幼少期からの恩師であり、頭の上がらぬ存在であるのだ。


   「う・・・く・・・」


 そこでソウルは目を覚ます。


   「おや、気付いたかね?」


 それまでカイとバルアに向けていた様な厳しい表情を一瞬で緩め、医師はソウルの顔を覗く。


   「気分はどうかな?」

   「・・・良くは・・・ない・・・な。」


 ソウル自身は何度も魔力の枯渇状態を体験しているので、これが魔力の枯渇状態であり、少なくとも現時点では命に別状はない事は分かっている。

しかし、魔力は完全に枯渇しているが、しかし体内に滞る気味の悪い違和感はずっと駆け巡ったままである。

ソウルの気分が悪い原因の一つに零力が体内に残っている事もあるのだ。


   「心配は無用だ。」


 その時、医務室の扉を開けて部屋の中にフィルが入って来た。

思わずと言った様子で部屋の中の全員の視線がフィルに集まり、しかしフィルはそんな物は一切意に介さず、体を横たえているソウルに近付く。


   「痴れ者め。魔力を全て零力に変換してしまう奴があるか。魔力は生命の維持に必要なものであるし、零力は人体にとって有害でしかない。零顕を扱う際は、必要量のみ魔力を零力に変換するんだ。」


 そうしてフィルがソウルに向けて真っ先に言った言葉はそれだった。

慰めでもなく叱咤でもなく、それは次の段階へ進むための助言。


   「そんな余裕があの状況であると思ってんのかよ。大体、零力を練り込むのだって初めてだったってのによ・・・」


 顔色は青く、息は切れ切れながらもソウルは負けじとフィルに言い返す。


   「まあそれは慣れだ。その内出来るようになる。それより、まだ体内に零力が残っているだろう?魔力に戻せ。そうすればかなり楽になる筈だ。」


 フィルがそう助言し、人差し指と親指をクルリと回す。


   「・・・どうやるんだ?」


 ソウルは言われた通り、体内に滞ったままの零力を魔力に変換し直そうとするが、しかし元に戻らない。

暫くあれこれ推敲した後、結局分からないソウルは恥を忍んでフィルに問うた。


   「一本の紐が自身の頚絡の中に張り巡らされている様に想像し、そのイメージの中でその紐を出来るだけ細かく切り続けろ。その内、零力は分断され、先の魔力と生命力に戻る。」


 ソウルの脳内でぷつんと何かの糸が切れた。

ぷつんぷつんぷつん・・・と言われた様に断続的に切り続ける。

瞬間、グンと体に力が戻るのを感じた。

魔力が戻ったのだ。

先程とは比べ物にならないほどに顔色も良くなり、荒れていた呼吸は整った。


   「ほぅ・・・」


 それをみて医師が感心頻りといった感嘆の声を出す。

カイもバルアも多少安心したような表情を作り、しかし周囲に気付かれぬようすぐにキリッと元に戻した。


   「ただでさえ、零力を作り出す際に生命力を魔力と練り合わせているんだ。その上で魔力を使いきれば生命力も殆ど無くなり、さらに人体に有害な零力が体内を満たす状態になってしまう。倒れて当然だ。」


 今度はフィルは軽くソウルを叱咤し、拳骨を頭上に落とす。


   「だがまあ・・・そうだな。まさかいきなり零力の変換に成功するとは思わなかった。よくやったな。」


 最後にフィルは表情を緩めると、掌でサッと軽くソウルの頭上を薙いだ。

それは赤子を撫でるような優しいものではなかったが、ソウルにはそれが最大限の賛辞であると受け取った。


   「ああ。」


 だからソウルは無粋な言葉を発する事無く、ただ短く、そして滅多に人に見せない笑顔で頷いた。



                     ☆



 城下町ウレの郊外の一角。

闘技場のある場所とは正反対の特に何も無く人通すら滅多に無い疎らな場所に二つの人影があった。

共に黒髪の男女、クレアとジェシェルだ。


   「標的は?」


 クレアは感情を押し殺した機械的な声で傍らのジェシェルへ問いかける。


   「ウレ王国国王オールグイユ=ウレ=ダリヴェルン。」


 同じくジェシェルも、一切の感情の消えた声で淡々と答えた。


   「目的は?」

   「秘宝『鋼仙の蓮玉』の奪取。」

   「手段は?」

   「セイル、キーラと共に進入し、速やかに国王及び側近を殺害。一切の音を立てる事無く、奪う。」

   「注意すべき対象は?」

   「レギオン『カイ&バルア』の『魔麗の剣士』カイ=ルネスト及び『剛断の巨剣闘士』バルア=ギレ。」

   「進入経路は?」

   「正面右の壁より進入。気配遮断魔法≪スティルレクト≫及び浸透魔法≪ステイラスト≫使用。」

   「所要時間は?」

   「目標物が隠匿されているものとして、その探索時間を考慮し、最短で十五分、最大でも一時間以内に全てを完了する。」

   「障害は?」

   「問答無用、全て排除して良し。」


 最後に切り上げる様にジェシェルはそう言い切って、クレアに表情を向ける。

特に意味の無い姉弟間での作戦の確認。

これはこれより作戦開始への一種の儀式。

クレアもそのジェシェルの表情を受けて、その冷えた表情を若干薄れさせた。


   「では参りましょう。我が愛しき姉上。」

   「ああ行くぞ。我が愛しき愚弟。」


 黒髪の二人は同時に一歩を踏み出した。



                    ☆



 闘技場を出て、カイとバルアによって潤わされた財布の異様な重さに辟易しながら、ソウルは夕暮れ掛けた天を仰いだ。


   「では、これでこの四人をストラートの町まで。」


 視界の端ではバルアが馬車の運転手に金を払っていた。

カイは闘技場の壁に凭れ掛って下を向いたまま動かない。


   「はいよぅ。バルアの兄さんも相変わらずだね〜。」

   「それが俺足る所以だからな。」

   「はっは。違いない。」


 どうやらあの二人は顔見知りらしい。

二人して冗談を言い合いながら表情を緩めて笑い合っている。

ソウルは、自身とレイアーズに近い関係をその雰囲気から感じ取った。


   「よし。じゃあここでお別れだ。」


 バルアがそう言って右手を差し出す。


   「えぇ。またお会いできたら嬉しいです。」


 真っ先に意図に気付いたクライスが躊躇い無くその腕を握る。

やがてクライスはその手を離し、馬車に乗り込む。


   「そうね。その時は淑女に対する話し方も多少は学んでいてくださいね。」

   「はは・・・それはどうだろうな。」


 続いてハリアがその手を握り、軽く冗談めかしてそうバルアに言い、バルアは申し訳なさそうに後ろ髪を掻いた。

クライスと同じく少ししてハリアも手を離し、馬車に乗り込んだ。


   「また会いたいです。」

   「また会えるだろう。このクレントリアは広いが、運命という奴は世界を狭くするからな。」


 目を輝かせてそう言うレイアーズには、バルアはニッコリ笑って再会を約束し、レイアーズは満足したように破顔して馬車に乗り込んだ。


   「・・・」

   「え・・・と・・・なぁ・・・」


 フィルは無言で手を握る。

その冷たい感触にむすろバルアの方がタジタジとしていたが、しかし最後には毅然とした顔を作ってフィルに笑いかけていた。


   「ではさようなら。再会を祈って。」

   「そうだな。また会えたら良いな。」


 最後にソウルが丁寧に別れの挨拶を交わし、全員馬車に乗り込んだ。


   「では、出発!」


 馬車の運転手がそう言い、そして馬車は動き出す。

窓から見れば、カイも闘技場の壁に背凭れながら軽く手を振っていて、ソウルは思わず手を振り返していた。



                    ☆



 当然、ストラートの町へは普通の馬車では三日かかる。

ごとごとと揺れる馬車の中、疲れが出たのかレイアーズは真っ先に眠りに落ち、クライスとハリアもお互いに寄り掛る様にして眠っていた。


   「どうだった?」

   「え?」


 起きていたのはソウルとフィルだけで、両者とも会話を楽しむと言った人間では無い故に馬車の中は沈黙に包まれ、ふいにフィルがその沈黙を破った。


   「零顕を使ってみた感想だ。何か思うところがあるだろう?」


 そうフィルがソウルに問い掛けてきた。

ソウルはしばし黙考した後、ゆっくりと口を開く。


   「そうだな・・・最強の防御というのは頷けるが、流石に使い勝手が悪いな・・・つい魔力を多く零力に変換してしまえば、それだけで戦えなくなってしまうわけだし・・・」


 その事をソウルは先の戦いで身に染みて分かった。

いきなり全身を駆け巡る虚脱感は、ただ魔力を使い切った時とは比べ物にならない。


   「現状、お前の魔力を全て零顕に回した場合・・・」

   「?」

   「零顕を発動していられる時間は連続でおよそ五十秒。特殊な使い方をした場合、特殊な使い方については別の機会に説明するが、兎に角、その場合は連続で三十秒が限界だ。」


 ふいにソウルの言葉を遮る様に声を出したフィルはソウルに突き付ける様にそう言い放った。

それでも、フィルの言葉の意味するところはソウルにも分かる。

零顕の最も基本的な技だけでウレ王国最強戦士の攻撃を全て防ぐ事が出来る。

しかし、その便利な零顕は長い時間を使用する事は出来ない、とそう言う事だ。


   「俺は魔力を常人の数倍をさらに遥かに超える量保有している筈だが、そうでもないのか?」


 ただ、ソウルはフィルの言葉をソウルの魔力の絶対量が少ないという意味だと解釈した。


   「常人の・・・だろう?例えば、『魔麗の剣士』と比べればお前の魔力などほんの微々たるものだ。だが、その『魔麗の剣士』でも零顕を習得した場合における最大発動時間は恐らく百秒にも満たない。」


 魔力はその訓練によって絶対量を増やす事が出来る。

才能という個性によってその上昇率や上限は異なるが、基本的には死ぬまで魔力は無制限に増え続ける。

というのも、魔力の上昇が頭打ちになったという人間は歴史的にも数えるほどしかいないからだ。


   「あんなとんでもない人間でも百秒・・・」


 そう呟いた時、ソウルはある事に気付いた。


   「だったらお前はどうなんだ?ミェナイツェの時、お前は確か三百秒以上発動していなかったか?」


 そう、フィルは二十匹のミェナイツェにに向かっていく際にはっきりと言った。

『あの程度三百跳んで七秒で片付けてくれる』と。


   「それだ。」


 よく気付いたとばかりにフィルは表情を綻ばせて言う。


   「当然分かっているだろうが私の魔力量などお前の半分にも満たない。」


 フィルからカイをも超える膨大な魔力は感じ取れない。

つまり零顕を長く保つには魔力の絶対量などではない、とそういうことだ。


   「簡単な事だ。所謂節約、私は防ぐ一瞬や吹き飛ばす一瞬にしか零顕を使用していない。勿論零力に変換する魔力も最低限。そうすることで、零顕の保持時間を延ばし、零顕を戦力として充分起用できるようになる。この方法ならば、私は零顕を最大で五百秒維持できる。もっとも、三百秒を超えると魔力の量が少なくなって枯渇状態に陥ってしまうが・・・」


 フィルは心底楽しいと言った表情を崩さない。

零顕を語るのが楽しいのだろう。

それも零顕を使える才のある者となれば尚更だ。


   「つまり、それができなければ零顕など戦力としては期待できないという事か?」

   「そうだ。これができなくては、すぐに魔力が尽きて倒れてしまう。」


 闘技場での事を差しているとソウルはすぐに察しがついた。


   「はっきり言おう。私がこの零力の扱いを習得するのに五年掛った。」

   「五年・・・」


 その長い年月にソウルは気が遠くなる。

無論、五年などソウルが今まで過ごしてきた年月より遥かに短い。

しかし、この零顕の修得に掛ける時間となれば話は別だ。


   「くく・・・だがまあ、今日くらいはゆっくり休め。また明日、そうだな、零力の扱いの前に消滅の零顕を習得して貰おうか。」


 最後にフィルはさらに楽しそうに破顔して言った。


   「それに・・・だ。誇っていい。コツを教えただけで、一日とせずに零顕の基本的な扱い方と魔力を零顕に変換する方法を身につけたのだからな。」


 そのフィルの表情にソウルは気恥ずかしくなって顔を背ける。

零力とは違う、心地良い違和感が体内を駆け巡った様な気がした。


   「私が教えてやる。黙ってついて来れば良い。必要であれば訊け。お前は私を遥かに上回る使い手となれるのだから。≪零顕≫ソウル。」


 そしてフィルの見せた至高の笑みを今度はソウルは目を逸らさずしっかりと見据える。


   「任せておけ。」


 ソウルはただ短くそう応えた。

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