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零顕ソウル  作者: 柳条湖
13/17

第十三章 零力

 周りから聞こえる歓声がワントーン落ちた様に聞こえる。

観客席と実際の戦闘フィールドの空気はまるで違うと言っていい。

観客席からの罵詈雑言も交じる歓声は一種の背景のようであり、それは耳を掠める程度にしか聞こえず、そんなものが耳障りになる事は無い。


   「へぇ。こうなってるのか。」


 レイアーズが感心しきりといった声を出す。

確かに、先程のカイとバルアの試合ではほとんど動きが無かったために会場の広さに実感がなかったが、こうして立ってみると大凡端から端までは全力で走れば軽く息が切れるほどの距離がある。

足場は短い人工の芝が敷き詰められていて堅く、しかし良く靴が地面を噛むため走りやすい。

一瞬、ソウルの脳裏にこのフィールドを思いっきり駆け抜けたいという願望が過った。

勿論、そんな事をしている場合ではないので、ソウルはその願望を黙殺する。


   「ハッ!餓鬼かよ!」

   「こりゃ相手にならんな。」


 既に対戦相手の二人組もソウルとレイアーズの正面に立って、品定めをするようにソウル達を見据えて来る。


   「こりゃ始まった途端に終わっちまうぜ!」

   「糞餓鬼は尻尾巻いて逃げてな。」

   「「ナッハッハッハ!!」」


 下卑た哂いには品が無い。

髭は不揃いに生え散らかり、服装は物乞いと見紛うほどに貧相なそれ。


   「口が臭いぜぇ。」


 その露骨なまでの小者に対し、レイアーズが「そんなことよりも」と相手にならんとばかりに吐き捨てた。

ソウルはそんな逞しい相棒の様子に自然口元が緩む。


   「んだと!?」

   「馬鹿にしてんのか!?糞餓鬼ぃ!!」

   「両者離れてぇ!!構え!!!」


 適度に煽ったところで審判の人間がソウル達とその小者二人に離れるよう促す。

やがて沈黙が流れ、スゥと風が一つ吹いた時、


   「始めぇ!!!!!」


 審判の声が轟いた。

動いたのは両者同時。

ソウルは戦闘に立って戦うレイアーズのサポートのために一歩後ろに下がり、しかし小者二人は先程挑発をしたレイアーズ一点集中で二人とも突っ込んで来る。


   「だから底の知れる小物なんだ。」


 それはソウルの呟き。

レイアーズの挑発程度で激昂する様な小者相手に魔力など使う価値も無い。


   「レイアーズ!!」

   「応!」


 ソウルの呼び掛けにレイアーズは一言応じ、そして行動で応じる。

小者二人の視線は完全にレイアーズのみに注がれている。

彼らはソウルが一歩下がったと同時に左に跳び、視覚的に彼らの死角に入った事も気付かない。


   「「死ねぇ!」」

   「断るよ。」


 殴り掛って来る拳をレイアーズは体勢を捌きつつ体を捻って避ける。

完全に体重を乗せて殴り掛っていた二人は自然正面に崩れる形になる。


   「動くなよ。」


 それはソウルの警告。

一瞬にしてレイアーズが≪シュルノウ≫によって二本の剣を中空から取り出し、一本をソウルに手渡し、ソウルとレイアーズはその二本の剣を小者二人の後頭部に突き付ける。


   「そ・・・そんな・・・」

   「こ・・・降参だ。」


 頭の悪い小者でも自らの命の危機くらいは分かる。

これ以上の抵抗は無意味と悟ったのか、その小者二人はアッサリと負けを認めた。


   「勝者ぁ!ソウル&レイアーズ!!」


 審判の腕がソウル達の側に挙げられ、審判の声は高らかにフィールドに響き渡る。


   「続けるかね?」

   「ああ。」


 審判のその問いにはソウルが答える。

これで賭け金額は500ゼル。


   「さっきは相手がついていなかったが、今回は子供だ・・・汚名返上と行こうか!!」

   「油断は禁物。先程の戦いを見る限り、只者ではない。」


 次に挑戦者として出てきたのは、最初にカイとバルアに敗れた槍使い。

綺麗な新しい槍を携え、その二人はソウルとレイアーズの前に立つ。


   「両者離れてぇ!!構え!!!」


 再度審判の声。

ソウルは今度は最初からレイアーズの背後に移動し、魔法でのサポートの体制に入る。

真っ先に攻撃を加えるため、魔力は既に練り込み済み。


   「始めぇ!!!!!」


 審判の声が早いか、ソウルは体内で練りに練り込んだ魔力を解放する。


   「≪セルエル≫!!」


 周囲を圧力で吹き飛ばす基礎魔法。

それを適当な大きさに集中して槍使い達へ向ける。


   「「「「「ぉお!」」」」」


 観客達からのどよめきが聞こえる。

試合の展開と言うよりも、単純に魔法に驚いたと言った風体だ。


   「魔法師か・・・驚いた。」

   「先程の剣は隠し持っていたとばかり思っていたが・・・」


 しかし、その先に槍使いの姿はなく、気付けばソウルとレイアーズは槍使い二人に挟み撃ちにされる形になっていた。


   「フュ!!」

   「ハァ!!」


 自らに徹底している挟み撃ちの陣を築き上げた槍使いは息を短く吐きながら手に持った獲物でソウルとレイアーズに向けて穿撃する。

観客席から見ていた時はカイがアッサリと倒したために弱そうに見えたが、これは違う。

明らかにソウルやレイアーズより数段上の実力者だ。


   「(クッ・・・速い!)」


 突っ込んできた事をソウルが認識した時には既に付きつけられる槍が首筋に触れるかというところだった。


   「(しまっ・・・チッ・・・仕方ない・・・)」


 思わずソウルは目を閉じる。

しかし無論、命を捨てる覚悟をしたわけではない。








   ―拒み拒否し拒絶しろ。この世の全ての存在を許すな!








 刹那。


   「ハァ!!!!!」


 槍使いが二人とも槍を構えた姿勢のまま三メートル程吹き飛んだ。

ソウルもレイアーズも首の薄皮が一枚切れただけで留まり、鮮血が流れ出ているものの動脈までは届かなかったらしい。

槍使いは何が起こったのか全く理解できないという表情をしている。


   「へ?あれ?どうした?」


 こちらは死を覚悟して閉じていたであろう瞼を開け、レイアーズはおっかなびっくりに周囲を見渡す。


   「奴を狙え!」

   「おう!!」


 今度は槍使いは未だ状況を呑みこめずにオロオロしているレイアーズを二人して狙う。

ソウルが二人を不思議な力で拒んだのであろうことは推測がついた。

しかし、その力の正体が分からない以上、隙だらけの人間を二人で狙うのは定石。

無論、正しい。

相手が≪零顕≫でなければ。








   ―そこはお前だけの空間、何者の存在も進入も許さない絶対空間だ。








  −パカァン!!−


 風を断つ快音。

またしても槍使いは大きく後ろに吹き飛んだ。

それも衝撃で後ろに吹き飛んだと言った感じではない。

そうそれは空中でずれた様な、空中にいる状態で後ろに後退でもしたかのような不自然な動きで槍使いは地面にひっくり返る。


   「よし・・・」


 ソウルは小さく呟き拳を握る。

あまりの異様な景色に観客達は息を呑み、誰一人として言葉を発していない。

それは試合に集中しているソウルやレイアーズには与り知らぬ事ではあるが、闘技場で戦闘中に会場が静かになるなど、クレントリアの常識を覆す様な異常な出来事であった。


   「・・・≪エルトルイレイト≫」


 倒れたまま呆けて動かない槍使いの首筋にソウルは遠慮なく≪エルトルイレイト≫を撃ち込む。

直撃させたりはしないが、槍使い二人を現実に連れ戻すには充分で、ハッと我に返った槍使いは即座に降参を申し出てフィールドからそそくさと立ち去って行った。


   「しょ・・・勝者ぁ!ソウル&レイアーズ!!」


 審判の勝利者宣言が会場中に轟いても、なお観客達の歓声は響かない。

皆、唖然としてソウルに視線を注いでいた。


   「(こんなもんか・・・)」


 否、たった一人、その少女だけは不遜な笑みを浮かべてその状況を眺めている。


   「(どうだ?)」


 ソウルは視線に気付き、フィルに向かって不敵に笑いながら、目線でそう問いかける。

フィルは言葉を発さなかったが、その視線は「上出来だ」と語っていた。



                    ☆



 外に出て、ソウルがフィルに連れて来られたのは闘技場の隅の方にある小道の奥。

人が五人も入れば一杯になってしまうような狭い空地にフィルはソウルを引っ張り込む。


   「何だよ。」


 言葉を発さず、無言でソウルの袖を引くフィルにソウルはやや不機嫌気味に声を掛ける。


   「丁度良い機会だ。お前、この後出場しろ。」


 それは闘技場での戦いにという意味だろう。

だがしかし、ソウルにはわざわざ自分が出る意味が分からない。


   「だったらフィル、お前が出れば良いだろ?金を稼ぐならな。」

   「良い機会だと言っただろう?」


 その言葉の意味がソウルにはよく分からない。


   「今からお前に≪零顕≫を教える。心して聞け。」

   「・・・」


 その言葉を聞いて、ソウルは一瞬思考が停止する。

やがて再起動したソウルの脳細胞が、フィルの言葉を一つの結論へと結び付けて行く。


   「つまり、実戦で試せと?」

   「そうだ。≪零顕≫はいくら口で理論だけを説明して納得できても意味がない。実戦の中で一度危機的状況に陥らなくては。」

   「で?」

   「今から私の零力をお前の頚絡に捻じ込む。それによってお前はまず零力の感覚を知れ。」

   「・・・分かった。」


 話を聞きながら、少しずつソウルの中で感情が高ぶって行くのを感じた。


   「では、行くぞ。」


 そう呟きながら、フィルは魔力の通る頚絡の集中する点、即ち心臓部の辺りに右手を添える。


   「・・・」


 コクンとソウルは無言で頷いた。


   「ウグッ!」


 瞬間、感じたのはまず猛烈な悪寒。

体内に異物の流れる違和感。

まるで体内に潜り込んだ微生物がソウルを体内から食いつくしていく様な、猛烈な嫌悪感だった。

しかし、同時に感じたのは懐かしい親和感。

絶対に感じた事はない筈なのに、どこか遠い昔に感じた事のある様な既視感がソウルの体内を駆け巡る。


   「が・・・」

   「零力は人体に大して強い毒となる。まあ心配するな。余程体が弱くなければ、零力で死ぬ事はない。まずはこの嫌悪感に打ち勝つことだ。それが出来なくては、いつまで経っても魔力を零力に変換する事などできない。」


 フィルの言葉が右耳から左耳へ抜けて行くように感じた。

苦痛こそないが、全身の産毛が逆立つような疼痛がいつまでも体内に残り続けている。

それはソウルの集中力をガンガンと奪っていく。


   「エ・・・グ・・・」

   「この零力の気持ち悪さに慣れ、そして自由に魔力と零力を切りかえる事が出来る者を『秘法師』と呼ぶ。」


 その言葉に聞き覚えはなかったが、それを訊き返す精神的余裕はソウルには無かった。


   「まあそのまま聞け。秘法師とは、零顕を始めとした数々の零力を利用する特殊な魔法、即ち『秘法』を扱う魔法師の事だ。勿論秘法は零顕だけではない。もっとも、ここでそれを説明しても栓の無い事なので、それについては割愛するが。まあつまり、この秘法を扱う事のできる可能性を持つ者を『才ある者』というわけだ。」


 フィルが話しているのは、ソウルが慣れるのを待つ間の暇潰しである事くらいわかる。

ただ黙って立っているだけではなく、こうして気を紛らわせる程度の話をしてくれている。

この耐え難い疼きもだんだんと慣れてきて、ソウルはフィルに感謝した。


   「そろそろ慣れただろう?」


 途端、フィルがそう切り出す。

ソウルはその言葉を受けて、震える足を奮い立たせながら立ち上がった。


   「ああ・・・割と楽になった。」

   「では、その体内にある零力を指先から微量で良い。放出してみろ。魔力を放出するのと同じ要領だ。」

   「・・・これは・・・」

   「分かるか?」


 どうしたことか、体内に確かに感じる魔力とは別の何かを指先から・・・否、体中のどこからでも出す事が出来ない。

大きな塊が小さな穴に引っ掛かっている様に、魔力ならば簡単に通る穴から零力が出て来ない。


   「魔力を扱い易い弾丸と例えるならば、零力は砲弾だ。扱い難さで言えば魔力のおよそ三千倍。」

   「さん・・・ぜん・・・」


 あまりにもの桁違いの大きさにソウルは呆然とする。

しかしソウルはめげず、もう一度零力の放出に挑戦する。


   「グ・・・」


 と、その時、ソウルは指先に、かつてロドルア河浦でフィルの零顕に触れた時に感じた、そこに空間の無いイメージを感じ取れた。


   「ほぅ・・・私だってその零力の放出が出来るようになったのは暫くしてからだというのに、大した奴だ。」


 フィルの賞賛の言葉は初めてであっただろうか。

ソウルはかつて何度も天才と評されてきたが、それ以上にこのフィルの何気無い言葉を嬉しく感じた。


   「それでいい。一旦放出を止めろ。」

   「・・・ああ。」


 ソウルは言われた通り、指先から情けなくチロチロと漏れる零力の放出を止めた。


   「先程も言ったが、零力の扱いは相当に難解だ。故に扱いの容易い魔力を使う魔法程度ならば秘法師は数瞬もあれば大概魔力を練り込める。」

   「・・・」

   「何か思うところでもあるのか?」


 ソウルはフィルの言葉を聞きながら昔の事を思い出していた。

ソウルが天才と呼ばれる一番の所以。

幼き日より大人から、友人から、何度も問われたその言葉「どうしてお前はそんなにも魔力の練り込みが速いんだ?」

通常魔法師は戦いになれば相手と距離を取り、魔力を練り込みながら動き、そして発動したい時に発動する。

しかしソウルは違う。

魔法を発動したいと思った時から魔力を練り込み始め、そして次の瞬間には発動する。

魔力の練り込み作業と発動作業が同時であると言っても良い。

それは感覚だけで魔法を扱っているソウルには与り知らぬ事であるが、周囲から見れば相当に特異な現象であったのだ。


   「私がお前のことを『才ある者』だと気付いたのもこれに起因する。≪エルトルイレイト≫のような複雑怪奇な魔法を一瞬と待たずに練り込むなど、元来あり得ん事だ。お前に実感はないのだろうが。」


 ソウルは言葉を発さない。


   「しかし同時に、秘法師は魔力の扱いが下手でもある。生まれたその瞬間から、魔力とは違う別の力が体内にある『才ある者』は魔力の扱いが上手く行かない。意味分かるか?」

   「必要魔力の事を言っているんだろう?」


 魔法にはその魔法を発動するために最低限度必要な魔力量がある。

それが『必要魔力』。


   「そうだ。」


 ≪ファイエル≫のような単純な魔法であれば、魔力は練り込めば練り込むほど―限度はあるが―威力は増大する。

しかし、殆どの魔法は必要魔力に近い魔力量を練り込めば練り込むほど威力が増す。

必要魔力より少なければ当然魔法は発動しないし、多過ぎれば威力は落ちる。


   「お前は魔力の扱いが下手過ぎる。≪エルトルイレイト≫の本来の威力の千分の一も出ていない。」

   「・・・」


 『太刀風の螺旋師』ガルバス=エルトライトは≪エルトルイレイト≫を必要魔力丁度で発動する事が出来た。

その威力は言うに及ばず、かの神獣族ジェイグリオンを撃ち抜き、背後の山に風穴を開ける。

しかし、その魔力のコントロールは降って来る雨水を針の穴に通す事よりも難しく、そんなことを戦闘の興奮状態の中で行うなどほぼ不可能。


   「確かに≪エルトルイレイト≫は発動できるだけでも大したものだ。だが、お前はどんな魔法を使う時でも魔力を練り込み過ぎる。まあそれは、扱いの簡単過ぎる魔力をついつい使い過ぎてしまう物だ。それは秘法師・・・『才ある者』によく見られる傾向ではあるのだがな。」


 フィルはそこまで言って、一旦言葉を切る。


   「つまり私が何を言いたいのかと言うとだな、お前は私の言った事の殆どに当て嵌まるだろう?」

   「・・・」


 ソウルは無言で頷いた。

それも殆どではなくほぼ全てだ。


   「フフ・・・ソウル=エルトライト、お前は根っからの秘法師だという事だ。お前ならば恐らく三年も修行すれば私を超えるだろう。」


 そう言ったフィルの顔はいつになく爽やかに、そして優しく笑って見えた。

不意打ちのその表情にソウルは思わず目を背ける。


   「どうした?」

   「いや、気にするな。」

   「?・・・まあいいが・・・」


 フィルは不思議そうに首を傾げる。

もっとも、特段気にした風もなく、フィルはさらに口を開く。


   「さて、零顕の発動方法だが、まずは『進入を拒む零顕』を習得して貰う。なぁに簡単な事だ。今から言う心構えを持って零力を体外に放出するだけで良い。しかし簡単な事ではないぞ?完全に思いこむなどと言う作業はそれこそ自身の精神を操れる領域まで達さなくてはいけないのだからな。」

   「それはつまり・・・」


 ソウルはフィルの言葉に神妙に頷きつつ、フィルの次の言葉を予想する。


   「簡単な話、闘技場で戦い、命の危機に陥ろ・・。そして、零顕を発動するための心構えを体で覚えろ。」


 その時のフィルの顔をソウルは生涯忘れないだろう。

何か楽しい玩具で遊ぶようなフィルの不敵な笑みを。



                    ☆



   「まだ戦うみたいね?」

   「そうだね。それにしても・・・さっきの・・・何だと思う?」

   「分からないわよ。ただ、こう・・・何て言うの?」

   「うん・・・相手が空中で後ろに下がった様な・・・」


 静まり返ったまま時間が停止してしまったかのような観客席でハリアとクライスは言葉を交わす。

その話題は勿論、ソウルの放った不思議な現象。

しかも、ソウルから魔力の奔流を感じなかった。

それはつまり、


   「魔法じゃない・・・のかな?」

   「分からないわよ。でも、考えられるとしたら・・・」


 ミェナイツェの時やグリーズデラブレーの時にフィルの放った不思議な現象。

フィルは触れた部分だけを吹き飛ばしていたが、あの時も魔力は感じなかった。


   「あのフィルの魔法?」

   「僕はそうだと思う。教えられて簡単にできる物でもないと思うけど、やっぱり彼は天才って呼ばれるだけあるみたいだね。」

   「あら嫉妬?クライスだってストラート学園の歴史上類を見ない天才召喚師って呼ばれてるじゃない。」

   「僕なんて・・・だって、形見の竜だけだし・・・それを言ったらハリアだって・・・」

   「私の事は言わないでよ・・・」

   「あ!・・・ごめん・・・」


 急激に陰ったハリアの表情にクライスは慌てて自分の失言を謝罪する。

ハリアが隠しているハリア自身の才覚は触れられたくない過去の産物である事をクライスは重々承知していた。

だというのに、クライスは思わずそんな事を口走ってしまった。


   「いいのよ。私だってからかったしね。」

   「でも・・・ごめん。」

   「良いって言ってるでしょ?」


 クライスは再度謝って、その頭の上からかけられるハリアの優しい声に顔を上げる。

おそらく、普段の高飛車な態度のハリアしか知らない人間が見れば、アッと驚く様な慈愛に満ちた笑顔だ。


   「そうだね。ありがと。」

   「ところでクライス。さっきバルアさんが言ってた1000ゼル以上の賭け金は出さない方が良いってどういうことかしら?」


 ハリアはそれで良いとばかりにアッサリと話題を変える。


   「1000ゼル以上だと彼ら二人でもとても勝てない様な強敵が出て来るっていう意味じゃないのかな?実際、さっきの槍使いはきっと僕らでも勝てないよ。」

   「そうね・・・ねぇ、バルアさ・・・」


 ハリアはバルアに声を掛けようと後ろを振り向きながら口を開き、そして途中で噤んだ。


   「どうしたの?」


 クライスも釣られて振り向く。

そして気付いた。


   「いない・・・」


 つい先ほどまでいたカイとバルアの姿がそこにはなかった。

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