第十二章 ウレ王国最強戦士
カイとバルアに案内され、ソウル達五人はウレの町の郊外にある『闘技場』と呼ばれる建造物にやって来ていた。
「つまり、ここで戦い、金を稼ぐ・・・と?」
逸早く思惑に気付いたソウルが、答えを確信しながら問い掛ける。
「ああ。とは言っても、責任は間違いなく俺達にあるから、戦うのは俺達だ。君達は見ていれば良い。」
「・・・」
微笑みながら声を返して来るバルアに対してカイは無言。
高く聳え立つウレの王宮以上の荘厳な建物に臆して無言だったレイアーズと違い、こちらは既に精神統一しているが故の無言であろう。
「じゃあ、とりあえずついて来てくれ。」
バルアが中に入るように促し、それにソウル達は続いた。
☆
「おぉ!我が懐かしき≪鋼仙の死玉≫・・・」
薄暗く、やや埃臭い小汚い空洞に老人が一人佇んでいる。
齢七十は軽く超えていると思われるほどに深い皺一本一本には彼の生きた人生が確かに刻まれているのだろう。
しかし今その老人は、手に持った二本の指で摘める大きさのガラスでできているような宝玉を恍惚の表情で見つめている。
それは老獪さとは縁遠い、憧れの玩具を手に入れた様な子供のそれだ。
その宝玉は老人が纏うローブと同じ薄暗い部屋には不似合いなほどに深い真紅の色。
それは薄汚いその場所にあってなお、確かな美しさと一種の壮艶さを放ち、見る物を虜にする魔性の魅力を孕んでいた。
「・・・」
「・・・」
その両脇には跪き、無防備に後頭部を曝け出して首を垂れる男女が一人ずつ。
二人は微動だにしない。
ただただ、老人の興味がその宝玉から外れるのを、先程から二時間以上同じ体勢で待っている。
「――様。そろそろ次の指示を頂いてもよろしいでしょうか?」
やがて、痺れを切らしたように、男の方が老人を気遣う風な口調で声を掛けた。
「ええい。風情の分からん若造め・・・まあ良いわ。こうして目当ての物も手に入った。次は我が最愛の人に送りし宝玉。後世の人間は確か≪鋼仙の蓮玉≫と呼んでおった。」
老人は気分を害されたとでも言うように不愉快な口調で男に言葉を叩きつける。
男は理不尽に自分に向けられる怒りに辟易しながらも、それを口に出すことなく恭しく首を垂れる。
「「了解しました。」」
男と女はそう声を揃えて答え、同時にその場から姿を消した。
「はは・・・美しい。」
老人は邪魔者は居なくなったとばかりにその宝玉を延々と眺め続けていた。
☆
「カイ様!?バルア様!?」
闘技場の正面入り口から真っ直ぐ歩いた場所、いわゆる受付に座っていた男は近付いてきた人間に気配に顔を上げると、まず驚愕でそう口を開いた。
「やあデレカレス。久しぶりにカイと出ようと思うんだが、今日は≪デュアルカ≫は受けさせて貰えるか?」
カウンター越しにバルアはデレカレスというらしい男に対して問い掛ける。
「勿論です!お二人が望むというのであれば、いくらでも。今すぐに試合をお組みできます。」
「それは助かる。」
何やら交渉は纏まったのか、バルアはひとまずデレカレスに背中を向けるとソウル達の方を振り向いた。
「ここからストラートの町まで馬車を出すと大体500000ゼルかかる。今、持ち合わせは?」
「・・・1200ゼル。」
「1000ゼルくらいかな。」
「私?4600ゼルね。」
「僕は・・・3700ゼルくらい・・・」
「2000ゼルだ。」
「了解。」
バルアはそれぞれ答えを訊くと、再びデレカレスに向き直る。
「それで、今回の掛け金はお幾らほど?」
「12500ゼルだ。」
迷う素振りも無くバルアはそう言い放った。
直後、カイが無言でカウンターの上に丁度12500ゼル積み上げる。
ソウルは慌てて自身の懐を探ると、言った金額の端数分しか残っていない。
周りの様子を見ればレイアーズもクライスも、フィルもハリアも同じようだ。
特にフィルは出し抜かれた事が信じられないと言った表情をしている。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
思わずソウルは声を掛けていた。
「ん?いや、俺とカイの持ち金じゃほんとに少なくてな。心配しなくても元金はちゃんと返すよ。」
ソウルが言わんとしている事は既に分かっていたであろうバルアが自信満々にそう言い返す。
「でも!こういうのって負けたら全額没収でしょ?」
続いてハリアが不安げに問い掛ける。
「俺達が負ける筈がない。」
一瞬、カイが殺気を放ってハリアを見た。
その眼を見た瞬間、ハリアは震えあがって口を噤む。
それほどに、カイが発した覇気は尋常でない物がある。
「はは・・・まあ心配するな。」
それを困った様に頭を掻きながら(しかし止めはしない)バルアはにこやかに笑って見せる。
その表情は経験に裏打ちされた確かな自信に満ちていた。
「では皆さま、観客席はあちらになります。」
デレカレスが掌で行き先を促し、ソウル達は渋々と言った風体でそれに従う。
カイとバルアは恐らく試合会場にでも繋がっているであろう大きな扉をくぐって行った。
☆
≪デュアルカ≫とは、闘技場における二対二の戦闘方式のことだ。
ルールは至って単純。
お互いがあらゆる技巧を凝らして戦い、相手に負けを認めさせるか、戦闘不能になるまで叩きのめすか。
さもなければ、相手を殺してしまえば勝利となる。
一応、「できるだけ人死は出さないように」と闘技場の運営の人間から注意を促されるものの、しかし実際にある空気は一言で表せる、すなわち『死んだ方が悪い』。
出場者はそれぞれ賭け金を出し、勝てば倍で負ければ全額没収というシビアな条件で戦う。
その際、(絶対的とは言えないが)賭け金の額が大きいほど闘技場で勝利を重ねている強者と当たる傾向にある。
また、観戦者同士の博打も横行しており、闘技場は常に満席の賑わいを見せている。
ちなみに、一対一の戦闘方式を≪シグルカ≫という。
「やれやれ・・・」
そう溜息をつきながら、熱狂的な雰囲気にありながら異様な静けさをもつ観客席へソウル達は足を踏み入れた。
既に席は満席状態で、そこに座っている観戦者達は次の戦いを今か今かと待ち望んでいる様だ。
「僕、闘技場なんて初めて来たよ・・・」
「まあ普通はこんなとこ来ないよねぇ・・・」
どこか感動したように辺りをキョロキョロと見回しているクライスに、こちらも初めて来たであろうレイアーズが声を掛ける。
そのレイアーズの言葉を訊いてハリアが軽く表情を陰らせた気がしたが、すぐにその陰りは消えたのでソウルは気にしない事にしておく。
「さて・・・あの二人はどんな戦いを見せてくれるのか・・・」
ウレ王国最強戦士とまで呼ばれる二人の戦いをこんなところで見る事が出来る事に、ソウルは実は内心かなりワクワクしていた。
いきなり自分達の金が使われた事は納得できないが、しかし自分達をストラートの町に返すための行動だとソウルは怒りを強引に飲み込んだ。
「あ!出てきたみた・・・」
ハリアの言葉はカイとバルアが出て来た瞬間に沸き起こった爆発的な熱狂で掻き消された。
その熱狂の中、新緑の芝が敷き詰められた広い楕円形のフィールドの真ん中までカイとバルアはゆっくりと歩く。
カイは無言で真っ直ぐ歩いているが、バルアの方は時折観客の方に向かって手を振ったりしている辺り、相当の余裕が窺える。
「す・・・凄い人気・・・」
「ハハ・・・」
ハリアが呻くようにそう漏らし、クライスは震えあがって愛想笑いしかできないでいる。
一斉に立ち上がった観客達によって視界が埋め尽くされたので、ソウル達は見やすい位置に移動した。
その際、はっきりとバルアと目が合い、俺達に任せろとでも言うように手を振られた。
その時には既に槍を構えた人間が二人並んでカイとバルアの前に立っていた。
「両者離れてぇ!!構え!!!」
会場の真ん中にいる審判が野太くも良く通る声でそう叫ぶ。
会場全体が再びシンと静まり返り、そして・・・
「始めぇぇえええ!!!!!」
戦いの始まりが告げられた。
その開始と同時に槍を構えた男達は一斉に左右に分かれ、カイとバルアを挟み撃ちにする形で一気に槍を突き出す。
「きゃ!危な・・・」
ハリアが思わずそう口にするのも無理はないくらい、その槍が首元に刺さるギリギリまでカイもバルアも微動だにしなかった。
いや、明らかに突き刺さったと思われるところまで槍は来たというのに二人は微動だにしていない。
ただ、一瞬だけ、二人の姿がぶれた様に見えただけだ。
「「「「「ぉお!!」」」」」
観客がどよめく。
中には何が起こったのかも分からない者がいたに違いない。
槍使い達の槍の穂先が切り飛ばされていた。
いきなり自身の得物の先端が消失した事に唖然としている槍使いの内、片方をカイは足を払って転ばせ、その首元に刃を当てる。
その行動もまさに一瞬。
槍使いの男は抵抗する事すらできなかった。
「どうだ?」
「負けを・・・認める。」
途端、会場が再び爆発的な熱狂に包まれた。
「勝者ぁ!カイ&バルア!!!」
審判の声がその熱狂の中へ轟き、負けた槍使い達はそそくさと退場して行った。
しかし、カイとバルアはそこに残る。
闘技場は基本的に勝ち抜き制だ。
自分が止めたいと思うまで延々と戦い続ける事が出来る。
止めたい時に止める事が出来るのがポイントで、勝ち続ければ賭け金は倍々に増えていくが、負ければ当然零。
どこでやめるかが重要な問題になって来る。
もっとも、この二人にとっては関係ないだろうとソウルは確信していた。
「目にも止まらぬ速度ってああいうのを言うんだなぁ。」
自身も剣を使うレイアーズが先程の戦いの感想としてそう言った。
「それにしても、バルアはどうやってあの剣を振り抜いたんだ?」
腰に通常の剣を挿しているだけのカイは兎も角、自身の身長以上もある無骨なまでの巨剣を担いでいるバルアが目にも止まらぬ速度で振り抜けた事が信じられないらしい。
「さあね。実は羽より軽いとか?」
「お。いいねぇそれ。」
ソウルは適当に言っただけであったが、レイアーズは妙に納得した。
特段気にする事でもないのであろう。
「次の勝負が始まるみたいよ。」
そのハリアの言葉を受けて、ソウルもレイアーズも視線をカイとバルアに戻す。
今度の相手は棘の付いた鎖付き鉄球を担いだバルア以上の巨大な体躯をした筋骨隆々の男だった。
そんな巨漢が二人、カイとバルアの前にズイッと並ぶ。
「両者離れてぇ!!構え!!!・・・始めぇぇえええ!!!!!」
再び試合開始の審判の合図。
先程の槍使いと同様、まずカイとバルアを挟むように巨漢二人は動く。
巨漢二人はカイとバルアを挟みこむと、手に持った重量感のある鉄球を思いっきり投げつける。
カイに当たるかという瞬間、カイが身体を屈めたが、それが鉄球を避けたわけではない事はその後すぐに分かった。
「どぉぉおおお!!!」
バルアの気合い一声。
肩に担いでいた巨剣で周囲を思いっきり薙ぎ払う。
その軌道上にあった鉄球は二個とも粉々に砕け散った。
さらに、その風圧で取り囲むように立っていた巨漢二人をそれぞれ対角のフィールドの端まで吹き飛ばす。
「鉄球が粉々に・・・」
再びレイアーズが呻く様に言葉を漏らす。
技量のある人間は鉄すらも刀で両断できる事があるが、鉄塊を粉砕するなど力があるだけでも、技能があるだけでも出来はしない。
結局、壁に叩きつけられた巨漢二人が気絶していた事でまたしてもカイとバルアが勝利した。
「最強の名は伊達では無いという事か・・・」
ソウルはカイとバルアを見据えながら呟いた。
「(いつか俺も・・・)」
ソウルは父である『太刀風の螺旋師』ガルバス=エルトライトの強さを知っている。
幼き日に見た、獣型神獣族ジェイグリオンを≪エルトルイレイト≫の一撃で倒したガルバスの背中をソウルは今でも鮮明に覚えている。
当時のソウルには頂点の見えない巨大な山にも見えたその背中は今もソウルの強さの指針になっている。
だが、『幼き日の思い出』という補正が掛ってなお、ここで見るカイとバルアの強さはソウルの持つガルバスの強さの思い出を軽々と凌駕していた。
だからこそ、目標としてソウルはカイとバルアの背中を網膜に焼きつけておく。
「ソウル。」
「ん?」
次の相手が闘技場に入って来るという時になって、ふと背後から声を掛けられる。
声を掛けて来たのはフィルだ。
「来い。」
「?・・・ああ、分かった。」
問答無用という雰囲気をフィルが発していたので、ソウルは特に逆らう事無く、腕で付いて来る事を促すフィルの後に続いた。
ソウルとフィルが出て行った事を特に意に介さず、レイアーズはそのまま試合を見続けていた。
「(あの二人、何やってんのかな?)」
薄らと思考を走らせてみるが、特にこれと言った納得のできる答えに辿り着けない。
最も、辿り着く必要性は無い事を誰よりもレイアーズ本人が一番分かっている。
「(誰にでも秘密の一つや二つくらいはあるわな。その秘密が睦言の囁き合いだったりしたら面白いんだけどな・・・)」
と、自身の欲望を織り交ぜた推測をしてみる物の、ソウルの性格上それは有り得ないだろうなと思考を打ち切る。
「ま、いいさ。」
レイアーズの視線の先ではたった今、カイが斧を持った山賊の風体の男を二人、アッサリと斬り伏せた所であった。
これで七勝目。
勝つたびに賭け金は倍加して行くのだから、これで1600000ゼルにまで達した。
ストラートの村まで馬車を出すのに必要な金額の三倍以上の金が集まった計算になる。
もう充分だろうと思ってレイアーズは見ていると、案の定カイとバルアはフィールドから退場して行った。
☆
「どうだ?」
会場から出て来て、バルアは第一声にそう問いかけてきた。
「す・・・凄かったです!」
クライスがやや興奮した面持ちでそう答えを返す。
それに満足そうにバルアは微笑み返すとレイアーズの方に向き直った。
「ん?え・・・と、ソウルとフィルの姿が見えない様だが・・・」
「ああ。多分トイレでしょう。」
「そうか。」
バルアは特段気にした風も無く、アッサリと頷いた。
「じゃあこれはさっき取っちまった金だ。悪かったな。」
と、バルアは先程レイアーズ達の財布から掏った金の三倍以上の金額の金を渡してきた。
「え・・・と・・・」
「いいじゃないのクライス。有難く受け取りましょ?」
遠慮して返そうとしたクライスの腕をハリアが掴んで止める。
クライスは受け取り辛そうに少し金を睨みつけていたが、やがてそれを自身の財布の中に仕舞った。
「ああ。別にどうでも良かったんだがな。」
「!!」
「何をそんなに驚いているんだ?レイアーズ。」
「ソウルか・・・」
と、いつの間に帰って来たのか、ソウルとフィルもそこにいた。
「さて、行くぞレイアーズ。」
「へ?どこへ?」
突然レイアーズの腕を引き摺るソウルにレイアーズは素っ頓狂な疑問の声をぶつけた。
「無論、試合に出る。」
「え?でも金は溜って・・・」
「いいじゃないか。腕試しになる。まあ一つ忠告しておくと、1000ゼル以上の賭け金は出さない方が良い。」
「そう言う事だ。単なる腕試しだよ。」
「ふぅん。じゃあ、行くか!」
そうしてソウルの意図を察したレイアーズは、受付のデレカレスに賭け金の最低額250ゼルを支払い、ソウルと共に大きな扉の奥へ進んでいった。
「・・・」
「・・・」
カイが黙って観客席の方へ歩いて行き、フィルもそれに続いて無言で歩く。
ハリアとクライスはお互いに疑問の表情で顔を見合わせたが、バルアがその二人の背中をポンポンと叩いて先を促すので、仕方なく再び観客席の方へ足を進めた。
「さて、『太刀風の螺旋師』の息子の実力でも見せてもらうか。」
バルアは誰にも聞こえないように小さく呟いた。