エンジェルライフ
天界。
宮殿の訓練場にて、一人の少女がその中央で意識を集中させていた。人間の年齢でみて十二歳ほどの背丈だろうか。小柄な体躯で肩下ほどの長さの茶色い髪、橙の瞳に天使の紋章が特徴的なその少女は、右手で細身の剣を水平に横に構えて、左手で光の球体を現界させた。そのままその球体を串刺しにするようにして思いっきり突いた。
「はっ!!」
高い声が訓練場に響く。同時にその球体が分裂し、まるで三次元的なビリヤードのように訓練場の天井、壁、床を使って跳ね回る。少女がその場で細身の剣を上から下に振り下ろすと、それらは小さく爆発した。
「いい集中力だぞ、シュナ」
訓練場にもうひとつ、声が響いた。水色の髪をした碧眼の少年がシュナと呼ばれる少女の訓練に付き合っていたのだ。
「恐縮です!天界軍師ラクシィどの!」
「なんで君はそう僕の名前を長く呼びたがるかな......」
天界軍師。
それは主天使の称号を与えられた者が着ける階級。称号としては座天使の一つ下で、結構な成果を挙げない限り着くことのできないものだ。彼は若くして魔法剣の才能を開花させ、片手に魔法、片手に剣を使うという戦闘スタイルで前線に立っていた。前回の天地戦争時にて、彼は悪魔達の召喚した多数弾幕兵器を一人で、相殺してみせた。自分の全魔力を消費する結果となったが、予想だにしていなかった事態を無傷で切り抜けた功績により、セラフィムに主天使に昇格させられたのだ。そんな彼がなぜ幼い天使の訓練に付き合っているのかというと......。
「はじめは弟子なんて取らない気でいたのになぁ」
「なにを言ってるんですかししょー!こんなにこんなに可愛い弟子が出来て嬉しくないって言うんですか!」
「いや、君があんまりしつこいからこっちが根負けしたっていうかさ、そんな感じだったから」
とはいえ、それだけではなかった。彼女からは自分に近いものを感じたのだ。正しく使えば果てし無く強い多くの魔力と、器用さ。自分の戦闘スタイルならそれを最大限に発揮させることが出来ると考えたからだ。まだまだ若いが、これからを担う強い兵士になってくれると思っていた。
「ししょー、私結構動けるようになってきたと思うんですけど、模擬戦とかやってくれないんですか?」
「それはまだ早いだろ、流石に怪我とかさせちゃ悪いし」
その時、訓練場に新たな影が入ってきた。その人はこちらに歩み寄りながらこう言った。
「そういうことなら私が相手をしようか」
「ラエル姉さん!来てくれたんだね!」
「うん、もう用は済んだから。でもしばらくしたら下に降りなきゃ。魔力の準備をしなくちゃいけなくなっちゃったから」
「まさか『鬼神の洞』に行くつもりなのか?あそこは所有物である悪魔どもでさえ手に余る場所らしいぞ」
「知ってる。でも行かなきゃ。防壁魔術を完全な状態で現界させなきゃこちらの負けなんだから」
シュナは持前の能天気さでその真面目な雰囲気を断ち切った。
「あのぅ、ラエル姉さん模擬戦してくれるって本当?」
「ん、ああ。ごめんね、じゃあやってみようか」
「悪いなラエル、手間をかけるな」
シュナとラエルは少し距離を取り、構える。シュナは細身の剣の切っ先をラエルへ向け、そのまま体を九十度回転、左正面にラエルを見据える。ラエルは特に武器は構えず、重心を下に相手の攻撃に備えていた。シュナの武器を持つ逆の手に、光の粒子がちらつく。直後、シュナが動いた。
「やぁっ!」
光の魔力を拡散させ、自動追尾する光弾を放つ魔法陣をいくつか作成しようとした。が、それらは形を成す前に打ち破られた。魔力の粒子の流れを予測して行動していたラエルによって。シュナは間髪入れずに次の行動に移る。先程の光の球体を作成し、剣で突く。ラエルの周囲を高速で、分裂した魔弾が飛び交う。一瞬驚いたような顔をしたラエルに向かってシュナが叫んだ。
「......!どうよ!シュナの作った閉鎖的空間掌握戦術は!いくら総指揮官様でも回避には少し手こずるんじゃない!?」
ラエルは不敵に笑み、右手に脇差ほどの長さの短剣を魔力で作成、実体化させ、高速で舞った。その姿はさながら戦場に舞う踊り子、その剣舞は様々な場所にて人を惹き込んでいたものだ。その瞬間的な舞をもって、シュナの魔弾は斬り伏せられ、光の粒子に戻り霧散した。
「そんな!?ししょーもいい戦術だって言ってくれたのに!」
その一瞬のタイムラグはラエル相手にとっては致命的なものだった。気がつけばラエルはシュナの二メートルほどの近さまで迫っていた。シュナはヤケクソ気味にラエルに細身の剣を振りかざす。ラエルはそれを片手間に弾き飛ばした。カランカラン、と床に剣が落ちる音が響いた。
「なるほど、相手の行動範囲を狭めていく作戦か。いい戦い方だと思うよ」
そう言ってラエルは顕現させていた剣の魔法を解き、シュナの剣を拾いにいって、手渡した。
「ただ相手が悪かったね。魔力の波動を読み取れる相手には少し不利かもしれない」
「そんな人滅多にいませんよぅ、あーあ。今日はもう部屋に戻って休もう」
「ふてくされるなよ、ここのトップクラスの戦力に褒められたんだ。もっと誇っていいんだよ」
「はーいー」
そう返事しながらもシュナの身体は出口へ向かっていた。シュナが扉に触れようとした時、不意に扉が開いた。
「はいはーい、ちょろっと失礼しますよー」
入ってきたのは水色の髪をセミロングにして、薄い翠の瞳をしたラエルと同じくらいの歳に見える少女、サテラがふわふわとした雰囲気を纏いながら扉を開けていた。
「うわぁ!気配すら扉の奥に感じませんでしたよ!流石秘密部隊の副団長......」
彼女は天界勢力のセラフィムによって秘密裏に結成されている秘密部隊の副団長だ。
具体的にどんなものなのかというと、奇襲、窃盗、偵察、時には特攻までする絶対服従の軍である。彼女がなぜそんな軍の副団長をしているかというと、団長が実の兄であるからである。彼女は小さい頃に両親を亡くし、兄の手によって生活をしていた。
彼女は兄を溺愛していた。
兄の後を追って天使でありながら悪魔のような軍隊に所属した、任務は辛いものが多いが、彼女は兄と居られるあの軍のことが好きだった。それが功を成してから、彼女は強くなった。ラエルと隣に並んで戦える程度に。秘密部隊であるからしてその知名度は低いが、セラフィムもその能力を認めて居た。サテラはラエルを手招きしてこちらに呼んで、耳元で囁いた。
「偵察の現状報告、『鬼神の洞』に大きな魔力が二つと微力な魔力が一つ、近づいて来てる。行くなら早い方がいいかもしれないね」
「そっか、ありがとう」
それを聞いたラエルは直ぐに扉を潜り部屋を出ようとする。それを呼び止める声があった。
「ラエル姉さん、もう行っちゃうんですか?」
「うん、急ぎの仕事が出来ちゃったから。直ぐ戻ってくる」
そう言って彼女は足早に去って行った。
エンジェルビート、第二部です。三分目では、悪魔の方に赴きを置いて描こうと思います。読みにきて頂いた方、ありがとうございます。まだまだ続きますので、よろしくお願いします。