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王子は婚約の破棄を告げた

 幼き日の思い出。


 庭園を走るクロード殿下とエドモンお兄様。

 侍女が側ではらはらしながら見守っている。


 いつもの光景。


 その日はアリアーヌ様と花冠を作りながら眺めていた。

 二人を見つめるアリアーヌ様の眼差しは優しい。


『ずっと一緒にいようね!』


 誰の言葉だったのだろう。


 わたしも、みんなが大好きだった。






「アリア、エドモン。呼び出してすまない」


 クロード殿下の声で現実に引き戻される。

 卒業パーティの会場から離れ、ひっそりとしたテラス。夜風が少し肌寒い。

 伯爵令息エドモンと侯爵令嬢アリアーヌは困惑した様子でテラスに足を踏み入れた。


「殿下。話しとは何でしょうか?」


 エドモンが口を開いた。


「アリアに伝えたいことがある。エドモンにも聞いて欲しい」


 静寂が訪れる。


 これから何が行われるのか。わたしは知っている。

 沈黙を破り、クロードがアリアーヌに告げた。


「アリアーヌ嬢。君との婚約を破棄したい」


 アリアーヌは目を見開いた。




 ◇ ◇ ◇




 クロード殿下とアリアーヌ様は幼い頃から婚約をしていた。昔から仲が良くて、素敵な二人に憧れた。いつか、わたしにもクロード殿下のような優しい婚約者が現れるのかなと期待していた。

 エドモンお兄様はクロード殿下とアリアーヌ様と幼馴染だった。わたしはずっと、三人の後ろを追いかけていた。


 ……理想が高すぎたのかな。そんな殿方は現れず、学園に入学する年齢になっても婚約者がいない始末。エドモンお兄様たちとは学年が二つ離れている。一緒に通えるのは一年間しかないのが寂しかった。

 三人とも生徒会にいるので、寮に帰るのが一般の学園生よりも遅くなる。わたしは図書室で勉強をしながら時間を潰して、頃合いを見計らって生徒会室にお邪魔していた。


 その日も図書室で勉強をしてから、生徒会室に向かった。もう少しで生徒会室というところで、廊下に人影があることに気がついた。クロード殿下だった。


「……クロード殿下?」


「やあ、シャルロット。他の役員はもう少し作業が残っているから、僕たちはサロンで待っていようか」


 クロードはシャルロットに微笑みかける。


 生徒会長であるクロード殿下が、作業を役員に任せて先に退室していることが少し気になるけれど、断る理由もない。クロード殿下とサロンでお茶をした。

 アリアーヌ様に気を遣ってクロード殿下とは二人にならないようにしていたけれど、クロード殿下と過ごす時間は楽しい。チクリと胸が痛んだ。


 しばらく談笑していると、エドモンお兄様とアリアーヌ様がサロンにやってきた。


「殿下、申し訳ありません。遅くなりました」


「構わないよ。シャルロットとお茶をしていたからね」


 わたしはアリアーヌ様に抱き着いた。


「アリアーヌ様ぁ!」


「わわっ! シャリー、急に抱きつかないで。危ないわ」


 アリアーヌ様が困ったような顔をして頭を撫でてくれる。

 わたしはアリアーヌ様の胸に顔をうずめた。


「…………」


「……シャリー?」


「落ち着きます」


「もうっ! 何を言っているのよ!」


 アリアーヌ様から不思議と落ち着く香りがした。嗅ぎ慣れた、匂い。

 サロンを離れ、四人で寮まで歩いた。




 あの日からクロード殿下に度々、サロンに誘われる。

 二人でお茶をして談笑するだけ。クロード殿下と一緒に居られるのは嬉しいけれど、心は凍りついていた。


 ずっと一緒にいたから、嫌でも気がつく。


 クロード殿下はいつもと変わらない。エドモンお兄様とアリアーヌ様の纏う空気がほんの少しだけ変わっていた。


 わたしは意を決して、クロード殿下に尋ねた。


「クロード殿下。エドモンお兄様とアリアーヌ様のことはどう思いますか?」


「大切な人だよ。アリアのことは愛しているし、エドモンは親友だ」


「……どうして、気づかないふりをなさるのですか?」


「気づかないふり、とは?」


クロード殿下の目がすっと細まる。引き下がりたくない。


「…………」


 視線が交錯する。


「……そうだね。確かに僕は知っている。二人の関係を」


「あのとき、ですか?」


「生徒会室の前で会ったときのことを指すなら、そうだよ」


 あの日、エドモンお兄様とアリアーヌ様以外の役員は既に寮に帰っていたことを後で確認した。クロード殿下が知らないはずがない。


「どうするおつもりですか?」


「僕は近い将来、王になる。アリアが王妃、エドモンが宰相。〈ずっと一緒にいる〉ためには、この配役だけは変更できない」


 王国では婚約関係にある者に第三者が手を出すと、身分を問わず死罪が通例。特に、クロード殿下とアリアーヌ様の婚約は国で決められたもの。正当な理由が無ければ解消することができない。

 エドモンお兄様とアリアーヌ様が関係を持ってしまった今、二人は死の危険に晒されている。隠し通せてはいるが、この先はわからない。


「王子としては、不安材料は切り捨てなければならない。心情的には……わからない。でも、死なせたくはないんだよ」


クロード殿下が力なく笑った。




 ◇ ◇ ◇




「クロード!?」


 エドモンが目を剥いて叫んだ。クロードは冷ややかな目を向ける。


「控えろ、バロワン伯爵令息。もう王家とアヴリーヌ侯爵家には打診して了承を得られている。アリアーヌ嬢には、形だけの確認をしているだけに過ぎない」


 クロードはアリアーヌに視線を戻す。


「気がついていたよ。君がずっと僕と彼を見ていたことは」


「クロード……様……」


「君が僕のことを愛してくれていたのは知っている。僕も愛していた。でもね、どちらかしか選べないことは、わかっていたよね?」


「わたくしは……ッ」


 アリアーヌが俯く。


「そして、君は選んだ。今の立ち位置がその結果だ」


 クロードが寂しそうにエドモンとアリアーヌを見やる。


「王子として、僕は君たちを見逃すことはできない。相応の罰を与える」


「バロワン伯爵令息」


 ヒュン


「――ッ」


 クロードが何かを投げ、エドモンが掴み取る。

 ずしりと重たい革袋。中身は金貨だった。


「裏庭に馬車を用意した。帰りはそれを使うといい。その馬車に乗ると不運にも襲撃を受け、隣国に連れ攫われるかもしれないが」


 クロードが背を向けた。


「早々に立ち去れ」


「クロード様ッ!!」


 アリアーヌはクロードに手を伸ばそうとしたが、思い留まる。


「ごめん、なさい……」


「殿下、申し訳ありません……ッ」


 二人分の足音が遠ざかる。


「……アリアを頼む」


「……ッ」


 クロードが小声で呟いた。僅かに反応したが、歩みは止まらない。

 辺りは再び静寂に包まれた。


 クロードは星空を見上げて立ち尽くす。




 わたしはいつも三人を見ていた。


「……クロード殿下」


「ごめんね、シャルロット。ずっと一緒にいようなんて言わなければ良かった。君の兄も、姉のように慕っていた彼女も居なくなってしまった」


「クロード殿下が悪いのではありません」


「いや、僕が我慢することもできた。そうすれば、ずっとそのまま――」


 わたしはクロード殿下のお腹に手を回し、背後から抱きしめた。

 ズルいな、と思う。でも放っておくことはできなかった。今にも消えてしまいそうな背中だったから。


「エドモンお兄様もアリアーヌ様も自分勝手です。どうしてクロード殿下が我慢をしないといけないのですか?」


「……どうして、だろうね」


「もっと誰かを頼っても良いのです。わたしの前でぐらい、弱音を吐いて下さい」


「…………」


「まだ、わたしが居ます。独りではないですよ」


「僕……は……ッ」


 クロード殿下は静かに泣いていた。

 想いの丈を少しずつ溢す。


「どうして、僕では駄目だったのかな? 想いが繋がっていると思っていた。それなのに、最後にはエドモンを選んだ。僕が頼りないから? 僕なら騙せると思った? あのまま何も言わなければ、上手くいくと思ったの?」


 溢れだした感情は止まらない。


「ふざけるなよ!? 辛いに決まっているだろう!! 僕に判断を押しつけるなよ!! 憎くて憎くてたまらないッ!!」


「……僕は、醜い。嫉妬でどうにかしてしまいそうなんだ……。二人の幸せそうな顔を見ることが耐えられない……」


 クロード殿下を強く抱きしめる。


「それで良いですよ。こんなこと、誰だって辛いです。憎いです。悲しいです。あなたは間違っていない」


「うっ……ぐぅ……ッ」


 卒業パーティは、もう終わっている。誰も迎えに来ないということは、陛下も承知の上だったのだろう。声を押し殺して震えるクロード殿下が落ち着くまで、わたしは抱きしめ続けた。






 エドモンとアリアーヌは、学園から屋敷に帰る途中の馬車で何者かに襲撃され、行方不明になった。前代未聞の事件に一時は騒然としたが、瞬く間に事態は収束して迷宮入りとなる。事件の当事者家族であるアヴリーヌ侯爵とバロワン伯爵は、早々に捜索を打ち切っていた。

 わたしは王家より、クロード殿下の婚約者として指名された。正直、複雑な気分だけれど、クロード殿下の希望でもあるらしい。


 後日、クロード殿下とお会いした。


「シャルロット。僕は未だにアリアーヌのことを引き摺っている。それでも良ければ、王妃として支えて欲しい」


 偽りのない本音。


「今はそれでも構いません。いつか、わたしのことを愛して下さいね」


「ありがとう、シャルロット」


 クロード殿下は、エドモンお兄様とアリアーヌ様の行先について語ってくれた。隣国から嫁いだ大王妃様の生家に身元を引き受けてもらったそうだ。貴族として生活をすることはできず、街でパン屋を始めたらしい。手紙が届いたとクロード殿下が苦笑いをしていた。

 手紙はクロード殿下に許可を貰って、わたしが暖炉にくべて燃やした。






クロード:しばらくしてシャルロットをロッティと呼び始めた。生涯、側室と妾は作らなかった。


シャルロット:クロードに淡い恋心を抱いてはいたが、アリアーヌに寄り添うクロードが好きだった。クロードの弱さを垣間見て、支えようと思った。ロッティと呼ばれたので、プライベートではクロと呼ぶことにした。


アリアーヌ:クロードとエドモン。二人を同じぐらい好きになってしまう。エドモンを選んだ理由は、熱意かもしれない。


エドモン:宰相の息子。幼い頃からアリアーヌのことが好きだった。卒業後に結婚することを知っていたので、想いを抑えられずに行動に移した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 婚約破棄される側がざまぁ対象の糞というのは中々斬新な感じで面白いですね。襲撃で死んだか、生き残っても苦労して不幸な人生を送って欲しい。
[気になる点] アリアーヌはバレなかったらクロードと結婚後も関係を続けていたのでしょうか?エドモン寄りだけど二人とも好きよって時点でずるい女という印象を持ったので…。 [一言] 裏切った身で手紙出しち…
2019/08/10 16:36 退会済み
管理
[良い点] エドモンさんが一番悪いと思います。手を出したらアリアーヌも死刑になるのに、我慢が出来なかったから、アリアーヌも拒絶すれば良かったのにと思う。そういう、ストーリーなんでしょうけど
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