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願いごとのその先、は  作者: 青壱はな
本章 回想
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回想 5


 15歳。それはこの国の貴族令嬢にとって、社交界デビューを表す歳。それは私も例外ではなかった。

 その年は、いつもより早めに王都に向かった。私のデビュー用のドレスの仕上げを行う為に。ドレスは王都のお母様御用達の洋装店に注文したからだ。

 ドレスの製作にはクローディアおば様まで加わってくれていた。王都の洋装店のオーナーとの打ち合わせを担当してくれたのだ。洋装店から送られてきたドレスのデザイン画を見ながら、あれがいいこれがいいと、お母様はそれはもうとても張り切っていて、シーズン前の冬の間のお母様とクローディアおば様の手紙の遣り取りはいつも以上に多かった。勿論お母様は私の好みも聞いてくれたが、都にお住まいのクローディアおば様は流行に詳しく、おば様のお薦めとお母様の好みもふんだんに取り入れられていた。

 私の顔の作りは父に似ていて、それなのに男についていると若く童顔に見えるこの顔立ちは、女の私についていると派手で老けて見える。何だこの残念な不思議。

 そんな不思議な残念さのせいで、デビュタントの特権、フリルたっぷりふりふり可愛いドレスは私には全く似合わなかった。前世でもそんなふりふりロングワンピースが流行ったことがあったが全く似合わなかったのと同様に。実は密かに似合うなら着たいと思っていた私は非常にがっかりしたものだ。そのがっかりを再び味わうことになるとは、お母様に似ていれば似合っただろうに、と物凄く物凄ーく残念に思ったのは、ほろ苦い思い出である。

 王都に来てからというもの、デビュー用のドレスの準備に明け暮れていたが、その日も、そんなほろ苦い思い出のあるデビュー用のドレスの、寸法の最終確認とデザインチェックの為に洋装店からオーナーとデザイナーとお針子さん達が来ていた。そこへ突然、妹が乱入してきた。お母様の、きちんとノックなさい、という注意も耳に入ってはいなかっただろう。それほどに妹の目は、私が着ていたデビュー用のドレスに釘づけになっていた。一目見るなり気に入ったのだろう。私に駆け寄り、これ私にちょうだい! と強請(ねだ)りながらドレスの裾を鷲掴みにした。しかしそんなわけにはいかない。私サイズで作られたドレスだからサイズが合わない、というのは勿論だが、デビュー用のドレスは特別な白が基調のドレスだからだ。

 白という色は、この国では王族の色。その為、白い色の服というのは王族しか着ることを許されない。

 そんな特別で高貴な意味を持つこの白色を纏うことが許される時がある。

 1つは騎士が亡くなった時、死に装束として。騎士の命を懸けた国への忠誠を讃える為だそうだ。この騎士服は、騎士叙勲された時に国王陛下から贈られる。もう1つは、結婚式の時。新郎新婦にのみ許される。そして最後の1つが、社交界デビューの時。デビュタントにのみ許される。但し結婚式の衣装以外は白一色ではなく、どこかに必ず何某(なにがし)かの色を加えることを条件とするが。今回の、私の為に用意された白のドレスは、そんなデビュタント用の物。

 妹が欲しがったのは、そんな特別な色の、特別なドレスだったのだ。妹は多分、白のドレスというのをそれまで見たことがなかったから──私もこの世界では初めて見た──単純に珍しい色のドレスを自分も欲しいと思ったのだろう。そして大抵の場合は欲しいと言えば叶ってきたので、今回も叶うと思ったのだろう。

 可愛がっていた妹はこの頃既に、家族総出で甘やかしたのが良くなかったのか、完全な我が儘娘と成り果てていた。私ができることは自分もできる、私が貰えるものは自分も貰える、私がやることは自分もやらせて貰える、と思い込み、何でも私と同じでなければ気が済まず、同じでなければ癇癪を起こすようになっていた。私へのプレゼントがあれば、別のプレゼントを貰っていようとも同じものが自分にも貰えるまで泣いたり喚いたりする――勿論、元々の自分用のプレゼントも手放さないので妹だけプレゼントが2つになる、私がダンスの練習の為のドレスを用意してもらうと同じものを買ってと強請って喚く、そんなのは序の口。時には手がつけられないほど暴れ、手当たり次第に物を壊すことさえあった。そうやって大騒ぎすれば、大抵父が来て望みを叶えてくれると、()()()いたからだ。まさに父は、お母様に髪の色も目の色も顔立ちもそっくりな妹を兄妹の中でも特に溺愛していて、いつもその我が儘を叶えてしまっていた。毎回お母様に、甘やかし過ぎです、と叱られながらも。

 だがこの時ばかりは違った。

 お母様はドレスが皺にならないように、慌てて妹を私から遠ざけた。そして優しく、あなたがデビューの時に作ってあげますからね、それまで待ちましょうね、と諭した。しかし妹は聞き入れなかった。ドレスから遠ざけられたのが気に入らなかったのか、それとも待てと言われたことが気に入らなかったのか。嫌だ私も、と地団駄を踏んで駄々を捏ねた。

 その日偶々屋敷にいた父が、この時も騒ぎに気づいて私の部屋までやって来たが、流石にこれには困っていた。いつもならお母様に窘められようともあっさりと同じものを作ってあげる父だったが、こればかりはそうもいかない。父は結局、色違いのお揃いのドレスを作るということで宥めようとしたが、残念ながら妹は、お姉様と同じ白がいい、の一点張りだった。しかしいくら溺愛している娘の言うことといえども、この願いばかりは当然父にも叶えてあげられない。あまりにも不敬だからだ。

 妹は、いつもすぐに自分の望みを叶えてくれる父が来たというのに、今日はすぐにその望みが叶えられないどころか、欲しいと思った物が手に入らないかもしれないと理解すると、ますます暴れた。父でさえ押さえるのに苦労するほどに。

 お母様は今日はこれ以上は無理だと考えたのか、オーナーにドレスを片づけるように頼んだ。オーナーの指示を受けて、お針子さん達があっという間にドレスを私から剥ぎ取っていった。

 漸く動けるとほっとした時、思わぬ衝撃を受けた。父は私が着替えるということで退室し、お母様がオーナーと改めて打ち合わせの日取りを決めていたそんな瞬間のできごとだった。妹が私を突き飛ばしたのだ。突然のことに踏ん張ることもできず、私は数歩踏鞴(たたら)を踏むように後退って転び、ローテーブルに背中を打ちつけた。がたん、と大きな音が響き、振り返ったお母様が悲鳴を上げて私に駆け寄った。大丈夫? と問いかけつつ、エリンとターラに手当てを指示すると、お母様は立ち上がった。そして私を睨んでいた妹の前に立つと、妹の頬を叩いた。ぱん、という乾いた音が静まり返った部屋にやけに大きく響いた。この時のお母様の表情は見えなかったので、私にはその心情は窺い知れなかったが、一瞬唖然とした(あと)に火が点いたように泣き出した妹を一切顧みることなくオーナーとの話し合いを再開し、別の日に予約を入れてから洋装店の人達を帰らせた。洋装店の人達には、大変申し訳なかったと、今でも思う。恥ずかし過ぎるところを見られてしまったとも。

 ついでに言うと、妹はその()飛んできた父に宥められながら退室したが、父が何を言っても拗ねて泣き続けた。何とか泣き止ませようとした父は妹に高価なお菓子を惜し気もなく与え、結果、お母様に懇々とお説教された。いつもいつもあなたが甘やかし過ぎるからこんなことになるんです、と。それはもうとても厳しく。お母様は父にも容赦なく恐かった。

 ちなみに妹が泣いていた間の私はと言えば。エリンとターラに手当てされつつがっちり守られながら、ひたすら黙って成り行きを見守っていた。なぜなら私が何か口出しすれば返って事態が悪化するからだ。その頃には、私の存在は妹にとってはその程度のものになっていた。一体どこで間違えたのか。仲の良い姉妹になりたいと願い、よく面倒も見てきたと思うし、可愛がってもきたと思うのに。やはり兄の時と同じように、何が駄目だったのかは分からないが、努力のベクトルを間違えたのかと暫く悩み落ち込んだ。

 結局、私のデビューの準備はその後、クローディアおば様のいるハルムヘイマー伯爵邸か、フェイ伯父様のアルトレイ伯爵邸で行われることとなった。これによって、フェイ伯父様の奥様のアニー義伯母(おば)様も加わることになり、私のデビューの準備が非常に賑やかな()になったのは、言うまでもない。

 ……人形役というのは非常に疲れると、つくづく思い知ったできごとでもある。



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