表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
願いごとのその先、は  作者: 青壱はな
本章 回想
4/32

回想 3


 自分の――正確には父であるホストリー子爵の――タウンハウスに帰りついて翌日。いつものように妹と、伯爵家ほど広くもなく立派でもないがきちんと手入れの行き届いた庭で遊びながら、ふと、昨日助けてくれた少年にお礼を言っていないことを思い出した。お腹が痛くてまともに話せる状態ではなかったとはいえ、これはいけない、あまりに礼を欠いている、と思ったのだ。

 そのことをお母様に伝えると、それではお手紙を書いてみたらどうかしら? と提案された。

 この世界のこの国の貴族社会では、今日いきなり遊びに行くとか会いに行くとか、そういったことはできない。理由を作って相手の都合を伺い、相談の上で会う日時を決めてからでなければ基本的には会うことができない。七面倒臭いとは思うが、それが暗黙のルールである。私は子爵家の娘で、伺う先はあの少年のいる伯爵家のお屋敷。どちらも貴族。ルールに乗っとれば、たとえ唯のお礼程度であってもそうそう気軽に訪ねられる場所ではない。

 そこで私は、お母様の勧めに従って、この世界で初めての手紙を書くことにした。

 その後昼食の後に、喜んだお母様に連れられて文房具を買いにいくことになった。お昼寝タイムに突入していた妹は、乳母と一緒にお留守番。久々にお母様と2人きりの楽しい時間だった。

 夕食後、お母様に薦められた、私の柄ではないほんのり桃色がかった可愛らしい色の、花柄の透かし模様が入った便箋に、お母様の指導を受けながら文字を綴った。領地の館で沢山練習していたとはいえ、羽ペンは書き難いし、子供の身体では思ったような流麗な文字は書けず、少々残念な出来だったが。

 大して書くことのなかった私の手紙はそもそもの筆不精も相俟って、季節の挨拶から始まって、ご機嫌伺い、自己紹介、突然の手紙の詫び、そして最大の用件である先日の件に対するお礼、最後に多幸を祈る決まり文句で終わる、という恐ろしく簡素で残念なものになったが、お母様が満足そうに笑っていたので良しとした。

 その手紙は翌日、ハルムヘイマー伯爵家へ、口上と共に使者によって届けられた。

 無事に届いたらしい手紙の返事は、早かった。翌々日には届いたのである。そこから少年の真面目で律儀な性格が窺えて、嬉しく思ったのを覚えている。この世界で初めて出した手紙に返事があったのも嬉しかった。

 そしてその手紙で、私は初めて少年の名前を知った。

 ――ジョシュア・ダルトン。

 それが少年の名前であった。

 少年は、平民から騎士になり、戦で多大な功績を挙げ、国王陛下からその功績を讃えて家名と、騎士にとっては栄誉である士爵(ししゃく)――元々は騎士爵と言われていたらしい――の位を与えられた騎士家のダルトン士爵の長男だった。

 それから、私と彼との文通が始まった。そんなに頻繁に遣り取りをしたわけではない。お母様に促されて季節の折々の挨拶の手紙やカードを送り合う程度の(ささ)やかなもの。向こうも同じようなものだっただろう。子供の文通など、その程度である。それでも、翌年従騎士になった彼に贈り物と共にカードを送ったり、指導騎士について戦地や事件の起こっている地に赴くと聞けば無事を祈念するカードを送ったり、無事に帰還すれば喜びのカードを送ったりする程度にはなっていた。

 翌々年に兄が無事に従騎士になると、私達一家もまた王都に行くようになった。お母様はせっかくの縁だからと、自分の開く茶会に伯爵夫人のクローディアおば様だけでなく彼の母親のダルトン士爵夫人も招いたりして、休みの日には王都にある実家に帰る彼とも、たまにその茶会の席で会ったりするようになった。

 彼はいつ会っても、手紙通りに真面目で律儀で且つ穏やかで、女の集う茶会など楽しくもないだろうに私の話につき合ってくれたり、従騎士として経験したあれこれを面白く話してくれたりした。段々我が儘になりつつあった妹にさえ、根気よくつき合ってくれた。その姿を見る(たび)に私は、兄もこうだったらいいのに、とか、一層(いっそ)のこと彼が兄だったらどんなに良かったか、と思った。

 というのも、従騎士になれた兄が、休みの日に帰宅することをお母様に許され、私達家族が王都に滞在中はちょくちょく帰ってきていたからだ。その度にうんざりするほど睨まれた。実害が殆どなかったのは、滞在できる時間が限られていた為と、お母様がほぼずっと私の側にいた為だ。

 兄に、嫌というほどの憎しみが籠った目を向けられる度に、彼と比べずにはいられなかった。人間、合わない人というのはいるものなのだろう。然したる理由がなくとも憎くなる相手、というのも。兄にとってはそれが私なのだ、と言い聞かせはするものの、私自身はそこまで兄を嫌いではなかったから、ますます複雑な思いになってしまって、結果、彼と比べてしまったのだ。そこはまあ、申し訳無いとは思う。だが会う度に恐ろしい目で睨む相手を好きでいろというほうが無理ではなかろうか。

 そんな私を慮ってだろうか、その年、王都から領地に戻った私に遊び相手兼メイド見習いがつけられた。乳母の娘で同い年の少女で名をネリーといった。同年代の友人というのは前世でも殆どいなかった私は慎重に距離を測ったが、彼女は屈託なく接してきた。多少気の強いところはあるが、それは私もそうなので特に気にもならず、私はどこへ行くにも大抵彼女を連れて歩いた。と言っても、行く場所なんてたかが知れていて、館の庭や図書室などだったが。

 金茶の髪が綺麗で、屈託なく愛らしい彼女のことを、お母様は大変気に入り、私とお揃いの遊び着を拵えたりした。父も苦笑はしていたが、優しく見守っていてくれて、私と彼女の関係は(すこぶ)る良かった。――冬が、来るまでは。



3男→長男に修正。(2019.8.22)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ