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願いごとのその先、は  作者: 青壱はな
本章 回想
2/32

回想 1


 ちらり、と生まれ育ったホストリー子爵家の領主館を振り返る。胸を(よぎ)った感情を何と呼ぶのか分からない。感傷なのか哀愁なのか郷愁なのか。ただ分かるのは、この世で最も私を愛してくれたお母様と過ごした数々の思い出が残るこの館に二度と戻ることはない、ということだけ。


「……シア」


 呼ばれて振り向き、頷いて、母方の伯父である、ジェフ伯父様に促されるままにアルトレイ伯爵家の家紋が施された立派な馬車に乗り込んだ。




 私には前世の記憶がある。これは多分、所謂輪廻転生、生まれ変わりというやつだ、とうんざりしながら気づいてしまったのは、生まれ変わって割りとすぐ。

 それでもまだ良かったと思えたのは、生まれ変わった先の両親、特にお母様が私を大層愛してくれたこと。

 が、兄がよろしくなかった。私が生まれて一月(ひとつき)も経たないぐらいから、この兄は私の頬を突き破らんばかりの強さで突っついたり、太腿を思い切りつねり上げたりし始めた。おそらくあれは所謂、幼児還り、というやつだったのだろうとはあとになって思えたことだが、痛いものは痛い。勿論私は遠慮なく泣き喚いた。大人気ないのは百も承知。大人だろうが何だろうが痛いのは御免だし、こちとら外身は赤ん坊である。それはもう、遠慮会釈なしに泣いてやった。――生まれ変わってしまったものは仕方がない、人生一からやり直し。今度こそはもう少しましな人生を歩みたいと諦めにも似た思考に辿り着いたのは、この頃。

 当然兄は、気づいた両親にこっぴどく叱られた。だが、兄の嫌がらせや苛めは止まなかった。返って陰湿になった。お母様が私を心配して四六時中一緒にいてくれるようになったのも、兄の苛めが酷くなった一因かもしれない。

 前世、子供を産んで育てた経験のなかった私だが、それでも暫くして、兄の嫌がらせが聞いたことのある所謂幼児還りというものである可能性に気づき、何とか仲良くなろうと試みた。前世、長子であった私は兄や姉がいるというものにとても憧れがあったからである。それに、どうあっても一緒にいるのなら楽しく仲良く暮らしたいものではないか。しかし残念ながら私の努力は全て空振りに終わった。私の努力の方向性が間違っていたのか、兄の幼児還りが酷かったのかは、今でも分からず仕舞いであるが、残念な結果は決して両親には言わなかった。兄との関係が益々悪化するのが、火を見るよりも明らかだったからだ。

 しかし前世と違って大いに幸いだったのは、両親が私を非常に可愛がってくれていたこと。

 普段は洋服や下着に隠れて見えない場所に痣があることがバレたのは早かった。気づいたのはお母様。お母様は私が驚くほど怒った。普段おっとりとしていて穏やかで朗らかで優しいお母様は、怒ると凄まじく恐かった。

 それでも私への苛めを止めなかったどころか益々酷くした――今思えば、完全に嫉妬だったのだろうと思うが――兄は、1年後、予定より早くに騎士見習いとして王都に行かされた。騎士道がしっかりと身に()()()()まで戻ってきてはならないというお母様の厳命つきで。

 出ていく時に、怨嗟の籠った目で私を睨んだ兄は、恐らく自分も私と何ら遜色なく両親に愛されているということに気づいていなかったと思う。本来騎士見習いは5、6歳ほどの年齢からなることができる。滅多にいないが、金銭的に苦しい平民の子供などはそのくらいで志願する、主に親が。貴族の子でも6~8歳くらいが基本だ。ぎりぎりまで生家で訓練して8歳から見習いに出す、と決めたのはお母様で、早くに見習いに出たほうが有利なのは分かっていても、愛する息子を少しでも長く手元に置きたい、という何とも子煩悩なお母様の愛による我が儘が原因だったのを、私は知っていた。兄だって常日頃から聞いていたのに、なぜそれを信じないのか、やはり両親を独占していた時のことが忘れられなかったからなのだろうか。

 とにもかくにもこうして、漸く私は平穏な状態を手にすることができたのだった。4歳の時のことである。4年間、よく耐えたものだ。

 約1年後、妹が生まれた。前世では妹との関係が良好とは決して言えなかった私は、今生では良好にするべく可愛がった。兄の二の舞も嫌だったし。

 中身がおばさんなのも大いに良かったのだろう。前世では前世の記憶などなかったから、同じ子供目線で対抗することも多々あったが――子供なのだから当然なのだが――繰り返しになるが、幸い今世では外身は子供でも中身はおばさんだから、大抵のことは許せたし、非常に甘やかしたし、常に大人な対応ができた、と思う。お蔭で大変可愛らしい妹との関係は頗る良いものになった。

 兄がいなくなってからの日々は、両親に愛され甘やかされ、非常に可愛い妹を可愛がり甘やかし、と私にとっては素晴らしく幸せな日々となったのだった。

 そんな私が、のちに婚約者となるその人――当時は少年――と出会ったのは、私が10歳の時だった。



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