第一話 森宮傑とは
森宮傑は歩いていました。
車道側を歩いていました。
そこに大量の剣が現れて彼は庇うように倒れ攻撃を避けました。
「……君が能力管理委員会に入ったっていう新人? なんだよ、まだ子供じゃないか。高校生か?」
目の前には何本もの剣を、何本もの手で、持っている男がいました。
「はは、早速襲われるなんてね。やっぱり断っておけばよかったかな……管理委員会の勧誘。やっぱり管理委員会は敵が多いしなぁ」
能力管理委員会。それについて語るなら少し過去を振り返らないといけないだろう。あれは約半年前のこと……
* *
神の啓示のようだった。ある日突然、多くの人々の頭の中に直接声が響いてきた。彼、森宮傑の場合は
「森宮傑、君は今、『ノートに中二病全開で書いたあらゆる設定や技を、呪文を唱えることによって使える』という能力を手に入れた。また、ウィークポイントは……」
ここからは彼のため、省こうではないか。
ウィークポイント
それは訳すなら弱点である。しかしたんに弱点という意味合いだけではない。ウィークポイントは時として制約を意味する。まあ制約も弱点といえば弱点なのだが。
このように神の啓示……と呼ばれている『多人数の人間が同時に特殊能力に目覚める現象』が今から半年前に起こったのだ。とある者は火を操り、とある者は時間を遅めて、とある者はイメージを具現化する。その特殊能力はどれ一つとして被ることなく恐るべきものだった。
森宮傑含む、能力管理委員会は警察の特殊組織である。警察に属する人間の中で特殊能力に目覚めたものによって構成された、特殊能力を手に入れた者、異能者が起こす犯罪に対抗するため作られた臨時的組織である。
力は使いよう……悪に使えば悪となり、善に使えば善となる。
異能者の中には能力を使い犯罪を起こす者がいる。有り余る力の間違った使い方である。しかし、さらに問題なのは、テロリストなど、元々犯罪に携わっていた人間が異能に目覚めてしまうことである。また、異能者がチームを組み組織として犯罪を起こしてしまうことである。要するに、一人一人の異能犯罪者を食い止めるならばまだなんとかなるが、異能者同士でチームを組まれてしまうと非常に厄介だということだ。
そこで日夜、能力管理委員会は正義のためその特殊能力をフルに使い働いてるわけだが、そこに最近、新人……というより異端児が加入してきた。それが
『森宮傑』
彼の能力は守るべき使うべき存在だった。
言ってしまえば彼の能力は無限大の可能性がある。中二病ノート、それに書いた能力や設定を何でも使える……つまり、無茶苦茶な能力だって自分の思い通りに創り、使えるということなのだから。やはり無限大の可能性しかない。
そんな彼が敵側、犯罪者側に行ってしまえば能力管理委員会としては最悪の事態……逆に自分たちの協力者として引き込むことに成功すれば最高の事態だ。
ということで、彼を加入させた。
もちろん彼は普通の高校生……加入したことはトップシークレットだ。だから学校にいる彼の知り合いは彼が能力管理委員会のメンバーであることを知らないし、そもそも能力者であることも知らないかもしれない。
以上、この世界について、彼についての少しの説明だ。
* *
「……のはずなのに、なんで敵側にこんな簡単に情報が漏れてるんだ。どこでその情報を手に入れた?」
「悪いが私は『RED』の末端でね……情報源などは知らない。ただ、上からはこう言われてる。組織を邪魔する能力管理委員会に新人が入った。恐ろしい芽は早めに摘んでおけ、ってな感じに君の殺しを頼まれたのさ」
「はは、めんどくさい」
俺は一応は普通の高校生だ。友達だっている。そして今は登校中だ。だから知り合いに見られたらまずい。異能者だってバレたって良いことなんかない。早めにこいつを倒さないと……! ああっ、くそっ! 言うのも恥ずかしいが能力を発動するしかない!
「じゃあ改めて命を狙わせてもらいますよ、森宮傑。私は、無数の剣と無数の手で君を殺しにかかりますから!!」
無数の剣がこちらに降ってくる。護らなければ!
「『愛と憎しみの盾』っ!!」
一瞬相手が笑うのを抑えたのを見た。覚えとけよおぉぉぉ、この野郎!! 俺が一番恥ずかしいし気にしてるんだから!!
「ふ、ふふ……おかしな名前だがなかなか頑丈ではあるな。あの大量の剣が刺さったにもかかわらず、ひび一つも入らないとは」
「……どうだ? 戦意喪失したか?」
頼む、戦意喪失してくれ……!! これ以上自分の黒歴史を喋るのはつらい。そもそもこの盾もそこまで持たない……。中二の頃の俺がつけたふざけた設定のせいで!
「聞いていた通り中二病全開な力だな、笑ってしまったよ」
ん? えっ、まさか。
「ところでさっき君は何かを庇うように僕の攻撃を避けたけど、何を守っていたのかな? もしかしてそのバックの中にあるんじゃないか? 『中二病ノート』が」
なっ……!! やっぱり……!
「やっぱりお前、俺の能力、知ってたりするの……?」
「そりゃあね。君、有名人だよ、僕の組織じゃ。まさか高校生だとは思ってなかったけど」
「……情報やっぱり漏洩してるらしいな。もしかして身内にスパイでもいるのか?」
「別にそんな推理しててもいいけど、意味ないよ? 君、ここで死ぬんだからさ!」
さらに大量の剣を敵はどこからか取り出して投げつけてくる。盾にひびが入り始めた。
「……やっとひびが入ったか。がっかりだよ、上から聞いていたほど逸材な感じはしない。もっと強いもんだと思っていたけど、ウィークポイントもバレバレだし、そのノートを破れば終わりだね!!」
この盾は、愛と憎しみの影響を受ける盾だ。俺の設定によると憎しみは憎しみしか生まないらしいので、憎しみある攻撃は基本的に防げない。憎しみある攻撃を受けるたびこの盾は脆くなっていく。一方、愛は万能だと考えていた俺は、愛ある攻撃ならばこの盾は傷も消えて、さらに無敵の防御力を発揮するように設定したらしい。おもしろしい設定だが……なぁ、その頃の俺よ。
普通、逆じゃないか?
憎しみある攻撃こそ盾でガードすべきで、愛ある攻撃なんて普通ないだろ? つまりこの盾は普通の盾とおんなじ。使えば使うほど脆くなる。せっかく自由に設定を付けられるのに意味のない設定を付けやがって……
って思ったら大間違いだよ。
当時の俺は適当につけたであろうこの設定……実はとある可能性を秘めてる。物は使いよう、設定も使いようだ。どうその設定を解釈するかは今の俺次第……。
「……ぐっっつ!!」
「……はっ? 何をしてるんだ?」
盾の向こう側からどんどんと音が聞こえる。しかし敵の方向からじゃ何をしてるのか全く見えない……! そしてよく見てみると。
「ひ、ひびが修復してる……?」
大量に入っていたひびが一斉に消えた。
「……つまりは、この盾はドMなんだよ」
「はっ?」
「そしてもう一つ能力を使わせてもらう……あと、俺のウィークポイントのうち、一つをお前に教えてあげよう。俺のウィークポイントその一は『設定を同時に三つまでしか使えない』ことだ。だから盾以外にあと二つは使えるが……正直疲れる。この一手で終わらしてやるさ、この設定、もとい技は盾と併用することで最強になるんだよね……」
「……分からないがまずい気がする。すぐさまその盾を壊さないと!」
「『代償は大剣とともに』……受けた痛みのレベルに合わせて、この剣の威力も変わる。また、受けた痛み……これが誰に対する痛みかはノートに明示してない。つまり解釈次第だ。で、俺はこの受けた痛みは『盾の痛み』とする。ほら、巨大な剣だ」
彼を覆い隠すぐらいは大きい盾、その盾からもはみ出るような巨大な剣が敵の目には映っていた……。
「なっ、で、でも盾に入ったひびは修復されたじゃないか……! 痛みなんてないに決まって……」
「あるよ、痛みは。傷は消えたが回復したわけじゃない。言っただろう? この盾はドMなんだよ」
巨大な剣が振り下ろされる。避ける暇もなく……ドンッッ!!
目の前には気絶してる男一人……。
「やっと終わった……」
一安心……ではない。道路はボロボロ。それに、少し早く出たおかげでまだ誰一人にも生徒に会わずに済んでいる森宮傑だが、まずい、そろそろ登校時間だ。早くこの場を去らなければ。しかしこの状況をどうにかしないとまずい……。
「先輩……そこにいるんでしょ? 俺は学校に一緒に行かないといけないから、後処理頼みます。どうせこいつに話をいろいろ聞くんでしょ?」
森宮傑は倒れてる男一人を手で持ち上げて、空にぶん投げた!
気付けばそいつは空から消えていた。また、小さく声が響く……。
「……了解。空間いじっておくからこの道路に関しては気にしなくていい。学校生活……せっかく異能者だってバレてないんだし、楽しんできなよ」
「あともう一ついいですかね、先輩」
空の一点を見つめながら喋る森宮傑。
「……ん? 何?」
「僕の情報、相手に筒抜けだったんですけど。スパイがいるかもですよ、能力管理委員会の中に」
「……了解。じゃあ私からも一個いい?」
「ええ、どうぞ」
「君さ、本当に戦い方が回りくどいよね。あんな魅せる戦いしないでさ、実践的に、さっさと倒せる方法使っとけば楽なのに」
「……それじゃつまらないでしょ」
「そもそも、君のノートの中には、もっと強い能力あるでしょ? だから私たちは君をスカウトしたわけで。なのになんでわざわざあんなめんどくさい道具を使うわけ?」
「あの盾と、あの剣はまだマシな名前だからですよ……。他の技や設定は名前を出すだけで恥ずかしい」
「じゃあノートを書き換えればいいじゃん」
「それも恥ずかしい。ていうかもうあのノートの中身なんて絶対に見たくない」
「……それさえなければ君は最強なのにね。まあ本当にピンチのときくらいはその変なプライド、捨ててね? こんな雑魚敵なら良いけども」
「……ちなみにそいつの能力は何だったんですかね、先輩」
「あとでKに聞いておくよ。それよりそろそろ生徒たち来ちゃうよ? 行けば? 学校」
森宮傑はため息をつき、肩をぶらぶらさせ、急に疲れたアピールをし始めた。
「少し疲れたので、先輩の力で学校まで送ってください」
「お前、偉くなったね……知り合ってどれくらいよ? まだまだ最近だよね⁉︎」
「よろしくです」
どこからか小さなため息が聞こえた。森宮傑のものではない。
「……分かったよ、気乗りしないけど。じゃあ君を空間移動させ……」
「あっ、ちょっと待ってください」
「ん? 何よ?」
「……あそこにバックを落としてしまいました。俺だけとは言わず、ここ一面をワープさせてください」
「いやいや、近い距離じゃん。拾えよ」
「い、や、だ」
殴りたい、この笑顔。
「分かったよ……ていうかさ、ワープした場所の近くに誰かいたらどうするの? 見られちゃうよ? どう弁解する気?」
「大丈夫ですよ。まだ相当時間は早いですから。この道を通る人はそろそろ来ますけど、校門近くには流石にまだ誰も……」
「はいはい、分かったよ」
一瞬で校門が目に映る。
「やっぱり先輩の力は便……」
「ひ、人が急に現れた⁉︎」
「えっ?」
後ろを振り向くと一人の気弱そうな、病弱そうな青年が。
「……やばいな、見られちゃったか。殺すか?」
「ひっ、や、やめて!! て、ていうか一体どういうこと……」
「やっぱり殺……えっ、うーん、どうしようか? そこまでテンパるとは思わなかった。すまん、すまん」
「謝らないでいいですから僕を許してください!! こ、殺さないでください!」
「お前に謝ってんじゃねえよ!」
「ひっっ!!」
「ところで……お前、名前は?」
「ま、丸ノ内健人と言います!!」
「まるのうちけんと……よし覚えた。これでいつでも殺せる」
「ひっっ!! 神様、仏様、キリスト様、ムハンマド様、どうかご加護を僕に!」
「まるで俺が悪魔みたいじゃないか……」
「だって僕を殺す気なんでしょ⁉︎」
森宮傑は悩んだ表情をしたが、悪魔扱いされるのは嫌だったので。
「……分かった、分かったよ! お前を殺さない。ただ、この件を広められると厄介だ。ってことでお前をこれから監視させてもらう、良いか?」
「命があるならば!」
「……よし。ならよろしくだ、丸ノ内健人、俺は森宮傑だ」
「よ、よろしくです、森宮さん……!」
これが森宮傑と丸ノ内健人の出会いだった。
次回 第二話 「丸ノ内健人はいじめられっ子だった」