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七つの大陸とネムの実  作者: 相友エヲ
西アルフェザード 編
1/3

1. その俗悪たちと騎士


 夜もほどよく更けたころ、分厚い木の扉が開かれ、兵士が多く集まる 古いが大きな酒場に見慣れない女の二人連れが現れた。


 もちろん店中の視線が一斉に集まる。


 布で顔以外を覆い隠す聖道士の衣が痛々しく感じらるほど華奢な、そう、まるで妖精のような聖道女が先に店内へ進み入る。

 続く女ブレイダ―は対照的に弾けんばかりの肉体を最小限の布で包み、バスターソードを背負うという濃密な姿。

 二人は奥の空いた席に目星を付け、酒が入り浮かれ騒いでいる客たちの間を縫って行く。


 そんな異物を酔いどれた男たちが揶揄いのターゲットとするのはごく自然な流れだった。


「聖女様~、こんなところで夜の救済活動ですか~?」


 一人の客が調子づいた声を上げると店中が ゲラゲラ という下卑た笑い声で満たされる。


 が、聖道女は落ち着いた表情のまま、しかし瑠璃色の瞳には冷たさを湛え、女ブレイダ―はニヤニヤと余裕の表情を崩さない。


 客たちは二人の反応の小ささに不満を抱く。

 そして揶揄いをエスカレートさせていき、

 とうとう聖道女の前を塞ぐように一人の兵士がその巨体を揺らしながら立ち上がった。


「お前ら、俺の隣に座れ」


 身なりからすれば、この国の正規軍の下級兵士なのだろうが、正規軍とはいえ人が王の国、品がないうえ、少し酔いが回っているようで鼻息が荒い。おまけに口も臭い。


 ただ、元は一つだった西アルフェザード三国は何世代にもわたり国境争いの戦が繰り返されていて兵士の存在感が小さくないのも事実だ。とくにこの街は国境に近く、このような下っ端兵士さえも横行闊歩する光景が日常的に見かけられる。


 それでも聖道士に対してならず者のような要求というのはさすがに行き過ぎだとこの酒場にあってさえ、みな息をのみ静まりかえった。

 ところが聖道女の方は冷笑を浮かべ、


「ワシに絡むのであれば しっかりシモを〆ておけよ」


 眼前の巨漢に対して不可解な言葉を口にする。


 兵士は怪訝な表情になる。

 無理もない話だ。シモとは何だ? 〆るとは?


 そんな兵士の様子を気に留めることもなく聖道女は小さな声でさらに何かを呟く。


「 * * * 」


 すると、


「うっ…」


 巨漢の兵士が呻く。

 次の瞬間には彼の額に脂汗がにじみ出る。

 さらに次の瞬間には腹を抑えて顔を青くする。

 そして、…彼は慌てて走り去っていった。


 彼女がなにかしたのは明らかだ。


「おいっ、なにをした!」


 仲間の兵士数人が立ち上がり聖道女に激しく詰問する。


「知りたいのか?」


 聖道女の不敵な反問に兵士たちは一瞬たじろぐが、彼らとて形ばかりの兵士ではない。死線を越えてきた経験があり反射的に剣を手繰り寄せる。


 しかし、聖道女の可憐な唇から兵士たちに向け発せられた言葉は、


「便意!」


「ギャー ハッハッハ」


 堰を切ったような女ブレイダ―の大笑いが広い店中に響き渡る。


 そして五秒もしないうちに兵士たちはみな、巨漢の兵士と同様、この場から居なくなった。



「相変わらず、ソフィーは意地が悪いね~」

「ふん、なにを言っている。排泄は生あるものになくてはならぬ営みじゃ。ワシの聖式は魔術と違うて正の方向にしか働かん」

「やつら 明日の朝までに体中の不要なものを出し切ってスッキリ爽快ってか! アッハッハ」


 女ブレイダ―は目的の席へ腰掛けてもまだ笑い続けている。



 しばらくすると、


「あの、…いらっしゃいませ。…何になさいますか?」


 注文を取りに来た娘の声が微かに震えている。理解できないものに近づくのは恐ろしいものだ。彼女にしてみれば必死の思いで、この得体のしれない二人連れに、それでも店の客に注文を取りに来た。


 そんな若い娘の健気な姿を見れば、さすがに二人も不憫に…


 思うわけもなく、


 女ブレイダ―は店中に響く大声で

「酒とツマミを適当に、ジャンジャン!」

 と吠える。


 聖道女は瑠璃色の瞳に妖しさを湛え、

「なかなか愛らしいの。そなたも隣に座って飲め」

 と娘の困った顔を楽しんでいる。


「アッハッハ、それじゃ、さっきの兵士と同じだよ」

「ふん! ベス、おぬしの目は節穴か? それともオレンジジャムでも詰まっているのか? この美しき聖道士であるワシとあの下品な男が同じなわけなかろう」



                 ◇



 兵士たちの退場劇で酒場が静まり返ったのは束の間、ほんの時の間だった。


 おーっ、とか

 ガハハ、とか


 いまは普段この酒場では見られないような一体感のなか男たちのだみ声が響き、賑々しく盛り上がっている。


 そして、その中心にはあの二人がいた。


 とにかく二人とも酒の量が半端じゃない。他の客が目を奪われような飲みっぷり。店の酒が底を突きそうだ。

 そして本当に道士なのか、剣士なのかと疑いたくなるほどの俗悪さが彼女たちに対する男たちの異物感を取り除いた。


「なにっ、そなた、娘ばかり8人だと!? 早打ちもほどほどにな、嫁が哀れじゃ」

 聖道女ルーナ・ソフィオンがシニックな表情で中年の職人を揶揄えば、


 女ブレイダ―・ベスティアは店の隅の酒樽をヒョイと担ぎ、店の中央に据えると

「よ~し、全員1ルーゼ硬貨を出せ。順番にわたしと腕相撲をして負けたらそれを置いていけ。勝てばパフパフしてやる」

 とニヤニヤしながら周りを煽る。

 

 そして硬貨の山が築かれていく。


 彼女と対戦した男たちの意識が少なからず彼女の胸にさらわれていたとしても、それは彼女の強さを否定するものではない。しかし硬貨を取られた男たちにとって、そもそも、そんなことはどうでもいいことだった。


(ラッキー)


 ここの男たちは単純で、見かけよりはずっと愛すべき生き物のようだ。


 

 一方で、そんな浮かれた雰囲気とは一線を画すように店の片隅を占める存在があった。いやむしろ、あの二人が酒場を盛り上げたせいで溝が深まってしまったといった方がいいのかもしれない。

 赤いクロスの紋章が入ったマントをつけた五人の騎士。こんな酒場でさえ統率が取れていると感じさせる。

 二日ほど前、ラモーナ家の騎士団が近くの戦場で敵を壊滅させたという噂が聞こえてきていたが、彼らはまさにその一員だ。


 その中でソフィオンが目を止めた、いや、気に障ったといった方が正確だろう、若い騎士が一人。


(ふん、なんじゃ、あやつ)


 群青の滝が流れ落ちるような髪。

 下半分が布で覆われているにもかかわらず端正だと知れる顔立ち。

 意志の強さを感じる赤い瞳。

 騎士としては細身で小柄な身体。


 他の四人に隠れるようにしているが明らかに人目を引く。

 それが誰なのか、よそ者の彼女たち以外、ここに居合わせたほとんどの者が知っていた。


 群青の騎士。


 半年前にリョドヒ砦を奪還した逆落としから名が知れるようになり、瞬く間に数々の武勲をあげた。群青の髪を躍らせて突き進む姿からそう呼ばれている。

 けれど、その赤い瞳から好戦的なデルフィード大陸種であることが知れる以外、なぜか経歴などは一切謎だ…


 ソフィオンが目配せするとベスティアは


(なんか、面白そうなのがいるね)


 などとソフィオンとは少し違うことを思いながら彼らに近づいて行き、一番の年長者らしき騎士に向かい わずかに顎をあげ ハッキリと見下ろすように、見下すように、


「ねえ、隊長さん、わたしと勝負しない? みんな喜ぶと思うんだよね」


 おっー!!!


 とベスティアの行動を注視していた周囲が歓声を上がる。ここの愛すべき生き物たちは楽しむことを遠慮したりしない。自分に火の粉が飛んでこない限りは…。


「あっ、でもわたしはか弱い女だし、隊長さんたちには敵わないだろうから、その一番若そうな彼一人でいいからさ」


 ニヤリとハナアザミのように笑うベスティア。


「なんだ貴様は…」


 と年長の騎士が声を出したとき、すでにベスティアは群青の騎士の背後をとっていた。


 おそらくその動きをとらえることができた者はここにはほとんどいなかっただろう。ベスティアはバスターソードなどという大剣を得物としているが、彼女の特性はむしろ脚力の瞬発性にある。


 すかさず群青の騎士のマスクにベスティアの手が伸びる。

 しかし、これを彼は難なく払いのける。


 ベスティアの陽動も、スピードも群青の騎士には通じなかった。


 それでも手を払われたベスティアはよろけながら もたれ込むように騎士の背中に抱きつくと、その凶暴なほど隆起した胸を彼へと押し付け、首元に息を吹きかける。


「なっ!」


 群青の騎士が声を上げ慌てて立ち上がろうとした瞬間を狙いすましたように、ベスティアの手が今度は確実にそのマスクを剥ぎ取る。


「きゃ!」


 という喧噪にかき消されてしまいそうなほど小さい悲鳴とともに、

 一瞬だけだがその素顔が晒された。


「えっ?」

「あっ!」


 反撃を予想して素早く飛び退いていたベスティアは群青の騎士が出した可憐な声の意外さに声を上げ、


 騎士の素顔を見逃さなかった、そしてその正体を知る周囲の誰かが思わず驚きの声を漏らした。




                      [ 1. その俗悪たちと騎士 ]

つづく、

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