6話
74式戦車のプレイヤーは一見、まともそうに見えた。どこにでも居そうな大学生位の青年だった。その瞳は自身の力に自惚れる異世界から来た日本の若者に有りがちな自己陶酔は無く、どちらかと言えば厄介な案件を抱えてしまった様な目だった。
特に、ヨリコが国からの庇護を説明した際にその瞳は濁った。
「ま、あの戦車巡って暫くはひと悶着だな」
ヨリコは少し機体をバンクして下の道を走る74式戦車を見た。シマダはこの世界では一般的で、日本ではギネス級のカブトムシを手に取って遊んでいた。
何を考えているのか分からない。それは当たり前なのだが、今回はそれでは困るのだ。74式戦車単体を敵に回せばヨリコ的には敵では無い。しかし、74式戦車が何処かに所属した途端、とんでも無い存在になる。
戦車達に取って第二世代後発組たる74式戦車のしかもG型は圧倒的脅威たるらしい。
今もヨリコの所属するドムトガルド藩国のプレイヤー達が仕切りに、特に陸戦隊が74式戦車の様子や敵対しそうか、敵対した場合の戦力差は?どこに入りそうか?乗員の有無やその練度を訪ねてきている。
「五月蝿いわね」
ヨリコは答えれる質問に対しては答えてやるがそうでない物は知らんの一点張りだった。
そして、再び74式戦車に視線を向ける。一両の戦車が前方から近付いており、74式戦車は路肩に寄ってすれ違おうとしていた。
お互いの距離はまだ700はある。
「あら、第四皇女」
そして、74式戦車の前方からやって来る戦車に見覚えがあった。M511シュリダン空挺戦車。152mmのガンランチャーと呼ばれる大砲にアルミ合金製の車体を持つ紙装甲高火力の空挺戦車だ。
この国は装甲車と航空機に依って支配され、統治されていると言っても過言ではない。帝国が絶対的支配を持って唯一の国たり得た理由が一両の戦車だった。
その車両に関しての車種は不明で現物は勿論無い。しかし、残された絵を見ても“戦車の絵”としか分からない。しかも、特徴的な部分を大きく書き過ぎた弊害なのか巨大な大砲、履帯しか描かれておらず正直、それが固定砲持ちなのか、旋回砲塔なのかも分からない。
しかし、その戦車のお陰で帝国がこの大陸を支配したのは間違い無い。
そして、帝国は世界統一を成し得体制確立直後から現れたウォータンクのプレイヤー達を味方に付けて戦ってきた。
因みにヨリコもこの国ではかなりの古参だが、ゲームプレイ歴は半年であり、しかも航空専門で陸の事はほぼ判らない人間だ。
更に言うとシマダはクローズアルファからやっているプレイヤー歴五年のゲーム最古参である。
話を戻すと、帝国は盤石な体制を維持する為にシマダを帝国直轄の機甲部隊に収めるだろう。そして、その機甲部隊は皇帝の息子娘達に一任され、次期皇帝の座もまたどれだけ強力な機甲部隊を作れるのかが焦点になる。
そして、少数精鋭ながら第四皇女の機甲部隊は古株かつそこそこの主力戦車を保有しており、注目株だったりする。斯くいうヨリコも何度も勧誘されているが、ヨリコ自身はそう言う派閥に興味が無いので農耕国で飯も酒も美味いドムトガルド藩国の庇護下に付いているのだ。
まぁ、ドムトガルド藩国も国王が変わってから少しづつだが反帝国主義に動き出そうとしているきらいがあり、見切りをつけるべきかも迷っている。
「ま、彼がこっち来なくとも私は文字通り高みの見物決め込むけどね」
大きく一定の高度で旋回しながらシマダの74式戦車と第四皇女の狗とも言われるM511シュリダンの接触を見守った。
当のシマダは再び飛んできたカブトムシを捕まえるとねじりっ子で結び付けてギルドで売ってみるかと本当に経験値と売却が同じ位になるのか?を検証しようと意気込んでいた。
「そう言えばパットン合流してぇとか言ってたな。
無線で流しとくか」
シマダは左の畑に入って停車しろと告げると中に引っ込んだ。
《パットン、ナナヨン。
街に戻るから。カチンガルドの森に来る必要はなし。以上通信終わり》
シマダはそれだけ言うと無線を切って顔を出す。猛スピードを出していたシュリダンが急停車しながら横滑りをした。シマダはそれを見ながら何だありゃ?と首を傾げる。
シュリダンはエンストを起こしたらしくエンジン音が消えてしまった。シマダはアイツを超越して街戻れとサトウに告げると、サトウはシマダの指示通りに超越する。
その際、シュリダンのエンジンルームからは白煙が上がっており、一人の男と複数の女達が工具を持って居たのが見えたがシマダ的には関わりたくなかったので男達を一瞥しただけで遠ざかってしまった。
その際に男達は大きく手を振って叫んでいたが声は聞こえなかったので、シマダは軽く手を上げてそれに返答した事にした。面倒事は実に実に御免である。
それから一時間程して街の門まで戻ってくると門の前にはヨリコとガキが待っていた。
「適当に車両置いて中入るわ。
この時間はもう車両の乗り入れは不可能なの」
シマダはほーんとヤル気のない返事をすると門のど真ん前に74式戦車を駐車させた。あろう事か観音開きの前に置くので中からは完全に開ける事が出来無い。
姿勢を水平にさせ、第一転輪と第二転輪の間に輪留めを嵌めてご丁寧に戦車シートと呼ばれる巨大なキャンバス素材のシートを広げて74式戦車に被せた。
戦車シートは隅に紐が伸びており、それを使って戦車に縛着出来るのだ。シマダは脇で見ており、メイド3人が小火器を脇においてものの5分ほどで完璧に被せてしまった上に砲口カバーと砲身にぶら下げる注意看板まで取りてけてしまった。
シマダはウンウンと一人で頷きメイド3人を従えて脇で待っていたヨリコに合流した。
「いや、何でそこよ」
「あそこに並んでおけば開城と同時にスタートダッシュ決めれるだろ?場所取りだよ場所取り。ほら、アップルストアの前で最新のiPhone手に入れたい流行の最先端気取りの似非インテリみたいな?」
シマダはそう高らかに笑いながら、ヨリコの様子を観察する。ヨリコは別段興味なさそうに怒られても知らないわよと手を振る。
媚びる事も嫌悪することも無い。シマダは判断した。ヨリコ自身はシマダと74式戦車に興味はない。アプローチを仕掛けたのはドムトガルドからの命令だからだ。
しかも、本人はその命令に対してあまり真剣では無くどちらかと言えば興味無いので最低限の事しかしない。
シマダは判断した。“コイツは安全だ”と。
「じゃ、中行こうぜぇー」
装甲帽の代わりに戦闘帽を被り、肌寒いので雑嚢に入っていた作業外皮を羽織る。
腰の弾帯にはホルスター、弾倉、救急品袋、水筒がぶら下がり、私物のダンプポーチも見付けたのでそれと、中には500のペットに入ったミルクコーヒー、煙草、ライター、缶切り等が放り込んである。
メイド達の服装もロングスカートのザ・メイドな恰好なのだが、ミリタリーチックに仕上がっており、腰回りはコルセットの様な革の弾帯みたいな物が巻いてあった。其処には弾納や水筒などが付けられておりますよく見れば一人一人で付いているものも違う。
例えば小銃を扱うアキヤマは64式の銃剣にその弾納だがサイカとサトウはグリーズガンの弾納だけだ。また、サトウは後ろ腰に鉈と笹鎌を下げており偽装する際に手際良く作業出来る。
サイカはマップケースや小物を入れれるポーチ等だ。
6人がゾロゾロと向ったのは虫狩組合だ。
シマダはカブトムシを片手に今日の仕事を終えてその報酬を求める虫狩達を押し退け、割り込み、カウンターの最前列に。勿論、周りの虫狩はシマダを睨み付け罵声を浴びせるがシマダは何処吹く風だ。
「サイカ通訳」
「はい」
シマダはカブトムシをカウンターに置くと尋ねた。
「これ幾ら?」
サイカの言葉にカウンターの受付嬢は苦笑を浮かべてこちらのハンターさんを対応しているので順番をお守り下さいとだけ答える。シマダはサイカの言葉にフムフムと頷き腰のホルスターからガバメントを抜いた。
そして、こちらのハンターさんと言われた少女の脇腹に銃口を押し付ける。
「譲ってくれる?」
満面の笑みで丁寧に尋ねた。少女はシマダの持つソレと言動に恐怖した。シマダは知らないが、彼女は駆け出しの虫狩でありまだまだ新米に毛が生えた程度の存在だ。
「譲ると仰っています」
サイカが少女の言葉を告げるとシマダはありがとうと少女の頭を撫でてダンプポーチから飴ちゃんあげると少女に押し付けて脇に突き飛ばした。
そして、受付嬢を見た。
「これ幾ら?」
満面の笑み。受付嬢は勿論、周囲の虫狩もシマダの頭が吹っ飛んでいると言わんばかりの行動に絶句した。
受付嬢が固まっていると、シマダは少女が腰に差していたメイスを何の迷いもなく抜き取り、カウンターに叩き付ける。
「もしもーし!おねーさーん?
サイカの言葉聞こえてる?言葉わかる?ハローハロー?」
シマダがダンダンとメイスでカウンターを叩きながら叫ぶとサイカも声を大きめにしてシマダの言葉を告げた。
余りにもイカれ過ぎた行動に受付嬢は素直に経験値とほぼ同じ額の銅貨をカウンターに置いてこの額に成りますと告げた。シマダはその銅貨を手に取ると実に嬉しそうに受付嬢に礼を言い、メイスを脇に捨てる。そして、ギルトを後にしようとして数人の男達に囲まれた。
男達はシマダに何か言っているがシマダはそれを聞くこと無く、ホルスターからガバメントを取り出して目の前の男の頭に狙いをつけた。あまりに自然な動作だった。
そして、引き金を引くと、男は目を見開いてその弾丸を避ける。シマダはそんな男を純粋にびっくり芸を披露した大道芸を賞賛する通行人の如く拍手をしてみせる。
「じゃ」
シマダはそう言うとメイド3人を引き連れてヨリコの下に戻った。
「おまたー
お前の言う通りな。じゃ、次はホテル行こう」
シマダがそう言って外に出ようとするが、そうは問屋が卸さない。
厳しいおっさんと受付嬢に若い虫狩と思しき連中を従えた一団が6人の前に立ちはだかった。シマダはその脇を通ろうとし、ヨリコは面倒くさそうに顔を顰めた。
シマダは槍を持った男に遮られる。槍を横にしての通せん坊。
「シマダ様。話があると仰っています」
「えー?俺は無いけど?」
シマダはサイカに告げるとサイカがその言葉を告げる。
「お前になくとも我々には有るのだ、と語気を強く仰っています」
「何?オコなの?ねぇ、オコなの?」
シマダは尚も飄々とふざけ倒す。シマダは槍をナデナデ触ったりツンツン突付いたり、興味無いけど暇なので鑑賞してます位のノリで一団もサイカも見ていない。
「良いから付いて来いと仰っています」
「サトウとサイカは74式戦車まで戻って一時間して帰って来なかったら74式戦車で突入。アキヤマは俺の通訳で俺ボディーガードな」
以上別れとシマダは告げるとサイカとサトウはギルトから走り出て行った。シマダは嗤っていた。
「じゃ、行こうか」
シマダは厳しいおっさんに馴れ馴れしく肩を組もうとしてその手を払われた。
「つれねーなー」
シンゴジ見たかい?
戦車の中はあんな明るくないし、あんだけの稼働してるヒトマルが揃えられる時代は多分来ない
来たとして次期主力戦車のプロトタイプが出来てきた位だと思うよ