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3話

 戦車は巷で言う程万能の乗り物では無い。川を渡るにしても、車体が隠れる程の深さなら専用の渡河資材と二時間掛けての準備を要し、上陸してもその撤収及び資材の積載、履帯痕除去等の作業が待っているし、積雪が50センチ程になると底板が雪を擦って走行困難及び不可能になる。最も74式以降は姿勢を上げれるが、高姿勢での走行は当たり前だが油圧やトーションバーが故障する原因にもなるのであまり通る事は出来ないし、火砕流の中なんか入ろうものなら乗員諸共火達磨になって終わるだろう。

 そして、そんな戦車が2両城門の前に佇んでいた。


「なぁ、何で閉まってんだ?」

「んー?可笑しいな。まだ閉門の時間でもないし」


 ハンスが首を捻り、シマダは扉を見上げた。よくある鎖で上げ下ろしをするタイプの門で、扉には補強の為の鉄製の箍が巻かれた木製だ。

 扉の前には鉄格子の扉まで降りているのを見ると、

完全に封鎖している。


「クーデターでも起きたんじゃね?」


 シマダが冗談めかしに言うとハンスも神妙な顔付きになった。

 この時点でシマダは帰りたくなった。何で異世界に来てまでクーデターに巻き込まれにゃいかんのだ、と。


「俺は戦車に戻ってこの城壁から10キロ離れる。

 なんかわかったら無線で報告してくれ」


 シマダはハンスにそれだけ言うとヒョイヒョイと74式の側面を登って車内に引っ込んでしまった。

 そして、シマダは全員にハッチを締めてロックするよう命じると本当に立ち去ってしまった。その場に残ったハンスは仕方無いと一旦車内に戻る。

 その直後だった。ハンスの乗った1号戦車の砲塔が空高く舞い上がり、車体の砲塔があった場所からはエンジンや燃料、弾薬が燃え上がる炎が噴き出ていた。直後、ドーンと砲声がした。

 1号戦車撃破の通達は同じ通信系を使い臨時小隊を組んでいたシマダにも達せられ、シマダは乗員全てに通告した。


「戦闘用意!

 装填手はAPFSDS弾装填!操縦手は指定する稜線を超えて停車!砲手はサーマルで警戒!」


 通常の74式にはサーマルサイトは付いていない。しかし、この74式は世界にたった五両しか製造されなかったモデルの一つであり、それには90式に準じた幾つかの装備が施されている。

 その一つがこの赤外線暗視装置だ。本来は敵を見つける際に敵の発する熱を利用して感知するので昼間でもかなりホワイトアウトするもののある程度の視界を有する。

 シマダも双眼鏡を片手にあらゆる敵戦車の隠れられそうな場所を探していく。アキヤマも弾を装填すると双眼鏡を片手にサイカとシマダが見ていない方向を監視していた。


「糞!異世界に来て3時間!ピーターパンは子供を残して月まで吹っ飛んじまったしチクタク鰐の糞ったれはキャプテン・フックと一緒に芋決め込んでほくそ笑んでやがる!

 最高にハッピーな事態だぜ糞が!」


 シマダは稜線を超えると直ぐに車体を反転させて、前下げで頭出しをさせた。

 三人が一斉に双眼鏡とサーマルで敵の位置を監視する。するとチカッと視界の隅が光った。直後、ドッとハルダウンさせている丘の稜線に弾が着弾し、抉った。

 降り掛かる土を浴びながらシマダは叫ぶ。


「目標確認出来たか!?」


 シマダも先程光った場所を覗くが林端しか見えない。よほど巧妙に偽装している様だった。


《装填手、視界に捉えていません》

《砲手、サーマルにて確認》

「よーし!照準出来次第撃て!」

《発射》


 ドッ!と砲口が光り、周囲の草を凪ぐ衝撃波が飛ぶ。距離は800だ。一秒数える事無く、先程光ったあたりから炎が上がった。

 シマダは叫ぶ。


「ビャァァコォラ効いたぞぉ!!」


 端末を確認するとSU-76を撃破したと出ていた。シマダはそれから城門に粘着榴弾を撃ち込めと告げる。

 74式の撃った粘着榴弾は見事城門の巨大な扉に当たり、炸裂した。それからシマダは端末を開くと街とは反対にある街を指示してそこに向かうよう告げた。

 シマダ達が立ち去ったその一日後、丁度シマダ達が隠れていた丘の上に一両の戦車が停まった。

 M551シュリダンだ。車上から二人の男女が降りてきて、履帯痕を調べる。男は戦車服を着た白人で女はフードを目深に被っており顔を隠しているがそれでもその美貌はフード下でも尚目立っていた。


「これは幅の広いキャタピラだな」

「聞いた話だとT-55っぽかったとか」

「T-55。戦力として欲しいな」

「しかし、ナターシャの物とも履帯が違いますよ」

「ならば、なんだ?」

「……さぁ?

 外見的特徴的で言えば……うーん……」


 二人が頭を悩ませているとさらにもう一両の戦車が現れた。M48パットンだ。車長用キューポラが嵩上げされており、7.62ミリ機銃の増設やキャリバー.50の設置方法の変更等、対戦車戦闘と言うよりは対ゲリラ戦闘を念頭に置いた改造が施されている。


「なぁー破壊されたSUと扉見てきたけどありゃAPFSDSとHESHだぞ」

「えーぴー?へっしゅ?

 何だそれは?」


 女がパットンの上から顔を出していた少女に声をかけた。


「ヘッシュ、HEPとも粘着榴弾とも言う奴だ。

 プラスチック爆弾を弾頭に、装甲にへばりついて爆発する事でホプキンソン効果を発生させ装甲の内側を剥離させて損傷させるんだよ。

 んで、APFSDSはアーマードピアシングフィンスタビライザーディスカバードサボットの略で大きな鋼鉄の矢を音速で飛ばして貫通させる徹甲弾の最新版だよ。

 (アタシ)のM48は勿論、猫丸ん所のM60よりも貫徹能力高いな」


 少年の言葉を女は聞いて、ウムと頷いただけだった。


「使用する砲弾から考えて第二世代戦車だね。

 そっちの情報は?」

「T-55みたいらしいけど、違うっぽいんだ」

「ならタイプ74じゃないかな?」

「巧妙に偽装して魔術で幻術まで施したのに?」

「G型ならサーマル積んでて幻術も偽装も関係ないよ?

 日本鯖ならタイプ74Gまで出てるし」

「さーま?」

「んーとね、熱を目に見えるようにした装置って言えば的確かな?

 人とか車両とかだと直ぐに分かるんだよ」

「そんな便利な機械があるのか!」


 女は驚いた様に少女を見た。

 少女はそうだよと頷くと、自身のパットンを見上げた。その顔は少し寂しそうだった。


「そのタイプなんちゃらは仲間に出来そうか?」


 女は全員に訊ねる。


「SUの攻撃をどう捉えているか、ですよね。

 あの1号は反帝国主義の連絡要員だったから撃たれたわけで、仮にもしそのタイプ74がこっちに来たばかりのプレイヤーだった場合は下手すると敵に回りますね」

「仮にもし敵対したとして、勝てる見込みは?」

「第2世代最後の星って言っても良い程の性能よ?

 練度は不明だけれど、ゲーム上での性能を鑑みるにハルダウンしてれば最強ですね」


 少女はウンザリした様子で肩を竦めると男も苦笑していた。


「しかし、手負いの狼並に警戒心が強い者よな」


 何の迷いもなく一直線に稜線に隠れるルートを通り、一切の狂いも無くビシャリと稜線に隠れたのだ。


「しかし、この稜線に隠れるやり方では砲の俯角が取れぬのではないか?」


 女はふと稜線に隠れる様にして立つと戦車の構造を思い出す。

 戦車の砲は固定砲塔と呼ばれる砲塔の存在しない物でも多少は上下左右に動かせるし、旋回砲塔を保有する戦車ならばその可動域は左右は360度、上下は固定砲塔以上に動かせるのは間違いない。

 しかし、それでも俯角や仰角というのは制限がかかる。オープントップと呼ばれる車両ならば、戦闘室、つまりは砲塔内部に引っかかりがないので俯角や仰角を取るのは容易であるが戦闘室を持つ、つまり固定砲塔にしろ旋回砲塔にしろ砲尾が囲われている車両では自ずと戦闘室の大きさ=仰俯角の幅になる。

 例えばアメリカのM48パットンとT-55ならば隠匿率は背の低いT-55が勝つが仰俯角の大きさでは戦闘室の広いM48に譲る。そしてこれは山岳地帯や丘陵地帯での戦闘に非常に密接に関わってくる。

 女達の立つと稜線を作る丘は周囲の丘よりも高い。そして、その高さは実際のシュリダンやパットンの俯角を遥かに凌ぐ小高さだ


「ああ、そうか。

 姫は日本の車両は61まででしたね。タイプ74は足回りを操作することで姿勢を変えられるんですよ」


 男は手で足回りの姿勢を変える真似をして見せる。


「何と言う……防戦するには持って来いの車両ではないか!」


 実際に、74式戦車やその後継たる90式、10式に至る車両達が何故姿勢制御能力を有しているのかると言えば専守防衛としての防戦主体となる陸上自衛隊、ひいては自衛隊全体のドクトリンの現れである。

 日本に置いて平地というのは多くなく、都市部でも平気で高低差がある。そんな地形を上手く使って戦うには戦車の体勢を地形に合わせて時に水平、時に斜めにして戦う事で遅滞防衛の成功率を高めているのだ。


「山岳部や丘陵地帯での戦闘に特化しているし、平原での戦闘も通常に出来るとは……」


 女は顔を顰めると、男と少女に向き直った。


「反帝国主義者共に渡す訳にはいかない。

 仲間にする。どんな手を使っても」

「……俺は君の意見に従うよ」

「ま、私もタイプ74見てみたいしね」


 こうして74式戦車捜索が始まった。

 そして、その捜索対象たる74式戦車は一昼夜走り続けて現在はもとの街から凡そ96キロ離れた位置にいる。燃料と弾薬はほぼ無限であった。

 燃料は減らず、弾薬は5分間砲を操作しないと1発づつ回復した。一時間程待てば完全に回復するだろう。機銃弾や小住宅、拳銃、手榴弾も同じだった。


「おぉ、糞デケェカブトムシ」


 そして、74式戦車は小さな村が見下ろせる丘の上にバラキューダを展張して食事をしていた。食事と言っても増加バスケットに縛着していた私物品のカップラーメンだ。サトウとアキヤマが車外で警戒を行い、サイカが同梱してあった水缶こと20リットルの

ポリタンクから醤油チュルチュルを作って薬缶に水を入れてガスコンロで沸騰させる。

 そもそも積載量されていた食料品は食べれるのか?と言う発想が出たので食べてみることにしたのだ。勿論、食べれなかったら近くの村に行って食料を分けてもらう事も考えたが、昨日のSUと1号の事を考えてあまりしたくなかった。

 シマダの見立てではあのSUは門を閉ざしたあの街を襲った賊の仲間だろう。


「なぁ、紐ない?タコ糸みたいなの」


 シマダは隣で湯を沸かしているサイカに尋ねた。手には10センチに迫る大きさのカブトムシが居た。久方ぶりに見たカブトムシにシマダは同心を思い出す。

 目の前の装甲板に着地したカブトムシをムンズと捕まえるとカブトムシはうぞうぞその細い足を動かしてシマダの手から逃げようとした。


「懐かしいなぁー

 小学校の頃毎年親戚のオジサンに貰って飼ってたけど、気が付いたら死んでたんだよ」


 どうぞと差し出されたのはねじりっ子とか呼ばれる細い針金の入ったプラスチックの帯だ。シマダは少し苦笑したがカブトムシの大きさもあり、カブトムシの上に付いている角にねじりっ子を結ぶと1メートル程伸ばしてハッチを固定する鎖にねじりっ子を結ぶ。

 開放されたカブトムシは飛んでいこうとするも、ねじりっ子に阻害されて1メートルより離れられない。暫く飛んで逃亡を試みるが難度が失敗すると大人しく鎖周辺をウロウロし始めた。

 シマダはそんなカブトムシを眺めながらカップラーメンを食べた。


「車長、村から近付いて来る者がいます」

「あん?」


 シマダは車外で警戒していたサトウの報告を聞くとサイカに中に入って砲塔を動かせと告げ、シマダは拳銃を確かめると戦車から降りる。

 そして、サトウにエンジン始動と告げてグリースガンを受け取った。


「アキヤマ援護な」

「了解」


 シマダはグリースガンの安全装置を兼ねる排莢口カバーを開き、コッキングする。

 近付いて来る人数は三人で一人は老人。その後ろの二人は男女でどちらも20代から30代の間。更に言えば小銃と言うには余りにお粗末な銃もどきと弓矢、剣を持っていた。

 シマダは今一度振り返って74式戦車を確認する。74式戦車は砲を動かして狙いを三人に定めていた。


「s5kmng26;y2n@l6:hse4m」


 お互いの顔が確認できる距離になると老人が聞いたこともない音を出してきた。口は動いていたのだが、シマダにはそれを言語として把握出来なかった。

 しかし、それはその老人の発した声だと分かる程に老人の“言葉”としてシマダは認知出来た。


「如何致しますか?」

「は?」


 アキヤマの言葉にシマダが驚いた。アキヤマは今の老人の言葉が理解出来たのだ。


「あの爺なんて言ったんだ?」

「はぁ、敵対の意志はない。話がしたいと」


 アキヤマが少し不思議な表情でシマダに訳した。


「爺だけ来い!」


 シマダが叫ぶと、三人は動揺した顔を見せた。それから、老人が再び叫ぶ。

 シマダは再びアキヤマを見た。アキヤマは呆れた顔をして、何と言ったか分からないと告げた。


「お前が通訳だ。

 爺だけ来い」


 アキヤマがシマダの言葉をオオム返しで叫ぶと、老人は頷いて両手を軽く上げてやって来た。

 シマダは愈々グリースガンを構えると唾を飲み込んだ。

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