2話
青年の視界がホワイトアウトから徐々に復活していく。何時も座っている椅子よりも硬いし、周りも何やら煩い。
「あぁ?」
目を何度かぱちくりさせた青年がやっとこさ視界を確保すると、そこは一面草原だった。ただただ広い草原のど真ん中。顔を圧迫するのはヘッドセットが付いたヘルメット、装甲帽だ。
「はぁ?」
装甲帽を確かめ、思わず立ち上がる。視界が開け草原を吹くそよ風が青年の頬を撫でた。その頬を垂れるのは冷や汗か。
「あー……へぁ!?」
青年は自分が何処にいるのか今暫く理解できていなかったがふと足元や左側から視線を感じた。見ればメイドが2人青年を向いているし、左に居るメイドは厚手の革手袋をして砲弾を抱えている。
その瞬間、青年は少なくともこの狭くそして暑く、鉄臭い空間を把握した。
「74式G型……」
そう、日本国陸上自衛隊が生産した幻の第二世代主力戦車だ。
主砲に51口径105mmライフル砲L7A1を一門搭載し連装銃として74式車載機関銃と対空用のM2キャリバー.50重機関銃を夫々一挺搭載している。
他に乗員用の軽火器としてM3短機関銃を二丁、64式自動小銃を一丁、他に信号拳銃や手榴弾も装備しているしいざとなれば74式車載機関銃を卸下して陸戦で使える様に三脚も持っている。
「砲手」
ヘッドセットで足元、もっと言えば股に近い場所に座るメイドに尋ねた。
無線の使い方もまるでスマフォを操るかのように直ぐに分かる。車内に切り替え、口元にマイクを持っていき話す。
《こちら砲手》
「あー……現在地は分かるか?」
《不明です。
端末の地図で確認してみては如何ですか?》
青年は首を左右に巡らせると丁度右側の壁に磁石に依って保持された軍用のタブレット端末がある。それを手に取り、画面を注視すると複数のアプリが表示される。
無線を把握するアプリ、車両のコンディション及びメンテナンスを行うアプリ、弾薬や外観を変更するアプリ、そして地図アプリ。
青年は直ぐ様地図アプリを開く。等高線とグリッドが引かれた四色に着色されている。更に言えば北を上に設定したり、自車が向いている方角を上に設定したり出来た。
また、GPS機能や目的地を設定すれば最適な道を表示するナビゲーションシステムまで搭載されていた。
「んー……?」
地図アプリを開き、自車の位置から最も近い街か村を探す。すると凡そ10キロ程行った先に小さな村がある。
「全員、この端末持ってんのか?」
《はい》
誰かが答えた。
「取り敢えず、操縦手は地図で示した地点まで前進。開放で」
《操縦手了》
「砲手はあー……前方の警戒」
《砲手了解》
「装填手は粘着装填したら砲手が見ていない方を警戒」
《装填手リョ》
はぁ……青年はそう溜息を吐くと立ち上がって胸元までを外に出した。
《装填手、装填完了》
《操縦手準備良し》
《砲手準備良し》
「了解。操縦手前進用意、前進」
青年の号令に従って戦車は、74式は走り出した。
走る戦車からの眺め、特に車長席からの眺めは最高だった。大なり小なり戦車が好きな為に戦車ゲームをしていた青年はこのイカれた状況から逃避する様に74式の加速に身を任せた。
体に纏う服はユニクロのフリースから三色の迷彩服、迷彩服1型に変わっている。
「……ん?」
腰に巻かれた弾帯を見ると革製の拳銃ホルスターがぶら下がり、中には拳銃が収まっていた。
「……」
青年は拳銃を引き抜いた。コルトM1911A1“ガバメント”だ。アメリカ軍からの供給武器の一つだ。
「スッゲ……銃だ」
青年はスライドを引っ張り初弾を込める。
乾いた金属音とよく例えられる金属が擦れる音がすると人を殺す事が可能になった。
「バーン!」
構えて撃つふりをしたりして手元の武器をおもちゃとしか見ていなかった。しばらく進んでいると前方に土煙が上がっている。
「何ぞな?」
青年は減速を命じ、胸元に下がる双眼鏡を覗く。
双眼鏡には一両の小型戦車が走っている。速度はその戦車が出せる最高速だろう。
「ありゃ1号戦車だな」
《どうしますか?》
話しかけられた事に青年は少なからず驚いた。
1号戦車は砲塔を後ろに向けて必死に何かを狙っている。しかし、不整地に等しい場所だ。
銃を撃たないのは多分狙いが定まらないのだろう。砲塔は左右に小刻みに動いているのがそれを証明している。
《車長、前方戦車の後方凡そ100メートルにカマキリか居ます》
「はぁ?ンなもん見える訳ね~べや」
青年は双眼鏡を1号戦車から後方に動かすと、確かにカマキリがいた。その姿は軽く戦車ほどある。つまり、デカイのだ。
青年は思わず固まってしまった。本来のカマキリは当たり前だがもっと小さいし何よりもおどろおどろしい色をしていない。そのデカさと色は迷わずに攻撃指示を出してしまう程に都会っ子たる青年のSAN値を削るのに十分な攻撃力を持っていた。
「操縦手90度回頭後カマキリと併走!
装填手は弾種徹甲!砲手、目標前方のカマキリ!」
青年の指示でにわかに車内が騒々しくなる。
先ず初めに 指示が来た操縦手が直ぐに74式を動かして敵方に側面を向ける。それに従う様に砲手が砲塔をカマキリに向けた。するとガコンと砲弾を仕舞う架台からAPFSDS弾を手に取る装填手たるメイドが見えた。
ここに来て何故74式にメイドが居るのか何と無くだが思い付く。
《装填よし》
そしてこの言葉に確信した。
「日本鯖だけ採用されたキャラシート付き女性搭乗員!」
青年のプレイしていたゲーム、ウォータンクには古今東西第一次大戦から第二世代主力戦車までの戦車と複葉機から第一世代ジェット機までが登場する。
そして、その搭乗員は男でありゲーム内アナウンスも男であったが、日本支社が日本でのプレイ人口増加を狙って人気声優やイラストレーターを使って日本語音声の女性キャラやそのキャラの外観も描かせたのだ。
青年はこの日本プレアカ専売の74式戦車G型を買う序でに本人が好きな声優が声を担当したこのメイドを買ったのだ。
その声優は少し低いハスキーボイスが特徴的でメイド達は全員が冷静沈着で非常に事務的に車両の情況や戦況を報告してくれていた。
「はぁ……砲手。狙いは?」
《準備良し》
「撃て」
ドンと凄まじい砲声。ビリビリと空気が震え、砲煙が視界を覆うも、合成風であっという間に流れ去る。直ぐに双眼鏡を覗けば、カマキリの腹に拳大の穴が空いていた。
一発目を発射し、排莢されると同時に装填手が次弾を装填する。カマキリは突然の砲撃にバランスを崩した。しかし、まだ生きている。
《装填よし》
「続いて撃て!」
再び砲声。先程の狙いより幾分狙いやすく成った為か今度は頭部と腹を繋ぎ、釜を繋ぐ胸に当たる。胴体よりも細いそこは、APFSDS弾とは言え殆どの肉を抉って貫通し、カマキリは胸から上と下に別れてしまった。
命中精度は凄まじいものだ。
暫くは生きながらえるが、すぐに死ぬ。青年は幼い頃に殺した様々な虫達を思い浮かべてから、1号戦車の横に近付いて並走するよう命じた。
改めてジオングよろしく足無しと成ったカマキリの死骸を眺めながら時速凡そ20キロの行進射を当てるメイドの技量に舌を巻いた。
車内に少し潜れば、足元のメイドは照準眼鏡を覗きながら索敵をし、左のメイドもハッチから頭を出して索敵している。装填手用のペリコープは視界が確保できない為にハッチを開けて索敵しているのである。
「んんー?」
ふと、1号戦車の後方を見た青年は何だありゃ?そう口を開こうとして、止めた。何故ならそれの正体が分かったからだ。
「装填手!手榴弾と小銃!
操縦手は1号戦車と少し離れて走れ!」
青年はそう叫ぶと身を乗り出して腰のガバメントを抜いた。
そして、1号戦車の後方を走るソレを撃つ。ソレは子犬程もある馬鹿でかいゴキブリであった。
青年の射撃は全く当たらず、メイドの銃撃は比較的当たっていた。数はパッと見ても30は下らない。青年はメイドに手榴弾と叫ぶ。メイドは頷くとエプロンドレスから手榴弾を抜き取り引張環を引き抜いた。
そして、安全レバーを外すとゴキブリ達に投げ付けた。一拍置いて手榴弾は爆発し、殆どのゴキブリは吹き飛ぶか一目散に逃げていった。
まだしぶとく残るゴキブリはメイドの射撃で退場を願った。
「よーし!良いぞ!
周囲警戒に戻れ。操縦手は1号戦車の横に付けろ」
青年は無線で告げると砲塔の上に大きく乗り出した。この段になると既に1号戦車の方も74式の存在に気が付いており、車長であろうドイツ国防軍の略帽を被ってヘッドセットを付けた青年が手を降っていた。
「操縦手は速度落とせ」
青年は自衛隊式ハンドシグナルで減速を伝える。走行中の戦車では会話が成り立たない。
そして、2両が完全に停車すると青年は下車をした。装甲帽は根元の方でコードを外してピンで胸元に留めた。
「助かったよ。
7.62じゃローチは倒せてもマンティスは無理だからね」
ローチはあのバカでかいゴキブリでマンティスはあのクソでかいカマキリだと青年は直ぐに分かった。
「あー……なぁ、ここは何処だ?あのデケェ虫は何だ?そして、何で俺やアンタは戦車に乗ってんだ?」
青年が告げると1号戦車の車長は少し驚いた顔をした。
「まぁ、君は日本人だから薄々気が付いてると思うけど、此処は異世界だよ。アレはこの世界でありとあらゆる場所に生息して人類を脅かす存在、バグさ。
僕や君が戦車に乗ってるのはウォー・タンクのプレイヤーだからだよ」
1号戦車の車長の言葉に青年は右手で顔を覆い、空を見上げる。雲一つない晴天であった。周囲の草原はまるで春季ロシアの大草原。
背後には小銃や短機関銃を持ったメイド達が整列していた。
「君は何時この世界に?」
車長の問に青年は腕時計を見た。先程の戦闘を入れてもまだ一時間と時間は経っていない。その事を告げると、車長は成る程と頷き、それから暫く待てと1号戦車の方にかけて行く。
「で、アンタ等の名前は?」
後ろに並ぶメイド達に向き直って尋ねる。
メイド達はその場で気を付けをすると自身の役職と名前を言った。
「74式G型ブレード付き砲手、サイカ」
「同操縦手、サトウ」
「同装填手、アキヤマ」
三人の言葉に青年は了解と頷き、それから1号戦車を見た。1号戦車にはやはり歴戦の車両と言う傷と装備品が乗っており、それは74式も同じだ。
最も74式の場合は実戦を経験しておらずどちらかと言えば演習型に近い。荷台の増加バスケットにはターピーシートに包まったバンガローと呼ばれる展張用の筒や測距儀等を搭載しているがそれ以上に乗員分の背嚢とカップラーメンや缶コーヒーの箱、装填手グッズに砲手用の手入れ具等を搭載しておりかなり大きな膨らみになっていた。
「サトウとサイカは乗って直ぐに移動と攻撃ができる様に。アキヤマは俺と一緒に居ろ」
「了解」
メイド達は一礼すると素早く行動に移る。
アキヤマは担いでいた64式小銃を前に持って来てローレディで構える。
「お待たせ。
僕はハンス。君は?」
ハンスと名乗った1号戦車の車長に青年はゲームIDか本名か尋ねた。
「ゲームIDで良いよ。
こっちの人は基本的にゲームIDだ。TDDMのKSボナーもこっち来てるんだけど、覚えてる?」
「なら、シマダだ。
TDDMのKS……ボナーって!?」
TDDMとは世界大会に何度も出場する程に有名なクランチームでその中のKSボナーはチームの偵察役兼特攻隊長でもあった。
「何だこれ……知っていたのに知らなかった、いや知らなかったのに知っているみたいな感覚は……」
「やっぱりね。
彼みたいなビックネームはこっちの世界に来るとあっちの世界ではそもそもその存在を忘れ去られるみたいなんだ。そして、こっちの世界に来ると元に戻る。向こうのTDDMはどーなってる?」
ハンスの言葉に青年は今は確か5人で活動していると答えた。ハンスは新しく人が入ったのかと頷き、それから案内するからついて来てと1号戦車に乗り込もうとした。
「無線周波数は開戦記念日をALLに、僕と君とは終戦記念日だ」
「19.41128と19.45815か?」
「ハハ、それは日米参戦の日付とギョクオン放送の日付だろ?
19.3991と19.4592だよ」
「ああ、そっちか。
悪いな日本人に取って第二次世界大戦は太平洋戦争で終戦記念日は8月の15日なんだ」
「うん。
じゃあ、よろしく。因みに開戦日は無線はこっちに居る殆どの戦車や航空機が共通無線として登録してるし、終戦記念日は臨時でパーティー組んだりする際に使うから覚えておいて」
青年は胸ポケットから防水性のメモ帳を取り出すと素早く書き込んだ。
それから各自は自分の戦車に乗り込むと早速無線を設定した。
「ハンスこちらシマダ。連絡通話」
《こちらハンス。感明5だよ。こっちは?》
「感5完。
10メートル程後から追従する。先行してくれ」
《了解。時速は20キロ程で》
「了解」
2両の戦車は平原を進み始めた。