9話:カノール街道
カノール街道。
なんでも神話の時代に開いた洞窟だそうで、巨大な山脈を一直線に貫いているのだとか。
その大きさと有数の山脈横断手段であることから街道として重宝されてると。
また鉱物資源が豊富で横穴がそのまま坑道となっており、先日入口付近で落盤事故があり補強工事をしていた。
荷を積んだ馬車で三日かかるという長すぎる一本道で、細い無数の横穴には盗賊が住んでいると。
「こんなところかな、聞きたいことは?」
「はい、灯りはどうするんですか?」
「いい質問ですアキラ君、松明係を貴方に任命してあげます」
明の手に大きな木の束が渡される。
「藪蛇だったか...」
「はーい、盗賊が出てきた時はどうするんですか?」
「私がはっ倒すから何もしなくていいよー」
軽い、ほんとに何でもないようなことのように言ってのける。
「はい、私達だけで行くんですか?」
「同発組はいくらかいるけど、すぐ私達だけになるよ」
「? 一緒にいくんじゃないんですか?」
盗賊が出る暗い洞窟なのだ、一本道で目的地が一緒なのだからまとまって動いたほうがメリット大きいようにも思える。
「先遣隊に混ざるからね、足の速い郵便と金持った御車の人たちしかいないから徒歩だとすぐ離されるの。寄り道もあるしね」
「はぁ...じゃあなぜわざわざ先遣隊に混ざるんですか?」
危ないなら普通の人たちに混ざればより安全な気がするんだけど。
「一番危ないから」
「え、なぜ」
どうやらこの人はあえて危険な旅をしようとしているらしい。
「先遣隊は最も安全な通過者なの。高い護衛つけてるのもそうだしなにより向こう側の人たちに安心感を持たせるために盗賊も狙わない。先遣隊がやられると国が困るから軍を出すしね。けどその後続は違う、一般商人達は護衛こそつけてるけどこの洞窟の盗賊とやりあって必ず勝てるものじゃない。そのために幾つも固まってキャラバンを組んで行くんだけど...」
「けど?」
「今回は通行止めが長かった、飢えた盗賊たちは必ず先遣隊の次を襲う。その露払いに行くの」
「盗賊狩りって、そんな簡単にできるんです?」
そうだ、キャラバンを襲うような盗賊が数人で終わるわけでもなし。リアさんの実力は見てないからわからないけど、魔女ってそんなに強いものなのか?
「私はね、ほらそろそろ待機の時間だよ荷物持って」
詳細はわからないが、よほどの自信があるらしい。
それぞれ荷物を背負って街道の入口に向かえば、まだ太陽も上っていないというのに多くの人が集まっていた。
とても身なりが良い人たちと、屈強な肉体を持った剣士達でまとめられた先遣隊は朗らかな談笑に花を咲かせているようだ。
内容がわかれば良かったが、あまり緊張感は漂っていない。先遣隊は襲われないというのを確信しているのか、それとも腕に自信があるのか。
待つこと数分。背後から日が上り始めたところで複数の鐘の音とともに門が開かれた。
「「「ウォーーーー!!」」」
静かな空を埋め尽くさんばかりの雄たけびと、周りの歓声とともに先頭が動き出す。そんな私達の背を押すように太陽が入口を照らし始める。
「しばらくお日様はお預けだね、行くよ皆」
しばらくは見れないであろう朝日に別れを告げ、リアさんを先頭とした私達は一本道の闇へと歩き出した。
どれほど歩いただろうか、気が付けば足は鈍く疲労を訴えていた。
「暗い」
おそらくは数時間。何度か休憩を挟むうちに先遣隊の灯りはもう遠くになってしまった。
洞窟であることから悪路を想像していたが、意外にも快適な歩き心地だった。
ほのかに風が拭いているのと馬車でならされたであろう平らな地面が長々と続いている為だ。
明の持つ松明は数メートル先を照らしているものの、街道の壁すら見えない。
懐中電灯とは比べるまでもない頼りないものだ。
「そろそろいいかな。アキラくん、松明消していいよ」
「え?」
灯りを消せば当然真っ暗だ、この洞窟に光るものはない。
「ベンヌ、暗視の魔法使えるよね」
「もちろんじゃ」
横をとことこ歩くベンヌが即答した。
もう周囲に人がいないため、普通に姿をさらしている。
「数日もやるようなものじゃないけど、お試しとしてね」
「ふむ、よろしいかな沙織殿」
律儀に確認を取るベンヌ。
「いいよー、どうなるのか気になるもん」
「では...「星彩」」
視界に変化が訪れる。
段々と周辺の物が把握できるようになる。
「おお、凄い」
暗いのは暗いし色とかは少しわかりにくいけど、それでもちゃんと見通せている。
それまで見えなかった壁も見えるようになり、意外と綺麗な表面をしているのがわかる。
落盤箇所が多いものの、それらを脳内で組み立てれば円柱を横倒しにしたような構造だ。
「神話の時代に開いたと言ってましたけど、凄く不自然な洞窟ですね」
いくら一直線に開いてると行っても限度がある。
極太のレーザービームを山に打ち込んだらできそうな、そんな感じだ。
「でしょ、今の人類が産まれる前にラグナロクっていう戦争があってね、その時に開いたんだってさ」
「こっちにもそんな話があるんだ」
私達の知ってる歴史のような文明を持ってることから不思議ではないんだけど、そこまで似るものなのかな。
「そっちのは知らないけど、こっちのは言い伝えでは魔女一人対神々で戦争したんだってさ」
「凄い戦力差じゃん」
「すげーな」
リンチどころの話ではない、よほど魔女は嫌われるようなことをしたのだろうか。
「その戦争で魔女が勝って、今の人類を生み出したというのが魔女教の唱えるこの人類史の始まりだね」
勝ったんかい。
神話に常識を持ち込むのはどうかと思うけども、それにしたって一騎当千が過ぎるだろう。
「どうやって勝ったんだそれ」
「さあ? けどそれがどれだけ規模の大きいものだったかは予想がつくよ、現代までその残骸があるのがいい証拠だね」
「残骸?」
「神々の兵器達、その墓場。跡地なんて呼ばれてるけどね」
いつか見せてあげる。そう続けたリアさんは急に足を止めた。
「少し早いけど休憩にしようか」
そう言って荷物を卸し、適当な岩に座りだした。
明や沙織はもう少しいけそうだが、正直私はそろそろ休憩が欲しかったので助かった。
体力ないんだよなあ私。
ほっと息を着き、水嚢の水を飲む。
あまり多くはないが、足りない分はリアさんが魔法で出すとのことだったので、残りを気にせず飲んでいく。
魔法ってほんと便利。私も使えるようになるのだろうか。
「さて、ここから先は盗賊の縄張りになる」
改まったリアさんの声、少しトーンが低い気がする。
「ここから20分も歩くと一つの盗賊団に会うことになる。規模は小さめで26人だね」
「結構数が多いように思えますが...」
まともにやりあって勝てるとは思えない。
「全員が同時に来るわけじゃない、戦えない人もいるし実際はその半分以下だよ」
それでも、私達の倍以上の人数差がある。
「君たちは私が守るからそこは心配しなくてもいい」
けどリアさんはそれに一人で、しかも私達を守りながら戦えるという。
「だけどね、覚悟をしておいてほしいんだ」
その上で一体何を覚悟するというのか。
「一体..何を」
恐る恐る、そんな声色をした明が聞く。
「人が死ぬのを見る覚悟だよ」