カノール街道
このペースが続けばなぁ……。
「もう2週間か、あっという間だったわね」
「はい、短い間でしたがお世話になりました」
最終日の朝、皆を先に行かせいつもの修練場にて師匠へと別れの挨拶を行う。
「まだ終わっていないわよ、教えてない魔法だって沢山あるんだし。それに旅をしていたらまたきっと会うこともあるでしょう、その時はもっと上の魔法を教えて上げるからね」
「はい、その時はお願いします……ありがとうございました」
いってお辞儀をする。それはこの2週間と、これからもお世話になるであろうことへの感謝であった。
「気を付けてね、心踊る異世界だと言ってもモンスターはいるし、盗賊だって出る…はっきり言って死亡率は日本の比ではないわ。でも、だからこそ"生きている"と実感できるし、今日を生きようと思えるの。日本ではとても味わえないことよ。だから…頑張ってね」
それは私達の師匠としてではなく、あるかさん個人としての警告に聞こえた。
「はい、頑張ります」
「うん、私に言えるのはここまで、それじゃあね」
バイバイと手を振る綺麗な師匠。
私はもう一度礼をしてその場をあとにした。
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「本日をもって、カノール街道が通行可能となったことをここに宣言します」
沸き起こる歓声、それと共に通行不可の看板が取り外される洞窟の街道。
「2週間は長かったな」
ふと声をかけられ、見れば荷馬車に乗った行商人のおじさんがこちらに微笑んでいた。
「そうですね、商品の方は大丈夫でしたか?」
「うちは食料品を扱ってないから被害らしい被害はなくてな、むしろおかげさまで品をじっくり見積もることが出来たよ」
そういってワハハと笑うおじさん。
この世界でも商人というのは逞しいようだ。
「ま、せっかく同じ第一陣に加わったんだ、3日ほどの旅になるがよろしく頼むよ」
スッと出された握手を求めるおじさんの手を私は笑顔で受け取った。
鐘の音を合図に20メートルはあるであろう高さの洞窟に入っていく。
第一陣と呼ばれる私達のグループは、30人程の人数で馬車の列を組み3日ほどかけて山の反対側まで出るという。
幸い馬車には松明がいくつか掛けられているので、暗闇の中を進むということにはならなさそうだ。
「随分広いね、壁が見えないや」
この街道、入るときはおおよそ横幅15メートル縦20メートルといったところなのだが、先に進むにつれてだんだん広くなっているのだ。
なので、団体で日に3度と分けることにより迷子や隠れている盗賊などの対策をしているそうだ。
「そういえば、アキラはこの街道を通ったことあるの?」
暇潰しもかねて隣に座っているアキラに問いかける。
「何度か通ったことあるよ、といってもこんなに小さい頃だけどね」
そういって手を腰の辺りまで落とす。
身長的にはサラちゃんぐらいだろうか。
「親父の仕事についていってこの街道を通ったんだけど、子供にとってここは暗すぎてね。戻りたい戻りたいってよく泣いたよ、今はもう大丈夫だけど」
アキラも小さい頃は泣き虫さんだったりしたのかな?
とアキラの意外な可愛い過去を見れて少しほっこりした。
「へー、アキラにもそんな可愛い時期があったんだ~」
と、ここでお得意のちゃかしと共に沙織が乱入してくる。
「まあね、そういう沙織はこういうのは平気なのか?」
「もっちろん、昔はよく怖がる美花のお守りをしたも「ちょ、それは言わないでよ!」」
とんでもないことを口走った沙織を慌てて止めるが、ちょっと遅かった。
おかげさまで周囲の人達にまで私が怖がりだったことがばれてしまった。
「うぐぐぐ、美花!首!首絞まってる!」
そんなこんなで暗いけど明るい旅が始まった。
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「……飽きた」
突然なにかと思われそうだがこの暗闇を3日はさすがにつらい。
面白いものでもあれば良いのだが、いかんせん景色は変わらずただただ馬車に揺られるだけである。
そんなわけで、私は2日目にして弱音を吐いていた。
「私もー、ずっと同じ景色だしね……そうだベンヌなにか面白いことやって」
同じく暇をもて余した沙織の気だるげな発言。
だからってその無茶振りはないと思う。
「我は芸人ではないのだが……」
案の定困ったそぶりでこちらに助けを求める大精霊。
思えばベンヌが精霊として扱われたのはてばり討伐戦の時だけではないだろうか。普段は大体こんな感じで沙織の暇潰しマスコットになってしまっている。
「あんまり無茶振りしないの」
「ぶー」
膨れっ面で抗議する沙織だが、彼女を満足させるようなものは今のところなさそうだ。
「魔術書でも読んでなさい」
そういい放ち、私も自分の魔術書を開く。
貰った日から毎日読んでいたが、未だページの半分といったところ。
これは私のペースが遅いのではなく、この本の内容がそれほど濃いのだ。
本の内容は魔力とはどんなものかから始まり、今は中級魔法と呼ばれる分野の魔法の説明を読んでいる。
ちなみに魔法の名前は、個人で好きなように呼んでも構わないらしく。私が教えてもらった魔法の名前はすべてあるかさんがそれっぽくつけたとか。
魔法に慣れたら自分オリジナルの名前をつけてもいいとのことなので、いい名前が思い付いたらやってみようと思ってる。
「ひーまーー」
「もう……アキラなんかない?」
たらい回しである。
だって暇潰しになるものがあるなら自分でやってるし……。
「なんかと言われても……うーん」
アキラも暇潰しは持ち合わせていないようだった。
仕方ないと諦めようとしたが、そういえばとあることを思い付いた。
「あ、そうだ読み聞かせやってよアキラ、タヂュの英雄」
「え、いいけど絵本はないぞ?」
いいからいいからと催促し、気分は読み聞かせムードへと移行する。
そういえば私はまだあの絵本の内容を全然知らないのだ。
「なになに、どんなお話?」
「童話、昔のお話だって」
沙織も食いついてきたことで、アキラがコホンと咳払いをし話を始める。
ーーー昔々、人々は悪い魔物に苦しめられていました。
ーーー多くの人が殺され、土地を失い、皆が神に祈りを捧げました。
ーーーすると天から光の使者が現れました、皆は異世界から来たタヂュ・サンだと言います。
ーーー使者は悪い魔物達を不思議な力で倒していきました。
ーーーやがて使者は一匹の大きなドラゴンと出会いました。
ーーー実はそのドラゴンこそがこの惨劇を生み出したのだと使者は言います。
ーーーその使者と選ばれた8人の強い人たちはドラゴンと戦いました。
ーーー戦いはなんと3日間ずっと続きました。
ーーー激闘の末使者達はドラゴンを封印することができました。
ーーーそして他の魔物達は弱くなり、人々に平和が訪れました。
ーーー使者は生き残った人々を導き、新たな国を作りました。
ーーー国ができてしばらくすると使者は居なくなってしまいました。
ーーーきっと次の世界を救いに行ったのだと人々は思いました。
ーーー人々は世界を救った英雄を忘れないために、年に一度彼を祝うお祭りを開くことにしました。
ーーー今日も英雄は別の世界で人々を救っているでしょう。
「おしまい………絵がないと解りにくいよな、特にブラックドラゴンの所とか」
「なんとなくは伝わったから大丈夫だよ、いい暇潰しにもなったし」
短いなとは思ったが、子供向けの童話だし本当は絵もついているのだからこんなものだろう。
アキラの喋り方は優しく早すぎず遅すぎずなペースで。一度もつまずくことなく読み終えて、毎日読み聞かせていたことがよくわかった。
「これは噂だけどこの時に出来た国がクルドス王国とナクレント王国なんだって」
「へえー、ナクレント王国ってこの国の名前だよね、この絵本っていつの頃のお話なの?」
「そのお話は約3千年も前って言われてますぜ嬢ちゃん達」
私の質問に答えたのはアキラではなく、馬車の手綱を引く若い男性だった。
「へー、物知りですね」
「商人ってのは情報の多さが取り柄なんでね。聞くところこの街道は初めてのようだけど嬢ちゃん方は何処へ向かうおつもりで?」
彼も暇なのだろう、ずっと手綱を握ってるのだから私達よりも辛そうだ。
「王都に行こうかと思っています」
私達の目的地を告げると、彼は驚いたように軽く目を見開いた。
「王都ですか、あそこは危ないですよ?」
危ない?王都が?
王都といえば国の中心だ、なぜそんなところが危険なのか。
「あの周辺はもともと強い魔物がうろついてるんですが、最近地鳴りがあったでしょう。あれ以降魔物達が活発になりましてね、腕の良い冒険者を何グループか雇ってやっと通れるのが現状らしいですよ」
まそれでも行くんなら止めはしませんけど…と続けるお兄さん。
私達と同じ街にいたはずなのになんて情報網だろうか。
にしても魔物が活発化か……この前のてばりの大群もなにか関係してるのかな。
「さて、もうそろそろで向こう側の第一陣と遭遇するころですが…ん?なにやら先頭が騒がしいな…」
どうしたんだ?と呟くお兄さん。
やがて騒ぎが大きくなり、馬車が止まった。
何があったのかと馬車を降りると、そこには酷い光景が広がっていた。
まず初めに感じたのは臭い、吐き気を催すその生臭さは紛れもなく血の臭いだった。
そして松明の明かりに照らされて映ったのは壊れた馬車と、それを前に立ち尽くす"向こう側"の第一陣だった。
「おい!どうした何があった」
先頭の馬車にいた人が前の集団に声を掛ける。
「盗賊だ、追い返したが見事にしてやられたよ」
集団の内の誰かが悔しさや怒りをにじませた言葉を呟いた。
「盗賊だって?夜中ではなく、移動中に襲ったのか?」
この街道に潜む盗賊は規模が小さいため寝込みを襲うのが通常らしい、だが今回は移動中…つまり全員が起きている状態だったという。
「ああ、この2週間でやつらも切羽詰まっていたんだろう。先頭馬車が初めに壊されて、そこからは地獄のような有り様だったよ」
悲壮感を出した顔で下を向く行商人、この様子ではキルクスの街まではとても無理であろう。
「被害は?」
「荷馬車5つのうち1つが盗られてあと2つが壊された。30人のうち12人が重軽傷、うち2人がもう間もない…そちらに精霊術者はいないか?」
そう話し、チラッと敷物の上に横たわる二人を見る。
つられて見てみれば一人は意識がないのか動きはなく、もう一人がうめいていた。
あの様子では街につく前に手遅れになってしまうだろう。
「こちらに一人いるはずだが…見たとこまだ見習いのようだし治癒魔法が使えるのかまでは……」
段々と声のトーンを落としていくこちらの陣営の人。
もしかしなくても沙織のことをいっているのだろう。
「沙織、ちょっとこっちにきて」
私は遠くから壊れた荷馬車を眺めていた沙織とベンヌを重傷者の元へと呼んだ。
「治癒魔法って使える?」
私の問に、沙織は何時ものように胸を張り笑顔で。
「任せといてよ!」
「おお、あれほどの傷を一瞬で治してしまうとは…確かサオリ殿と申したな、なんとお詫びをしたら良いか……」
「その歳で大精霊と契約を結んでいるとは…きっと大物になるに違いない!」
治療開始から数十分、沙織は負傷者や関係者から称賛を受けていた。
確かに誉められることをしたし、そうしたくなるのもわかるけどどや顔をこちらに向けないでほしい。
「いやー当然のことですよ!困っていたらお互い様です!」
そうやってすーぐ調子に乗る、痛い目みても知りません。
「なんという方だ……あの!俺行商人23歳独身収入は……」
「ずるいぞお前!サオリさん!一目みたときから好きでした!」
「へ?」
ほーらまた面倒ごとに巻き込まれる。
私は沙織が「助けてぇ」と泣きつくまでニヤニヤとその光景を眺めていた。
アキラくん段々口が砕けてきたね。