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私達の冒険譚  作者: 喜求
7/20

7話:師匠

 

「ここが、カノールの街...」


 心地よくはない乗り心地を提供してくれた馬車から降り、運転していた村のおじさんにお礼を伝える。

 積み荷のワインの匂いが鼻から離れないが、それを上書きするかのような人混みが私達を出迎えてくれた。


 門からまっすぐ伸びる道は所狭しと店が並んでおり、活気づいていた。


「人が凄いね...」

「そうだな、はぐれないようにしよう」

「我は目立つから姿を消しておく、そばにはおるから必要があれば呼ぶと良い」


 そういうとベンヌの姿が消えた。

 淡い光になって空間に溶けたとでも表現したらよいだろうか、とにかくそんな感じに私達の視界から消えていった。


「さあ、予定通りこれが売れる場所を探しに行きますか」


 沙織が懐に仕舞った牙を叩く、当座の資金になるものなのでこれが第一だ。今日の宿代くらいにはなってくれるとうれしいが...。


 ざっと見回しただけでも武器防具のお店がいくつか目に入る。盛んだというのは本当のようで、雑貨らしきお店もぽつぽつとだがあるようだ。


 獣骨の需要もあると信じて、三人で軽く歩いてみる。


 魔法っぽい雰囲気のお店があったので入りたくなったが、いったん我慢しながら街を巡る。

 街の中央と思われる大きな道を二つ程逸れた路地で、軒先に骨を吊るしているお店を見つけた。



 相変わらず言葉が通じず、交渉の為ならとベンヌが姿を見せると凄く驚いていた。

 沙織のコミュ力とベンヌの通訳のおかげで交渉は比較的スムーズに動き、いくばくかの通貨を得ることができた。


 初めて手にしたけどこれ価値どれくらいあるんだろうか...。

 そう思い露店で買い物をする人々をよくよく観察し、ベンヌとの話をすり合わせた結果。三人で三泊するなら足りる位のお金になることがわかった。



「流石に着替えとかほしいし、昨日話した通り一泊分だけお金を残して必要なものを買いに行こう」

「だね」「だな」



 そう決めた直後、誰かのお腹からキュ~という音が鳴った。

 もしかしたら私のだったのかもしれない。


「...その前にごはん、食べよっか」

「だな」

「腹が減ってはなんとやらだね」


 よし、腹ごしらえといこう。早速露店に向けて歩き出す。

 意識すればするほど、漂ってくる匂いが鼻を刺激する。


 肉だったり野菜のような香りだったり、変な見た目の食べ物まである。


「あ、私あれがいい」


 沙織が指さしたその先には薄くしたパンに肉やら野菜やら色々乗っけた一見するとタコスみたいな料理だった。


 先に購入した客をよくよく観察し、明が代表として三つ分買ってきた。


 包み紙なんてものはない。雑といえばそうなのだがこの往来で買って食べるという雰囲気がそのマイナスイメージをプラスにすら変えてくれる。

 手に取ればより鮮明な匂いが食欲をそそる。


「「「いただきます」」」


 一口食べる。


 瞬間、口いっぱいに肉と野菜と感動が広がってゆく。

 充分にかみしめ呑み込んだ後からジワリとやってくるこのうま味というのは、こういう時でもないと味わえないだろう。


 僅かに使われている香辛料が、次の一口を催促してくる。

 その誘惑を断る理由を持たない私達は、気が付けば完食してしまっていた。


「「「ごちそうさまでした」」」


 ばっちり手を合わせて食後の感謝を捧げる。ああ、おいしかった。


 そういえば朝から何も食べていなかったのだ。少し物足りなさはあるけど、味に文句はなかった。



 しばし余韻に浸り、次はどうするかと声をかけようとしたところで背後に人の気配がした。



「あの、貴方達が転生者....? でいいんだよね?」





 声をかけてきたのは、私達と同じくらいの歳の見た目の女性だった。

 明るいピンク色の髪に、動きやすそうに調整された軽装のローブ。そしてなによりその手に持つ杖が印象的だった。


 一言で表すなら、魔法使いだ。


 そんな人が今、私達に声をかけてきた。

 それも私達のわかる言語でだ。


「ああ、ごめんね急に。私の名前はリア。最近は賢者って呼ばれたりするけど魔女の一人だよ」

「魔女?」

「それよりも、なんで転生者って...」


 魔女。その言葉を聞いて私の意識は一層クリアになった。

 私達の世界でいうなら、それはつまり魔法が使える人ということである。


「ええっとね...私も状況がよくわからないっていうか、どこから説明したらいいのかわからないんだけど...」


 一人心臓が高鳴る私を置いて、当のリアさんは声をかけてきた側だというのになぜか困惑している様子。

 是非ともお話を詳しく聞きたい。あわよくば魔法を教えてもらいたい。


 どうやって話を切り出すか...。


 顎に手を当て悩むしぐさをするリアさんは、数秒ほどそのポーズのまま固まっていた。


「よし、貴方達。私の弟子にならない?」



 きっかり十秒ほどたった頃。衝撃発言を言い放った。


「え、えぇ?」

「あの、急にそんな...」


 困惑する明といったん冷静になろうとする沙織。

 対する私は冷静に頭の中で状況を整理し、ある結論を導き出していた。



 ...つまりどういうことだってばよ。



「あー...えっとその、立ち話もなんだしそこのお店に入らない? 私が持つからさ」











「えーっと、リアさんはつまり魔法が使える魔女って人で弟子になる人を探している...と?」


 喫茶店のような所に入り、落ち着いて話を聞く。


 リアさんが注文してくれた紅茶のような飲み物は、頭の中を緩やかに整えてくれた。



「そういうこと。私の師匠からそろそろ弟子をとれって言われてね、街に来たら貴方達を見つけたってわけ」

「でもなんで私達なんですか? それに転生者ってまるでこちらの事情を知っているかのような感じでしたけど...」


 沙織が結構ぐいぐい詰めていく。こういうのは話のできる沙織に任せたほうがいい。


「私も詳しくは知らないんだけどね、師匠が貴方達をそう呼んでたから」


「そうなんですか...弟子になる、というのは?」



 すごい私達空気。紅茶がおいしい。


「そのまんまの意味。魔法とか精霊術とか剣術とか、貴方の後ろにいる子とは最近契約したみたいだけどまだ十全に力を出せていないみたいだしね」

「もしやと思うたが、見えていたのか」


 ベンヌが私達の後ろから声を出した。振り返っても見えないから声だけ出したようだ。


「私は目がいいからね。そろそろ皆の名前を聞いてもいい...かな?」


 なんか、凄くいい人そう。そんなオーラが漂ってる感じする。



「そういえばまだでしたね、私は宮本沙織」

「俺は中村明」

「石田美花です」

「ベンヌじゃ」


「ありがとう。では改めて聞くんだけど、私の弟子にならない? 師匠に言われたことではあるけど、個人的に凄く貴方達に興味があるんだ」

「是非ともお願いします」



 あ、沙織に任せようとしてたのについ口が出ちゃった。


「ちょっと美花、まだこの人のことよくわからないのに」

「そうだそうだ」



 怒られた。


 ていうか沙織は人のこと言えないでしょ。


「慌てなくていいよ、ゆっくり決めて。しばらく面倒は見るからさ」


 そういって紅茶を優雅に飲む姿は、とても私達をだまそうとしている人には見えなかった。


「いや...ありがたいですけれど、いいんですか?」

「いいよ、さっき見てた感じお金ほとんどないんでしょ? ちなみに、この街の安宿はもう空いてないよ」


「え」


 お金がないのを見抜かれてる...ということは少なくともタコスモドキを買う前あたりから見てた?

 というかなぜ宿がないのだ。


「カノール街道が落盤でしばらく封鎖されててね、明日やっと通行可能になるから人が集まってるの」

「ああそれで...」


 活気づいた街はそれを控えてのことだったのか。


「さて、どうする?」


 リアさんの言葉に沙織がこちらへ同意を求める視線を送ってくる。

 実際お金に余裕はないし誘いに乗るのが一番だと思うので頷いておく。


 明も少し間を置いて頷いた。


「じゃあ、よろしく願いします」

「うん、早速だけど明日カノール街道に入るから欲しいものあったら買っておいてね、服から道具まで必要なものは用意しておくから」


 じゃあ夕方ごろこのお店でと言い残し立ち上がるリアさん。


 流れるように私達の分のお金を払って行く姿もあいまって、見た目以上に大人びた印象がある。


「いっちゃったね」

「どうだった?」


 沙織ならリアさんがどんな人物かわかるかと思っての質問。

 しかし意外にも沙織の顔には釈然としないものが浮かんでいた。


「うーん...はっきりとしないよ、本音は喋ってると思うんだけどまだわからない。誘いに乗るのは間違いじゃないと思う」

「沙織がそういうなら、ついていってよさそうだな」

「だね」


 願ったり叶ったりだもんね、しばらくの生活を保証してくれて私の求めていた師匠になってくれるかもしれないし。


「ベンヌはどう思った?」

「正直に申せば恐ろしかったのう。今の状態の我に気づいたのもそうじゃが、大精霊にのみ使えるとされた共有言語魔法を使っていた。只の魔女というわけではなさそうじゃ」


 ベンヌの評価がかなり高い。どれくらいすごいのかわからないが大精霊が恐ろしいというほどの人なのだ、実力は本物だろう。


「なんでそんな人が私達に声をかけたんだろう」

「目立つといえば目立つけどね」


 ジャージ着た三人組は周囲から相当浮いていたことだろう。確かに変なものを見る目を向けられた。

 ただ、向こうは少なくともこちらを転生者と認識したうえで声をかけてきたのだ。

 私達がここにいる原因について手がかりを知っていると思われる。


 師匠が私達を転生者と呼んでいたと言っていたのだったか? となると現状かなり怪しい存在になる。


 ともあれ、詮索は合流した後にすればよい。今は買い物について話すべきか。


「欲しいものを買ってこいって言ってたけどどうする? 服まで用意してくれるらしいけど」

「なにから何まで用意してもらうのは気が引けるけど...今は甘えるしかなさそうだもんね」

「手元にいくらか残すとしてもそこそこの物は買えそうだよな」



 全て貯蓄に回すよりは何かしら買っておいた方がいいだろう。


 いくら全て用意してくれるといってもこちらでも用意するという姿勢は見せたいし。

 ここは金属加工が盛んだというし、そっち方面で何か買っておきたいな。


「せっかく鍛冶の街なんだから道具系は?」

「いいね、あって困らないし」

「当初の予定通りナイフとか?」


 うん、明の意見に賛成かな。それ一つでできることが大きく変わるし。

 最悪リアさんの誘いを断ることになっても三人でサバイバルができる。


 沙織も賛成のようで、うんうんと頷いている。


「決まりってことで、じゃあ行きますか!」


 再び、私達は街に繰り出した。



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