6話:馬車
帰ってきた聖職者さんに怪我人がいないか聞いたが特にいないらしい。
いいことなんだけどね、やろうとしてたことができないともどかしい。
この気持ちは他人の不幸を願うようでなんかなー。
と内心ぐるぐるしてるが、実際には虫歯が痛いという人がいたのでその治療をしている。
私達にはあまり縁がないが、この時代だとまともな治療技術もないはずで地味だがかなり役に立てたはずだ。
実際かなり楽になったと言われ古くなった背嚢を一つ頂いた。成果としては上々である。
まあ私は一切何もしてないけど。
力になれてないの気分下がる...若干ネガティブ。
気にしたって仕方ないんだけどね。
「どうしたの美花」
「ちょっとなやみごとー」
「一人で抱え込んじゃだめだからねー」
沙織はあまり踏み込まれたくないことだと汲み取ったようで詮索してこなかった。
ほんと気が利いて助かる。
「わかってますう」
返事をしながらスープに浸していたパンを口に運ぶ。
聖職者さんが沙織が一仕事終えた後に夕飯を用意してくれたのだ。
歴史として中世の食事を学んだけど予想以上にこのパンが硬い。
食べれなくはないけどこうしてスープをしみこませた方が断然食べやすい。
パンそのものの味は逆に新鮮味を帯びていて不味くは感じなかったが多分すぐ飽きる。
聖職者さんは終始ニコニコしてる。
怒りの表情を知らなさそう、それぐらい穏やかな顔をして私達の食事を眺めていた。
その視線は時折ベンヌに向けられ、その時だけはまた違う雰囲気があった。
ベンヌを神聖視してそうだったしやっぱり精霊を崇める信者かなんかだろうか。
服の刺繍が木、多分世界樹とか? なのはわからないけど。
明日にでもベンヌに聞いてみよう。本人のいる前で話をするのはなんか怖い。
「そういえばカノールってどんな街なの?」
先に食べ終えていた沙織が暇をしていたベンヌを撫でまわしている。
すっかり沙織の虜にされてしまったらしいベンヌは気持ちよさそうな顔をそのままにしている。
もしかしなくても聖職者さんのベンヌを見る目が変なのはこれが原因じゃないだろうか。
「行ったことはないが、中陸へと繋がる重要な街道があると聞いたことがある」
「中陸?」
言葉通りだと真ん中の陸ってことだろうか。
「この大陸は山脈によって大きく三つに分けられるそうだ、我はここ東陸しか知らぬが中陸には魔術師の多い国もあるというな」
「なにそれ詳しく」
「詳しくは知らぬ」
ちくせう
とにかく中があって東がって少なくとも西がある。その国がどこにあるかわからないが師匠を探すには最も適していると言えるだろう。
それと道中遠くに見えた山脈ってそれか、凄い大きかったしどこまでも続いていそうだった。
「話を戻すがカノールとはその街道の為の街であり様々な人や物が集まるという。この付近では一番大きい街だそうだ」
「へー」
情報や物を集めるには丁度よいということか、都合がいいね。
「なにか名産はないの?」
「これ以上はそこな者の方が詳しいだろう」
「□□□□□□□□□□□□□□□」
「そうだ、今我がした話以外で何か特徴となる話はあるか?」
聖職者さんはゆっくりと語ってくれた。
曰く、カノール街道とは聖職者さんの親の代あたりで再開した炭鉱業により発展期にあるという街だそうだ。
人が多くなり周辺の開拓も進んでるとのこと。
この村からカノールへ向かう道中には新規の村が多く、人の往来が多いため盗賊の心配は少ないという。
もともとこの村はワインを生産しておりカノールに卸していたが需要が増して新たに畑を拡大するんだとか。
それに向け不足した道具を明日買出しに行くそうで私達が乗るのはその馬車になる。
装飾品等も集まるようで、その素材となるイノシシの牙はそこそこのお金になるだろうとのこと。
名産としてはやはり鉱物の加工品らしい。道具や武器防具が盛んだとか。
やっぱりファンタジー世界のような鎧とか剣とかあるのだろうか。
それを聞くと冒険者とか、そんな魔物と戦うような世界だったりするのだろうか。
だとするとちょっと怖いな、ワクワクもあるけど今の私達ってベンヌの魔法以外強みないし。イノシシ狩るのだって結構危なかったしゴブリンとか武器持つような敵と戦える気はしない。なまじ父から命のやり取りについて教えられている分ラノベの主人公みたいに勇猛果敢にというのは無理だと思う。
魔法を覚えたら少しは変わるのだろうか。
余計な思考を交えつつも、耳を傾ける。
ベンヌの通訳を通してのお話なので、一通り聞き終えるころには外はすっかり日も落ちて暗くなっていた。
「今日はもう遅い、明日に備えて寝るべきじゃ」
キリの良いところでベンヌがストップをかけて終了。
聖職者さんの家は来客用のベッドがあり、そこで寝かせてもらうことになった。
この世界で目覚めてから初となる布団だった。
といっても肌触りは現代のそれとは比べ物にならないけどね。
それでも今の私達にとってはとてもありがたく、熟睡することができた。
翌日、まだ日が登りきらない時刻に馬車に乗り込んだ。
お世話になった聖職者さんにお礼を言い、村を離れていく。
私達は荷台の空きスペースだった。
換金用だとかいうワインの詰まった樽の傍らで、幌の隙間から眺める景色を堪能する。
雄大な自然を少しは楽しめたが、すぐに変わらない木々と山脈の景色に飽きてしまった。
「そういえば昨日教会がどうのって言ってたけどそれってなんなの?」
揺れ動く馬車の中で沙織がベンヌに質問する。
「それも知らぬとはどこから来たのじゃお主ら...この付近で最大の宗教、世界樹教じゃ。世界樹を信仰しそこから生まれたとされる我々精霊を同じく信仰の対象としているようじゃ」
世界樹、つまりでっかい木がこの世界にはあるのか。
今までの景色では見えなかったけど遠いのかな。
「世界樹はここからでは少し遠いが、もう少し南に向かえば見えるじゃろう。あれは他の木々が苗木の如く感じるほどに大きいからのう」
やっぱり大きいそうだ。いつか見てみたい。
「ベンヌは世界樹で生まれたの?」
「記憶はないがの、そうなのだという繋がりを感じるのじゃ」
「へえぇ、それって私達のような感覚?」
頷いて肯定するベンヌ。
そんなに遠くにあるにもかかわらず魂のつながりのようなものを感じるのか。
「ほうほう、他には?」
「東陸では世界樹教が中心じゃが、中陸以西では魔女教が栄えているらしいな」
「魔女教?」
世界樹教が世界樹を崇める宗教なら魔女を崇める宗教だろうか。
「魔女が全ての始まりとする宗教じゃな、今の人族は全て始祖の魔女によって生み出されたと説いているという」
「なんか...どっちも凄い話だね」
どちらも壮大な話である。
私達は宗教とは特に関わりのない生活をしてきたから実感がわかないが、中世に近い文明ならば宗教とは身近で一般的なものなのだろう。
「ベンヌはその宗教についてどう思うの?」
「どうとも思っておらぬ。教義はそこまで重複しておらぬし案外どちらも事実やもしれぬな」
「そうなんだ」
馬車の揺れが少なくなる。
気になって外の様子を見てみれば、視界一杯に山脈が広がっていた。
雄大な山々から視線を落とせば、そこには石造りの壁と思われる人工物。
断崖絶壁を背に壁で囲まれた文明的な街である。
「見えてきたようじゃな」
カノールの街だ。