5話:はじめての村
うぐぅ、眠い...。
やっぱりそんなに深くは眠れなかったが、体調は問題なさそうだ。
「起きたか、不調はなさそうじゃな」
「おはよう...」
ボサボサの髪を手櫛で梳いて巻き込んだ草を落としていく。多少整ったら顔を洗う。
冷たい水が寝ぼけた頭を目覚めさせ、意識を覚醒へと導いてくれる。
もぞもぞと二人が動き出し草の山から顔を出す。
こうしてみるとあれだな、旧石器時代の人間だな私達。
もしかしたら異世界じゃなくて過去にタイムスリップをしたのかもしれない。
「やっぱりお風呂入りたいな...」
昨日は火が用意できたころにはもう暗くなってたからあきらめたけど、やっぱり髪が気になる。
現代人としては水浴びくらいはしたい。
朝早いしやってしまうか...? 昨日汗かいて不快感あるし...。
「そんなわけで水浴びをしたいので火をお願いします」
「わたしもー」
「わかったけど...大丈夫か?」
何に対しての不安かはわからないがベンヌもいるし大丈夫でしょう、そんなに時間かけないし。川の周辺は背の高い植物多いし。
明が覗きをするようなやつじゃないのはわかってるし。
「平気平気、周囲の見張りはよろしくねーベンヌ」
「心得た」
沙織はもうその気満々のようで、見張りの指示を出して私の腕を引っ張っている。
明からは見えない位置に移動し、服を脱ぎ肌着と下着だけになる。
川に足を入れ、冷気が体を上ってくる感覚になんともいえぬ気持ちよさを覚える。
瞬く間に筋肉が緊張し、力が抜けていく。
一つ息を吐けばもう、体は慣れていた。
足を浸らせ全身を洗っていく。
やっぱちょっと寒いけど汗を流せるのはいい、淀んだ気分が溶けだしていくようで心地よい。
それにしても...。
「むぅ...」
「どうしたの?」
やっぱり私より大きいよね、沙織って。
「なんでもない、風邪ひく前に上がるよ」
「はーい」
ジャージをタオル代わりにして体を拭き、明がつけなおしてくれた火にあたる。
当の本人は眼を逸らしているが、こういうときどう反応してあげればいいんだろうな。
「火、ありがとね」
「う、うん」
これでいいか。
日がしっかりと出始めたころ私達は歩き出した。比較的綺麗な状態の牙と石のナイフを手にひたすら歩く、
川の支流があるおかげで水には困らず、またお昼ご飯も確保できた。
日中の一番暑い時間が過ぎ去った頃に、果樹園らしきものが見えてきた。
道もよりしっかりしたものとなり、人が近くに住んでいるのは確かである。
「村みたいだな」
「なんか緊張してきた」
「大丈夫、交渉は任せて」
私達が村でやるべきことは二つ。情報の収集と本日の宿の確保だ。
魔法の師匠探しをするなら大きな町に行く必要がある。
コミュ力の高い沙織に交渉事は任せて私は背景に徹するつもりである。
というか言葉通じるんだろうか。ベンヌとは会話できてるし大丈夫か。
などと考えていると、こちらに農具を担いだ男性が歩いて来てるのに気が付いた。
向こうも気が付いたようで表情は見えないが視線を感じる。
服はなんか上がゆったりしていて足元がぴっちりしてる。農家ってこんな恰好してるのか。
「なんか農家っぽい人が来た」
「第一村人ってやつか、頼むぞ沙織」
「おっけー」
そう言うや否や沙織は足早におじさんに近づいていき声をかけた。
私と明は沙織から一歩引いたところに陣取り何かあればすぐ加勢できる体勢だ。
「□□□□□、□□□□?」
沙織の元気な挨拶を聞いたおじさんからよくわかんない言葉が発せられた。
これまでの人生で聞いたことがないようなものだ。さっぱりわからん、発音は日本語に似てるかもだがともかく私たちの知る言語ではないようだ。
「あー、大きな街に行きたいんですけど...」
沙織の勢いが弱まりつつある、おじさんも怪訝な顔をし始めた。
「ここは我の出番じゃな。小僧、大きな街はどこにある?」
私達と同じく一緒に待機していたベンヌがおじさんに語りかける。
おじさんを小僧っていうことはベンヌって長生きなのか。
「!!」
おじさんが凄く驚くような反応をした。
そしてしばらくフリーズをした後。なんと急に祈りを捧げ始めた。
両膝を付いた姿勢で早口でなにか喋っている。
「え、ベンヌ何やったの」
「これでも大精霊なのでな。...小僧、村長を呼んで来い」
ベンヌの言葉を聞いたおじさんは農具も置いて慌てて走り去っていった。
意味が分からない。
「ベンヌ、どういうこと? 私にはあのおじさんの言語には聞こえなかったけど」
そこなのだ、ベンヌが発する言葉は私達の知るものであるはずなのにあのおじさんに通じている様子だった。
「共有言語魔法という、大精霊にのみ与えられた如何なる言語の相手とも会話できる魔法だ」
「なにそれすごい」
どういう原理だろうか? よくわからないが助かった。
「そういうのがあるなら初めから言ってよ」
「すまぬ、沙織殿のやる気を見ていたら言い出しづらくてな...」
ちょっと申し訳なさそうにしてるベンヌ。
「ということは俺たちとの会話も?」
「ああそうじゃ、我が非言語情報を発しそれを聞いた者の言葉で解釈するようにできておる」
とんでもなく凄いことをしてるというのはわかる。つまりどんな人とも会話ができるってことだよね?
魔法って便利なんだなあ。
「その魔法って私達には使えないの?」
「難しいな、というのもこれは我の意思で発動しておるものではないのじゃ。体質というかの、知識として知っているだけで理解しておらぬ。故にお主らにかけられる魔法ではないのじゃ」
残念。となると交渉には言語の壁を突破するかベンヌにやってもらうしかないのか。
今のやり取りからベンヌ、というか大精霊は崇められるような存在というのがわかったし話を通すのに苦労はしなさそうだ。
少し先でさっきのおじさんが何かを叫ぶ声が聞こえる。きっと偉い人を探しているのだろう。
村自体はすぐそこのようだ。
「今はまだできぬが生涯契約で深く繋がっている沙織殿なら我を経由することで疑似的に再現はできそうじゃ、しばらくは通訳として間を取り持つとしよう」
「わかった、お願いね」
しばらくすると、さっきのおじさんよりはまともな服を着た人が来た。
おじさんよりはいくらか若く、印象としては聖職者のような恰好だ。
「おお、丁度よい。教会の者か」
聖職者さんは慌てた様子で走ってきてベンヌの前に着くと優雅なしぐさで片膝をついた。
よく見ると服の中央に木の模様をした刺繍が施されている。
「□□□□」
短く、はっきりとしたその言葉の意味はわからないけど、本気度というかおじさんの言葉よりも気持ちがこもっているようだった。
「よい、顔を上げよ」
ベンヌに促されるまま顔を上げた彼の眼は強い意思が宿っているかのようにまっすぐだった。
「大きな街を目指しておる、それと今日の宿じゃ。頼めるか?」
聖職者さんは大きく頷いた。
ベンヌとの身長差から片膝をついた状態でも視線が下になっているが、ベンヌに気にした様子はない。
もしかしてベンヌって結構偉い?
「うむ、頼むぞ」
「□□□□□□□□□□」
聖職者さんがこちらに優しい笑みを浮かべて村へと歩き始める。
多分ついてこいってことだと思う。
案内されるがままについていくこと数分。
なにやら作業中の村人たちから数奇の眼を向けられつつも一軒の木造の建物にたどり着く。
他の家より一回り大きいその家は、多分聖職者さんの家なんだと思う。
通されたリビングのような所は綺麗に整えられられていた。
けど物が少ない。多分村で一番偉いであろう存在なのに最低限の家具しか見当たらない。
「□□□□□□□□...」
「「何もない部屋ですが...」とのことじゃ」
「いえ! 泊めてもらう立場ですのでそんな」
沙織の言葉に聖職者はただ朗らかな笑みを浮かべている。
「□□□□□□□□。□□□□□□□□□□、□□□□□□□□□□」
「明日カノールに行く馬車が出るらしい、それに乗せてもらえるよう話をしてくれるようじゃ」
「ありがとうございます」
言葉は通じずとも誠意は伝わるだろう。そう思ってお辞儀をする。
伝わったかはわからないけど、聖職者さんはにっこりと笑って外へ言ってしまった。
「どうする?」
「ゆっくりしてていいんじゃない? これからの予定についてでも話そう」
椅子に腰掛けみんなで向かい合う。
私は師匠探しに行きたいが、二人の方向性はまだ決まっていない。
「まず言葉が通じないんじゃ文字通り話にならない、俺はそれを教えてくれる人を探したい」
「確かに...」
魔法を教わるにしてもまずここの言葉を習得してからだろう。毎回ベンヌに通訳してもらっては非効率極まりないし申し訳ない。今後もこの世界で生きていくことを考えるのであれば自分で覚えるべきだ。
「生活に必要なお金も稼がないといけないし...」
一文無しなのも問題だ、というか問題だらけだな私達。冒険やらなんやらの前に野垂れ死にそうだ。
さっきの聖職者さんのようにベンヌを当てにするのはあまりしたくない。
「道具も揃える必要がある」
道具は石ナイフが一振り。道具としては心もとないし服やリュックのような収納も必要だ。
「何から始めるかってことだよね」
整理すると衣食住と言語の全てが足りておらずどこから手を付けるのかということ。
カノールとかいう所がどれだけ大きいかはわからないけど、道具や日用品ならそこで揃えることができるだろう。
魔法や言葉を教えてくれる人が見つかるかはわからないが、そこで当面の用意をするべきだ。
そのための費用を稼ぐ必要があり、これをどうするかを考えなくてはならない。
それらを説明し、今後の予定を立てていく。
「つまり、カノールっていう所でお金を稼いで買い物して人探しの準備をするってこと?」
「そういうこと、この村よりも大きい街のほうが都合がいいし」
「でもどうやって稼ぐか、だよな。今のところ価値に変えられそうなものはこの牙一本だけだ」
明が机の上に置かれた牙をこんこんと叩く。
これがどれだけの価値を持っているのかすらもわからないのだ
「ベンヌ、何かお金になるものない?」
「前の契約者は歩きの医者をしておったな。旅すがらに怪我人を助けわずかばかりの対価をもらっておった」
なるほど医者か、私達ができる一番の金策はそれになるか。
「ただ現地の医者には良い顔はされなかったがの、故に一つの街には長くとどまれんかった」
営業妨害に他ならないもんね...そりゃいい顔されないか。
「あ奴は甘すぎた、気弱な癖に誰にも嫌われぬことを願うあまりに強く出れず明日食う飯にすらも困り果て挙句に飢え死にじゃ」
暗い表情で語るベンヌ。話が重いなぁ...。
「すまぬ、余計な話じゃった。ともかくお主らが飢えぬためなら我を存分に利用してくれてかまわぬ」
「そんな話されたら遠慮はできないけど...」
初めのうちはそれに頼った方がいいかもしれない。
けが人なんてそう都合よく出会えるとも限らないし依存はできないけど。
「じゃあ早速この村で怪我人がいないか探してみようよ」
「聖職者さんが帰ってきたら聞いてみようか、今日の宿のお礼もしたいしね」
ひとまず私達の方針が決まった。