3話:大精霊
「契約?」
クジャクもどきはまっすぐ沙織を見つめている。
その顔は真剣(?)なものであり声も改まっている。
「なんだ知らぬのか。はて、どこから話したものか...」
オウム返しの沙織の言葉にうなりだした。
するととなりで一緒に体育座りしていた明が挙手した。
「せんせー質問よろしいでしょうかー?」
「先生ではござらぬ、大精霊ベンヌじゃ。なんじゃ」
名乗った。なんなんだこの鳥。
「ではベンヌ...さん? ここはどこです?」
「ベンヌでよい...いまいち質問の意図がわからぬな、人の取り決めた領土でいうなら確かタンジーとかいう国だったと思うが」
タンジー、そんな花のような国の名前は聞いたことがない。
私たちは一体どこに来てしまったのだろう。
目の前のベンヌとかいう自称大精霊を名乗る喋る鳥しかり、気が付けば見知らぬ場所にいたことしかり、挙句しらない国の名前を出された。
「タンジー、聞いたことある?」
「教科書には少なくとものってなかったね」
国を全部覚えているわけではないが、そんな名前の国は聞いたことがない。
「だよなあ、一昔前に流行った異世界転生モノとかいうやつ?」
「そうなると死んだことになるけど私達」
正直最後の記憶の限りでは死んだ気がしてならない。
あそこから助かる見込みは薄いし。
けど不可解なことが多いし、今はそう仮定して考えた方が気分はいくらか楽そうだ。
「私も会話に混ぜてほしいんだけど、前二人が話してたラノベとかいう話?」
「そうそれ、私達三人が知らない世界に生まれ変わってきたって考えた方が状況を理解しやすいなって」
「いやわからないよ? それって誰がなんでそんなことするの?」
最近私が読んだ奴は上位存在がその世界の神と天使として送り出す物だったな、あれはいい作品だった。
じゃなくて。
「ラノベだと神様だったりが多いよな、なんか凄い力で並行世界の地球を救ってくれとかそんな理由で」
「私達わけもわからず放り出されてるけどね」
これから出てくるのかそれともこのまま放置なのか、いずれにせよ今できるのは変わらず状況の把握だけだ。
「随分と突拍子もない話をして居るが、どうやらここから遠い場所から来たようじゃな」
ベンヌが口をはさんできた。そういえば今この人(鳥)の話を遮ってるんだった。
「そうらしいよ? 私はあまり本とか読まないからわかんないけど。そういえば契約って言ってたけどなにするの?」
「契約は主に精霊に魔法を行使してもらうよう人間が行う手続きのことじゃな。ただ我がしたいのは生涯契約の方じゃ」
「なにそれ」
沙織とベンヌが契約に関する話をしてる。悪徳商法とかじゃないよね?
なんか契約という単語を聞くと反射的に身構えてしまう、全部あの白い猫もどきのせいだ。
「平たく言えばお主が生涯共にする精霊として我を選ばぬか? というものじゃ」
「友達ってこと? そういうことなら大歓迎だけど」
なんか二つ返事でOKしそうな気がしてならない。
というか生涯とか相手が人間だったら結婚とかそのレベルの話になると思うんだけど。
「決して軽いものではないぞ、この生涯契約は簡単に解けぬからな」
「なにか困ることがあるの?」
「他の精霊と契約できなくなるくらいじゃ」
「なんで私なの?」
「お主のまとう気配じゃな。精霊は人と契約し魔法を使うことを使命としているのじゃが、お主となら多くの機会に恵まれそうだと感じた」
精霊はだいぶ変な趣向を持ってるみたいだ。
うん? 魔法?
「変な趣味だね。ベンヌは魔法を使えるの?」
「うむ、大小差はあれど魔法を使えぬ精霊はおらぬな。先ほど獣を追い払ったのも魔法の一種じゃ」
「やっぱり魔法があるんですか!?」
いけない、邪魔しないようにしてたのについ割って入ってしまった。
「う、うむ。まだ少ないが扱える人間もおるぞ」
「おおおおぉ....」
魔法! ファンタジー世界における定番要素!
かつて魔法と呼ばれたものは現代ではほとんど科学で解決されているけれど、それでも個人で超常的な現象を起こしてみたい!
やっぱり杖か? 私小さい手のひらサイズの奴より大きな杖が好きなんだよね。
「おーい、美花ー?」
「これはしばらく帰ってこなさそうだね」
やっぱり簡単には使えないんだろうか、技名を叫ぶだけじゃダメなのかなあでもちゃんと修行したうえで身に着けた力の方が実感というか達成感あるよねでも扱える人が少ないってことは難しいんだろうなあ苦悩はしたくないけど苦労はしたいというこの感覚表現しにくいなあ一本道のゲームをやる感覚が一番近いかな? やることは決まっててそれを工夫しながらやったりして適度に悩みつつも前に進んでいけるような展開があるとうれしいなあ。
「それで? 私とベンヌが契約するとどうなるの?」
せっかく魔法使うなら派手なのがいいよね、炎とかそういったのがいい。
ていうか魔法のある世界ならそういういい感じのスキルとかないの? と思ったけど特に魔力とか今まで感じられなかった感覚とかないしなあ...。
「お主の呼びかけに応じて我が魔法を扱う。使う魔法に応じた魔力を分けてもらうがの」
「魔力って?」
「魂が持つ世界を変えうる力のことじゃ。大半の人間は無意識で使うのみでその生を終える」
待ってなんか大事そうな話してる。
魔力という単語に反応した耳は思考の海から意識を浮かび上がらせた。
けど今度は邪魔しないよう善処する。
「それって使いすぎたら大変だったりする?」
「使い過ぎは体に響く、軽い眩暈からひどければ昏倒じゃな。最悪の場合は魂が崩壊することもある。そういう人間も見たことはあるが、基本的にはきちんと休息をすれば問題ない」
魔力は使いすぎるとよくないのか...メモしたいけどできないのが歯がゆい。
「なるほど...いいよ、契約しても」
「ほんとうか! 悪いようにはせんと約束しよう」
急な沙織のOKに驚いた。
「ちょっとまって、話を聞いてたけど流石に決めるの早くない? さっき出会ったばかりの存在とまだ詳細もわからないのに契約って」
私も明の発言を援護しようとして。
「大丈夫。眼と話し方でわかる」
沙織の言葉でその気が失せてしまった。
彼女の眼と声は本気のソレだったから。
「それに、私達よりもこの世界を知っているこの子がいたほうがいいでしょ」
それは、そうだけど...。
「...益々、お主のことが気に入った。全身全霊をかけてお主の力となろう」
「是非ともお願いするね」
クルリと、沙織はベンヌに向き直った。
「最後の確認じゃ、よいか?」
「もちろん」
返事と共に二人の体が光始める。
淡く、けれども周囲の光を吸い込むような錯覚を覚えるほど力強いそれは、音を置き去りに二人だけの空間を作り出す。
沙織は僅かに眼を見開き、例えるなら驚く...だろうか、そんな表情をしている。
数秒もすれば光は引いていき、風で揺れる草の音に気づいたことで現実に引き戻された。
「終わりじゃ、感じるか?」
二人に変化は見られない。
けど沙織は自分の体を見回し、眼を閉じて頷いた。
「うん、わかる。なんとなくだけど、そこにいるって感じがする」
「そうか、なら成功のようじゃな。よろしく頼む」
「よろしくね、ベンヌ」
はたから見ても何もわからないが、どうやら生涯契約とやらが完了したらしい。
あっさり過ぎてついていけてないけどとにかく沙織が無事そうで何よりといったところ。
「沙織、なんともない?」
「うん、大丈夫」
こういうなら大丈夫なのだろう。顔色もよさそうだし。
「さあ、どうする? 私はもう動けるよ」
「行こう、目的地は町か村か人のいるとこ!」
「おっけ、なあベンヌ。あの道の先にそういうとこあるか?」
「あるにはある。人の足なら半日と少し位かかるか」
とりあえず、現地の案内人と目的地を手に入れた私達は歩き出す。